聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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姉弟のレクイエム その七

本来ならそこにあるはずの照明が一つとして見当たらない。この船だけじゃない。管制塔(かんせいとう)滑走路(かっそうろ)格納庫(かくのうこ)にいたるまで、月明かりを除くそのほとんどが闇に身を包んでいる。

予備電源が起動(きどう)する様子もない。それなのに、どの建物にも損傷(そんしょう)したような(あと)はない。

そして、「静寂(せいじゃく)」の似合(にあ)う暗闇の中、怒鳴(どな)()らす関係者たちの動揺(どうよう)が遠くから聞こえてくる。

 

こんな手の込んだ仕事が、あの雷野郎(チンピラ)(こな)せる訳がない。

 

だが今の俺に、そんなことは関係ねえ。クソ野郎一匹をブチのめすのに、大層(たいそう)な明かりなんざ必要ねえ。月明かり一つあれば十分だ。

 

 

「よう、久しぶりじゃねえか。」

「まさか……、本当にここまで追ってくるのかよ。」

意外にも、クソ野郎の声は裏返っていた。

動揺してるのか?俺を待っていたということはそれなりの勝算(しょうさん)があってのことじゃないのか?それとも単に『(くすり)』の副作用なのか?

何にしても奴からはこれ以上、逃げようという素振(そぶ)りは見られない。()る気でいるのは俺にとっても()()()()()()()()()

 

だからといって、何の考えもなしに飛び込むバカはしない。(くさ)っても野郎は『化け物』だ。

格下(かくした)の化け物でも、やり方次第では俺だって一瞬で()られる。

だけど、あんな、どこの雑魚(サンピン)ともしれねえ野郎の手で一生を終えるなんて()(ぴら)ゴメンだ。

同じクソのような結末(けつまつ)でも、『(悪夢)』に焼かれて死んだ方が何倍もマシってもんだ。

だが、どっちのエンディングも俺の前には()って()ねえ。

 

見てろよ。テメエごときが『人を殺す』なんて100年早えってことを教えてやるよ。

手にした鉄パイプを一振りして気合を入れ直す。五感を再度、()()ます。クソ野郎の震える(くちびる)が見えるまで。クソ野郎の息遣(いきづか)いが聞こえてくるまで。

 

ただ、奴をブチのめす前に、もう一つ確認しなきゃならないことがある。

それは、奴の切り札が『(トラップ)』なのか、増強された『力』なのか、『黒づくめ』なのか。はたまた、そのどれでもないのか。奴の手の内を(あば)くために、それとなく(さぐ)りを入れてみる。

「なんで逃げねえ。」

すると、奴はバカみたいな笑顔を()()らせながらも、強気な態度(たいど)で答えた。

「……追い詰められたんだよ。」

「何?」

上擦(うわず)った声は夜風に()千切(ちぎ)られ、(ほとん)ど聞こえない。おそらくは俺を「(さそ)()んだ」とでも言いたいのだろう。

確かに、奴の『(ちから)』は遮蔽物(しゃへいぶつ)の少ない屋外(おくがい)でこそ真価(しんか)発揮(はっき)するのかもしれない。

それに、今、俺が踏みしめている足場は()()だ。()()えれば、俺は今、常に地雷のスイッチを踏み続けているような状況なのだ。強気になるのも分かる。

だがもしも、それだけで俺に勝った気でいるんなら勝負は見えていた。

 

……いいや、もしかすると、勝負を捨てているのかもしれない。

奴の当初(とうしょ)の目的は――もしくは組織から(くだ)された命令は――、アルディア空港のシステム凍結(とうけつ)。さらに()()めれば『セントディアナ号』の着岸拒絶(ちゃくがんきょぜつ)だ。

だったら、今ここで、このレベリオンを焼き払うだけでも十分な混乱は起きる。わざわざ俺を倒す必要なんてない。

その上、空港の電気系統は今、死んでいる。文句(もんく)なんて付けようがない。

 

『爆弾』なんか必要ない。奴の『力』があれば一分と掛からずにそれができる。

だが、そうなると、俺を「待っていた」理由がなくなってしまう。

それとも、コイツは『(おとり)』なのか?……あの野鹿を(ねら)う連中から目を()らせるための。

 

一度に『容疑者(ようぎしゃ)』らしい人物が集まり過ぎていて、誰と誰が結び付いて、誰と誰が俺の敵なのかこんがらがってくる。それが重要なことなのか、そうでないのかも。

「残念だったな。ターミナルで大人しくしていれば死なずにすんだのによ。」

三文芝居(さんもんしばい)のような挑発がさらに俺の推測(すいそく)を複雑にしていく。

 

だが、今さら下手(へた)小芝居(こしばい)を打たなくても、俺の『炎』には(すで)に、人ひとり焼き殺す程度の苛立(いらだ)ちが(つの)っていた。

ザっと目を走らせた限りでは、罠らしきものは見当たらない。それに、少しくらい梃子摺(てこず)らせてくれた方が報復(ほうふく)という俺の『欲望』を満たしてくれるはずだった。

 

俺は育ての親に仕込(しこ)まれた手順(ルール)を無視した。調子付いてきた『炎』が全身に(みなぎ)っていたからだ。

手順(ルール)を叫ぶ罠諸共(もろとも)、全部燃やし尽くしてやるよ。負ける理由なんて、どこにもねえ。

 

奴をボロボロに負かした姿を想像しながら、俺は(いきお)いよく地面を()る。

 

 

――――ダメッ!

 

 

その瞬間、背後から、(いさ)み出た俺の足を(つか)()(とお)った『命令』が飛んできた。

それはこのアルディア空港が(ほこ)騒音(そうおん)の中で、(かす)むことも(にご)ることもなく、いとも容易(たやす)く俺の体を()けた。訳も分からないまま『言葉』に従い、俺は甲板(かんぱん)に身を投げた。

同時に、夜風(よかぜ)の『(かたまり)』が俺の背中を(かす)めるように走り抜けた。

素早(すばや)態勢(たいせい)を立て直し、()(ちが)ったモノを目で追う。だが、確認するまでもなく、その『気配無き気配』には覚えがあった。だがまさか、こんな奴がソレを()()()()()とは思いもしなかった。

そんなこと、できるハズがなかった。

 

人間の倍以上ある巨大な蝙蝠(コウモリ)

滑空(かっくう)する奴らからは足音も羽音(はおと)も、『殺意』さえ感じさせない。通称(つうしょう)、「無音の狩人(かりうど)」。そいつは一種の『静寂(サイレント)』の魔法を本能的に宿(やど)し、常に『暗闇』と『無音』を身に(まと)っている。

狩られる瞬間と(まばゆ)い光でしか奴らを認識することはできない。

闇夜はまさに奴らの恰好(かっこう)の狩り場なのだ。

 

『夜風』の正体を知り、呆然(ぼうぜん)となる俺に、本物の夜風が甲板の冷たい臭いを俺の鼻先へと突き付け、俺は我に返った。

咄嗟(とっさ)に、『熱の壁』を正面につくり、できるだけ安全と思える場所にまで()退(すさ)る。

『壁』を展開(てんかい)した一帯(いったい)の甲板が、マグマのように煌々(こうこう)と光を発しながら溶けかかっていた。色々と(きょ)を突かれて、力加減を間違えてしまった。

 

だが、慌てて対処(たいしょ)した甲斐(かい)もなく、雷野郎の注意は俺に向いていなかった。

しかしそれも仕方のないことだった。奴の視線を追うとそこには確かに、予想だにしていなかった光景が俺たちの目を奪うために待ち構えていたからだ。

 

人間の倍以上もある蝙蝠(コウモリ)の首に(するど)い牙を突き立てる白い狼。自分よりも二回り以上もある、藻掻(もが)くそれを押さえつけ、『ゴキリ』と脛椎(けいつい)(くだ)ける音を鳴らす。

さながら、空飛ぶアザラシをキツネが仕留(しと)めているかのような光景だった。

そしてその背後からは、場違いとしか思えない、可憐(かれん)な野鹿がこちらを見詰(みつ)めていた。




※「無音の狩人」→「ジャイアントバット」

※モンスターの呼称について
ゲーム上のモンスターたちの名前は、ガルアーノらやキメラ研究員たちの管理目的のために使われる呼称にしようと思います。(ジャイアントバットやキラードッグなど。)
世間一般では単純に、「化け物」や「化け○○」(例:化けコウモリなど)と呼ぶようにします。
また、エルク達、ハンター(専門家)たちの間では隠語を使おうかと思っています。例えば今回のジャイアントバットで言えば、「無音の狩人」。グリーンスライムは「翡翠(ひすい)」(翡翠は緑色の石です。スライム系は鉱石縛りでいこうと考えてます。)など。
地域によって呼び方を変えると流石(さすが)に読みづらいのでこれらの隠語は世界共通にします。
また、パラライズバットやポイズンバットなどの派生種に関しては、まとめて「毒持ち」と表現するかもしれません。

(あらかじ)め、何を指しているか分かっている時は単に「蝙蝠」や「狼」と表現します。(一応、単純な方がハンターの仲間内で素早く伝達できるという目的を持たせているつもりです。)

隠語に関しては、上記のように都度(つど)後書きで注釈をいれようと思っています。少し読みにくくなるかもしれませんが、ご勘弁ください。

※文中に甲板の素材をエルクが「鉄板」と表現していますが、本当はアルミです。なので、鉄よりも低温で溶けます。鉄の融点が1538℃に対し、アルミニウムは660℃で溶けるようです。
また、金属は熱を持つことで電気抵抗が高まり、電気が流れにくくなるという性質があります。
(エルクの(ビリビリ)対策です。)

※最近、自分でも気になり始めたんですけど、所々ゲームと本編の環境が違っていたりします。今回も、黒づくめが空港の電気系統に工作したというような内容を書いていますが、ゲームでは一切そんなことありません。なんなら回転ランプが元気にクルクルしているシーンもあります。……雰囲気づくりって大切だから……いいのかなあ。
と苦悩する日々です(笑)

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