聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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孤島に眠る従者 その三

ユドは、思った以上に歴史の浅い村のようだった。

村人たちは、村から少し離れた遺跡(いせき)を「たくさん昔から、守ってきた」というのだが、誰もその遺跡について詳細(しょうさい)に答えられるものはいなかった。

村長でさえ、いつ頃からそこにあって、何のために守っているのかも分からないのだと言う。

起源(きげん)把握(はあく)できないほど昔のこと」とも解釈(かいしゃく)できなくはないが、それにしては村の整地(せいち)(ざつ)だし、村人たち各々(おのおの)の役割もボンヤリとしている。

それは、一個の生きた『集落』としては逆に幼過(おさなす)ぎるように思えた。

 

それに、遺跡には化け物が()()いているらしく、「遺跡を守っている」というよりは「村を守っている」と言った方がシックリくる感じだ。

実際に、「遺跡、危険。近付いたら良くないこと、起きる。」という警告(けいこく)はあっても、「遺跡の中に()()すると(たた)られる」というような(ルール)は誰の口からも出てこなかった。

 

島を出入りする方法をほとんどの人間が把握していないのも、よくよく考えればオカシナことだ。

村にはナイフや窓ガラスがあっても、その資源を採掘(さいくつ)している人間がいないというのだから、必ず何らかの流通路(りゅうつうろ)があるはずなんだ。

そう()んで、村人たちに(たず)ねてみると、「村に商人、来る。彼、たくさん、外の物、持ってくる。」。それか、「遺跡の近くの鍛冶屋(かじや)、外から来た人。」という言葉しか返ってこない。

外への関心はあるのに、何年も、何十年も、その道を確立しようとしない。それには何か理由があるのか?

もしかしたら、これこそがこの村の禁句(タブー)なのかもしれない。

だが、今の俺たちにはまだ、そのキナ臭い部分に立ち入るための取っ掛かりがない。

それでも、用心ぐらいはしておいた方がイイだろう。

 

リアの島内(とうない)ツアーの帰り道。念のために、リアにも聞いてみた。

「リアもよく分からない。」

外から来た当人(とうにん)たちがこれなんだから、臭く思えて当然だ。

「ここにはどうやって来たんだ?」

「……リアがここに来た時はまだ小さかったから、あんまり(おぼ)えてないの。ごめんね、お兄ちゃん。」

進んでこの案内役(ツアー)を買って出たくらいだから。遊びたい気持ちの(かたわ)らには、役に立ちたい気持ちもあったんだろう。

愛らしい(まゆ)が「ハの()」をつくっている。

「気にすんなよ。いざとなったら、俺は泳いででも帰れるからよ。」

「……お姉ちゃんも?」

「あ……」

振り返ると、リーザは悪戯(イタズラ)っぽい()みで俺を見ていた。

「えーっとだな。……姉ちゃんは俺が()ぶっていくんだよ。」

「本当?」

「バカにすんなよ。そんなの、俺にかかればお茶の子さいさいだぜ?」

すると、嘘と気付いているのかいないのか分からないが、リアはパッと顔を明るくさせた。

 

「それに、今日はありがとな。たくさん島のこと教えてくれてよ。」

「ううん。リアはお兄ちゃんたちの役に立てたらそれでイイの。」

こういう無駄に献身的(けんしんてき)態度(たいど)をとる子どもは、親から「役に立つ」ように強要されている場合が多い。

()()えるのなら、過度(かど)な教育もしくは、家庭内暴力だ。

そんな光景が、ふと頭を(よぎ)った。

だが、今日一日、発言が(ひか)えめに思えたリーザが、リアには聞こえない声で俺に(ささや)いた。

「大丈夫。それはないみたい。」

「……何か、分かったのか?」

「それは――――、」

すると彼女はまた、黙った。

「どうしたの?」

確かに、少女の笑顔は自然だ。村人との接し方にも不自然なところはなかった。

それなのに俺は、島の脱出方法を考える(かたわ)ら、ずっとリアの祖父のことが怪しく思えて仕方がなくなっていた。

「いいや、なんでもねえよ。早く帰って飯にしようぜ。俺はもう、腹ペコなんだぜ?」

「うん、早く帰ろう!」

女の子の笑顔は夕陽(ゆうひ)によく()え、俺の胸を少し()した。

 

 

 

「勝手に他人(ひと)(まご)を連れ回さんで欲しいものだな。」

家に帰り着くなり、初老の男が俺たちに向かって苦言(くげん)をこぼした。

「おじいちゃん、違うの。リアがお兄ちゃんたちと遊ぼうって言ったの。」

「リア……、それがコイツらの手口だ。あんまり、外の連中を簡単に信用してはいかん。」

この初老の姿を見て、俺は思い出したくもない男を思い出した。

もちろん、ソイツとコイツとの間には決定的に違う部分があることにも、俺は気付けていた。

だからこそ、俺は曖昧(あいまい)(かさ)なって見える二人に苛立(いらだ)ちを(おぼ)えていた。

 

「おい、オッサン。」

気付けば俺は、自分から口火(くちび)を切っていた。

「オッサンの事情は知らねえし、知りたくもねえけどよ。ちょっと自分のこと棚に上げ過ぎなんじゃねえか?」

「なんだと?」

「連れ回されたくなきゃ、子どもの(そば)にいるのが普通だろうが。声の(とど)く所に()もしないジジイにとやかく言われる筋合(すじあ)いなんかねえんだよ。」

俺は、言いたいことは我慢(がまん)しない主義だ。間違ったことを言ってない自信もある。

リアを思えば尚更(なおさら)だ。

(とう)の本人は険悪(けんあく)な空気にオロオロとしている。そのことにだけは、罪悪感を覚えていた。

 

だがオッサンは俺たちを一瞥(いちべつ)すると、俺にはない(とし)(こう)でリアを再度、教育する。

「命の恩人に向かって礼の一言もない(やから)(わし)と、どっちがマトモか、お前には分かるな?」

「そ、それはそれだろうがよ!」

俺の反論を聞く(てい)も見せず、オッサンはリアを連れて自分たちの部屋へと戻っていった。

「そこにあるものは好きに食って(かま)わん。だが、儂が気に入らんというなら、今晩にでも寝床(ねどこ)を変えるんだな。」

それ以上は、話が(こじ)れていくばかりだと思えた。だから俺は、二人の背中を黙って見送ることしかできなくなっていた。

 

オッサンの言う通り。

確かに俺も、()()()()()()()()()。それでも俺が許せねえのは、自分だって間違ってると分かっているくせに、知らん顔をするその()いた背中が(ひど)くカッコ悪く見えたからだ。

 

「……どうするの、エルク?」

「どうすっかな。」

俺は、しっかりと(じゅく)したリンゴを一つ(かじ)り、もう一つをリーザに投げて寄越(よこ)した。

「おじいさんに、(あやま)りに行かないの?」

「……」

どうしてだか、そうしなきゃならないことを無意識に頭の外に追い出していた。きっとまだ、俺の帰りを待ってるかもしれない()()()()()()とダブって見えるのが納得(なっとく)いってないんだ。

けれど、何をするにしても、恩人にケジメくらいはつけておかないと、後で悶々(もんもん)とするに違いない。俺はそういう奴だ。

リーザはそれに気付かせてくれた。

「それもそうだよな。」

食べかけのリンゴを丸ごと口の中に放り込み、俺は階下にあるらしい二人の部屋へと向かった。

 

 

しかし、と言うよりも当然と言うべきか。

階下に広がるダンスホール大の部屋には、使い道の分からない機材や書籍(しょせき)――量子力学、生物学、古い言葉で読めないタイトルもある――が部屋の半分を()めていた。

そして、この部屋の(ぬし)は階段を下りてくる俺たちの気配を(さっ)していた。

 

「なんじゃ、お前ら。誘拐の次は不法侵入か?近頃の若造(わかぞう)は皆、法律の意味も理解できんくらい()えておるのか?まるで『ケモノ』だな。どうりで部屋が臭い訳だ。」

変わらずのケンカ腰だ。リーザが(すそ)を引っ張ってくれていなかったら、熱くなり(やす)い俺のことだ。簡単に乗せられていたに違いない。

「そんなんじゃねえよ。ただ――――、」

見渡せば、部屋の奥ではリアがすでに眠っている。気疲(きづか)れのせいかもしれない。

俺は思わず、それから目を()らした。

「ただ、なんじゃ。金目(かねめ)のものか?残念だが、ここにある物はケツの青いお前たちなんぞに(さば)けるような代物(しろもの)じゃあないぞ。(あきら)めて故郷(くに)に帰れ。」

「だからっ!」

「エルクっ。」

……また、傷口を(ひろ)げてしまうところだった。

 

「――――助けてくれた礼が言いたかっただけだよ。」

オッサンは俺を値踏(ねぶ)みするように()()け、それでも取り合わないというように「女の手助けがなきゃあ、礼の一つも言えんのか?」とだけ(こぼ)して、そっぽを向いた。

 

「…………じゃあ、それだけだからよ。」

言いたいことは言ったんだ。ぶり返す苛立ちをなんとか(おさ)え、俺たちは階段を上がろうとした。

すると、本のページを(めく)る音に重ねて、オッサンの心の声が聞こえてきた。

「……じゃが、儂も若い頃はそんなんじゃったよ。」

振り返るとオッサンは、眠っている孫の顔を()でながらもう一言だけ溢した。

「明日もリアと遊んでやってくれ。泊まっていくのなら、それくらいは当然じゃろう。」

「……ああ。」

 

オッサンが何の研究をしているか分からない。

だが、あの機材と棚に並んだ本のタイトルを見る限り、村の活性化なんて()められた内容じゃないってことは確信した。

そして、研究熱心なソイツが、本当にリアを愛していることも。

「……エルク、どうするの?」

「……さあ、どうすっかな。」

窓から(のぞ)く村の夜空はキレイだった。階下で聞いたオッサンの声も、これくらい(あたた)かく(またた)いていた。

(かご)の中のリンゴを一つ(かじ)りながら、俺はそう思った。




※整地=畑仕事や建設のために地ならしをすること。
お話の中のユドは、道が無駄に入り組んでいたり、岩や木の根が延び放題になっていたりと、『村』の活用に不適切な状態なんだという意味合いの認識でお願いします。

※お茶の子さいさい=「お茶の子」はお茶に添えられた茶菓子、お茶請けを指すそうです。
「さいさい」は(はや)し言葉で、意味はあまりなく、合いの手、つまりリズミカルな言葉にするために添えられたのだとか。

※口火を切る=周囲に先がかけて物事の切っ掛けをつくること。

※「かたわら」と「そば」=今はほぼ、「傍」の字を()てていますが、実は「側」との区別がよく分かっていません。
調べてはいますが、あまり納得のいくようなものがなく、感覚で使っています。
なので間違いがあるかもしれませんが、勘弁してください。m(__)m

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