聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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金髪の少女 その四

……ダサい顔をしてる。

(ことわ)りを入れ、ベタつく汗を流していた俺は鏡の中の自分を(しか)った。

まったく、涙を流したのなんていつ以来だろうか。

そうして戻ってくると、ちょっとした(ぬく)もりが俺を待っていた。

 

「お帰り。お料理、(あたた)(なお)したのよ。早くテーブルに着いて。」

目玉焼きからはホカホカの湯気が立っていた。

「先に食っててよかったのに。」

「そんなこと言わないで、せっかく一緒(いっしょ)にいるんだから一緒に食べようよ。」

「…リーザがそう言うなら。」

リーザはわざわざ俺を(つか)まえ食卓(しょくたく)に着かせると、勝手に食事の(いの)りを始めやがった。

「いただきます。」

「お、おう。いただきます。」

一回冷えたベーコンエッグはやっぱり出来立(できた)てと(くら)べるとイマイチだった。

でも―――、

美味(おい)しいでしょ?」

「お、美味ひぃ…、かもな。」

胸を(くすぐ)られるような食事なんて初めての経験だった。

 

「ところで…よ。今さらこんなことを言うのもおかしいんだけど、肩の調子(ちょうし)はどうだ?その、さっき俺が()()ばして傷口が開いたりしてないか?」

自分でやっておいてこんなこと言うなんて。気の()れたジジイじゃあるまいし。

まったく、()ずかしさしか感じない。

それに俺が言ってるのは、かすり傷なんてレベルじゃない。

2日前に受けた銃創(じゅうそう)の話だ。

そう。2日前、空港(くうこう)で起きた事件でリーザは肩を()たれた。

そんな傷を()して1、2日で大丈夫なのかと聞く人間の方が重症(じゅうしょう)だってのは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)の上だ。

それでも同じ食卓に着くリーザは俺のために律儀(りちぎ)に答えてくれた。

「うん、心配かけてごめんなさい。でも、もう大丈夫みたい。ね、パンディット。」

…そんなことありえねえのに。

まあ、それでも後で包帯(ほうたい)()える時にでもチェックしておくか。

 

一方の化け物はというと、しっかりと肉を(たい)らげ、()の当たるベッドの横で丸くなっていた。

主人が相槌(あいづち)を求めても赤い瞳をチラリとくれるだけで近寄ってこようともしない。

愛想(あいそう)のないやつだ。

「アイツ、留守番(るすばん)とかさせて大丈夫か?」

(うたぐ)(ぶか)いのは「性分(しょうぶん)」というか、これまでコイツらと()()()()()()()「経験」みたいなもので。

どうにも確かめずにはいられなかった。

一応(いちおう)、化け物の中では比較的(ひかくてき)大人しい種類だけど、大人しいといってもそれはあくまで「化け物の中では」って話だ。

本来(ほんらい)ならこんなに長時間そばにいて(おそ)われないなんてことありえねえ。

それなのに――――。

「うん、大丈夫。パンディットは利口(りこう)だから。エルクの言うことでもよく聞いてくれるわ。」

…まぁ、いいか。

今まで見てきた限り、この番犬が進んで問題を起こすようなことないだろう。

 

「それで、何を買いに行くの?」

外出の準備と言っても、全く荷物(にもつ)のない彼女がしておくことは特になかった。

…まあ、()いて言うなら「心構(こころがま)え」ってところか?

携帯食(けいたいしょく)と火薬と()(いし)、地図、中古のローブ。あー、リーザ用の護身(ごしん)用にナイフ…、ちなみに、(じゅう)は使ったことあるか?」

「ううん。」

「だよな。」

…なんとなく安心した。

今の時代、どんなに純朴(じゅんぼく)そうな子でも(チャカ)くらい撃てて当たり前なんだけど。

リーザがそんな「時代」に()まってないのは、俺みたいな(くさ)った連中にとって数少ない「希望」のように思えた。

…まあ、俺がこれから仕込(しこ)むんだけどな……。

 

「買い物はそんなところかな。」

それだけ回ればだいたい街の中を案内(あんない)できるし、逃走(とうそう)経路(けいろ)も教えられる。

「…そっか。」

その相槌は俺に向かって言ってるのか。そうでないのか分からないくらいに小さかった。

「なんだ、どっか寄りたいとこでもあるのか?」

「もしエルクが(ゆる)してくれるならなんだけど。」

「なんだよ。町の外はさすがに勘弁(かんべん)だけど、町の中なら時間の許す限り寄ってやってもいいぜ?」

「…今晩(こんばん)は私がご飯を作りたいなって思って。」

なぜかやはり彼女は(うつむ)きがちに言う。

「なんだ、そんなことかよ。」

宝石や(くつ)といったワードが出なかったことに心底(しんそこ)感謝(かんしゃ)した。

むしろそれは俺の手間(てま)を一つ(はぶ)いてくれるし、逆にありがたい(もう)()だった。

「俺の用事が()んだ後でよければいくらでも付き合ってやるぜ。」

「…ありがとう。」

俺はいまいち感謝される理由が分からなかった。

 

 

外に出ると、いつも通り()えない顔で()()インディゴス(まち)の連中が目に入った。

人の視線に(おび)えているような…。もしくは、(かま)って欲しがっているような。

嫌いじゃねえけど、たまに思いっきり(なぐ)ってやりたい衝動(しょうどう)()られる時がある。

もちろん、今はそれどころじゃあないけど。

むしろ、その被害者(ひがいしゃ)(づら)たちのお(かげ)で、いつも以上に警戒(けいかい)する俺が目立たなくて助かってる。

 

俺は目的地に向かいながら、ちょっとした世間話(せけんばなし)でもするようにこの町の特徴(とくちょう)やどこに逃げるべきか。どこで落ち合うかを説明した。

途中(とちゅう)、何人かの同業者を見かけた。

スレ違いざまに『俺の獲物(えもの)、手を()してくれ、邪魔(じゃま)なら無視(むし)しろ』とサインを出してみる。

すると、どいつもこいつも『お前、ヤバイ』という答えしか返してきやがらねえ。

それは、俺の(かん)と食い違っていた。

 

町を見て回った感じ、いつもとあまり変わった空気は感じられなかった。

健康体(けんこうたい)であることを隠してるホームレスもいなければ、無駄(むだ)に買い物袋を(かか)えてる女たちもいねえ。

家々(いえいえ)の窓は適度(てきど)()(はな)たれてるし、猫やカラスの様子もいつもと変わらねえ。

いつもの「インディゴス」だった。

 

だからといって、同業のアドバイスを無視するほど俺もバカじゃない。

「リーザ、悪いな。ちょっと先に行くとこができたわ。」

本当は最後に回すつもりだったけれど、この違和感を残したまま動いたって食い違いが大きくなるだけかもしれねえ。

俺はこの町で一番泥臭(どろくさ)い場所へと足を向けた。

 

 

町の中心部、その建物(たてもの)の一つに見慣(みな)れた男が立っていた。

「…よお、エルクじゃねえか。こんな状況だってのに優雅(ゆうが)散歩(さんぽ)たあ、随分(ずいぶん)余裕(よゆう)だな。さすがアルディアきっての超新星(スーパールーキー)ってところか?そうだよな。テメエの目から見ればこの町にゃぁゴミしか落ちてねえようなもんだもんな。まあ、せめて素敵(すてき)観光(かんこう)でも楽しんでってくれや。ダッハッハ…。」

…まあ、この町の人間なんてどいつもこいつも()たり()ったりだけど。

男は俺の姿を見つけると、(むせ)ながらも「待ってたぜ」とでも言うかのようにスラスラと軽快(けいかい)挨拶(あいさつ)をかましてきやがった。

ハンチング(ぼう)目深(まぶか)(かぶ)り、ヨレヨレのトレンチを羽織(はお)ってチビれた煙草(たばこ)(くわ)える姿は一見(いっけん)、仕事一つ見つけられない(まご)うことなき社会のゴミに見えるけど、こう見えてコイツはれっきとしたギルド御用達(ごようたし)の情報屋だ。

俺はインディゴス流の愛情表現を聞き流し、自分(テメエ)要件(ようけん)で返した。

「指名手配でもされてんのか?」

「まあ、そんなとこだ。たった一件だが、お前らをしょっ()依頼(いらい)がギルドに出てる。それもかなり高額だ。」

まあ、それくらいされてないと逆に不自然だな。「お前ら」ってことはリーザの顔も()れてる可能性が高いな。

「それでも手を出さねえのは、皆、エルク(テメエ)(まれ)報酬額(ほうしゅうがく)を警戒してるからだ。ああ、ビビガから捜索(そうさく)(ねが)いもあったな。これは誰も相手にしてねえけどよ。ッハハハ。」

…口は悪いけど、まぁまぁこの町の連中もなかなかどうして、身内には甘いんだな。

「依頼主は?」

「手が付けられねえくらい高額だって言やあ分かるか?」

「ギルドに逃げ込めると思うか?」

「止めとけ。今後一生(かか)わらねぇってんなら別だがな。」

手が回っているというよりも、(おさ)えつけられてるって感じだな。

「まあ、それでも顔ぐらいは出しとくぜ。」

「好きにしな。」

スレ違い様、男のコートに少し多目(おおめ)札束(さつたば)を突っ込んでおいた。

 

男の(となり)にある地下へ続く(さび)びれた階段を、リーザを誘導(ゆうどう)しながらユックリと下りるとほどなく年季(ねんき)の入った扉にぶつかる。

「エルク…、これ、入っていいの?」

『KEEP OUT』、この町の連中にはこの()(がみ)も風景の一部ぐらいにしか認識(にんしき)されてないだろう。俺もこれを見るとなんとなく落ち着く。

だけどここに、人の命を売り買いするような、この町を影で(ささ)える重要な機関(きかん)があることは動かし(がた)い事実だ。

 

扉を開けると、そこはソファやら観葉(かんよう)植物やら情報誌(じょうほうし)のある(たな)やらがひしめき合っていて、まるで粗大(そだい)ごみを不法投棄(ふほうとうき)された廃屋(はいおく)のように見通しが悪い。

そんな(いく)つもの物と物の隙間(すきま)()うように目を走らせ、部屋の奥のカウンターに(すわ)る男は侵入者を見つけ、それが厄介者(やっかいもの)だと認識した。

男は俺の顔を見るなり書類(しょるい)の上で走らせていた手を止め、(あき)らかな嫌悪(けんお)の表情をみせた。

処分(しょぶん)じゃなく、関係者の総生(そうい)()りだ。依頼主は言えねえ。連れの顔も割れてねえ。依頼の適応(てきおう)範囲(はんい)はインディゴスでのみ。以上だ。分かったらさっさと()せろ。」

窓口の男はそれだけ(まく)し立てるとまた、視線を手元に落とし、ペンを走らせ始めた。

「ったく、もう少し愛想良くできねえのかよ。こっちにゃ新顔だっているんだぜ?」

「愛想が欲しけりゃキャバクラにでも行くんだな小僧(こぞう)。」

「アイツらに血生臭い小話(こばなし)の一つでも笑顔で聞けんのかよ?…いや、あったっちゃあ、あったな。そんな店。とっくの昔に俺たちが(つぶ)したけどな。」

「…仕事の邪魔だ。失せろ。」

「まあ、この町でアンタの指示(しじ)(さか)らうようなバカはしねえよ。」

「……」

マジで反応しやがらねえ。もう自分の仕事に集中してやがる。

 

まあ、このオッサンはそういうヤツだ。そういうヤツだからこそ、俺たちを回せてるんだ。

「チッ…。また今度、寄らせてもらうぜ。」

入って1分程度(ていど)で追い出されてしまった。まあ、(つか)まらないだけマシか。

「そういうことだ。しばらくはこの(あた)りを彷徨(うろつ)かねえことだな。」

ハンチング帽の男もスゴスゴと引き返す俺の背中を鼻で笑いやがる。

まあ、これも当然の反応だよな。

肩をすくめ、降参(こうさん)のポーズを見せつつ俺たちはその場を去った。

 

「依頼の適応範囲はインディゴスだけ」ということは、この東アルディアを南北に分けるアルド運河(うんが)(わた)るまでは安全じゃないってことか。

それは必然的(ひつぜんてき)に事件の起こった空港に近づくことになる。

インディゴスでの依頼は囮情報(ブラフ)で、プロディアスに呼び戻すことが本当の(ねら)いか?

あそこは人も物も色んなとこから(はげ)しく出入りするし、状況が状況なだけに敵は黒服だけって訳にもいかなくなる可能性も高い。

何にしても、今より面倒(めんどう)になるのは間違いねぇな。

「エルク、どうするの?」

仕方(しかた)ねぇ、ビビガに頼んで高飛びさせてもらうことにするか。

「悪かったな。買い物の続きをしよう。あと、今日中にここを出るからそのつもりでな。」




※一部不適切な表現がございますが、どうかご容赦ください。

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