聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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炎の怨恨 その三

(あか)い将軍はクツクツと(たかぶ)る感情を口許(くちもと)から(こぼ)し、(さら)なる熟考(じゅっこう)(かさ)ねていた。

彼が『勇者』や『運命』に(やぶ)れる確率は決して低くはない。しかし、今の彼がそれらに対して『(おそ)れ』を(いだ)くことはあり得ない。

それは勝利を確信しての『傲慢(ごうまん)』ではない。彼が、自身の存在こそが『恐怖(そのもの)』であると確信しているからだ。

 

彼は一個にして数多(あまた)の『命』の(かたまり)だった。

心も体も完成した一個の『合成生物(キメラ)』。それは他者に(つく)られた存在でもなく、先天的(せんてんてき)(そな)わっていた特性でもない。

それは彼が永い年月を掛けて勝ち得た『進化』の形なのだ。

 

まだ、彼が単なる『一個』であった頃、彼は確かに生物として正しい『戦慄(せんりつ)』を覚えていた。

『生』を手放(てばな)さぬために他者を喰い、『死』を遠ざけるために他者を滅ぼした。

そうして彼が食べ続けたもの、それは他者の『畏怖(いふ)』だった。

鳥を(しょく)して(つばさ)()やすように、途方(とほう)もない数の『恐慌(きょうこう)』を喰らい続け、いつしか彼は『恐怖(きょうふ)』そのものへと進化していた。

(ゆえ)に、彼が自身の『終焉(しゅうえん)』を目の前にしたところで、それは姿見(すがたみ)(うつ)った自身を眺めていることとなんら変わりないのだった。

 

だがそれで彼の『進化』が、彼の『生』の変革(へんかく)終止符(しゅうしふ)を打つことはなかった。

エルクに出会うまでの彼は(むし)ろ、自分の『(それ)』が訪れることを今か今かと待ち望む(きら)いがあった。

「幾千、幾万の『怖気(おぞけ)』を喰らった今の儂はそれに見合うだけの『(アブラ)』が乗っているということだろう?」

彼は舌舐(したなめず)りをする程に、自身の『死の味』を妄想(もうそう)した。

しかし(つい)ぞ、それに見合う勇者(フォーク)神々(ナイフ)は現れなかった。

 

そして、彼は少年に出会った。

10才そこそこの未成熟児(みせいじゅくじ)が『復讐(ふくしゅう)』と『悪夢』の板挟(いたばさ)みに()い、悩み、苦しむ(さま)を見たその時の彼は、また一つ別の扉を開ける。

今の彼は殺人から政治経済、果ては歌手の育成にまで(はば)()かすことのできる――それは王にも(まさ)る――奇才(きさい)多才(たさい)を備えた『猟奇的な喜劇王(エンターテイナー)』へと見事な変態(へんたい)()げていた。

 

彼は『生』と『死』の食卓(しょくたく)を時間を掛けて(たの)しむ。

彼はそれを意のままに操りたいと貪欲(どんよく)になる一方で、それらに裏切られることを心から望んでいた。

少しでも永く、少しでも永くそれらを味わうために――――。

 

 

 

 

このアルディア(大国)手中(しゅちゅう)(おさ)めた儂がよもや、女神の首を落とされ、聖母の回収に振り回されるとはな。将軍という地位がなければこの首も一緒に落とされていただろうよ。

だが、王の信頼は間違いなく(うしな)った。

まぁ良い。もう(しばら)くは奴らと遊んでいるのも悪くはない。

「市民に被害は出たか?」

「いいえ、ありません。損壊(そんかい)した女神像の破片(はへん)は全て、対象を()()()落下したようです。」

……(かす)かに精霊の臭いが残っている。

全く、役に(てっ)しきれん『悪』の所業(しょぎょう)はどうにも後味が悪い。『アーク一味(役者)』を引き立てる『監督(わし)』の身にもなって欲しい。

 

 

しかし彼は(こと)()げにそれを()()げてしまう。

 

「見たか、これがアークという犯罪者の()(くち)だ。」

紅い市長は低く、(うな)り声を上げるように語り始めた。

「奴らは汗水、いいや、時には涙さえ流して造り上げたこの町を()(にじ)り、我々を嘲笑(あざわら)い、支配者を気取(きど)っている。」

苦々(にがにが)しく、重々しい市長の言葉は()()()()()()()。しかし、そこに集まった人々に届かない言葉は一言(いちごん)たりともない。

(さいわ)いにして、今回のことで大きな被害は出なかったものの、そもそもアークは我々の命など眼中(がんちゅう)にない。何故(なぜ)なら奴らは一国の王さえも虫螻(むしけら)(ごと)く斬り捨てる悪魔だからだ。」

唸りはやがて熱を()び始める。それは大気(たいき)媒体(ばいたい)に、耳を(そばだ)てる聴衆(ちょうしゅう)(いや)(おう)でも伝わっていた。

 

「我々は黙って悪魔にこの世界を(ゆず)(わた)すのか?いいや、我々が造り上げてきた町は我々のものだ。この国は我々アルディア国民のものだ!」

獅子(しし)(ごと)き市長の咆哮(ほうこう)は彼らを萎縮(いしゅく)させ、誰が『王』であるかを再認識させた。そして、『王』の言葉は弱き『(ヒト)』の心に『炎』を(とも)し始めるのだった。

 

「殺せ!アークを殺せ!!」

彼の言葉は数千人の静寂(せいじゃく)の中に(あまね)(ひび)き渡る。

その苛烈(かれつ)な『王』の()()は、『人』の中に(くすぶ)る『獣たちの最後の(かせ)』を()(はな)つ。

「……そうだ、殺すべきだ。」

一匹の、何気無い一言(ひとこと)はウィルスのように二匹、三匹と伝染(でんせん)する。

「……相手は国王殺しだ。殺されて当然じゃないか。」

「……奴らは悪魔なんだ。そうじゃなきゃ、こんな(むご)真似(まね)ができるはずがない。」

焼け落ちた女神を見上げ、彼らは独自の解釈(かいしゃく)を上乗せしていく。

(ちり)が積もり、山となる頃には、式典のお祭り騒ぎに(じょう)じたために居合(いあ)わせただけの野次馬(やじうま)たちの心にさえ現象(それ)伝播(でんぱ)していた。

(それ)』は(とど)まることを知らない。

「殺せ!」

「悪魔を根絶(ねだ)やしにしろ!」

一刻(いっこく)も早く!」

躊躇(ためら)いがちだった非道徳的(ひどうとくてき)な言葉は、まるで神がそれを許したかのごとく正論(せいろん)として声高(こえたか)らかに叫ばれ始める。

「奴らの(はらわた)()()き、野に(さら)してスメリアへの贖罪(しょくざい)にしろ!」

それは市長の予想したままの、醜悪(しゅうあく)さと、獰猛(どうもう)さを(あらわ)していた。

「これだから人間(にんぎょう)遊びは止められん。」

変貌(へんぼう)し、(ふく)()がる民衆(彼ら)はどんどん()()()()()退()()()()()。そして市長()が親近感を覚えるほどに(みにく)(ただ)れ、一つの生き物へと成長していく。

 

()()は、成功を(おさ)めていた。

会場は、首を落とされた彼女に(ささ)げるはずの讃歌(さんか)ではなく、彼女に手を掛けた咎人(とがびと)断罪(だんざい)する叫び声(コール)()たされていた。

 

(いわ)れのない被害を受けた彼らに、『犯罪者』への殺意を抱かせること。

それこそ、()()()()()()()()()面白(おもしろ)く思わない、紅い男の(たくら)みに他ならなかった。

そしてそれは、彼にとって(やさ)し過ぎる仕事だった。

メディアは彼の言葉を更に誇張(こちょう)し、アルディア国民の間では(またた)()に『アーク排斥運動(はいせきうんどう)』の意識が高まっていった。

 

同時に彼は、このアルディコ連邦(れんぽう)、引いては全世界におけるプロディアス市長の印象(イメージ)()()えも(はか)っていた。

それが一時的なものでしかないことも理解している。だが、それで十分だった。

何故(なぜ)なら、彼らが書き上げた台本(シナリオ)()()()()()()()への下拵(したごしら)えは既に完遂(かんすい)されていたからだ。

 

 

 

―――さぁ、逃げ回れ小僧ども。儂とHide and Seek(ハイドアンドシーク)を楽しもうじゃないか。




※嫌いがある=好ましくない傾向。懸念(けねん)
※変態=幼生から成体へと変化していく過程。((さなぎ)から蝶への羽化など)
化学的組成が同一でありながら原子配列や物理的性質などが異なる状態に変移する現象。(ちょっと良い例が分かりませんでした(;^_^A)


※hide and seek=隠れん坊

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