聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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孤島に眠る従者 その四

「お兄ちゃん、おはよう!」

翌朝も、俺はリンゴのように甘い声に(たた)()こされた。本当のことを言えば、もう少し眠っていたかったんだが。

「エルクって、本当はこんなに寝坊助(ねぼすけ)さんだったのね。知らなかったわ。」

どうしてだろう。()(あつ)いはずの気温と湿度なのに、ここは不思議と寝心地が良い。気が(ゆる)

体を起こすと、ほんのりと、小麦の蒸される甘い匂いがした。

「これ、リーザが作ったのか?」

「ううん、私は仕上げをしただけ。」

食卓には()()()()()()()()と数種類の木の実をココナッツオイルのようなもので(あえ)えられたものが。飲み物にはカシスを(しぼ)ったようなジュースが()えられていた。見た目でも、匂いでも『健康食』だと分かった。

「朝ご飯はいっつもおじいちゃんが作ってくれるのよ。」

「……マジか。」

あの、いかにも亭主関白(ていしゅかんぱく)な顔と図体(ずうたい)からは想像できない、気配りの感じられる料理だ。俺はてっきり、昨日リアから聞いた助手のように、家政婦(かせいふ)か何かを(やと)っているもんだとばかり思っていた。

「おじいちゃんはね、お料理も上手(じょうず)なんだから。」

(くや)しいが、反論が浮かんでこない。出来立てとはいえ、正直に「美味(おい)しい」と言える朝食だった。

 

「……なんじゃ。朝っぱらから小言(こごと)でも言いに来たのか?」

下に降りると、そんな朝の挨拶が俺を出迎えた。

 

リアの言う通り、本当に一日中仕事をしているらしい。それに、今日も今日とて嫌味なオッサンであることは変わりないようだった。

「朝飯、美味(うま)かったぜ。ごっそさん。」

別に、オッサンとの距離が(ちぢ)まった訳じゃない。

でも、なんだかんだで世話になっているのだから、なるべく(なご)やかな空気で話せればと思っていた。

けれど、俺の気持ちを知ってか知らずか、オッサンはあからさまな溜め息をついて手元の資料に視線を戻した。

「そういうことをわざわざ口にする奴は好かん。気味が悪い。」

「そうかい、悪かったな。」

「用が済んだらサッサと出て行け。(わし)(いそが)しいんだ。」

……その言葉の、どこまでが本音(ほんね)なのか分からない。

研究内容が露見(ろけん)することを(おそ)れているようにも見える。外の人間に正体がバレる、もしくは記憶されることを怖れているようにも見える。……それとも、本当にただ人付き合いが苦手なだけなのか。

「言われなくても出て行くよ。その前に、一つ聞きたいんだ。」

そして、それは詮索(せんさく)すべきことなのかどうか。今の俺には判断できない。それでも、気にはなる。

 

「俺たちはアルディアに帰りたいんだ。この島を出る方法って何かねえのか?」

また、チラリと資料から目を(はず)し、俺を見遣(みや)る。

「昨日、それを調べて回っていたんじゃないのか?」

「いや、昨日も村の人間に色々聞いたんだけどよ。鍛冶屋(かじや)と商人に聞けば分かるかもしれない。なんて曖昧(あいまい)な情報しか出てこなくてさ。困ってたんだよ。」

「ならば、その二つを当たればいいだろう。儂に聞くな。」

どうしてだろう。島を出て行くと言っているのに、今度は引き止められているような気がする。

「もちろん、そうするつもりだぜ。だけど俺たちも結構(けっこう)急ぎなんだ。無駄足はなるべく()みたくねえんだよ。」

一体、オッサンは何を考えてるんだ?

「知らんな。儂らも自前の船でここまで来たんだ。その船も今はもう解体して村の道具に使っとる。」

……嘘は言ってない気がする。

昨日、村の中でエンジン付きのポンプを見かけたし、船の残骸(ざんがい)らしい遊具(ゆうぐ)もあった。

ただ、また一つ確信した。オッサンの人見知り、もしくは人間嫌いというのは完全に「偽装(ダウト)」だ。

人と話すことが苦手な奴がこれだけ(しゃべ)れば、一つくらいどこかに大きめのボロを出してもオカシクないのに、上手く隠し続けている。

オッサンは計算高い男だ。足抜けしたであろう『組織』への報復(ほうふく)。もしくは、追手の撃退(げきたい)(そな)えているんだろう。そして、俺たちはその関係者じゃないかと(うたが)われたんだ。

けれど、それ以上にオッサンは『何か』を隠している。こんな回りくどいやり方をしてまで隠さなきゃならない『何か』を。

 

 

「……リア、お前たちがここに住み始めてからどれくらい()つんだ?」

食後、リアたちの家を後にし、俺たちは結局「鍛冶屋」まで案内してもらうことになった。

「ただし、リアを連れて遺跡(いせき)に近付くことだけは絶対に許さん」とオッサンからの厳重注意を受けて。

注意だけですんでいるってことは、とりあえず俺たちが()()()()()()()()()()と信用してくれているらしい。

「うーん、リアが六つの時だから、五年目だと思うよ。」

「今までに、(つら)い病気になったことは?」

「え?ないよ。どうして?」

「いいや、なんとなく。」

とりあえず、自分の(まご)を手に掛けるような外道(ゲス)でないということが分かって安心した。

チラリと(のぞ)き見ると、リーザは少しだけ不安げな顔をしている。

 

鍛冶屋の所へと出掛けると聞いた村の女が、俺たちに自慢のパンと果物を持たせてくれた。

「ここに来た時は、たくさん、苦労したよ。」

ついでにリアと同じことを聞いてみると、想像していたよりもオッサンが苦労人だということが分かった。

元々、外向的(がいこうてき)な性格の島民なのだが、運の悪いことに、オッサンたちが来る直前に、島に()()びた重犯罪者が村で騒動(そうどう)を起こしたのだ。

オッサンの移住で()()()()()馴染(なじ)んできているようだけれど、これもオッサンが来るまでは最低限のコミュニケーションしかとれなかったらしい。

そんな状態での正体不明の研究者の登場が、島民たちにあからさまな不安を覚えさせてしまっても、それは仕方のないことだった。

 

それでもオッサンは懸命(けんめい)に島に溶け込もうと、自分にできる村への貢献(こうけん)()しまなかった。

そうして、オッサンの涙ぐましい努力が実を結び、今では村長と同等の尊厳(そんげん)を払われるようになったという。

中でも、生水をそのまま生活用水として利用していた彼らに、ろ()装置を提供したことが一番の反響を呼んだのだとか。

 

「ハカセ、リアをとても愛してる。子ども大事にできる男は、皆を愛せる。だからハカセ、いい人。絶対。」

さらに、孫のために懸命に家事を(こな)そうとする姿は、村の女たちに揺るがない信頼を持たせるに(いた)った。

今でこそ研究に没頭(ぼっとう)している嫌味なオッサンだが、今も昔も、リアだけは本物の『家族』として見ていたということだ。

女は話しながらリアの頭を、自分の娘のように優しい手つきで()()ける。リアも、本物の娘のように女に甘えている。

そして何より、村人たちの口から出てくるオッサンの話が彼女の自慢とでも言うように、難癖(なんくせ)の付けようのない満点の笑みを浮かべている。

 

島の外から来た研究者、ヴィルマー・ヴィルト・コルトフスキー。彼は村の人間全てに愛される娘を育てた、愛すべき男だった。

その笑顔は俺に、「(いと)おしさ」の影に、「羨望(せんぼう)」と「嫉妬(しっと)」を覚えさせた。




※外交的=積極的に外部の興味関心を取り込もうとする性格。社交的な性格。内向的の対義語。

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