聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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銀の小魚たち その一

――――アルトラパス湾北部――――

アルディアの(はる)南端(なんたん)、赤道付近に位置するアミーグ国の西海洋を、大小二(せき)の船は飛んでいた。

 

 

――――シルバーノア船内、操舵室――――

「船長、我々の後を付ける小型艇(こがたてい)があります。」

「なんじゃと、何隻じゃ?」

「信じ難い話ですが、どうやら単独のようですね。」

上司の問いに対し、()りの(まま)の情報を伝えた。操舵士(そうだし)は自分に()せられた義務を果たしたのだ。

だというのに、その部下が発言した現実味のない数字に、彼の上司は思わず彼を疑うのだった。

「ホホゥ、たった一隻とはのう。……チョピン、お前さん、さては寝惚(ねぼ)けとりゃせんか?」

操舵士は船長の不誠実(ふせいじつ)さには()れていた。(むし)ろ、()()()()には緊迫感(きんぱくかん)(ただ)わせない彼の合理的なやり方が気に入っていた。

「チョンガラさん。私の聞き違いでなければ、『南の島』での長期休暇(バカンス)をご所望(しょもう)のようですが、どうしますか?」

言いながら、操舵士は(かじ)を大きく切る素振(そぶ)りをしてみせた。

「ガッハッハッ、すまんすまん。チョイと信じられん話だったもんで、ついのう。」

「いやいや、私も電探(でんたん)の故障かと疑ったくらいです。」

二人のやり取りからは、「追われること自体には慣れている」と豪語(ごうご)する程度の余裕が(うかが)えた。

 

「もう一つ、私に報告義務があるとすれば、対象機が民間機というくらいでしょうか。」

「なんと、ガルアーノの手下ではないのか?」

「あくまで私の経験則(けいけんそく)で、断定はできませんが。そもそも現時点で、シルバーノアを長距離追跡できる小型艇が開発されたなんて発表を耳にした覚えはありませんし。」

 

現在、空のみならず、「軍事技術」と関連付けられるものの最先端は全て、軍事国家『ロマリア』ただ一カ国が(にぎ)っていた。

残る国々は外交を駆使(くし)することでこの恩恵(おんけい)(あず)かっている。それが機械工学、引いては世界情勢(せかいじょうせい)()るがない図式と言われていた。

 

上手(うま)く気流を利用しているようですが……。もしも、アルディアから追ってきたとなると、驚きですね。かなりマニアックな改造をしているはずですよ。」

そのロマリアでさえ大型船を上回る出力を備えた小型艇の開発には難航(なんこう)している。アルディアがこれを出し抜くことなど()()なかった。

()してや、民間人がこの難題を成功(パス)していたとなれば、手掛(てが)けた技術者は『暗殺』もしくは、『拉致監禁(らちかんきん)』を覚悟して当然の事件と言えた。

 

 

「ですが、操縦(そうじゅう)(むら)がありますね。おそらくは機体にかなりの無理をさせているのでしょう。」

相変(あいか)わらず、レーダーひとつで何でも穿(ほじく)り返すのう。」

ズイと、操舵士の仕事場を(のぞ)き込み、大柄(おおがら)な男は(あご)(さす)りながら感嘆(かんたん)吐息(といき)()らしていた。

「何を言ってるんですか。皆さんの特技に(くら)べたら私のは凡庸(ぼんよう)も良いところですよ。」

 

現シルバーノア専任(せんにん)操舵士、チョピン・フレド・エリク。

長く、スメリア国の元王族機専任操舵士を(つと)めていた彼は、近付く外敵から王族を避難(ひなん)させるという、(きわ)めて繊細(せんさい)(にん)()()っていた。

そのため、いち早く観測される限られた数字から、目標物の正体を特定することは彼にとって日常生活の一部として条件反射的に行われていた。

そしてその精度は今もなお――彼の()えない容姿とは裏腹に――、「機械よりも優れている」と仲間たちからの高評価を受けている。

 

「ただ、目的は分かりかねます。賞金稼ぎのようにも思われますが、それにしては追跡の仕方が恐ろしくお粗末(そまつ)です。識別信号(しきべつしんごう)(はっ)しないところを見ると救助や交渉の(たぐ)いでもないでしょう。」

「そりゃあ、自殺しにきたようなもんじゃのう。」

「私も、そう思います。」

操舵士は(あき)(かえ)り、思わず()(いき)をついていた。

目的は依然(いぜん)として不明であるにも(かか)わらず、彼は少なくともシルバーノア(この船)とって、小型艇(それ)は『脅威(きょうい)』とは程遠(ほどとお)いものだということだけは断定していた。

 

「どうしましょう。問題なく振り切れるとは思いますが。」

「そうじゃのう。」

「念のために一度、交信してみますか?」

大柄な船長はレーダーに写る一点を(うと)ましそうに見詰(みつ)めながら(うな)(ごえ)を上げていた。

「まだ、接触までには時間があるんじゃろう?」

「相手がこのままの速度を(たも)てたとして、最低でも10分は掛かります。お望みとあれば、こちらで距離を調整しますよ。」

「まぁ、その辺も(ふく)めて一度、総大将と相談してくるわい。」

船長の提案は、熟練(じゅくれん)の操舵士に違和感を覚えさせた。

 

「えらく慎重(しんちょう)なんですね。何か心当たりが?」

(いぶか)しむ部下の発言を受けた豪胆(ごうたん)な船長は、自慢(じまん)の腹を(たた)きながら笑ってみせた。

「なぁに、『歴戦(れきせん)の戦士の(かん)』ってやつじゃよ。」

「……船長の場合、『お宝の(にお)い』って言ってもらえた方がシックリきますよ。」

部下もまた、上司の皮肉(ひにく)に小さな快感を覚え笑って返した。

 

「そういうことじゃ。ワシは少し空けるが、その間に何かあればお前さんに(まか)せるぞい。」

「任せてください。快適な空の旅をご提供しますよ。」

「気分は『南の島』じゃのう。」

下品な笑い声と共に操舵室を去ろうとする船長の背中を見て、操舵士は発言を躊躇(ためら)っていた。

「あの、船長……、」

「……なんじゃ?」

振り返る男の面立(おもだ)ちは(すで)に、「船長」から「戦士」へと名を変えていた。

「…………また、()()()()()()()船長の『英雄譚(えいゆうたん)』とやらを聞かせてくださいよ。」

 

操舵士が(くる)(まぎ)れに披露(ひろう)した一芝居(ひとしばい)を終え、船長は操舵室を出ていく。操舵士は(ただ)ちに自分の()()に戻るが、彼は先程よりも若干(じゃっかん)、気落ちし、溜め息を(こぼ)していた。

「気を回す必要なんて無かったのになぁ。」

船長が退室する際、彼は()()()()()()()()()を提供するか(いな)かで迷っていた。

 

小型艇(あれ)に乗っているのは子どもかもしれない」無茶な操縦や、目的の不明瞭(ふめいりょう)さ。彼には同じような()()(おか)した経験があった。

「……できることなら助けてやりたいけどな。」

しかし、今の彼らにはそれが難しいことはよく理解していた。子どもの()(まま)に付き合っている(ひま)などないのだ。

 

彼ら『アーク一味』は「世界的犯罪者」という(いわ)れのない汚名(おめい)(かぶ)ってでも()()げなければならない『使命』を背負っていた。

そんな(おり)に現れた一隻の不審(ふしん)な小型艇。普段の船長(かれ)であれば、手際良(てぎわよ)指示(しじ)を出し、逃げるなり攻撃するなりしているはずだった。

「……『戦士の勘』か。」

操舵士は自分が吐いた言葉(セリフ)を思い返し、小さく嘆息(たんそく)した。

「そんなところが、貴方(あなた)がたに(あこが)れるところなんですけれどね。」

 

――――同、作戦会議室――――

「民間船、アルディアからここまでか?」

青年は素直に驚いていた。

追跡者(かれら)の目的や度胸(どきょう)にではなく、その無鉄砲さに。

もしも『アーク一味』が世間で()沙汰( ざた)されているような集団であれば、(たと)え彼らに『敵意』がなかったとしても、今頃、問答無用で打ち落とされているところだ。

 

「まぁ、賞金稼ぎだろうというのがワシらの見解(けんかい)なんじゃがな。」

そうであったとしても、アルディアでのガルアーノとの交戦(こうせん)を見た後で取った行動なのだとしたら、それは常軌(じょうき)()している。青年にはそう思えた。

「自殺でもしにきたのか?」

「どうやらそのようじゃのう。」

戦力差は大人と赤ん坊ほどに開いている。

海上に援護(えんご)できるような船の影はない。周囲の雲は薄く、月明かりは強い。「不可視(インビジブル)」や「瞬間転移(テレポート)」などの急襲(きゅうしゅう)への対策も打ってある。援軍(えんぐん)(ひか)えているなどということは有り得ない。

であるにも(かかわ)らず、堂々とシルバーノアの真後ろから追ってきている。

取るに足りない雑魚(ざこ)対峙(たいじ)しているだけのことなのに、青年は、どのような命令を下したものかと悩んでしまっていた。

 

「……そんなに金が欲しいのか。」

金儲(かねもう)けは否定しない。ただ、逃れられない『死』に自らの意思で突っ込んでくる彼らの気持ちが――(つつ)ましく生きることに何の不満も覚えたことがなかった青年には――、理解できなかった。

「まったくじゃ。ワシとて『金』か『命』かと問われたら迷わず『命』をとるわい。」

 

豪気を主張する商人は生来(せいらい)、気の小さい(たち)だった。

盗掘(とうくつ)から生計(せいけい)を立てるのが常識(じょうしき)の国に産まれていながら、遺跡(いせき)(ひそ)む化け物たちに(おび)え、手を(こまね)く毎日を送るような人間だった。

そんな彼が、大犯罪者の看板を(かつ)ぎ、(きら)びやかな船の船長を(つと)めていられるのも(ひとえ)に、同乗する身内の『力』を()()()()()()()()()()()()

 

青年は思わず、追跡者(ついせきしゃ)への揶揄(やゆ)(こぼ)し、小心(しょうしん)の商人も彼に同意した。

「チョンガラ、どうしてわざわざ報告しに来たんだ?」

ふと我に返った青年は、この不可解な行動の『出所(でどころ)』を追及(ついきゅう)していないことを思い出した。

「何か、それなりの理由があってのことか?」

「いいや。お前さんと一緒じゃよ。ただ何となく、のう。分かるじゃろ?」

しかし、()てにしていた男から返ってきたものは何とも煮え切らないものだけだった。

 

すると、なかなか活躍(かつやく)の場を持てない赤毛の剣士がここぞとばかりに名乗りを上げた。

面白(おもし)れぇじゃねえか。あんだけのドンパチを見ても逃げ出さねえってんなら、中々(なかなか)根性のある奴らだ。」

酒を手放し、刀を(つか)んだ彼は一変して殺人鬼のような気迫(きはく)(ただよ)わせ始める。

「アークが()らねえってんなら俺が相手してやるよ。()()り出して遊ばせろ。」

青年には赤毛(かれ)が本気でないことは分かっていた。ただ、青年の答えを()()いているだけなのだ。

「……大丈夫なの?」

赤毛の獣のような声に(おび)えながら、楽士もまた、『答え』のない不安だけを青年に投げて寄越(よこ)した。

二人の性分(しょうぶん)を心得ていた青年は赤毛と楽士の言葉を無視し、不気味に(せま)ってくる矮小(わいしょう)な敵の真意を探ることに(つと)めた。

 

青年はまず、最も警戒すべき事案を検証することにした。

「ゴーゲン、その船に魔術師が乗っているかどうか分かるか?」

指名された老父はろくに青年の顔を見ることもなく、下ろした腰を上げることもせず、ただ一度、手にした(つえ)石突き(スピッツェ)部分で気怠(けだる)げに会議室の床を突いた。

すると、突いた杖の先端は水溜(みずた)まりを叩いたかのように木造(もくぞう)の床に(わず)かに沈んだ。杖の沈んだ点から景色の(ゆが)みが波紋(はもん)を描いて広がっていく。

それは、(ほとん)どの魔術師が使うことのできる『超音波検査(エコー)』のような初歩的な(わざ)である。

だが、彼らの8割方が接触、もしくは身の回りにあるものなど、(せま)範囲(はんい)でしかその効力(こうりょく)発揮(はっき)できないでいる。

一方(いっぽう)で、この老父がしてみせたような探し人や金鉱脈(きんこうみゃく)探索(たんさく)などの広範囲の探知(それ)となると、世界に10人といない。

「……ホホゥ、こりゃあ確かに面白(おもしろ)い連中かもしれんぞい。」

(ただ)ちに目的の情報を得たらしい老父は一人、ニタニタと(いや)らしい笑みを、(たくわ)えた口髭(くちひげ)の下に浮かべていた。

 

「なんじゃ、何処(どこ)ぞの雑技団(ざつぎだん)でも乗っとったか?」

老父と同様、面白いことに目のない商人は、悪友の玩具(オモチャ)強請(せび)るように老父の調子に合わせ始めていた。

そうして老父の口から出た言葉は、結論に行き詰まる青年をさらに困惑させるのだった。

 

「いやいや、なかなかどうして、メンコイ()じゃのう。」

「何、娘が乗っとっるのか?!」

意表を突いた内容に、二人の好色家(こうしょくか)を除いて、男たちは言葉を失っていた。

「体型はどんなじゃ?ああ、いやいや、それよりも年頃じゃな。乳臭(ちちくさ)幼子(おさなご)じゃと話にならんしな。」

「ホッホッホ、安心せい。ムチムチの適齢期じゃて。」

猥談(わいだん)に走り始めた二人を楽士は(あわ)てて止めに入った。

 

「ゴーゲン、話が()れてるよ。結局、魔法使いはいるのかい?」

しかし老父たちは()()()()の指摘を受け、楽しむ方向性(ベクトル)をクルリと反転させるのだった。

「ポコ坊、お前さんも男じゃったらもう少し女人(にょにん)の話には貪欲(どんよく)にならんと一人前とは言えんぞい。」

「ふざけないでよ。」

少年は顔を赤らめ、怒る素振りを見せる。しかし、()()()()()二人にとって、彼の初心(うぶ)な反応は充分な『娯楽』でしかないようだった。

「いやいや、ポコ。ジイさんの言う通りじゃぞ。『(おんな)十人、()百人』が(たくま)しい男の基本形じゃろうが。」

そう詰め寄る二人に、一人の妻子(さいし)もいないことは船員の誰もが知っていることだった。

「もう、何の話をしてるのか分からないよ。」

不幸にも老人会に呼ばれてしまった少年と原住民の一方的なやり取りは、周囲に、ハエトリグサに捕まったハエを見ているような気分にさせた。

 

青年は、年寄(としよ)りたちの(たわむ)れに割って入ることはしなかった。

()()が老父の答えだと十分に理解していたからだ。

 

場の流れを読み、青年の顔色を(うかが)った赤毛の男もまた、自分の役目は終わったと理解し、手にしている酒への愛撫(あいぶ)を静かに再開させた。




※アルトラパス=自作の地名ではありません。アミーグのマップ中にある、アルトラパス荒野から引用しました。

※電探=電波探知測距(でんぱたんちそっきょ)の略称、いわゆるレーダーのことです。電磁波を飛ばして反射されたものから対象物の距離と方向を測定する器機のことです。

※石突き(スピッツェ)=杖の下方先端のこと。杖を持った際、地面と接地する部分。高齢の方や登山家が使うステッキやストックから引っ張ってきましたが…、魔法使いの杖でも同じ用語が使えるのか自信薄すです(;´Д`)

※ムチムチ=ムチムチプリンの略です。(笑)
ゲーム上でゴーゲンが口にした女性の好みです。
プリンは僕も嫌いじゃありません♪

※女十人、子百人=女十人をはべらせて、子ども百人こさえるぐらいの精力を見せてやれよbaby!的な。
そんな意味を含めて書いてみましたが、ちょっと分かりにくい表現だったかもしれません。
スンマセンm(._.)m


こだわっていたら、前回からとんでもない時間が経過していました。少し反省します(; ̄ー ̄A
次回は書き溜めたものがあるので、今回よりは早く投稿できると思います。
こんなんですが、どうか気長にお付き合いください。
m(__)m

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