聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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銀の小魚たち その二

青年は迷っていた。自分たちを追う船を()()()()()()()――――

 

 

小型艇(ふね)に魔術師はいない。周囲に援軍(えんぐん)もない。何かしら通信を傍受(ぼうじゅ)したという操舵士(そうだし)からの報告もない。

だとしたら何だ。増々(ますます)意図(いと)(つか)めない。

俺たちの拠点(きょてん)でも(さぐ)るつもりか?

あの船に「追跡魔法(トレース)」でも仕掛(しか)けてあるのか?……いいや、「追跡(トレース)」はあくまで目標、もしくは連絡手段を持たない追跡者(ついせきしゃ)に掛けるもの。

追跡する船に掛けるくらいなら、無線を使った方が(はる)かに多くの情報をやり取りできるというのは常識(じょうしき)範疇(はんちゅう)だ。

第一、操舵士(チョピン)によればもうすぐ機体に限界がくるらしい。

だとしたら彼らの目的は今、この現状(げんじょう)でできることに限られる。

それは何だ?

 

それ以前に、俺たちの魔導士(まどうし)(せま)りくる追っ手への攻撃を(うなが)してこない。それはつまり、相手が本命(ガルアーノ)手先(てさき)ではないということじゃないのか?

となるとやはり、賞金稼ぎか。

だが、地上でならまだしも、夜間(やかん)の上空で、しかも高性能大型船(シルバーノア)で移動している俺たちをどうこうしようなんてのはやはり無謀(むぼう)な話だ。損得勘定(そんとくかんじょう)の強い彼らの取る行動とは思えない。

 

少なくとも直接的な交戦(こうせん)が目的ではない。だとしたら何だ?

情報収集か?(おとり)か?

……違うな。

この状況で(ひろ)えるような情報に価値はないし、(わな)も援軍もない状況での囮に意味もない。

そもそも、財力(ざいりょく)において圧倒的に『組織』に(おと)賞金稼ぎ(かれら)が、(わず)かな情報のために貴重(きちょう)な船を犠牲(ぎせい)にするはずがない。

 

だが、小型挺(あれ)自体が罠だとしたなら?

故障(こしょう)を理由に、俺たちが救助(きゅうじょ)に向かうのを待ち構えているのか?船一隻(いっせき)を犠牲に『第一級手配犯』を一網打尽(いちもうだじん)。お()りがくるような話だが……、

……やはり、ない。

もしも、これを(しゅ)とした行動だというのなら、目視(もくし)(づら)い夜間に実行しているのがまず不自然だ。それに、故障(こしょう)する前に俺たちと何らかの形で自分たちの身元を明らかにしないことには、俺たちが警戒(けいかい)して近付かないことも分かっているはずだ。

 

面白(おもしろ)い連中」、魔導士(ゴーゲン)はそうも言ったな。

それは単純(たんじゅん)馬鹿(ばか)にしているのか?

それとも、後々(のちのち)脅威(きょうい)()()る連中だとでも言いたいのか?

だとしたら、話題の『女』もそれに()()()という訳じゃないのだろう。

しかしそうなると、

 

――――「仲間に引き込め」

 

(あん)にそう言っているようにも聞こえてくる。

確かに、ここまではどうにか俺たちだけでやって来れたが、『人手不足』という現状は俺にも理解できる。

だが逆に言えば、今、この限られた仲間を無用(むよう)な危険に(さら)す訳にはいかない。

追っ手(あれ)後先(あとさき)考えずに突っ込んでくるような奴らだ。命令違反の常習(じょうしゅう)も、敵に操作(そうさ)される可能性も高い。

そんな連中を今、この局面(タイミング)で加えるのはやはり得策(とくさく)とは思えない。

 

すると、『女』の話題で(たわむ)れる彼らから一歩身を引いている男が、苦悩(くのう)する俺の考えを読んでいたかのようにポツリと(こぼ)した。

 

()まるところ、私怨(しえん)だろうな。」

小さな(さかづき)を手に、(かべ)()()けられた世界地図に視線を()せる赤毛が口にした言葉は、俺の意表を突いた。

(うら)み……か。」

だが、思い付いて(しか)るべき言葉だった。『アンデルの敵』や『賞金首』である以前に、俺たちは『()()()』だったのだ。

アンデルたちに(でっ)()げられたそれが今、何処(どこ)でどんな『尾鰭(おひれ)』が付けられているのか。それは俺たちにも、もう分からない。

シルバーノア(この船)にしても、元はスメリア国の物で、俺たちがそれを「()()()()」という話になっている。

つまり、時系列(じけいれつ)曖昧(あいまい)にさせられるのなら、今まで(おか)してきたアンデル(やつ)所業(しょぎょう)は全て俺たちのやったことだと触れ回ったところで、(うたが)うものは少ないということだ。

 

俺は自分たちの置かれている現状を認識し直した。それと同時に、俺はまたに気付いてしまった。

 

追っ手(かれら)敵対象(ターゲット)は俺たちにないのかもしれない。

 

囮はむしろ、俺たちなのかもしれないということだ。

具体的な手段こそ分からないが、俺たちとは別に、アンデルたちに刃向(はむ)かおうとしている『やり手』がいる。いてもおかしくない。

彼らは俺たちを使ってアンデル、またはガルアーノの注意をこちらに向けているのだ。

もしくは、アンデル(奴ら)に関しての裏情報を(にぎ)り、俺たちに伝えようと懸命(けんめい)にここまで追ってきたのかもしれない。

俺はそう思ってしまった。

 

 

アンデル・ヴィト・スキア。現スメリア国大臣であり、国王不在の今、実質『国王』の権限を持つ人物は、『犯罪者』アーク・エダ・リコルヌと浅からぬ因縁(いんねん)があった。

だが、それは何も青年との間に限った話でもない。

何故(なぜ)なら、大臣が()(おこな)圧政(あっせい)に不満を持つものは国内だけでも相当数(そうとうすう)いるからだった。

しかし青年は、大臣のあからさまな恐怖政治的な行為は演出のように思えていた。わざと国民の反感を買っているのだと――――

 

 

 

 

青年は追っ手に関しての詮索(せんさく)を中断していた。

もはや幾らでも見つけれる仮定の中から、追っ手(かれら)の目的を「今、この場で」特定することは、徒労(とろう)にも近い作業になってしまったからだ。

 

 

無論(むろん)、このままという訳にもいかない。

 

 

「チョンガラ。」

名前を呼ばれた商人は、(いま)だに老父とグルになって『お子様』の無邪気な抵抗を面白(おもしろ)がっていた。

「おおう、方針(ほうしん)は決まったかいの?」

だがそこは()がりなりにも、この荘厳(そうごん)な船の『船長』を一任(いちにん)された男。そして、気が小さいなりに「自分の仕事には文句(もんく)を付けさせない」ことを信条(しんじょう)とする男の切り替えは素早かった。

一先(ひとま)ず、その船と通信を取ってみる。チョピンに準備をさせてくれ。チョンガラとゴーゲンはこの先の安全な航路(こうろ)を洗い直して欲しい。」

「了解じゃ。」

船長は内線(インカム)で操舵室と連絡を取るが、船長(かれ)の表情は(かんば)しいものではなかった。

 

「チョピンからの状況報告じゃ。なんと、(やっこ)さんの通信機が(すで)(つぶ)れとるらしいわい。」

しかし、それは青年の予想の範疇(はちゅう)だった。

「……分かった。だったら船は(かま)わず真っ直ぐ飛んでくれ。追跡者はこちらで撃墜(げきつい)する。航路の選定(せんてい)はその後でも構わない。」

「ヨーソロー!」

船長(けん)、商人は殊更(ことそら)大きな声で(こた)え、大きな体を(はず)ませながら意気揚々(いきようよう)と操舵室へと引き返していった。




※ヨーソロー=船の進路を告げるための操舵号令の一つ。面舵(おもかじ)は右に転身すること、()(かじ)は左に転身すること指すのに対し、「ヨーソロー」は直進を意味する。
しかし、現代の海上自衛隊では単に『了解』、『問題なし』という意味で使われることが主であるらしいです。

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