聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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白銀の使徒 その二

「やれやれ、ようやっと出番かいの。危うく一眠(ひとねむ)りしてしまうところじゃったわい。」

老齢(ろうれい)従者(じゅうしゃ)が、幾重(いくえ)年月(としつき)背負(せお)う重い頭をもたげ、青年に(うた)微笑(ほほえ)みを(ささ)げた。

「そりゃあ、残念だ。そのまま()ってくれりゃあ、こっちもボケたジジイの面倒(めんどう)()なくて()んだのによ。」

粗暴(そぼう)な従者が可憐(かれん)(やいば)(きら)めかせ、青年に無比(むひ)豪気(ごうき)を見せつけた。

「止めなよ、トッシュ。ゴーゲンにはいつも助けられてるじゃないか。」

小心(しょうしん)な従者が(ふえ)小太鼓(こだいこ)で身を固め、青年に永久(とわ)忠誠(ちゅうせい)改心(かいしん)を約束していた。

 

 

「いやいや、なかなかどうして、ポコ坊。人斬り包丁(ぼうちょう)片手に人間(ヒト)の船で晩酌(ばんしゃく)とは。最近の野猿(のざる)は恐ろしいのう。」

今にも折れてしまいそうな古木(こぼく)(つえ)(あご)を乗せ、老父はそれと分かるように嫌味たらしい甲高(かんだか)い声で赤毛の男を(ののし)った。

「ジジイ、少し会わねぇ内に(めぇ)まで腐っちまったか?」

赤毛の男は、暗闇の中でさえなお(きら)めきの(にぶ)らない愛刀(あいとう)に息を吹き込み、気色(けしき)ばんでいた。

ポコ、楽隊(がくたい)身形(みなり)をした少年は、(いが)み合う二人の間でオロオロと狼狽(うろた)えている。

「ブワッハッハッハ……相変わらずじゃないか!なんだか逆に安心するわい。」

「チョンガラも、悠長(ゆうちょう)なこと言ってないで止めてよ。」

チョンガラ。この卑俗(ひぞく)な艦長と、彼の手伝いをする有能な操舵士(そうだし)もまた、青年のために苦悩(くのう)()ちた戦いへと身を(とう)じる(ちか)いを(ささ)げた敬虔(けいけん)な従者だった。

「ポコや、いい加減二人のじゃれ合いに()れてもいいんじゃないか?」

「だって、だって、前だって本気でケンカして大変だったじゃないか。」

 

ジジイと呼ばれた(よわい)(さだ)かでない謎の老父(ろうふ)は『最強』を自負(じふ)する魔導師(まどうし)だった。対して(さる)と呼ばれた赤毛の男は()(さき)に『迷い』を寄せ付けない剣の達人だった。

以前、いいや、これまでに何度も彼らは各々(おのおの)(みが)き上げてきた『力』をぶつけ合った。

しかし、それぞれの『力』を極めつつある彼らは、その大きな『力』を振るいながらも、壊して良いもの、悪いものの判別(はんべつ)はついていた。

しかし、そうして壊した物の中には(さび)れた()()()もあった。

 

「うーむ、そうじゃのう。ワシの船で暴れられて万一(まんいち)傷でも付けられたら(たま)らんしのう。」

二人のケンカを見慣れた豪商はそう口にしながらも、彼らの実力を信頼していた。

「ねぇ、アーク。キミは止めなくていいのかい?」

頼りにならないと決め込んだ楽士(がくし)の少年は青年に助けを求めた。

だが、青年もまた、一座の座長(リーダー)らしく団員の性格を知り尽くしたような一言を、柔和(にゅうわ)な笑みを()えて返すだけだった。

(かま)わないさ。本番の前に準備運動でもしておきたいんだろう。」

 

「ガッハッハッハッハ、お前さん、スッカリ先導者(リーダー)らしくなりおったな。」

楽士の少年も、二人のことは信頼していた。しかし、そうではない。そもそも彼は『争い事』が目の前で起きていることが我慢ならないのだ。

それを知ってか知らずか、壮年(そうねん)の豪商は満足気に笑い続けていた。

「我慢してやってくれよ、ポコ。あれは二人なりの挨拶(あいさつ)のつもりなのさ。お前には少し刺激(しげき)が強いかもしれないけれど。」

「……分かったよ、アーク。一人で(さわ)いでゴメン。」

自分よりも一つ年下の青年。彼との間に()わした少年の約束は『忠誠』と『改心』。何事(なにごと)に対しても目を(つむ)り、すぐに被害者へと(おさ)まろうとする『弱い自分』を変えること。

青年は、自分で(つく)った(かべ)(はば)まれ、身動きの取れなかった少年に光を与えた恩人だった。

少年は今度こそ、彼の(そば)で、彼と立ち並ぶことのできる人間になると誓ったのだ。

 

「おいおい、おいおい、猿や。お前さんのお山はここではないぞい?」

老父の言葉を皮切(かわき)りに、周囲の公認(こうにん)を待っていたかのように二人の乱闘(らんとう)は始まった。

 

夕闇(ゆうやみ)の中から高速で飛ぶ(ほたる)があった。しかし、音すら立てない蛍の飛翔(ひしょう)の先に、老父の姿は(すで)にない。

赤毛の男は()()()()()()()()を感じ取り、蛍をもって追撃(ついげき)する。ところが、またしてもそこに獲物(えもの)はなかった。

男は、現れては消える気配を追って右へ左へと彗星(すいせい)のごとき蛍を飛ばす。

「ムダよ、ムダよ。()(ぱら)った猿ごときにこの牛若丸(うしわかまる)は捕まえられんよ。」

 

その間隙(かんげき)だった。

男の(した)える蛍は花火のような火花を散らし、老父の持つ古木に止まっていた。

刹那(せつな)の花に浮き上がる老父の顔には、『最強』を(ほこ)る自信の魔術を畜生(ちくしょう)ごときに捕らえられた屈辱(くつじょく)と、好敵手(こうてきしゅ)への賛辞(さんじ)を合わせた、()()()()()()が浮かんでいた。

「酔っ払ってんのはどっちだ?」

赤毛の男もまた、獲物を捕らえ、()らわんばかりの鬼の形相(ぎょうそう)で笑っていた。

二人は今、最高潮(さいこうちょう)へと(たっ)する快感を覚えていた。

 

しかしまた、次の瞬間、城壁(じょうへき)(ごと)白銀(しろがね)(やいば)が二人の間に立ち(ふさ)がっていた。

「感動の再会を邪魔して悪いが、そろそろ状況開始の時間だ。」

()(みず)のように割って入った青年の言葉は、(いや)(おう)でも彼らの『戦意』を収めさせた。

 

(きょう)()がれたらしい赤毛の男は無言で愛刀を収めると、徳利(とっくり)を持って客室へと引っ込んでいく。

赤毛の背中を(なか)ばまで見送った青年は、一貫(いっかん)して落ち着いた口調でもって老齢の従者に号令(ごうれい)(くだ)す。

「ゴーゲン、頼む。」

しかし経験豊富な従者は、青年の言葉を行動には移さず、生まれた(ねた)みをそのまま言葉に乗せて青年に返すのだった。

 

「まったく、これからが見せ場というトコロを。最近の若い(もん)(おもむき)を分かっとらんのう。」

青年は()め息をつきつつも、老父の性格上、黙って従わないことくらい重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)していた。

「こっちの仕事も充分(じゅうぶん)お前の見せ場があるじゃないか。不満か?」

「そりゃ(わし)にとっちゃ、子どものお遊戯(ゆうぎ)じゃよ。まったく退屈(たいくつ)じゃのう。」

「ボケた(ジイ)さんはこれだから(あつか)(づら)い。これはお前の出した案でもあるんだぞ。」

「いやいや、すまんすまん。お前さんにしては()()()()()作戦じゃったよ。」

「……まだまだ未熟(みじゅく)だと言いた()だな。」

青年が慣れた調子で老父を()め付けると、老父は少し機嫌(きげん)を治したらしく、青年に(いや)らしい微笑みを返した。

「なぁに、乳飲(ちの)()の成長を手助けするのはジジイの享楽(きょうらく)じゃよ。」

その『手助け』にどれだけの苦労を背負わされていることか。青年はまた一つ、溜め息をついた。

「ヨボヨボな腕で(ささ)えられるこっちの身にもなってみろよ。」

「バカなことを。年月(ねんげつ)を重ねた老木(ろうぼく)に背中を預ける以上の『安心』はなかろうて。」

老人の小言(こごと)分厚(ぶあつ)い魔導書に書かれた呪文(あいことば)のように、次から次へと、連々(つらつら)と読み上げられるのだった。

 

青年の「さすがは()()()()()だな」というお決まりの皮肉(ひにく)を口にしたところで、老父の(ささ)やかな復讐(ふくしゅう)は終わりを(むか)えたらしかった。

老父の『高笑(たかわら)い』はその合図(あいず)でもあることを、青年はもちろん心得ていた。

「ホッホッホッホ、まぁ何にせよ、手っ取り早く済ませて(わし)はまた少し休むことにするわい。」

 

「いつも、いつも大変だね。アーク。」

ソッと、楽士の少年は青年に(ねぎら)いの言葉を掛けた。

「なに、小言を受けて余りある『仕事』をさせているんだ。感謝しかないよ。」

これもまた、『青年と老父(ふたり)』だけに許された言葉(たましい)の交わし方だった。

 

「ホレホレ、そこ、邪魔じゃぞい。」

言うが早いか、老父の足場からは蒼白(あおじろ)い光が(あふ)れ出てきた。その光を老父は指先で()でるように(から)め取ると、その光で宙空(ちゅうくう)に文字か絵か判別のつかないものを描いた。その間に、(くちびる)(ゆるや)か、かつ奇怪(きかい)な動きで何事かを(きざ)んでいた。

見守る者たちに老父の声は届かない。しかし、それは確かに()()()()()()()

「いつ見てもゴーゲンの出す光はキレイだよねぇ。」

「……そうだな。」

呑気(のんき)な楽士の言葉は、これから起こるであろう出来事に対して青年が心の隅々(すみずみ)()(めぐ)らせていた『緊張の糸』を優しく()きほぐしていった。

瞬間、止めどなく()き上がる光は白銀の船体を()(めぐ)り、あっという間に施術(せじゅつ)()ませた。

「ホレ、後は()()()()()()の仕事じゃぞ。」

老父は「ヨッコイセ」と、その場に腰を下ろすと杖に(もた)()かり、スヤスヤと眠り始めていた。

「……相変わらず寝るのも早いよね。」

「年だからな。向こうと此方(こっち)の境界が曖昧(あいまい)なんだろ。」

「アークも何気に(ひど)いことを言うよね。」

「皆と付き合い始めてもう一年になるからな。(くせ)の一つも伝染(うつ)るさ。」

 

指針を確認し、老師(ろうし)と青年の寸劇(すんげき)も見届けた豪商は、重い腰を上げて会議室を出ていった。

「それじゃあワシは操舵室に戻るぞい。また時間がきたら呼びに来るからのう。」

「ああ、頼む。」

 

船は静かに進む。大海(たいかい)(ひそ)む大波のように穏やかに、しかし確実に前へ、前へと。




今回、言い回しが多く読みにくいかもしれません。
頑張りましたが、力尽きました。ご容赦を。
本当はもっと言い回したかったけど(; ̄ー ̄A(笑)

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