聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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炎の怨恨 その六

職業上、追うことにも、追われることにも慣れている。非常事態での対処(たいしょ)の仕方も、無愛想(ぶあいそう)な親に散々(さんざん)(たた)()まれてきた。

だからこそ、今は『逃げ』の一手しかない。

ヒエンが戦闘機じゃないというのも、その理由の一つだ。

 

万が一に備えてヒエンは万全の状態のままアルディアに戻りたかったが、そんなことを言っている場合じゃない。ミサイルでも撃たれてしまったら最悪、撃墜(げきつい)されてしまう。

そうなるよりも前に、全速力でこの空域(くういき)から離脱(りだつ)するしかない。機体の性能で十分な優位性(ゆういせい)がない今、余計(よけい)小細工(こざいく)も逆効果の可能性が高い。

()(ちが)いざまに『銀の船』に強襲(きょうしゅう)を掛ける」という俺の私情(しじょう)はやはり、妄想(もうそう)に終わる訳だ。

そう断定(だんてい)すると、途端(とたん)に『炎』が内側からチリチリと心臓を焼いてきやがる。

だが、まだ『勢い』は弱く、どうにか理性で(おさ)()めることができた。

 

徐々(じょじょ)にスロットルレバーを倒し、時速150㎞まで加速させる。

船体が若干(じゃっかん)ギシギシと(かん)(さわ)る音を立てているが、今は無視するしかない。

しかし、成果(せいか)()ぐに現れた。

電探(でんたん)に表示された二つの点は、みるみる間に離れていく。

だが、相手の電探は間違いなくこっちよりも良いものを積んでるはずだ。

このまま反応が消えても、完全に()いたと確信できるまでは真っ直ぐに飛んだ方がより安全だろう。

 

そうして陸地を見付けたら旋回(せんかい)して別の陸を探す。できれば無人島がいい。そこでやり()ごす。

完全に『銀の船』は頭から除外(じょかい)した。

黒服連中に対してこっちが圧倒的に数で(おと)っている分、一つ一つに慎重にならざる()えない。俺みたいな(たち)の人間は特に。

 

 

……リーザを乗せているせいか、やけに操縦桿(そうじゅうかん)(すべ)りやがる。

エンジンの調子は……、問題ない。装甲(そうこう)も、嫌な音こそ鳴っているが、逃げ切るまでは問題なく()えてくれそう―――

「エルク、危ない!」

「!?」

轟音(ごうおん)(とも)に、船体が大きく揺れた。同時に、船内の空気が体中に(から)()き、大型犬のような力強さで引っ張ってくる。

なんとか()(こた)えていると、船内に(もや)が立ち込める。船体が不安定になり、操縦桿(そうじゅうかん)がズシリと重くなる。瞬間、「攻撃された」と認識できた。

だが――――、

 

んなバカな。あれだけ距離を取ったんだぞ?(かん)で撃ったってのか?仮にそうだったとしても、ここまで弾が届くなんて()()ない。ミサイルじゃないんだぞ?

 

何とか態勢(たいせい)を立て直し、船内を確認する。

後方、リーザの立っていた箇所(かしょ)外装(がいそう)に大穴が開いていた。船内の空気が外へと流れ出ていき、荷物もまた次々に放り出されていく。リーザはパンディットに(くわ)えられ、なんとか(なん)(のが)れていた。

彼女の警告で咄嗟(とっさ)に機体を倒していなきゃ、ド真ん中をヤられてた。

目の錯覚(さっかく)か。ヤられる直前に景色がグニャリと(ゆが)んだようにも感じた。

――――、どういうことだ?これも魔法の一種なのか?何でもアリかよ!

 

その動揺(どうよう)不味(まず)かった。

俺の腕を()むパンディットに気付いて初めて、自分の意識が朦朧(もうろう)としていることに気が付いた。俺は、反射的に常備(じょうび)の酸素ボンベを装着(そうちゃく)し、振り返る。

「エルク……」

壁にしがみ付いているリーザは意識を失いかけていた。

酸素ボンベを投げ渡すが、失神(しっしん)しかけている彼女が受け取れるはずもない。投げたボンベはそのまま船の外へと吸い出されてしまう。

 

減速し、船体をより安定したことを確認する。

パンディットにボンベのチューブを(くわ)えさせ、操縦桿を固定させると急いで彼女に()()ったが、その時には(すで)に気を失っていた。

()ぐさま身体を起こし、ボンベを当て、重量のあるコンテナに(くく)り付けた。

()いた穴は思ったよりも大きく、即時(そくじ)補修(ほしゅう)は難しい。パンディットから操縦桿を()手繰(たく)り、(ただ)ちに高度を下げにかかった。

畜生(ちくしょう)っ!」

 

もともと、そんなに高く飛んではいなかったことが(さいわ)いした。()ぐに安全な高度まで下り、一先(ひとま)ず安定した気圧を確保することができた。

空気が、やや落ち着いた状況になったことを知らせる。

(ふたた)び振り返ると、パンデットが船内の大荷物を体で押し、大穴に(せん)をしようとしていた。

一体どんな訓練をしたらこんな奴が育つってんだ。本職の俺が返って足手まといになっている感さえある。

「……畜生。」

 

いいや、そんなことよりも今はリーザだ。

こうなったら一刻(いっこく)も早く不時着(ふじちゃく)することを考えなきゃならない。

だが、計器の左隅(ひだりすみ)()()けた地図を見ると、一番近い島でここから50km近く離れている。約30分、奴らからの攻撃を受けないようにしないとならない。

加えて、リーザが安静(あんせい)にできる環境も(ととの)えないと。

 

オカシナことに、こちらが半分近く速度を落としたというのに、電探から連中の反応が無くなっている。

どんな作戦なのかは分からないが、こっちが対応に追われている間にまた距離をとったらしい。

それでもまだ、十分な距離があるとは言い切れない。なんせ、さっきも()()()射程外(しゃていがい)と判断できるだけの距離があったというのにこの(ざま)だ。

リーザが倒れてしまった今、これ以上の加速はできない。

加えて、ここ数時間の急激な環境の変化と目紛(めまぐ)るしい一日のせいで、俺自身の集中力が(あや)うい。

今なら、電探に反応がない状態でも30分あれば十分過ぎるくらいに再接近できる。そして今度こそ、()られる。

 

……仕方(しかた)ない。

自信はないし、気休めにしかならないけど、海面ギリギリを飛ぶしかないな。

それが今とれるギリギリの対策(ライン)だ。

 

 

ざっとヒエンの被害状況を確認してみる。

 

(えぐ)られた大穴は、パンデットの機転(きてん)()()えず人間が放り出されない程度には(ふさ)がれていた。

しかし、それ以外の状況は思った以上に良くない。

さっきの一撃はおそらく外皮(がいひ)を抉っただけだったんだろうが、被弾(ひだん)の衝撃と流れ出た荷物のせいで船の制御(コントロール)やらエンジンの調子やらが明らかに怪しい。

このまま飛び続ければ最悪、1時間も持たないかもしれない。単純に()()()を探すだけにしてもギリギリの状態だ。

次に奴らが近付いてきたなら、躊躇(ちゅうちょ)せず船を捨てなきゃならない。

本当に、「なんとか飛んでいる」という状況だった。

 

そうなると、行けども、行けども果てしなく広がる青い水溜(みずた)まりと、沈黙(ちんもく)(たも)ったままの黒い電探(水溜り)が、少しずつ俺を苛立(いらだ)たせ始める。

 

 

「……エルク。」

いつの間にかコンテナに(むす)()けておいたロープを切り、彼女は俺の(となり)までやって来ていた。

「おい、まだ危ねえんだ。そこでイイから大人しく座ってろ。あと、ボンベは外すなよ。まだ何があるか分かんねえからな。」

彼女は力なく俺に(もた)()かると、それには(こた)えず自分の要件を続けた。

「高く、飛んで……。」

「バカ言うなよ!この状態で頭上げたら速攻(そっこう)で死んじまうぜ!?」

「大丈夫。後ろの飛行機はいなくなったわ。」

 

「何だって?」

一瞬、リーザが何を言っているのか分からなかった。

今なら(なぶ)り放題だってのに、引き返す理由が分からない。

……だが、相変(あいか)わらず黒い電探(水溜り)はウンともスンとも言わない。(こわ)れてる訳でも、ない。

それに、リーザの『感覚』は電探よりも()()()()()()()(まさ)っている。彼女が「いなくなった」と言うのならそれは、「()()()()()()」ということだ。

俺は既に何度となくその『力』がどんなものか経験してきている。

信用は、できる。

 

「いやいや、そんなこと言ってるんじゃねえよ。今、自分の体がどういう状態か分かってんのか?」

ついさっきまで気絶していたような病人の強がり程、信用のないものはない。

だけど――――、

「私は、大丈夫だから。」

……強がりなんかじゃない。飛行場で黒服に撃たれた時と同じだ。

これもまた、彼女の『力』の一つに違いない。グッタリと寄り掛かっていた彼女はもう、シッカリと自分の足で立てる程に()()()()()()

それでも急激な気圧の変化は、本人に自覚(じかく)(あた)えずに(やまい)を引き起こすことだってある。

 

 

「……で、どうすんだ?」

回復の云々(うんぬん)に関わらず、この状態で「高度を上げる」なんてこと自体が無茶苦茶な話だが、それを分かっていても話くらいは聞いてみることにした。

……聞いてみたくなった。

「さっきの、銀の船が、いるわ。」

「……何言ってるんだ。電探にはそんな反応出てないぜ?」

だが、式典広場に幽鬼(ゆうき)(ごと)く現れ、雷神(トール)の如き(いかずち)幾筋(いくすじ)も走らせた大型船の姿が脳裏(のうり)(よぎ)る。

あれはそういう船なんだ。「神出鬼没(しんしゅつきぼつ)」を当たり前のようにやってのける船なんだ。

だから、いくら長年付き合ってきた機械が首を横に振っていようと、リーザが「いる」と言うのならやはり、そこに「いる」可能性は高いのだ。

 

追跡者たちが引き返したのも、もしかしたら『シルバーノア(これ)』が原因なのかもしれない。

「……それで、奴らに近付いて今さら何をしろってんだ?まさか、救難信号(きゅうなんしんごう)でも出すつもりじゃねえよな?」

リーザなら()()ねない。何故(なぜ)かそう思った。そして、予感は的中(てきちゅう)する。

「……話して、みて。」

「意味が分かんねえよ。奴らと何を話せってんだ。」

「多分、エルクの思ってる人たちとは、違う、から。」

「……。」

リーザに疑いを抱く理由は何処(どこ)にもない。彼女の『力』はそういう意味で絶対的な信憑性(しんぴょうせい)(そな)えている。

 

 

――――納得(なっとく)いくはずがない。

 

()がり(なり)にも、あれは俺の村を焼いた船の姿をしているんだ。そして、『シルバーノア』なんて船は世界で一機しかない。

 

――――それでも、リーザが言うのなら。

 

 

「少しでもヤバいと思ったら全速力で逃げるからな。」

どうして押し切られたのか分からない。

また、彼女の『力』が俺にも影響(えいきょう)しているのか。常識的に、これ以上の深入りは「不可能」だって分かってるはずなのに。

彼女の『言葉』には、俺の『炎』とは違う強制力があった。

それこそ、滾々(こんこん)(あふ)()る『(やみ)』に()まれた人生に現れた一隻(いっせき)の『船』のような、()(ふち)にいることを忘れさせるような、『神の救い』のようなものを覚えさせる。

 

 

――――船内を見渡し、「ビビガがこの()(さま)を見たら、またしばらくはネチネチと嫌味を聞く毎日が続くんだろうな」などと考える余裕(よゆう)まで生まれるくらいに、彼女の『力』は俺の感覚を麻痺(まひ)させた。




※機関銃の飛距離
1~2㎞らしいです。ちなみに、狙撃銃(ライフル)で2~3㎞、対空機関砲で13㎞というものもありましたが、20㎞はさすがにないみたいです。

※高山病と減圧症
急な気圧の低下で起きるこれらの病気には、目眩(めまい)嘔吐(おうと)などの比較的軽いものから、呼吸器系や神経系への障害。
体内の液体が気化することで関節痛や骨の壊死(えし)
体内の液体が必要以上に内臓や細胞等に染み出ることで圧迫、機能不全を引き起こして死に至るものもあるそうです。
後遺症が残ることも多く、そうなると完全な治療は難しいそうです。

ちなみに、減圧症は主に潜水者(ダイバー)(わずら)う病気ですが、「減圧によって起こる」という点で今回の話と無関係ではないようです。

※幽鬼(ゆうき)=霊魂、亡霊、妖怪のことです。

※雷神(トール)=北欧神話に登場する神様の名前ですが、エルクたちの世界にそのまま反映させるつもりはありません。
ただ語呂(ごろ)が良かったから使いました。
それにしても、アークの世界では精霊や勇者は普通に登場しているのに神様は出てこないんですよね。(フォーレスのギーア信仰を除いて)


※ヒエンの構造ですが、ゲームの画像で見た外観(がいかん)を見る限り『全金属飛行船』というタイプのもののように思います。
一般的に「飛行船」と言われて思い浮かべる布状のガス袋を使用したもの(これにも軟式、半硬式、硬式飛行船の3パターンあるそうです。)ではなく、ガス袋の骨格も外皮も金属で作られた飛行船のことです。
軟式のものよりも空気抵抗に対しての船体の変形に強く、速度を追求することもできるそうです。

また、公式に提示(ていじ)されているヒエンの速度『時速180k()n()?』(多分、この後出てくるヴィルマー博士の改造後データ)をそのまま『時速㎞』に変換すると、()()()としてはとても速い部類に入るようですが、()()()的には遅いようです。
ですが、また公式データの『出力』の項目を見ると『馬力』でなく『石力』とあるので、そもそも技術関係が全く違うようです。だもんで、下手にいじらず、そのまま『時速㎞』換算したいと思います。

その辺で多少、違和感があるかもしれませんが、流してもらえると助かります。
特に今回、ヒエンと他の航空機との比較があり、「どうして飛行船が飛行機よりも速いのか?」などと思われるかもしれませんが……、ファンタジーは摩訶不思議(まかふしぎ)な世界なのです。
だって、そういう公式設定があるんだもん(T-T)

ちなみに、私たちの世界での旅客機は約時速200㎞で離陸し始め、約時速800㎞で飛行します。飛行船は時速130㎞出れば十分に速いようです。



ってか、今回の投稿、解説と設定の文がメチャメチャ長い(笑)ウンチクみたいになってスミマセン。
色々と間違いがあるかもしれませんが……、流して下さい!!人( ̄ω ̄;)

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