聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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銀の小魚たち その四

――――ダメだ、乱れるな。

()()れの術中(くうき)()まれてはいけない。俺は皆を乗せる船なんだ。

 

 

青年は気高(けだか)白銀(はくぎん)の船を心に浮かべ、波打つ心を落ち着ける。

その時、青年の目に、相も変わらず不安げな表情を張り付けている楽士の顔が映った。

「ポコも、俺が何か間違っていると思うのか?」

この楽士の少年は――そう聞かずにはいられない――、なんとも情けない顔を作るのが得意だった。

 

少年は臆病(おくびょう)な人間だった。幼い頃から強い者に(しいた)げられてきた彼は、『意見』などという自己主張が、()のない刃物(はもの)に思えてならなかった。

「……僕には、アークやゴーゲンが話しているような難しいことは理解できないよ。」

目の前の青年(リーダー)もまた、少年を(いじ)める『強い人間』という人種の一人と変わらない。

「でも、向かってくる人を皆、倒しちゃうのは何だか違う気がするんだ。」

しかし、少年は知っていた。青年は、無理に『強い人間』を()()()()()()()だけなのだと。

先導者(リーダー)という立場に()いてしまった自分は、『強い人間』でなければならないと気負(きお)っていることを。

 

それはどことなく気弱な自分に似ている気がした。何より、青年(かれ)はそんな少年を同じ『強い人間』として受け入れてくれた人だった。

「これ以上は上手く言えないけど、違う気がするんだ。……ゴメンよ。」

「親友だ」と言ってくれた人が同じ(やいば)(にぎ)ってくれている。だから少年は常出来る限り、親友のためになることをしようと心掛けていた。

 

 

「……」

ポコの言動(げんどう)はいつも()に落ちない。口数が少ない分、大事なことが曖昧(あいまい)だったりする。それでもポコの(つたな)い言葉は、ゴーゲンの経験豊富なそれに(おと)らず「俺に欠けているもの」を教えてくれる。

そして俺は、どうしてもそれに(こた)えたいという気持ちになる。

多分、大事なんだろう。『ポコ』という人間は、仲間の中でも特別な存在だと感じているんだ。

なぜならポコは俺たちとは違って、()()()()()()()()』だからだ。

そう、10年前に家族を捨てた夫を今も想い続けている母さんのように。

 

 

青年は逼迫(ひっぱく)した状況下でも辛抱(しんぼう)強く考え、少年の問いの答えを探す。

すると、妖艶(ようえん)白磁(はくじ)(さかづき)()わされた猿が、口下手(くちべた)な少年の言葉を(おぎな)うように二人の間に割って入る。

 

「アーク、(わか)ってやれよ。」

猿の声色(こわいろ)(つね)より少し高く、常よりも(ふところ)(ゆる)んでいた。

(たたか)って勝つだけじゃあ、(くみ)は育たねえ。……そういうことなんだよ。」

それも仕方のないことで、出番もなく待たされ続けた猿は随分(ずいぶん)な量の酒を呑んでいた。

「国を(つく)ったり、世界を救うってのはそんなに敵を作るのが大事なのかよ?」

それでも、数年前まで若頭(わかがしら)と呼ばれていた男には、これから自分たちがすべきことの全体像がよくよく見えているようだった。

 

 

「仲間をつくること」に抵抗がある訳じゃない。

『力』を分散(ぶんさん)させた組織と闘うのなら仲間は多いに()したことはない。俺たちを追跡(ついせき)する船に敵意がないのなら、まずは保護し傘下(さんか)に加えようという判断にも賛同(さんどう)できる。そこに疑問はない。

 

だが、()()()()()()、そんなに簡単に懐を許してしまっても良いものかどうか。俺はそれが気掛かりでならない。

今の俺たちはあくまで『国際指名手配犯』だ。そして、俺たちをこんな状況に追いやった『敵』は、全世界の政情(せいじょう)容易(たやす)く動かすことのできる強大な敵だ。

 

ポコやトッシュの認識が甘いと言いたい訳じゃない。

「こんなところで()らぬ『正義』を気取って、追跡者(彼ら)()()()巻き込んでしまうのではないかと考えるのは、俺が臆病だからか?」

「アーク、そりゃあ考え過ぎだ。」

「考え過ぎ?これは人の命を()けた選択だぞ。」

 

『闘う人生』、それを『幸せ』と呼ぶことはできない。闘いに参戦したならそれはもう個人の問題じゃない。友人も、家族も巻き込むことになる。

たかが「一年」。だが俺はそのたかが一年で、それが『真実』だと痛感(つうかん)した。

その上、俺たちは世界の命運を懸けた戦いをしている。これは冗談(じょうだん)半分なんかじゃない。俺の承諾(しょうだく)一つで、世界が滅ぶかもしれない。それは事実だろう?

それなら、俺たちに関わりを持とうとする者たち相手に慎重になるのは必要なことなんじゃないのか?

「……アーク、落ち着いてよ。」

 

 

少年に促されて、青年は今一度、雄壮(ゆうそう)白銀(しろがね)船体(せんたい)で揺れる自分の(こころ)を固める。

 

 

「……すまないな。」

分かってはいるのに。若さのせいなのか、すぐに熱くなる(くせ)はなかなか消えてくれない。

「悪かったな。俺も少し熱くなっちまってたらしい。」

赤毛の酔いも冷めたらしく、俺を気遣(きづか)っていた。

 

「だけどよ、これだけは言っておくぜ。」

赤毛は、彼の魂でもある刀を握り、それに言い聞かせるように語り始めた。

「俺にとっちゃあ、目の前の10人や100人を助けるなんざ楽勝だ。けどよ、今の俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

口にしながら、(さや)(つば)の間から(かす)かに漏れる『殺気』には『無念』の色が(こも)っていた。

「テメエにはテメエにしかできねえ仕事。雑魚(ざこ)には雑魚にしかできねえ仕事ってもんがあるだろう?」

トッシュは故郷(こきょう)に盃を()わした100人近い義兄弟(ぎきょうだい)()()敬愛(けいあい)する義父(ぎふ)も。

彼らと共に生きてきたトッシュだからこそ、(彼ら)使()()()も心得ている。その必要性も。

 

「適材適所」、そんなことは分かっている。

「それは、俺の采配(さいはい)杜撰(ずさん)だといいたいのか?」

「そうは言ってねえだろ。……俺は、そうやって無理に肩肘(かたひじ)()って考えた命令にゃ(ろく)な結果が待ってねえって言いてえだけだよ。」

そうは言うが、考え無しの指揮(しき)に何の意味がある?

「分からない。ハッキリ言ってくれ。俺はどうすればいい。どう言えばお前たちは納得(なっとく)するんだ。」

従う意思がないのなら自分たちで勝手にやれば良いだろうに。どうして俺を(あたま)()えようとするんだ。

 

 

「あー、諸君(しょくん)。聞こえるかのう。」

その時、艦内(かんない)に船長の声が(ひび)いた。

声色(トーン)は低めだ。それだけで、彼の話す内容に大体の目星(めぼし)はついた。……要は、『時間切れ』なのだ。

白熱(はくねつ)した議論(ぎろん)を交わしておるようじゃが、(わし)らを追ってきた船は今しがた落ちよったぞい。」

曲がりなりにも『先導者(リーダー)』の立場にいる俺としては『恥』としか言い様のない報告だ。

誰のせいでもない。皆を(まと)めきれない俺の力不足が(まね)いたことだ。

 

――――若干(じゃっかん)沈黙(ちんもく)が、場に(かげ)を落とす。

 

「どうする。様子を見に降りてみるか?」

無線から響く男の声が、やけに遠く感じられた。

「……いいや、いい。周囲に警戒(けいかい)しつつ、そのまま当初(とうしょ)の進路を(たも)ってくれ。」

大した事じゃない。ただ、目的も分からない追跡船が一機、海上に落ちたというだけのこと。

それなのに、何だ。この敗北感は。誰と争った訳でもない。ただ、身内で多少()めただけだというのに。

「俺は『指揮官』として機能していなかった」それだけのことが必要以上に俺から魂を奪っていく。




※白磁(はくじ)=白い素地(きじ)に無色透明の(うわぐすり)を塗った磁器の総称。
その()じり気のない白は、美女の白く肌理細(きめこま)かい肌を形容していると……、僕は思ってます(笑)

※雄壮(ゆうそう)=辞書によれば、雄々(おお)しく、さかんなこと。……(さか)ん?
僕のイメージとしては、タージ・マハル(インドの世界遺産)のような巨大で神秘的な印象を与える様子です。

※杜撰(ずさん)=物事がいい加減で誤りの多いこと。

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