聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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銀の疑似餌
炎の怨恨 その一


少年は炎に(まも)られていた。

だからこそ、(みずか)らを焼き払おうとする少年の手は(つか)まれ、(さと)し続けられてきた。

 

 

 

 

 

忘れてはならない

 

身を(てい)した者の心に抱かれ、お前は強い者を知らなければならない

 

涙した者の血を()み、お前は弱い者を知らなければならない

 

護られた数だけ、護らなければならないことを

 

忘れるなかれ、我が魂を()()ぎし『(ほのお)御子(みこ)』よ

 

 

 

 

 

―――しかし、名も知らぬ者の加護(かご)を甘んじて受ける者は多くない。少年もその例に()れることはなかった。

さらに、『名も知らぬ者』の語る言葉は、少年の(やわ)らかな心を深く、より深く(えぐ)()った。

『名も知らぬ者』が語るそれは、少年の『過去』。

彼が自ら手に掛けた『それ』は、最も身近な者の『死』。命あるが(ゆえ)()(さか)る肉親と親友の『悲鳴』と『命乞(いのちご)い』の怨嗟(コーラス)

そこから『生』と『死』を()()()()()には少年は(あま)りにも幼過(おさなす)ぎた。

 

少年は『炎』を知らず、『炎』は少年を知らなさ過ぎた。

 

語れば語るほどに少年は『血』と『涙』から目を(そむ)け、耳を(つんざ)く『叫び(ことば)』は曲解(きょっかい)され、少年の心をジリジリ、ジリジリと(あぶ)り続けるのだった。

 

彼は知る―――、

 

他人が()けた炎は、罪を産む『悪夢の(あぎと)』。

(おのれ)()から(こぼ)れ出る炎は、罪を遠ざける『懺悔(ざんげ)業火(ごうか)』。

 

―――少年は『炎』をそう、名付けた。

 

 

 

 

 

 

――――そして今も(なお)、少年の目に『名も知らぬ者』は映っていた。

 

それは……、どこかで見知った光景に思えた。

それは、俺を()()てる『何か』であったはずなのに、記憶に(かすみ)が掛かっていて思うように身体(からだ)が動かない。全身のスイッチが入らない。

だが、(まばた)きをした刹那(せつな)空覚(うろおぼ)えだったその光景(正体)が、(まぶた)の裏にありありと現れる。

 

あれは、女神の降臨(こうりん)(たた)える聖火(せいか)なんかじゃない。あれは、祭りを盛り上げる電飾(イルミネーション)でもない。

それは拷問(ごうもん)(ごと)く、何度も、何度も執拗(しつよう)に俺を追い回し続けてきた陰惨(いんさん)な『炎』だった。

人も森も空も、心さえも焼き尽くす『悪夢』だった。

そして、(あけ)()まる(そら)悠々(ゆうゆう)と泳ぐ白銀(はくぎん)の魚も俺は、知っていた。

 

 

 

少女はすぐに気づいたが、反射的に手を伸ばしたそこにはすでに捕まえるべき少年の姿はなかった。

 

彼は地上5階の窓を()(やぶ)り、高さ20mはあろうかという中空(ちゅうくう)(おど)り出ると、地上まで()()ぐに続く(かべ)()めるように駆けていく。

人間(にんげん)(ばな)れした動きで、グングンと遠ざかっていく。

背後から懸命(けんめい)に呼び掛ける少女の声など、追い付かせないほど速く、機敏(きびん)に。

 

「行かないで、エルクっ!!」

 

―――少年は今、『過去』の中を走っていた。否定することで、あるはずのない『何か』を取り戻そうとしていた。

そして現在(いま)、望んで護ろうとしていたものを手放(てばな)していた。

 

 

 

 

 

――――プロディアス近郊(きんこう)――――

 

時を同じくして、黒装束(くろしょうぞく)に身を包んだ男は(プロディアス)よりも一段高い台地の上にいた。

彼は少年と同じものを見、少年が思い描くであろう”情景”を(さっ)した。

そして、第三者である彼は、すぐにその「絵図(えず)」が()()であることに気づいた。

 

 

……出来過(できす)ぎている。

 

 

それが男の、始めに出てきた『答え』だった。

 

 

アルディア(わん)上空(じょうくう)を飛ぶ白銀の船の名は「シルバーノア」。辺境(へんきょう)の島国”スメリア”の元王族専用大型飛行船、この世でたった一機()()()()()

それを(よそお)った同型機(ガイスト)であったとしても、この演出を見るエルクの目には「シルバーノア(ソレ)」以外の何ものにも(うつ)らないだろう。

そして、それこそが連中(マフィア)目論(もくろ)みだ。

 

以前、エルク自身がシルバーノアの写真を指して(かたき)であるようなことを(ほの)めかしたことがあった。

アイツの記憶の中にボンヤリとその時の光景が焼き付いていたのだ。

それが今、断定に変わった。

 

連中は(ろう)せずして邪魔者を消そうとしている。エルクという『化け物』を使って――――。

 

 

不安を抱きながら、黒装束は最終点検の終えた機体(きたい)のエンジンを掛けた。機体の名前は「ヒエン」、ビビガ所有(しょゆう)の小型飛行船。

そもそもは町中(まちなか)適当(てきとう)地点(ポイント)待機(たいき)し、場合に応じて敵を狙撃(そげき)する予定だった。

だが、彼の第六感がいち早く「狩り」の破綻(はたん)察知(さっち)し、狙撃を(あきら)め、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

しかし、現状は彼の直感を上回り、さらに複雑(ふくざつ)展開(てんかい)を見せていた。

 

 

さて、どうしたものか……。

エルクが『炎』でシルバーノア(アレ)(おと)すにしても地上から離れ過ぎている。手頃(てごろ)な足場もない。

となればアイツは必ずこの船を取りに来る。

エルクの泊まっていたホテルからなら、乗り物を調達(ちょうたつ)したとしても10から20分は掛かる。

だがエルクが、現段階でまだ(アレ)撃ち落とすことを諦めていないのなら、少し後手に回り過ぎたかもしれない。

何故(なぜ)なら、シルバーノア(あの船)着岸(ちゃくがん)する様子がないからだ。()りる気がないのだ。

あれが連中の用意した「演出」であるなら尚更(なおさら)だ。

仮にアレの乗組員が降下(こうか)作戦(さくせん)を取ったとしても、あの一機で制圧可能な目標物(ターゲット)が女神像の他に見当たらない。

市長を狙うにしても、タイミングが悪すぎる。ここまで騒ぎを大きくしたならそれなりの警戒網が張られ、手が着けられなくなっているはずだ。

 

つまり、『Hit&Away(ヒットアンドアウェイ)』。用が()んだらさっさと()()げるのが一番自然に思える。

だとすれば俺に「待機」の選択肢(せんたくし)はない。

だが、だったらどうする。こちらからエルクを(ひろ)いに行くか?

態々(わざわざ)連中の目論(もくろ)みに()まるというのか……。

 

……いいや、それで良い。

どちらにしろ、今回はこれ以上の成果(せいか)は見込めない。

連中もあの船も早々(そうそう)に切り上げ、尻尾(しっぽ)(つか)めずに終わるだろう。

だったら今は、「(わな)に掛かった」と興味(きょうみ)を持たせておくべきだ。

あれが「シルバーノア(本物)」で、俺の考えが早計(そうけい)であったとしても、実際に起きている町への損害。世間の市長への信頼が甚大な被害をこうむることは間違いない。

そうなると「市長(マフィア)」と「()()()()()()()()()()」が敵対関係にある可能性は高い。

船の攻撃に対し、連中が(わざ)とらしいくらいに無防備(むぼうび)なことも、エルクにそういう印象を持たせるための偽装(ぎそう)なのだろう。

 

だがやはり、「答え」を出すにはまだ早過ぎる。

その真偽(しんぎ)を確かめる上でも、エルクたちには船を追わせ、俺は次の仕掛(しか)けに移るであろう連中の動向(どうこう)を探るのが妥当(だとう)だろう。

……エルクが暴走したとしても、逃走中の船が()()()()()()をまともに相手をすることはあるまい。

 

小型飛行船(ヒエン)搭乗(とうじょう)できる人数は6人と少ないが、代わりに飛行速度は一般大型船よりも(まさ)っている。

しかし、目標であるシルバーノアは仮にも王族専用機。

一般機を上回る加速装置、もしくはそれに(つら)なる退避(たいひ)行動(こうどう)を取る装置が(そな)わっていると考えて間違いない。さらに、今やあの船は「幽霊船」だ。

いくらヒエンでも、エルク(こちら)()くだけなら容易(たやす)いことだろう。

問題は―――、

 

 

黒装束は視点を敵から味方へと切り替えた。

すでに小型船の離陸(りりく)を終え、低空飛行でプロディアスまでの最短(さいたん)経路(けいろ)辿(たど)っている。

 

 

問題は、正気(しょうき)()くしたであろうエルクが、リーザを保護し続けているかどうかだ。

「シルバーノア」が罠であるというのも、俺が出した仮説に過ぎない。アレが(おとり)で、本命はやはり「リーザ」ということも十分にありえる。

 

だが、エルクがあの船を相手にしたとして、連中も、国際手配にまでなった猛者(もさ)たちを相手に、エルクが「全滅させる」とまでは思うまい。

ならば、エルクは「()(ごま)」か?

……いいや、俺が把握(はあく)している限りでも、連中の(たくら)みの一つに『人体の改造手術(キメラ化)』があることまでは突き止めてある。

そして、連中は事あるごとにエルクを監視し続けてきた。なぜなら、エルクがそこから抜け出したきた「被験体(ひけんたい)」の一人だからだ。

 

しかし今の今まで、手は出して来なかった。……成長を待っていた?時期を見計(みはか)らっていた?

何を?……「リーザ」か?

違う。「リーザの脱走」は事故だ。……そうなのか?同時期に起こった能力者の「ハイジャック」も、か?

……違う。

やはり、出来過ぎている。

理由は何にせよ、「リーザの移送(いそう)」も「ハイジャック」も身内でやったことだ。

エルクによれば、ハイジャック犯は組織への反乱らしいが、貴重な被験体(サンプル)の管理がそんなに杜撰(ずさん)(はず)がない。リーザのようなさらに特殊な『能力』であれば尚更だ。

「ハイジャック」も「リーザの行動」も連中の計画の範囲内ということだ。

ならば連中はハイジャックを使ってリーザの脱走を手助けしたことになる。

 

……何故(なぜ)だ?

リーザを逃がして連中に何の得がある?

エルクと引き合わせるためだとでも言うのか?「ハイジャック」はその――能力者を()てることで、極力(きょくりょく)、エルクが呼び出されるように仕向けた――陽動作戦(カモフラージュ)か?

それならハイジャック犯の「単独」や「穴だらけの犯行」、「不明瞭(ふめいりょう)動機(どうき)」も納得できないことはない。

……それでもまだ、何処(どこ)かに見落としがある感があるな。

どこに?

 

……やはり「リーザ」だろう。

あの子の『力』は貴重だ。エルクに預け、まかり間違って死なせでもしたら……。

いいや。これもまた、奴らの「実験」なのだとしたら?

彼女の『力』がエルクという『化け物(能力者)』にも通用するものなのかという。

こういう時のためにエルクを野放(のばな)しにしておいたのか?

 

黒装束が仮説に仮説を()つけ、真実を(あば)こうと思索(しさく)している間にも、事態(じたい)刻一刻(こくいっこく)と進んでいた。

 

空では青年が船長に命令を(くだ)し、銀の魚を反転させ、巣へ帰ろうとしていた。

そして焼け残った地上からは、それを(のが)すまいと『憎悪(ぞうお)』の双眸(そうぼう)を持って駆ける少年が現れたところだった。

 

「やはり……、一人か。」

黒装束は小さく嘆息(たんそく)を漏らしながらも、迅速(じんそく)降下(こうか)し、少年を(ひろ)う。

 

仮説の(いき)は出ないが、連中の目的はエルクと「シルバーノア」の(つぶ)()い。「被験体(リーザ)回収(かいしゅう)」。当面(とうめん)は、この両方を視野に入れて動いた方がいいだろう。

 

 

「シュウ、あの船を追ってくれっ!」

「そのつもりだ。だが、その前にリーザを拾う。」

意識の外にあった名前を出され、少年は(わず)かにたじろいだ。

その表情を見届(みとど)けた黒装束の男は、少年に続けて(たず)ねた。

「今、何処にいるか、分かるか?」

少年にも自覚はあった、叱責(しっせき)を受けて当然だということも。だが、今の彼は()()()()()()()()

「それよりも、アイツだ。見失っちまう!」

その様子を見るほどに、黒装束の男は苛立(いらだ)ちを覚えていた。




※怨嗟(えんさ)=恨み、嘆くこと

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