聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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姉弟のレクイエム その十

「……どうした、賞金稼ぎ。お前の仕事なら終わっただろう。」

気が付けば、俺は4本の鉄パイプを手に、夜の群れの前へと進み出ていた。黒づくめは予想された展開に思わず嘲笑(ちょうしょう)の唇を浮かべる。

 

「見ていたよ。お前も、随分(ずいぶん)腕を上げたようじゃないか。だが――――、」

状況が変わったことを敏感(びんかん)(さっ)した彼女は悲壮感(ひそうかん)を顔に貼り付け、こちらへと振り返る。……そうだ、俺は『彼女』に二度とあんな顔をさせないために『賞金稼ぎ』になったんだ。

「我々の前へ出てくるにはまだまだ早いよ。」

男は(おもむろ)に胸元へ手を差し込むと、マフィアの代名詞を取り出し、その穿(うが)たれた矛先(ほこさき)を俺へと向ける。

後ろでは彼女が何事かを叫んでいる。けれど今の俺にその言葉は届かない。

彼女の嘆願(たんがん)は、オルゴールと一緒に鳴り止んでいた。

 

「聞こえるか?お前がここで出しゃばれば、逆に彼女へ迷惑を掛けるだけだと思うのだがね。」

それを聞き届けてしまえば俺が弱ることを、男はよくよく理解していた。

「お前はもう、そういうことに気付いても良い年頃だろう。」

男はそうやって俺を、俺自身の『炎』をチラつかせて追い返そうとしていた。ところが――――、

 

「……いいや、」

何を思い付いたのか、男は急に話の矛先を変え始める。

「そうだな。例えば、ここで我々から彼女を無事に救い出したとしよう。」

俺は男の言葉に(うなが)されるように、一歩、彼女に近付く。

「その後はどうするつもりだ?」

(さら)に一歩、前に進み出ると、彼女を取り囲む10数人の夜たちは各々(おのおの)(ふところ)に手を差し込んだ。

「お前は何処(どこ)(ひそ)んでいるとも知れない私たちを相手に、延々(えんえん)と彼女を(まも)り続けるつもりか?」

コイツらは俺の何かを知っている。言葉の端々(はしばし)に俺の過去が見え隠れする。それでも俺はまた、一歩先へと足を踏み出す。

面白(おもしろ)い。ならば、出来(でき)るものならやってみるといい。だが、断言しよう。お前は必ずや後悔(こうかい)することになる。」

 

挑発(ちょうはつ)されていることには気付いている。男は俺を()()けて「不可抗力(ふかこうりょく)」で俺を始末(しまつ)しようとしている。彼女の目の前で。

「お前はその『炎』で多くのものを焼き払うだろう。そうして、その()(ずみ)を見下ろした時、お前は初めて知ることになるのだよ。」

男の言葉は俺の『ソレ』を確実に『(はり)(むしろ)』へと変えていく。俺が痛みに弱いことも、この男はよく見抜いている。

 

言葉は男の指先と連動しているがごとく、引き金を沈めていく。引き金もまた、その身体(からだ)に仕込まれたバネを(きし)ませ、男の言葉に句読点(くとうてん)を打つ。

それらは俺に、仕掛けるタイミングを「今だ」、「今だ」と誘発(ゆうはつ)しているようにも聞こえた。

「自分の『炎』がどれだけ(あわ)れで、どれだけ無力なのかを――――」

 

 

――――瞬間、俺はこの目に(うつ)る全ての世界の空気を焼き払った。

 

雷鳴をも(しの)炸裂音(さくれつおん)が、静観(せいかん)を決め込んだ闇夜を刹那(せつな)に飲み込む。

まともに()()えば俺を()()せられる男たちの動きを、ほんの(わず)かの間、制限することができた。

間髪(かんはつ)()れずに俺は手にする()()()()()()()()()()()を、彼女を包囲(ほうい)する男たちに向かって投げ打つ。

すると、(にぶ)い悲鳴は俺の期待(きたい)よりも多くの男たちから上がった。

闇夜を()()けて注視(ちゅうし)すると、狼が、彼女の進路を(さえぎ)る男たちを蹴散(けち)らしていた。

五感だけで言えば、男たちよりも(はる)かに鋭く、繊細(せんさい)なはずのソイツは、先の爆音に気を失うどころか、絶好のチャンスを絶好のタイミングで行動に移していた。

 

俺を挑発していた男は狼の行動に(きょ)を突かれた()()()、振り返り、驚きの表情を浮かべていた。

「バカな!!」

女の子の行動力は不自然に(すぐ)れていた。

狼に目を(うば)われている男のさらに裏を突くように、真横を駆け抜けた。男は、闇夜にたなびく金の小麦の一房(ひとふさ)(つか)むこと(かな)わず、彼女の無謀(むぼう)脱兎(だっと)を許してしまう。

 

「こっちだ!!」

そう、誘導(ゆうどう)してやるだけでよかった。

その不自然なまでに上手(うま)く事を運んでくれる彼女の無駄のない動きが、俺の脳裏(のうり)に「手を貸して良い相手かどうか考えろ」と言う育ての親の言葉が浮かんだ。

 

だが、迷っている(ひま)なんて何処にもない。全ては爆音が鳴り止む前に展開していく。

躊躇(ちゅうちょ)なく飛び込んでくる彼女を抱き上げ、船の丸い頭を駆け下り、船と管制塔(かんせいとう)(むす)ぶワイヤーに飛び移る。

曲げた鉄パイプを滑車(かっしゃ)()わりに、そのまま管制塔内部へと飛び込んだ。

振り返る暇も惜しみ、俺たちは奥へ、奥へと逃げ込んだ。奴らの目の届かない所へと――――

 

 

 

――――逃げるネズミを、夜は追わなかった。(ねぎら)う闇夜を羽織(はお)り、(あわ)れな実験動物たちに(おとず)れる僅かな幸せを嘲笑(あざわら)うばかり。

 

「……良かったのか?」

「問題ない。むしろ、好都合と言うべきだろう。」

硝煙(しょうえん)を上げる黒鉄(くろがね)(ほこ)(いと)おしげに見詰(みつ)め、これからの展開を想像する。

「……おそらくあの方はここまで読んでいたに違いない。」

「その(ため)に複数の作戦を()えて決行したと?」

「ククク……、並行(へいこう)する作戦はまだ続いているよ。いいや、より親密になっている。そして、奴らが悲壮の気色(けしょく)に染まる頃、(から)()うそれらは一つになっているのだろう。」

男は肩を震わせて笑っていた。

 

「俺には理解できん領域(りょういき)だな。」

「ルガータ、理解は『(たの)しむ』ことから始まるそうだぞ。今はただ、あの方に(おど)らされていればいい。」

「何をバカな。俺は(すで)充分(じゅうぶん)愉しんでいる。毎日、全身から()こえる(けたたま)しい笑い声をどう(なだ)めるかで四苦八苦しているくらいだ。」

「そうだろうな。だから()()()()は上手く馴染(なじ)んだ。」

後始末に取り掛かる部下たちを尻目(しりめ)に、二人は一つの亡骸(なきがら)に近付く。

 

男たちは見下ろし、()(びん)でも転がすように死者の頭を踏みつける。

「コイツにも、それだけの器量(きりょう)があれば、身内の安否(あんぴ)などに(とら)われず、良い夢を見ることができたというのに。」

少年は()く。

手渡された『(オモチャ)』に(もてあそ)ばれ、命を()して求めた目的を果たすこともなく。

 

 

――――アルフレッド・ドゥ・ウ・オム。

産まれた頃より無能だった彼は、()()めに生きる両親からさえも見限られる。

しかし、彼には唯一(ゆいいつ)、愛し合える姉がいた。美しく、優しい姉は、(そば)にいるだけで幸せを感じさせてくれるような人だった。

 

(おろ)かな彼は幸せに満たされる喜びを知り、同じ想いを姉に(おく)るべく、働き口を探す。

姉は美しく、優しかった。だからこそ、彼女をより幸せにするために、大きな仕事を求めた。

 

一生分の幸せを(もら)った(おのれ)身体(からだ)はもはや、彼にとって『道具』にしか見えていなかった。

すると、望む望まぬに(かかわ)らず、『(せい)』を(かえり)みぬ愚者(ぐしゃ)から(にじ)()腐臭(ふしゅう)小蠅(こばえ)たちを呼び寄せるまでにそう時間は掛からなかった。

 

しかし彼の瞳には、群がってくる蠅さえも天使に映ったかもしれない。

愛する姉への幻想に盲目(もうもく)な彼は、姉弟を結び付ける唯一の(きずな)さえ彼らに捧げてしまう。

「全ては愛する姉のため」

 

しかし、(みにく)い天使たちが、美しく、優しい姉を幸せにするはずなどない。

そんな当たり前のことに気付いた時、彼にはもう、自分の意思で動く手足がなど残っていなかった。

 

彼は逝く。

姉の愛の深さ、重さを知らぬままに――――

彼女が誰を求め、何に幸せ感じていたのかを知らぬままに――――

 

 

amen(エイメン)

彼の(かたわ)らで、ただ一言。歌姫の御使(みつか)いが彼の死を(いた)む。

「彼に(さち)あれ」と、死者の命を(てん)()愚行(ぐこう)はたった一人の弟によく似ていた。

amen(エイメン)

傍観(ぼうかん)を決め込んでいた闇夜も、(いや)らしい満月も、御使いの清廉(せいれん)な『声』に導かれて復唱(ふくしょう)する。復唱は輪唱(りんしょう)へ、輪唱は合唱へと、形無き者たちの『声』を集める。

 

――――amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……amen……

 

 

 

それは、たった一人の見窄(みすぼ)らしい男を愛するためだけに歌われる、誰の耳にも届くことのない讃歌(さんか)

愛に生きたが(ゆえ)に死ぬ男、復活を許されない憐れな弟へ捧げる鎮魂歌(ちんこんか)だった。




※喧しい=本来は「かまびすしい」と読みます。うるさい、騒がしいなどの意味があります。
今回ルビ当てした「けたたましい」にも同じような、慌ただしい、騒がしいの意味がありますが、漢字表記がないらしいので「喧しい」を当てました。
漢検の問題でも出るみたいなので間違って覚えないで下さいネ!

※amen=アーメン、アミン、エーメンなど読み方は複数あるようですが、意味は一貫して司祭の説教や祈りの言葉に対する賛同の意。「その通りです」「確かに」という意味らしいです。
前にも書いたかもしれませんが、この世界の中に「キリスト教」は存在しません。念のため。


※どうでもイイことですが、ゲーム序盤で一回だけ登場した「ルガータ」さん。なんとなくファミリー、ミドルネームをつけてみました。
「ルガータ・モンド・イルジィディク」。本作では今後も何度か起用しようとは思いますが、名乗るシーンは彼の一生の中で一度としてないような気がするのでなんとなくここで紹介してみました(笑)

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