聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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炎の怨恨 その四

崩落(ほうらく)した女の首の周囲に、彼女が従えるはずだった人間どもがワシの一声で「勇者」を「殺せ、殺せ」と(わめ)いている。

人間なんぞ、こんなものだ。こんな『(まがい物)』を使わずとも右も左も自在に向かせることができる。

「ガルアーノ様、シルバーノアを追跡(ついせき)する民間の船があります。」

「……そうか。」

しかし今回は、儂もそこそこの苦戦を()いられていることは(まぎ)れもない事実。たかが精霊どもの小間使(こまづか)いと実験動物(モルモット)二匹のためにこんな大仕掛(おおじか)けまで使う羽目(はめ)になるとはな。

 

……だが、無事に掛かったのなら、まずはワシの「勝ち」だ。

 

立場上、式典(しきてん)の期間中は市の空域(くういき)での航行(こうこう)規制(きせい)を掛けねばならなかった。

これに(おく)してあの小僧(こぞう)が「シルバーノア(あれ)追跡(ついせき)(あきら)めてしまったら」などという心配もあったが、どうやら杞憂(きゆう)だったようだ。それでこそ、シルバーノア(やつら)をこの町まで(おび)()せた甲斐(かい)があったというもの。

 

身許(みもと)は割れているんだろうな?」

この状況(じょうきょう)で他の名前が上がってくることはまずないだろうが、何事においても「絶対」を口にしてはならない。

真摯(しんし)な「ディーラー」の名を(かた)る「運命」連中が、ワシの(ささ)やかな楽しみを(うば)わないという保障(ほしょう)はどこにもない。

……いいや。(むし)ろ、そうあって構わない。(わな)()めたつもりが反対に自分たちが(はま)っていると気付いた時の「世界(にんげんども)」の表情は中々に見物(みもの)だからだ。

だが、「運命(ヤツら)」も人を(あざむ)くプロ。そうそう簡単に尻尾を(つかま)せてはくれまい。

「『炎』のエルクです。被験体(リーザ)監視(かんし)が確認しています。」

「リーザは一緒なんだな?」

「はい。キラードッグを連れてエルクの船に乗り込む姿を確認しています。」

「……そうか。」

今回、一番の大博打(おおばくち)も、どうやらワシの「勝ち」のようだ。

なにせ、奴はまだ小僧だ。ちょっとした感情の起伏(きふく)で周りが見えなくなるような不完全な(キャラクター)なだけに、シルバーノアを目にした時、必要な(リーザ)を置き去りにする可能性が大きかった。

 

……だが、油断(ゆだん)はならん。何故(なぜ)なら、これもまた「運命(ヤツら)」の得意な()(くち)の一つだからだ。

一見、筋書(すじが)き通りに進んでいるゲーム。それは、ゲームに()れたプレイヤーを最も混乱させる。それを『運命(奴ら)』はよくよく心得ている。

目の前で回っているその「歯車(ルーレット)」は本当に正しく回っているか?(ノワール)(ルージュ)、そして37の『(ポケット)』は正しく穿(うが)たれているか?

単純な構造のそれには一見、細工(さいく)のしようがないように見える。そう。一見してそれは分からない。だからこそ、そこに隠された小細工(イカサマ)は見つけにくいもの。

五年前はそのせいで、まんまとネズミを一匹逃がしてしまったからな。

 

しかし、ワシもただでは転ばん。逃げたなら逃げたなりに利用するだけよ。そして思った通り、エルク(アレ)は良い(あやつ)人形(にんぎょう)になった。

今回も、シルバーノアと因縁(いんねん)のある(エルク)がいたからこそ効果を発揮(はっき)した罠だった。

後は、エルクの船捌(ふねさば)きが元スメリア王船の性能との差を埋められるかどうかに()かっている。

仮に追い付くことができたなら、リーザの『精神感応(せいしんかんのう)』は自動的に発動する。それでアークらの『力の形(データ)』を少しでも収集できるはずだ。その後、『リーザ(データ)』を回収し、『()()()()()()()』の生成(せいせい)に取り掛からせる。

ここまで()()けることができれば、アークとの対峙(たいじ)で勝つ確率を7割近くまで引き上げられるはず。

 

 

……残る不安要素と言えば――――、

「今回の件に、エルクの()()()(から)んでいるのか?」

「はい。”シュウ”と名乗る賞金稼ぎは数日前より、プロディアス内のマフィアに関する情報を()(まわ)っていたとの報告があります。」

……やはり、その『黒装束(くろしょうぞく)』は中々(なかなか)曲者(くせもの)のようだ。

奴が絡んでくるとなると、エルクの行動に一つ、二つの仕掛けがあってもオカシクないな。

 

「そのゴキブリは今、何処(どこ)にいる。」

「申し訳ありません。プロディアス近郊(きんこう)でエルクと別行動をとって間も無く、見失ってしまいました。」

いやはや、(おおむ)ねこちらの思惑(おもわく)(どお)りとはいえ、要所々々(ようしょようしょ)はシッカリと押さえてきよる。それもこれも、儂の(こま)が役立たずなのか、奴が報告通りの玄人(くろうと)なのか。

 

「シュウ」、組合(ギルド)配置(はいち)した部下からは「賞金稼ぎ始まって以来の逸材(いつざい)」という評価。

さらに――――、

「奴の素性(すじょう)は?」

「そちらも、以前しました報告以上に正確な情報は(いま)だに(つか)めていません。」

――――、そういうことだ。

アルディア(ここ)に流れてくるまではロマリアの特殊部隊に所属(しょぞく)していた()()()こと以外、素性らしい素性は何も分かっていない。本名さえもだ。

もちろん、ロマリアの全軍関係者の名簿(めいぼ)も洗わせたが奴らしき存在は上がってこなかった。

何らかの形でロマリアに関わった過去があるのかもしれんが、ロマリア関係者には例外なく身分証明(データ)提示(ていじ)が義務付けられている以上、ロマリア(こちら側)所属(しょぞく)していた訳ではないのだろう。

しかし、「火のないところに煙は立たぬ」と言う。何処かの国に所属していたというのではなく、傭兵(フリー)で活動していたという可能性は十分にある。

 

エルクに固執(こしつ)している理由についても探らせてはいるが、五年前に砂漠で偶然(ぐうぜん)(ひろ)ったということ以外、何も上がってこない。

仕草(しぐさ)言葉遣(ことばづか)い、人間関係など、あらゆる観点(かんてん)から推察(すいさつ)し、(あば)くことを専門にしている部下(コイツら)が言うのだから、まあ、そういうことなのだろう。

 

だが――――、

「”正確な情報は”と言ったな。つまり、お前たちなりの見解(けんかい)()たということか?」

「……あくまで予想の範疇(はんちゅう)を出ませんが。」

「構わん。報告しろ。」

――――報告からまず分かったことは、奴はワシと正反対の性質の人間だということだ。

どうやら奴は事前に情報を収集し、確実に勝てる作戦を()()げてから仕事を()()うような(たち)の人間らしい。まさに軍人上がりらしい()()()()()だ。

……ただし、コイツの真の「恐ろしさ」はその手際の良さと正確さだ。

コイツに(ねら)われた賞金首の多くは、『影』が(しの)()っていることすら気付けなかったという。

エルクの調査過程で浮かび上がらなければワシもまた、遅かれ早かれコイツの餌食(えじき)になっていたやもしれん。

 

もしも「運命(ヤツら)」に加担(かたん)する存在がいるとしたなら、間違いなくこの『影』だろう。

だが、どんなに優秀(ゆうしゅう)な『協力者(かげ)』といえど人間という存在から(はず)れる訳ではない。そこには必ず「性格」があり、「過去」があり、「弱点」がある。

 

仮に、「元軍人」という経歴が真実なら、それもまた「性格」であり、「過去」であり、「弱点」と言える。

奴らは自分たちに()せられた()()忠実(ちゅうじつ)だ。

ワシらの「実験」が割って入ろうと、世界的「犯罪者」の闖入(ちんにゅう)があろうと、「標的(ガルアーノ・ボリス・クライチェック)」を変えることは有り得ない。

そして、「完全無欠」と(ささや)かれる有能な者ほど「時間に厳しい」。必要な物事に必要な時間しかかけない。段取りよく、(すみ)やかに任務を遂行(すいこう)する。

 

おそらく影は次にワシの身辺(しんぺん)(くま)なく探ってくるだろう。

エルク(あれ)はそのための(フェイク)のつもりかもしらん。少なくとも、お荷物(リーザ)を連れている時点で、小僧の暴走ではないはずだ。

そして、影は末端(シャンテ)との接触を(すで)に済ませている。後は、それを()()()辿(たど)っていけばワシに行き着くという算段(さんだん)だ。実に単純明快だ。

だが、「単純」(ゆえ)に、より熟達(じゅくたつ)した腕を要する作戦だ。ところが、(やつ)はそれすらも容易(たやす)(こな)してしまうのだろう。

 

しかし、ワシもまた()()()()()()()()()。あらゆる力と政治(カラクリ)を利用し、あらゆる支配権を得てきた。

この地位に(のぼ)()めるまでに現れた敵は星の数ほどいた。全て潰し、残らず()()()()()

そうして手にした「白い家」だ。従える「秘書」だ。そして、今やこの(いち)国家(こっか)そのものがワシ専用の「家畜小屋」なのだ。

今のワシには全てを圧殺(あっさつ)するだけの家畜がいる。それらを前に一匹の『暗殺者(ニンゲン)』なんぞ、路傍(ろぼう)(いし)も同然。例え「運命」とやらの手先であろうと、それが人間である以上、何も変わらん。

 

……そうだ。()()()()()()()、頭の良い「猿」以上の働きをすることなどできる訳がないのだ。

 

始末(しまつ)する手は(いく)らでもあるはずなのだ。だがしかし、それをするのは今ではない。

 

「エルクの『影』にはグルナデを()たらせろ。接触する必要はない。今は好きに泳がせればいい。ただし、所在(しょざい)だけは常に把握(はあく)するように厳命(げんめい)しておけ。」

『影』を名乗る獣を、()のない場所で始末しようなんてのは間抜(まぬ)けのすることだ。燦然(さんぜん)と照りつける太陽の(もと)に現れた瞬間、蚊を殺すように一瞬で(ひね)(つぶ)してしまえばいいだけの話なのだ。

ワシが飼っている家畜(もの)は、それができる化け物どもだ。

 

「グルナデと同行中のシャンテはいかが(いた)しますか?」

シャンテか……。式典までの”使い捨て”と思っていたが、期待した以上にエルクとの相性が良いらしい。使いようによっては、(さら)にいい働きをするかもしれん……。

「ジーンと合流させ、状況を開始するように伝えろ。やり方は好きにして構わん。」

 

 

さて、肝心(かんじん)のモルモットだが、どう回収するか。

本来ならば、ワシ自身が標的なのだから、ヘタに手を出す必要もないのだが、そこに『影』の入れ知恵があったなら話が少し変わってくるかもしれん。

……例えば、事前にアークどもの身の潔白(けっぱく)を調べ上げた『影』が、エルクを通じて協力を(あお)ぐということも、有り得ないではない。

最悪の場合(ケース)はリーザを抹殺()されてしまうことだ。当然、エルクにそんなことはできん。だが、エルクに知らされることなく『影』の操り人形としてそれを実行されてしまったなら……。

もしも、エルクの「親代わり」などという使()()()が『影』にあったなら、それもまた絶対にないとは言い切れない。

 

さらに、接触の仕方如何(いかん)ではエルクたちの存在はアークも知るところとなる。

であれば、あのクソじじいがワシの『モルモット』だと見抜いてしまうに違いない。加えて、ワシを除く四将軍はエルクたちの顔を知らんとなれば、奴らにとってこんなに()()()()()()()()()を放っておくはずがない。

ワシらの手に落ちる前に無理にでも回収、保護するだろう。

 

ワシが直接出張(でば)れば問題は全て解決するのだろうが、生憎(あいにく)、害虫どもと(たわむ)れる最高の舞台はまだ(とと)っていない。

ならば、これらの場合(ケース)だけは出来ることなら()けたいものだな。その(ため)にも、まずは本物(リーザ)の回収を第一目標にせねばならん。それこそ、女神像(まがい物)()(まい)は許されん。

偶然にも、奴らの飛んでいる近辺にはお(あつら)()きの(こま)がおる。

 

「……確か、ヴィルマーはヤゴス島に逃げ込んでいるんだったな。」

「はい。孫娘と二人、島に唯一(ゆいいつ)存在する村で問題を起こすことなく()らしているようです。さらに、博士は村に技術提供をしているらしく、島の住人からの信頼は(あつ)いとの情報もあります。」

「あの根暗(ねくら)な博士にしては上手くやっているようじゃないか。」

ヴィルマーにはどちらかと言えば、”人間嫌い”の()があったはずだ。それを、孫娘のために厚生(こうせい)するとは。中々見上げた家族愛じゃないか。

……ワシがそう()()()()のかもしれんがな。

 

「手段は任せる。エルクとシルバーノアが直接接触できない程度に阻害(そがい)しておけ。そして、エルクたちをヴィルマーに引き合わせろ。」

研究所から姿を(くら)ます直前まで、ヴィルマーには『精神感応(テレパス)』に関する研究に()けていた。「抑制剤(よくせいざい)」の開発を成功させたのも奴だ。効果は弱く、実用化には程遠(ほどとお)いが、リーザの捕縛(ほばく)に一役買うくらいはできるだろう。

「よろしいのですか?博士は能力者”活性化”の研究にも(たずさ)わっていたと記憶していますが。」

「その心配はない。」

所詮(しょせん)、奴は「敗者」だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()「弱者」だ。

「奴がなぜ研究所を逃げ出したかを考えれば、エルクどもの『力』を強化させようなどと話題にも上げるまい。」

少なくとも、自分の孫娘の目の届く範囲で『化け物』の脅威(きょうい)(さら)すような真似(まね)はできんはずだ。

上手く事が運べば、例の『鉄クズ』も一緒に回収することができるかもしれん。そうなれば言うことはないのだがな。

 

 

――――しかし、紅の男はそうなることを望んではいない。

(ことごと)く、自分の期待を裏切る結果が訪れる瞬間を思い浮かべるだけで、男の口内は汚濁(おだく)した唾液(だえき)で満たされていく。

 

紅の男は、そういう『化け物』だった。




※ギルド=「guild」の本来の意味としては各職種における「同業者組合」という意味らしいですが、この「アークザラッド」の世界では「ギルド」=「全世界の賞金稼ぎのための組合」ということにしたいと思います。

※四将軍=ロマリアという軍事国家で、事実上政治を取り仕切っている四人の将軍のことです。すでに名前だけは四人とも登場していますね。アンデル、ヤグン、ザルバドそして、ガルアーノがその四人になります。

※研究所=ゲームでいう「キメラ研究所」のことです。そして、原作(ゲーム)では西アルディアとフォーレスでしか支部は確認されていませんが、この物語ではスメリア、ミルマーナ、ニーデルにも支部が存在することにします。
(以下、説明に使う用語は本編ではまだ紹介していないものも含みます。おいおい、本編でも紹介しますので、サラッと読み流してもらって構いません。)
追加設定の理由は、ガルアーノ主体の『キメラ化計画』は『殉教者計画』に並んで「闇のもの」たちの(おも)だった計画であり、ロマリアの外で勢力を拡大させる役目を担っている四将軍への兵力増強を考慮したため。
また、ニーデルの支部は、世界に名高い「武闘大会」の出場者を目当てにしていたり、実験体の模擬実戦を兼ねていたりしました。ただ、研究が進み、()()()()実験や人材の確保の必要性が薄れたために、クレニア島へ「武闘大会」が移っても研究所の移設はされませんでした。……みたいな経緯があったことにしてください。

そうなると、「フォーレスはにある理由は何だ」って話になりますよね(笑)
これもニーデルと同じような理由だと思ってください。
実は「ホルンの魔女」の遺伝子がホルンの外に漏れていて、「フォーレスでは()()()()()()()()()()」という噂がありました。その「奇形児」を「異能者」と判断したガルアーノが研究所を設置させました。
フォーレスでも、「奇形児が生まれる」のは「ホルンの魔女の仕業」という風に言い伝えられてきたため、最終的にはリーザの村が襲われることになりました。
……まあ、この辺の詳細は本編で直接書こうと思います。

※ルーレットの仕組み
『カジノの女王』とも呼ばれるカジノの定番。ディーラーが回転盤を回し、ボールを盤とは逆回転に投げ入れます。この二つが回っている間に、回転盤に配置されたどのポケット(赤、黒、数字が表記された穴)にボールが入るのかを予測するゲームです。
ポケットの数字は盤の種類によって3種類ほどあるようですが、数字の配色は赤、黒、緑に限られています。ただし、緑は「0」もしくは「00」のみです。赤と黒は数字の分だけ均等に分けれています。
賭け金(ベット)」はルーレットが回る前と、ルーレットとボールが回り始めてディーラーが「No more Bet」と宣言してベルを鳴らすまでの間に行います。
賭け方は様々ありますので、そこはググってください(笑)
(ちな)みに、ディーラーが狙って意図した穴に落とすことは「不可能」だと言われているようです(もちろん、イカサマなしで)。

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