聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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炎の怨恨 その五

――――プロディアスの式典広場(しきてんひろば)()()を巻き起こした(しろがね)機影(きえい)が姿を消してから間もなく、――バルーンにサメの顔をデフォルメしたかのようなペイントなど、手作り感を(ただよ)わせる――民間機が一機、日の沈む海原(そら)へと(もぐ)っていった。

 

 

 

どうやら小型船(ヒエン)は良い親に(めぐ)まれているらしい。

操縦桿(そうじゅうかん)(にぎ)り始めて10分ほど()ち、ようやく俺は船の調子が以前よりも(すこぶ)る良いことに気が付いた。

 

今、目の届く範囲を見渡しただけでも、徹底的(てっていてき)修理改造(オーバーホール)されているのが分かる。

前回の仕事で破損(はそん)させてしまった方向舵(ほうこうだ)や、()がれかかっていた装甲(そうこう)補修(ほしゅう)勿論(もちろん)のこと。各種計器(けいき)や操縦桿の感度も(はる)かに良い。

知らない間にエンジンも新調(しんちょう)されているらしく、速度は以前よりも3、4割ほど上がっている。

この調子なら無理をせずに『銀の船(奴ら)』に追い付くことができる

 

……いいや、そもそも追い付く必要もない。シュウの作戦において、俺の役目はあくまでシュウにとっての『囮』であれば良いことになっているのだから。黒服連中の注意さえ此方(こっち)に向けられればそれで――――。

 

ビーッ、ビーッ……、

警告音が耳を打ち、(うなが)されるまま計器に目をやると、船は限界速度に(たっ)していた。……無意識に加速させていたらしい。

()ぐにエンジンが不具合を起こさない安全圏(あんぜんけん)まで回転数を落とし、船に異常が出ていないか確認する。

ふと、振り返ると、リーザは窓に(かじ)()いたまま動かない。パンディットが彼女の背中を支え、船体が気流で()れても微動(びどう)だにしない。何もない夕闇(ゆうやみ)の空を(にら)み続けている。警報が鳴ったというのに顔色一つ変えない。

まだ……、怒っているんだろうか。

すると、彼女はそれに(こた)えるように突然、口を開いた。

 

「エルク、何か後ろから来るわ。」

見当(けんとう)(ちが)いの答えに一瞬反応が遅れたが、促されるままに電探(でんたん)へと視線を移す。

するとそこにはリーザの指摘(してき)(どお)り、画面の(はし)から高速で接近する二つの反応があった。

「喰いついてきたか。」

日はほとんど沈んでしまい、まだ目視での確認はできない。

 

高速で接近する反応はアルディア方面から来ている。俺たちが飛んできた航路(こうろ)はまだ、何処(どこ)領空(りょうくう)(おか)していない。となると、それはアルディアの戦闘機でほぼ間違いないだろう。

ただ、100機近く所有(しょゆう)しているであろう内の、たった二機というのは気掛(きが)かりに感じられたが、黒服たちに(わず)かでも関心を持たせていることには間違いない。

とりあえず、ここまではシュウの計画通りに進んでいる……、と思って良いはずだ。

だが――――、

 

 

それにしても、いくらヒエンに積んである電探が古い(タイプ)のものとはいえ、それでも半径約25kmの探知能力(たんちのうりょく)がある。落ち着いた声色で警告してきた様子から、おそらく機器よりも先に気付いていたのかもしれない。

「周りに誰もいないから、その分、聞こえ(やす)いだけ。」

 

正しいかどうか分からないが、水中聴音機(パッシブソナー)仕組(しく)みが頭に浮かんだ。

確かに今の時期、夜間(やかん)に渡る鳥もいない。空には俺たちとアーク一味と、たった今現れた追跡者(ついせきしゃ)しかいないのかもしれない。

それにしても、だ。

「……そうかよ。」

前へ向き直り、今聞いたことを忘れるかどうか迷った。

「なるべく、忘れないで。私は、エルクの『道具』であった方が都合が良いかもしれないから。」

口調に、さっきまでの刺々(とげとげ)しさはない。声を聞いている分にはもう、さっきの件は気にしていないようにも感じられた。

それは俺にとって()()()()()()()のはずなのに、()()()()()()()()リーザが反対に憎らしく思えた。

当然、この『声』も聞こえているだろうに、リーザは何も言い返さない。

 

俺は彼女から、『信用』はされていても、『信頼』はされていないのだと思い知らされる。

 

 

 

――――だが、誤算(ごさん)もあった。

「予想以上に速いな。」

飛行速度だけをとればヒエンはここ数年の、世界で製造(せいぞう)されたどの戦闘機にも(おと)っていない。むしろ、新調されたエンジン積んでいる今なら「(まさ)っている」と言っても過言(かごん)じゃない。

そのための()()()()のつもりだった。

シュウもそう計算していたに違いない。

 

だが、後方のソイツらは明らかに、徐々(じょじょ)に間を()めてきている。こちらも少し速度を上げて様子を見るが、予想通り、相手もまた速度を上げてさらに詰め寄ってくる。

まだ余裕(よゆう)を残してはいるが、それがこちら側だけの話とも言い切れない。

なにせ、現状(げんじょう)、お(たが)いの姿は見えていない。しかも相手にとって、これはただの追跡任務かもしれないのだ。

それなのに、こんな距離から機体に無茶をさせる玄人(プロ)があの市長の下にいるはずがない。

こうなってくると、ヒエンと五分(ごぶ)かそれ以上と見積もっておかなければならない。

 

しかし、これは「不幸中の幸い」なのかもしれない。

もしも、黒服(奴ら)に見付かるよりも先に、こっちが銀ピカと接触していたら俺はまた、無茶をしていたかもしれないからだ。

 

なぜなら、俺の『炎』は完全には鎮火(ちんか)していない。

()りを(ひそ)めながらも()(うかが)い、いつでも主導権を奪う姿勢でいる。

(おさ)えつけてはいるが、『衝動(しょうどう)』は確実に俺の『意思』を(おか)しつつある。

いつまでも『冷静』でいる自信は、ない。

()()()()()()()()()、背後から敵に追われる『焦燥(しょうそう)』を同時に感じていれば、何とか有耶無耶(うやむや)にできるんじゃないかと思っていたところなのだ。

 

だが、先に()()()()()黒服たちの相手をすることができるのならそれに()したことはない。

やることをやって、さっさとシュウの後方支援(サポート)に回るだけだ。

 

誤算は、このまま逃げ切ることができるかどうかということだけだ。

「私にできることはある?」

「……しっかり(つか)まっててくれればいい。」

 

 

――――そうだ。

死ぬ気で逃げなきゃならない。

俺は今、一人きりじゃないんだから。




※デフォルメ=フランス語の「デフォルメ=変形する」という言葉が由来のようです。現在の日本では対象への意図的「誇張」や「簡略化」を含んだ表現方法を意味しているようです。


※オーバーホール=機械製品を部品単位で解体し、清掃、再組立し新品の状態に近づける作業のことを言います。
部品単位にまで解体することで、劣化した部品を新品のものや新規格のものへと交換するなどの改造を容易(ようい)にしています。
ただし、再組立には相応の知識と技術が必要になるので、担当の技師がこの水準に達していないと作業前よりも状態が悪くなってしまう可能性が高くなってしまいます。

シュウやビビガに航空技師の資格はありません。全て独学なので、人並み外れた努力と根性を持っているのです。ヒエンに対する『熱意』ですね。
必要な設備や場所(工場)は知人のものをレンタルしたと思ってください。


※水中聴音機(パッシブソナー)=水中の船(相手)が出す機械音を拾って、相手のいる方位を知る機械のことです。
エルクがこれを例に挙げた理由は、障害物や水質などの環境によって得られる情報が大きく左右されるからです。


※飛行機の仕組み
飛行機が空中で3次元運動をするには操縦桿とラダーペダルというものの操作が必要になります。
操縦桿が補助翼(エルロン)と昇降舵(エレベーター)を動かし、ラダーペダルが方向舵(ラダー)を動かします。(この3つは可動式の羽の名前です。)
簡単に言えば、この内の2つが機体の横回転、縦回転を(にな)っている訳ですが、空中は地上の『道路』と違って、機体を支える十分な『摩擦(まさつ)』がないので、車を運転するようにハンドルを切っても横には曲がらず『スリップ』してしまうらしいのです。
だから、実際に空中で方向転換するには前述した3つの羽を組み合わせてネジルように飛ばさなきゃならないそうです。
その辺は複雑で、間違って書いてしまうといけないので控えたいと思います(笑)

そんなこんなで今回、ヒエン(飛行船)関連のワードが必要になるので、(噛り程度ですが)勉強しました。
すると、ふと疑問。この子、本当に飛べる形してるのか?(笑)
という訳で、その辺りは少し濁すか原作の形をイジッて書こうかと思ってます(;´▽`A


※電探(でんたん)=電波探知機、電波警戒機、レーダーの略称。
……ここで新事実。というか自分の勉強不足だったのですが、私たちの世界での話、戦闘機でも、旅客機でも後方を探知するレーダーは積んでいないようなのです。奇襲される確率や管制塔などの存在があるなどの理由で必要ないんだとか。
でも、もう「銀の小魚たち」でチョピンたちがヒエンを見つけるシーンを書いてしまったので……。
フィクションですから!何でもアリですから!なにとぞご容赦ください!ヽ(`Д´)ノプンプン
……スミマセン。なるべく勉強してリアルっぽく書こうと頑張っていましたけど、やっぱり限界ってあります。(。-人-。)
ちなみに、アークの世界では前方後方を探知する2機を一体にしたタイプが主流だと思って下さい。

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