聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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金髪の少女 その三

「飯、食べたら食糧(しょくりょう)や必要なものを買いに出ようと思ってるんだ。だからできれば今のうちに準備しといてくれるか?」

拾ったフライパンを洗い、そこにベーコンと卵を2つずつ落とし、焼き具合(ぐあい)を見ながらこの後の予定を簡単に説明した。

「私も、一緒(いっしょ)に行っていいの?」

見えない敵を警戒(けいかい)するのは基本中の基本だけど、今の俺たちの第一目標(もくひょう)は「()()びる」ことだから。

ただ隠れてたってあんまり良いことはない。

それに、もしも外で何かあっても、いざとなればギルドに逃げ込めばいい。

アイツらだって巻き込まれて良い顔はしないだろうけど、その分、仕事で貢献(こうけん)すれば少なくとも()()()()()()()()()

迷惑(めいわく)をかける程度(ていど)によるかもしれねえけどな。

 

「ああ、問題ねえよ。一日中部屋の中ってのも窮屈(きゅうくつ)だろ?それに、こういうのってちょっとした心理戦でもあるらしいぜ。」

そう。

(たが)いの(すき)(うかが)持久戦(じきゅうせん)ってのは少なくとも…、

「シュウに言われたんだけどな、っと。…ヨシ。」

フライパンを振って目玉焼きの黄身を(つぶ)さずにひっくり返すのに集中できるくらいの心の余裕(よゆう)がいるんだ。

「気楽にやった方が上手(うま)くいくんだよ。だからな、気楽にな。」

「……ありがとう。」

「……」

 

それに、ニュースを見た感じ、向こうさんも町中でドンパチやるような雰囲気(ふんいき)でもないってのもある。

だったら、目の(とど)かないところで問題を起こされるよりも(そば)にいてくれた方が何とでも対処(たいしょ)できる。

…これが一番デカい理由かな。

 

あとは、いざという時のために町の立地(りっち)を少しでも把握(はあく)しておいて欲しかったし、町の人間に彼女を見せておくってのもあったからだ。

町の連中が見れば、賞金稼ぎの俺が外の人間を連れていてそれが見慣(みな)れない格好(かっこう)をしていたら間違いなくワケありだと認識(にんしき)してくれるからだ。

大概(たいがい)が事件に慣れている連中だが、(かか)わる関わらないの覚悟(かくご)くらいさせておかないと逆に足手まといになることだってある。

まあ、言うなれば町全体にそれとなく警戒警報(けいほう)発令(はつれい)させておくって感じだ。

 

そういう(わけ)で、どちらかと言えば俺(がわ)都合(つごう)で言ったのつもりだったのに勘違(かんちが)いしたのか。

安心しきった笑顔なんかみせやがる。

いや、安心してもらうのは(かま)わないんだがなんと言うか……、

「ああ、悪いけどそっちの……パンディットだっけ?そいつは置いていくぜ。町中にモンスターを連れて回る訳にもいかねえからな。」

「……はい。」

(かしこ)()だけどそれでも若干(じゃっかん)機嫌(きげん)を悪くしたらしい。おそらく、あの番犬とはかなり長い時間一緒にいたんだろう。

 

パンディット、彼女がそう呼んだ獣は純白(じゅんぱく)の体毛に、青い(たてがみ)、立ち上がれば2mはあろうかという巨躯(きょく)の狼だ。

もちろんただの狼なんかじゃない。世間(せけん)一般(いっぱん)ではモンスターと呼ばれ、人間を喰らい、人間の生活を(おびや)かす、(おも)に俺たち賞金稼ぎのハンティングの対象(たいしょう)になる化け物だ。

こいつもそんな化け物たちの一匹(いっぴき)に違いない。

違いないのに、コイツときたら、よく(しつ)けられた猟犬(りょうけん)みたくリーザに()(したが)い、主人の非常時(ひじょうじ)には何者も近づけさせない。

そして彼女の言葉をよく理解し、その全てに(こた)える。

まるで着ぐるみを(かぶ)ったSPみたいな()()いをしやがる。

 

そういう意味で、唯一(ゆいいつ)対抗(たいこう)手段(しゅだん)として傍に置いておきたかったのかもしれないとも思ったけど。

普段(ふだん)の二人の様子を見ていると、案外(あんがい)本当に分かり合っているだけなのかもしれないとも思えた。

だからあんなに言うことを聞くってのか?そりゃ考え()ぎだろ。

だって、まがりなりにも「化け物」なんだぜ?

魔法で従わせてる訳でもなさそうだし。

その(へん)後々(のちのち)面倒(めんどう)になる前になんとかしとかないとな。

 

「ほらよ。いつもは何食ってるか知らんけど、今日はこれで我慢(がまん)しろよな。」

解凍(かいとう)したブロック肉を置いてやると、番犬は警戒もせずに近寄り、かじりついた。

化け物に餌付(えづ)けなんて、なんだか(みょう)な気分だった。

「なんだかこうやって見るとただの犬だな、お前。」

すると背後から失笑(しっしょう)が聞こえてきた。

「そうでしょう。イイ子なのよ。」

化け物と一緒に飯を食う。立場上複雑(ふくざつ)な気分だったが、見慣(みな)れてみるとそう悪い気分でもなかった。

(ため)しに頭に手を伸ばしてみると、拍子抜(ひょうしぬ)けするくらい簡単に触らせてくれた。

「ハハ、本当に犬みたいだな。」

 

…2日前の戦闘でもそうだった。

コイツは妙に人間()れしてやがるんだ。

人間との連携(れんけい)(たく)みなんだ。

初めはリーザが魔法か何かで(あやつ)ってるんだと思ってたけれど、彼女が怪我(けが)(たお)れた時も(あば)れなかったし、眠ってる時も寝首をかくような素振(そぶ)りは一切(いっさい)見せなかった。

すぐには信じられないことだけど、コイツはコイツの意思でリーザに(したが)ってるんだ。

ひょっとしたら人の言葉が分かってるんじゃないのか?

……人の言葉が、分かる。

もしかして、コイツは元々(もともと)――――、

 

「止めて。」

 

リーザが止めに入るのと、化け物が(うな)(ごえ)を上げるのはほぼ同時だった。

別に、ここで()()おうなんて思っちゃいない。

だけど、リーザはリーザでこの状況(じょうきょう)の説明をしたがらないから、俺は俺で憶測(おくそく)を立てるしかねえじゃねえか。

リーザを護る上でも、『悪夢』の真相(しんそう)(さぐ)る上でも、なるべく不明(ふめい)な点は()くしておきたかっただけ。

それだけのことなんだ。

今後、()()()()を生まないためにも……。

 

すると、俺の心を読んだかのようにリーザは白状(はくじょう)することを選んだ。

「話しますから。これ以上パンディットにそんな感情をぶつけないであげてください。」

「感情?」

「……私とパンディットは施設(しせつ)である実験をさせられていたんです。この前、空港(くうこう)にいたのは、その実験をもっと(くわ)しくするからとかで別の施設に(うつ)される途中(とちゅう)だったんです。」

彼女の素性(すじょう)が少しでも明らかになるのはありがたかった。

その思いとは裏腹に、「施設」や「実験」という言葉を耳にする(たび)に、飲み込む(つば)がドロリと(のど)粘着(ねんちゃく)するような不快感(ふかいかん)を覚えた。

「で?その実験ってのは結局(けっきょく)なんなんだよ。」

「…人や獣たちを(あやつ)り人形にするんです。」

「……」

これまでの二人の関係を見ていて、なんとなく想像はしていた。

だけど、その程度(ていど)が分からなかった。

「それってのは魔法で支配(しはい)するのとはまた別なのか?」

「…魔法のことには詳しくないからわかりませんけど、多分、違うと思います。」

 

俺だって言うほど詳しいわけでもない。

ただ、魔法ってのは結局、術者(じゅつしゃ)の意思で操ってるわけだから、術者の意識(いしき)がそこになければ「人形」だって操られたりはしねえ。

でも、この狼は違う。

リーザが怪我(けが)で気を(うしな)ってる時も彼女の(そば)を離れなかったし、彼女を(おそ)うこともなかった。そこには狼の意思しかなかったはずなんだ。

だから、「操る」っていうよりも「洗脳(せんのう)」に近いんだと思う。

 

「リーザはその『力』をどんな風に使ってるんだ?」

俺の質問は彼女を()()めてると思う。

個人の語りたくない私情(しじょう)に口を(はさ)まないに()したことはない。

だけど、今回のは…聞いておくべきなんだ。

「これ…、何て言えばいいんだろう。」

(ふる)えるリーザを(しず)めるように、狼はその大きな体でソッと彼女を(つつ)()んだ。

「臭いや音を感じるのと同じなんです。…五感と同じ感じでヒトの心が聞こえるんです。何をしたいとか、何が欲しいとか、好きとか、嫌いとか。そして、私がそれに向かって何か意見すると、急に人格(じんかく)が変わっちゃうんです。」

直接(ちょくせつ)手を下さなくても干渉(かんしょう)できんのか?

話しかけるだけで?

(しん)(せま)った話し方だったが、俺には信じ(がた)い話だった。

 

「……俺は?…いや、それってのはつまり、今の俺だってその標的(ひょうてき)の一人になってたってオカシクないってことだよな?」

彼女は小さく(うなず)いた。

「俺は?もうアンタの術に掛かかっちまってるのか?」

「……私だってしたくてしてるんじゃないんです。」

彼女は消え入るような声で、曖昧(あいまい)に答え、(うつむ)いた。

 

無意識にやってるってのか?

俺自身は「操られてる」つもりは微塵(みじん)もねえ。。

でも、そういうもんじゃねえんだろうな。その『力』ってのは。

 

今までに、力の強い魔法使いが一般人(いっぱんじん)やモンスターを強制的(きょうせいてき)に従わせる光景を何度も目にしてきたけど、それでも複雑な術式や呪文、精神力を駆使(くし)してやっと可能な(わざ)だった。

それを息をするような感覚で完了させてしまうとなると、「独裁(どくさい)国家」どころの話じゃない。

見たことのない静かな戦争が永遠に続く、途方(とほう)もない世界ができあがる気がした。

でも――――、

「そんな『力』があるなら、もっと簡単に逃げられるんじゃないか?」

「ウルサイッ!!ヒトの心を、変わり()てたヒトを見たことがないくせに!!」

突然(とつぜん)ほとばしった金切(かなき)(ごえ)は、俺もこの部屋も一瞬にして(こお)りつかせた。

 

 

……俺は、どうしてそんな軽率(けいそつ)なことを言ってしまったのか。自分でも不思議に思った。

そして、そんな自分が心底(しんそこ)(にく)らしく思えた。

 

――――お前の村が()える様はさぞ夜空に()えただろうな、村人が()げていく様はさぞ闇夜が喜んだだろうよ

 

見ず知らずの他人にそう言われているようなもんじゃないか。

俺が彼女に言ったことは。

 

 

返す言葉がない。

顔を(おお)い、(うずくま)る女の子を見ていると、俺は『悪夢(ゆめ)』の中のガキがしたことを思い出した。

 

静かに(ひび)嗚咽(おえつ)が、頭の中に広がる村をさらに(あか)く、あの子を置き去りにした森をさらに青く()めていく気がした。

 

…でもよ、全部、俺が悪いのかよ?

あの時逃げ出した俺が、今さらちょっとイキがってみるのがそんなに悪い事なのかよ?

たった一言、言い間違えただけでどうしてこんな気持ちにならなきゃいけねえんだよ。

 

俺はただ、清算(せいさん)したいだけなんだ。

あの時あのガキがしでかしたミスを取り返したいだけなんだ。

 

俺たちみたいな「暗い過去」に育てられた人間の気持ちなんて、(のぞ)いてみないとわからないだろうがよ。

俺は、できることならアンタだって理解したいんだ。

だったら、これくらいの()()りはあって当然(とうぜん)じゃねえのかよ?

 

……クソッたれ。

 

 

リーザは、(うずくま)ったまま狼の体に顔を埋めてる。

「…俺は、自分の本当の名前も(おぼ)えてないんだ。エルクって名前は、シュウが俺を(ひろ)った時に首から下げてた識別(しきべつ)プレートにそう書いてあっただけ。」

俺は一方的に話し始めた。

だって、(あやま)ったってしかたないだろ?

これからも俺はこの子の過去を穿(ほじく)(かえ)すだろうし、言っちゃいけないことを言うと思う。

そんな時、いちいち謝ってたってキリがねえじゃねえか。

そんなことをしたって、俺たちの距離は少しも(ちぢ)まらねえ。

「実験体だからな。名前なんて適当(てきとう)につけたんだろうよ。だから『エルク』って名前は()()()()()復讐(ふくしゅう)の目的を忘れさせないための大切な名前なんだ。」

アンタは一方的に俺の過去を『見る』かもしれねえ。

でも、俺はアンタのこと少しも知らねえままなんて、そんなの、あんまりだ。

「そして俺は村の皆も、森に置き去りにしたあの子の名前も憶えちゃあいねえ。」

そんな化け物だってアンタの傍にいられるってのに、俺とは仲良くなれねえってそんなの、(くや)しいじゃねえか。

それに―――、

「俺は……、最低な奴なんだ。」

俺にだって分かり合える誰かが一人くらいいたっていいじゃねえか!

 

 

気が付くと、俺は両手で顔を鷲掴(わしづか)み、パーツというパーツを(にぎ)(つぶ)さんばかりに力を込めていた。

「…ごめんね。」

気が付くと、彼女の胸元(むなもと)がそこにあった。

「私たち、普通じゃないんだよね。それでも普通の振りをしなきゃいけないって、オカシイよね。」

不公平(ふこうへい)な話だ。

後悔(こうかい)しかない話なんだ。

「私、我慢(がまん)できなくて。自分が(こわ)くて…。でもそれはアナタも同じなんだよね。」

彼女の言葉に吸い寄せられて、俺は彼女の胸で泣いた。

日常(にちじょう)の中で()(ころ)していた『悪夢』の()(ぐち)を見つけたような気がして、(うれ)しかった。

もしかしたらこれが彼女の力なのかもしれない。

でも―――、

 

「そういや名前、聞いてなかった。」

「え、言わなかった?私はリーザ。」

「あ、いいや、フルネームだよ。」

でも、こんな気持ちになれるのなら、俺はこの子に(つか)われても後悔しないのかもしれない。

「よろしく、リーザ・フローラ・メルノ。」

「よろしく、エルク・アルノ・ピンガ。」


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