青年は迷っていた。自分たちを追う船を生かすか、殺すか――――
小型艇に魔術師はいない。周囲に援軍もない。何かしら通信を傍受したという操舵士からの報告もない。
だとしたら何だ。増々意図が掴めない。
俺たちの拠点でも探るつもりか?
あの船に「追跡魔法」でも仕掛けてあるのか?……いいや、「追跡」はあくまで目標、もしくは連絡手段を持たない追跡者に掛けるもの。
追跡する船に掛けるくらいなら、無線を使った方が遥かに多くの情報をやり取りできるというのは常識の範疇だ。
第一、操舵士によればもうすぐ機体に限界がくるらしい。
だとしたら彼らの目的は今、この現状でできることに限られる。
それは何だ?
それ以前に、俺たちの魔導士は迫りくる追っ手への攻撃を促してこない。それはつまり、相手が本命の手先ではないということじゃないのか?
となるとやはり、賞金稼ぎか。
だが、地上でならまだしも、夜間の上空で、しかも高性能大型船で移動している俺たちをどうこうしようなんてのはやはり無謀な話だ。損得勘定の強い彼らの取る行動とは思えない。
少なくとも直接的な交戦が目的ではない。だとしたら何だ?
情報収集か?囮か?
……違うな。
この状況で拾えるような情報に価値はないし、罠も援軍もない状況での囮に意味もない。
そもそも、財力において圧倒的に『組織』に劣る賞金稼ぎが、僅かな情報のために貴重な船を犠牲にするはずがない。
だが、小型挺自体が罠だとしたなら?
故障を理由に、俺たちが救助に向かうのを待ち構えているのか?船一隻を犠牲に『第一級手配犯』を一網打尽。お釣りがくるような話だが……、
……やはり、ない。
もしも、これを主とした行動だというのなら、目視し辛い夜間に実行しているのがまず不自然だ。それに、故障する前に俺たちと何らかの形で自分たちの身元を明らかにしないことには、俺たちが警戒して近付かないことも分かっているはずだ。
「面白い連中」、魔導士はそうも言ったな。
それは単純に馬鹿にしているのか?
それとも、後々、脅威に成り得る連中だとでも言いたいのか?
だとしたら、話題の『女』もそれに無関係という訳じゃないのだろう。
しかしそうなると、
――――「仲間に引き込め」
暗にそう言っているようにも聞こえてくる。
確かに、ここまではどうにか俺たちだけでやって来れたが、『人手不足』という現状は俺にも理解できる。
だが逆に言えば、今、この限られた仲間を無用な危険に曝す訳にはいかない。
追っ手は後先考えずに突っ込んでくるような奴らだ。命令違反の常習も、敵に操作される可能性も高い。
そんな連中を今、この局面で加えるのはやはり得策とは思えない。
すると、『女』の話題で戯れる彼らから一歩身を引いている男が、苦悩する俺の考えを読んでいたかのようにポツリと溢した。
「詰まるところ、私怨だろうな。」
小さな盃を手に、壁に貼り付けられた世界地図に視線を馳せる赤毛が口にした言葉は、俺の意表を突いた。
「怨み……か。」
だが、思い付いて然るべき言葉だった。『アンデルの敵』や『賞金首』である以前に、俺たちは『犯罪者』だったのだ。
アンデルたちに捏ち上げられたそれが今、何処でどんな『尾鰭』が付けられているのか。それは俺たちにも、もう分からない。
シルバーノアにしても、元はスメリア国の物で、俺たちがそれを「強奪した」という話になっている。
つまり、時系列を曖昧にさせられるのなら、今まで犯してきたアンデルの所業は全て俺たちのやったことだと触れ回ったところで、疑うものは少ないということだ。
俺は自分たちの置かれている現状を認識し直した。それと同時に、俺はまたに気付いてしまった。
追っ手の敵対象は俺たちにないのかもしれない。
囮はむしろ、俺たちなのかもしれないということだ。
具体的な手段こそ分からないが、俺たちとは別に、アンデルたちに刃向かおうとしている『やり手』がいる。いてもおかしくない。
彼らは俺たちを使ってアンデル、またはガルアーノの注意をこちらに向けているのだ。
もしくは、アンデルに関しての裏情報を握り、俺たちに伝えようと懸命にここまで追ってきたのかもしれない。
俺はそう思ってしまった。
アンデル・ヴィト・スキア。現スメリア国大臣であり、国王不在の今、実質『国王』の権限を持つ人物は、『犯罪者』アーク・エダ・リコルヌと浅からぬ因縁があった。
だが、それは何も青年との間に限った話でもない。
何故なら、大臣が執り行う圧政に不満を持つものは国内だけでも相当数いるからだった。
しかし青年は、大臣のあからさまな恐怖政治的な行為は演出のように思えていた。わざと国民の反感を買っているのだと――――
青年は追っ手に関しての詮索を中断していた。
もはや幾らでも見つけれる仮定の中から、追っ手の目的を「今、この場で」特定することは、徒労にも近い作業になってしまったからだ。
無論、このままという訳にもいかない。
「チョンガラ。」
名前を呼ばれた商人は、未だに老父とグルになって『お子様』の無邪気な抵抗を面白がっていた。
「おおう、方針は決まったかいの?」
だがそこは曲がりなりにも、この荘厳な船の『船長』を一任された男。そして、気が小さいなりに「自分の仕事には文句を付けさせない」ことを信条とする男の切り替えは素早かった。
「一先ず、その船と通信を取ってみる。チョピンに準備をさせてくれ。チョンガラとゴーゲンはこの先の安全な航路を洗い直して欲しい。」
「了解じゃ。」
船長は内線で操舵室と連絡を取るが、船長の表情は芳しいものではなかった。
「チョピンからの状況報告じゃ。なんと、奴さんの通信機が既に潰れとるらしいわい。」
しかし、それは青年の予想の範疇だった。
「……分かった。だったら船は構わず真っ直ぐ飛んでくれ。追跡者はこちらで撃墜する。航路の選定はその後でも構わない。」
「ヨーソロー!」
船長兼、商人は殊更大きな声で応え、大きな体を弾ませながら意気揚々と操舵室へと引き返していった。