聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

52 / 235
銀の小魚たち その五

真冬の木枯(こが)らしに()(えだ)が揺れるように、老父は静まった青年たちを尻目(しりめ)に、再び口を開いた。

 

「ゆっくり考える時間を与えてやれんかったのはお前さんにも(こく)な話じゃが、精霊(彼ら)は自分たちの『意志』を聞き届ける人間を(まも)り続ける反面、(わし)らを常に試さんとしとる。」

それはこの船に乗る誰もが(すで)に経験していることだった。聖櫃(せいひつ)を目の前にしての(にが)い想いはまだ、全員の記憶に新しい。

「お前さんにはまず、彼らに認められる前に儂らを()()せられるだけの『力』が必要なんじゃよ。」

「俺はそんなに未熟か?」それは口にせず、青年は、彼の父が残した剣を(にぎ)()める。

「アーク、ゴメンよ。……僕が、余計(よけい)なことを言ったかもしれない。」

 

 

俺一人が(あせ)っているように感じられた。

 

事実、俺たちにはまだ、(やぶ)ることの許されない『世界の滅亡(タイムリミット)』がある。大切な女の命も『(そこ)』に置き去りにしたままだ。

だからこそ俺は、一刻(いっこく)も早く仲間(みんな)を『脅威(きょうい)』から解放してやりたい。しなきゃならない。

 

それなのに俺という人間は、仲間(みんな)の中で一番若く、ポコのように軍属(ぐんぞく)の経験もない。

「どうして俺なんだ?」その疑問が、繰り返し俺の足を引っ張っている。

 

ゴーゲンの言う「工夫(くふう)」とは何だ?トッシュなぜ「考え過ぎだ」と警告(けいこく)する?

……どうしてポコの顔から不安の色が消えない?

……分からない。

万能(ばんのう)でなければならない自分』に()まれてしまいそうになる。

 

「僕には精霊は多くを教えてくれないから。アーク、君の前に立つことはできないんだ。……ゴメンよ。」

確かに、俺は精霊(彼ら)の声を多く、正確に聞き取ることができる。スメリアの王族の血を引いているという事実も、理由の一つかもしれない。

だが……、それだけのことだ。

本当にそれだけのことで、俺は皆の前に立つ資格があるのだろうか。

 

 

だから今は……、福与(すくよ)かなくせに小さく見えるこの男の肩にソッと手を()え、安心させてやることしかできない。

「ポコ、俺は(まも)りたいものを守って皆と一緒に闘っているんだ。そこに誰が悪いとかはないよ。」

次の『作戦』もある。今ここで、俺に付き合わせて全員の士気(しき)を下げる訳にもいかない。

 

俺は()()れとの(たわむ)れで(きた)えた()()()で、この場を()(つく)うことに力を(そそ)ぐことにした。

「でも、これからの相手の出方(でかた)次第(しだい)では皆を『盾』のように使うことがあるかもしれない。それでも、皆は俺がリーダーであることを許してくれるか?」

「そ、そんなの、当たり前じゃないか。僕のリーダーはアークしかいないよ!」

……即興(そっきょう)で用意した言葉の割に、それは皆の心をシッカリと(つか)んだような気がした。

 

()りずに酒を呑み直している赤毛に目を移すと、彼は(けむ)たそうに手を振りながらも俺に気を遣うことを忘れない。

「……俺は、城の地下牢(ちかろう)で言ったはずだぜ?『そもそも俺に関わると(ろく)な事にはならねえ』ってな。お前はもう()()()に乗ってんだよ。」

白磁(はくじ)の上で波打つ、一点の(にご)りもない酒を(あお)り、猿は得意の粗暴(そぼう)()みで俺の背中を押す。

「だったら最後まで付き合うのが(すじ)なんじゃねえか?」

 

……この老父はどうなのだろうか。

3000年、誰よりも(なが)くこの『闘い』に身を置き、最早(もはや)、俺たちとは違う意味を見出(みい)だしている気さえ感じさせる彼は、俺たちのような若僧(わかぞう)の『闘い』をどう見ているのだろうか。

 

「儂か?どうもこうも。やることをやる前に(くたば)ってしもうては、いくら儂が大賢者とはいえ、()いが残って地縛霊(じばくれい)になり()ねんじゃろう?」

こんな時にまで(くだ)らない『お遊び』を引っ張ってくるとは、流石(さすが)に『()()()』の名は伊達(だて)じゃない。

「もしやお主、儂の『華麗(かれい)なる自叙伝(じじょでん)』を『呪いの古文書(こもんじょ)』にでも仕立(した)てるつもりか?」

「……よく分かったな。付け加えるなら、俺は『古文書(それ)』を使って、あと2000年は生きるつもりだぜ。」

 

老父は(くちびる)()()げ、いつもの(いや)らしい笑顔を俺に見せた。

「……珍しく、猿も良いことを言ったではないか。儂ら相手に肩肘張ることはないんじゃよ。」

出来ることなら、常にそうさせて欲しいものだ。

 

「……儂らにはそんな湿(しめ)っぽい話は振らんでくれよ。」

ガラガラと、野卑(やひ)(くさ)い笑い声が無線機の向こうから響いてくる。

……何だろう。仲間たちの、この卑怯(ひきょう)(たの)もしい態度(たいど)はどうしようもなく俺に『力』を与えてくれる気がする。

 

「それで?まさか、こんな鬱陶(うっとう)しい顔の連中をぶら下げたまま次の仕事に移れって言うんじゃねえだろうな?」

赤毛がチラリと俺を見上げて挑発(ちょうはつ)してきた。

……どうやら、ここが俺にとっての一つの『正念場(しょうねんば)』ということらしい。

 

 

青年は、通電(つうでん)したままの無線機に向かって声(たか)らかに宣言(せんげん)する。

「俺は……、アーク・エダ・リコルヌはここに(ちか)う!この船に乗る全ての戦士の命はこの、アーク・エダ・リコルヌと共にあることを!!」

『オウッ!!』

青年たちは、問題を何一つ解決していない。

しかし自然と、全員の応答(おうとう)は重なった。それは不思議な昂揚感(こうようかん)となって船を包み、心なしか、船の足を速くさせた。

 

 

「……アーク、本当に、大丈夫かい?」

周囲の目を()(くぐ)って、楚々(そそ)と近寄ってきたポコは、俺にそう言った。

「……本当のことを言えば、まだ俺は何も分かっちゃいない。口ばかりが達者な若僧ってことらしい。」

落ちていった追跡船(ふね)にも疑問を残している。

 

「けどな、今、宣言してみて……、皆が()()()()()俺に不満を()らしたのか、何となく分かった気がするんだ。」

それは本当に、偶然のことだった。

「ポコを(はげ)まそう」という切っ掛けがなかったら、俺はあの一歩を踏み出さなかった。

「俺はお前の上手く言えない言葉に背中を押された気がしたんだ。」

『闘い』に相応(ふさわ)しくない程に優しい男。俺はコイツの笑顔を護り切らなきゃならないんだ。

「ただ……、それだけだよ。」

 

「フフフッ……」

急に、ポコは俺の顔を見て笑い出した。

「なんだ、気持ち悪いな。」

「だって、アークの笑ってる顔、久しぶりに見た気がするんだもん。」

「……え?」

思わず手を伸ばすが、(あつ)(かた)くなった皮が邪魔をして、どんな顔をしているのか分からない。

「あぁ、勿体無(もったいな)い。」

「……笑ってたのか、俺?」

「うん、ククルにも見せたかったよ。」

そう言われて、目の前の楽士が浮かべる屈託(くったく)のない笑顔と同じ表情(かお)をした自分を思い浮かべてみる。

 

……ククル。本当に、お前にも見せてやりたかったよ。

 

 

――――『白銀の船』は進む

人の手より生まれ、深い(ごう)背負(せお)いながらも(まばゆ)い光を手放さない、

――――『人の子たちの船』が




※斃る(くたばる)=衰弱する。やせ衰える。死ぬ。などを意味し、他人を(ののし)ったりする時に使うような言葉です。

※「護る」と「守る」
何だか印象に任せて今まで曖昧に使ってた気がするので、一応ここで明記させておきます。

「護る」=外部から害を受けないように庇い、闘うこと。
「守る」=規則など、大切なものとして保持すること。
但し、「護る」は『常用音訓表』に「まもる」の表記がないらしく、「守る」が「まもる」に付随する意味全般を担っているようです。

なので、「コイツだけは俺が守らなきゃなー」とか、「命懸けて守るぜ!」とか、そこに前向きな意味での「強い意思」的なものがあれば「護る」を使おうと思います。
その他は「守る」で(笑)


皆の指揮官のアーク君ですが、ゲームの1から2になって急に大人びた態度をとるようになった気がします。
たった一年なのに。まだまだ16才の青年なのに。
だから本当は色々と思い悩んでいるのだろうと思って、ウジウジと考え込むアークを書いてみました。15才のエルクでさえ「少年」っぽさ全開なのだから、これくらいがちょうど良い。ウン。
(;´▽`A

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。