聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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白銀の使徒 その四

市長()の眼前は、(またた)く間に『災厄』に()まれていく。

 

男が『望み』を()てかけたその時、それは(まさ)しく、神の(ごと)き『威光(いこう)』を(まと)って彼の前へと姿を現したのだ。

「……突如(とつじょ)、アルディア(わん)上空に銀色の機影(きえい)が出現。アーク一味(いちみ)の使う『シルバーノア』に間違いないかと。」

それは『突如』という言葉の通りだった。誰の目に触れることなく唐突(とうとつ)に、それは『幽霊船』のような非整合性(ひせいごうせい)(まと)った出現を()たした。

 

いつの間に?何時(いつ)から?何処(どこ)から?どうやって、ここまで潜伏(せんぷく)して来られた?

 

「奴らがここまで近づけた原因は何だ。」

男の(かたわ)らに(ひか)えていた一人は黒のハットを深々と(かぶ)り、薄暗い声音(こわね)で主人に答えた。

「"瞬間転移(テレポート)"も"不可視(インビジブル)"も使用した痕跡(こんせき)はありません。おそらくは"沈黙(サイレント)"を応用したものではないかと思われます。」

 

例の大魔導士とやらの入れ知恵か。あの術にこんな応用ができたとはな。

 

深紅の男は崩壊の中心にいながら、敗因(はいいん)模索(もさく)し、悠々(ゆうゆう)(そら)を泳ぐ銀の魚に見惚(みと)れていた。

「ガルアーノ様、退避(たいひ)を。」

銀の魚は皮肉(ひにく)にも『女神』と同様の蒼白(あおじろ)い光を(まと)い、そこから舞い散る(いかずち)花弁(かべん)は、容赦(ようしゃ)なく『彼女』を焼いた。

博愛(はくあい)』と『勝利』を語るはずの美しい首は銅を(はな)れ、(ちゅう)を舞う。そして、焼かれた『彼女』の瓦礫(肉片)は産まれたばかりの信者たちに()(そそ)いだ。

 

その惨澹(さんたん)たる光景を目の前にして、男は無意識に(にぶ)く、重たい声で失笑(しっしょう)していた。

 

 

 

……()()()()()()、どうでも良いではないか。

 

 

 

『アーク』、そのたった一言が止まりかけていた男の心臓に再び『命』を与えていた。『彼』という『魂』がその言葉を待ちわびていた。

固まっていた筋繊維(きんせんい)(よろこ)(あえ)ぎ、男の身体(からだ)小刻(こきざ)みに(ふる)えさせていた。

 

「そうか……、これがお前という()()のやり方か。」

目紛(めまぐ)るしく変わる舞台に飲まれ、『呪縛(じゅばく)』から()(はな)たれた『愛すべき市民』が虫のように()(まど)う中、男だけは待ち望んだ福音(ふくいん)下卑(げび)た感謝の言葉を(ささ)げていた。

ただ一人、苦々(にがにが)しくも狂喜(きょうき)(ゆが)んだ顔で天を(にら)んでいた。

「ようこそ、アーク・エダ・リコルヌ。人類に残された最後の『勇者』よ。()()()()()()()()()()()()()()。」

男は笑い、(たかぶ)っていた。彼の中の『市長』もそれを許していた。

『彼』は起こりうる被害の規模(きぼ)(すで)に予想し終えていたからだ。そして、それは彼が(きず)いてきた(ざい)(いちじる)しく()()()()()()()()()()()

『彼』もまた、『人生』を謳歌(おうか)するためだけに生まれた一個の『命』であるからだ。

 

女神の肉片(にくへん)は広場に(あまね)く降り注ぐ。彼女を焼き終えた光の花弁は、(ねら)(たが)わず、彼女の御膳立(おぜんだ)てを果たした黒服たちを一人、また一人と焼いていく。

だがしかし、彼女の(もっと)も近くにいるはずの深紅の男は、一片(いっぺん)たりとも彼女の肉を(かぶ)ることはない。黒服たちの本核(ほんかく)であるはずの彼は一片(ひとひら)の光も()びることはない。

急変した現場に対応する黒服の一人を捕まえ、彼は(うそぶ)いた。

「ガルアンへ伝えろ。『()()とせるものなら落としてみろ。今日は酒が飲みたい気分だ。』」

彼もまた、北叟笑(ほくそえ)んでいた。

「『人間(素体)』の安全はいかがいたしますか。」

「全て任せる。『勇者殿』に()()()()()()を殺す勇気など持ち合わせていないだろうがな。」

言いながら、彼は自身に向かって問答無用の言葉を投げ掛けていた。

 

「今はまだ、その時ではない」熱く()(たぎ)る欲望に、自らが築き上げてきた全財産を(とう)じるべき『瞬間』は、今ではない。

彼はその悦楽(えつらく)の瞬間を見極(みきわ)めるもう一つの愉悦(ゆえつ)(きょう)じている最中(さいちゅう)だった。

彼は決して運の良い方ではない。しかし、人並(はひとな)(はず)れた執念(しゅうねん)(ぶか)さと用心深さが彼の『実力』を底上(そこあ)げしていた。

 

現状を把握(はあく)するでもなく、男は『使える(こま)』を(はじ)()し、次の下拵(したごしら)えに取り掛かっていた。

「グルナデはシャンテを連れてエルクを迎えに行け。」

彼が一つ(さい)を投じれば、(したが)う幾百の部下が動き、その数だけ被害者(ひと)の『運命』が動いた。

彼にもようやく、その『力』を存分に発揮(はっき)する時が来たのだ。

「今は、その前座(ぜんざ)に過ぎない」彼は(かさ)ねて(みずか)らを(りっ)する(よろこ)びを()()めていた。

 

 

 

 

 

――――アルディア湾上空――――

 

大海(おおぞら)を舞い、閃光(せんこう)(はな)つ魚の(かしら)に、二つの人影があった。

「ゴーゲン、間違っても一般人には当てないでくれよ。」

一つは利発(りはつ)な青年。

時折(ときおり)、そこにいない『誰か』へと指示(しじ)を飛ばす彼は、舞い散る(いかずち)と降り注ぐ瓦礫(がれき)から一時(いっとき)たりとも目を離さなかった。

「ホッホッホッ。お前さんこそ、後始末(あとしまつ)(あやま)ったりはせんでくれよ。『人殺し』の汚名(おめい)なんぞ一つあれば充分(じゅうぶん)じゃからな。」

一つは見るも(いた)わしい老醜(ろうしゅう)

しかし、今にも折れてしまいそうな細枝(ほそえだ)の指先から(こぼ)れ落ちる蒼白(あおじろ)い光は、地上の黒い悪魔を一体、一体確実に焼き払っていった。

 

「よく言う。『人殺し』だけがお前の罪状(ざいじょう)じゃないだろう?」

悪怯(わるび)れもなく棚上(たなあ)げする老父(ろうふ)を横目で見遣(みや)りながら、青年は彼の言葉を鼻で笑い飛ばした。

しかし、老父に()(かい)した様子は見られず、長尾鶏(おながどり)のように長く地に着いた白髭(しらひげ)()かしながら、青年の問いに流暢(りゅうちょう)に答えた。

(わし)がなんぞやったかのう?儂(ほど)の天才がしでかしたのなら、いつ何時(なんどき)、場所を()わず、この老い()れの目と耳に入るはずなんじゃがな。とんと覚えがないわい。」

老父が指先を一振りすれば、彼らの背後に(せま)る戦闘機が数機、粉微塵(こなみじん)(くだ)けた。

「またトボケるのが上手くなったんじゃないか?まるで()()()()()()()みたいだぜ。」

()(さか)る小さな舞台を見下ろし、十分と判断した青年はまた、見えない『誰か』に向かって何事(なにごと)かを()げた。すると、地上で(おど)(くる)う炎たちは一斉(いっせい)にその姿を(くら)ました。

 

「何を言っとるのかサッパリじゃな。」

老父の『演技』は今に始まったことじゃない。

「そうやって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

愛想(あいそ)(わら)い』のように皮肉めいた()みを浮かべ、青年は()えて老父の『遊び』に付き合っていた。

「儂はただ年寄(としよ)りらしく、無知(むち)な子どもたちにお伽噺(とぎばなし)を聞かせているだけなのじゃがのう。」

よくもまあ、次から次へと言葉が出るものだと(なか)(あき)れた青年は口を(つぐ)み、眼下(がんか)に広がる光景に視線を移し、焼き付けていた。

 

「お前さんこそ、『犯罪者』が板についてきたんじゃないか?」

そう。彼は自分の『行い』の全てが『正しい』と断言(だんげん)することができなかった。しかし――――、

「何だって(かま)わないさ。俺はやるべきことをやるだけだからな。」

青年の横顔は夜の影に()もれながらも、その内では『意志』という名の()るがない光源(こうげん)宿(やど)し、光輝(ひかりかがや)くことを忘れなかった。

「やれやれ、これからも(いそが)しくなりそうじゃな。」

「ハハハ、最後まで付き合ってもらうぜ。この物語の『主犯(しゅはん)』はアンタなんだからな。」

「大賢者に向かって、ここまで乱暴な口を()くのは『シルバーノア(ここ)』の粗暴(そぼう)乗組員(のりくみいん)ぐらいじゃな。」

彼の虚言(きょげん)妄言(もうげん)は物語の『核心(かくしん)』を隠している。

それを知りながらも、青年は老獪(ろうかい)策士(さくし)を信じ、舞台に背を向け、次の作戦を()るために船内へと()りていった。

 

「願わくば、儂一人の(とが)で全ての話に(かた)()けば良いがの。」

船体(せんたい)()める暴風(ぼうふう)蹌踉(よろ)めくこともなく、不動(ふどう)を決め込む老父は()ちた女神の亡骸(なきがら)を見下ろし、遠からず訪れるであろう自分自身の姿と(かさ)ねていた。


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