聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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金髪の少女 その二

「そこにいたのはひと月くらいだったと思う。私はとても気味の悪い施設(しせつ)に入れられていたわ。施設の名前も場所も分からないけれど、そこには私と()事情(じじょう)の人が集められていたわ。その中には私よりも小さな子どももたくさんいた。そして、その子たちのほとんどが自分たちの故郷(こきょう)(おぼ)えてなかった。故郷だけじゃない。両親も、自分たちの名前も――。」

気づいた時には俺は床を()り、再び金髪の少女に飛び掛かろうとした。

この時、彼女の番犬が()(ふさ)がらなかったら、せっかく(なお)した彼女の怪我(けが)悪化(あっか)させていたかもしれない。苦労(くろう)して医者を手配(てはい)したってのに。

俺はどうにも冷静(れいせい)じゃないらしい。いちいち全力で反応してしまう。

まるであの(たち)の悪い『悪夢』が目の前にあるみたいだ。

 

「すまねえ。ずっと…、ずっと(さぐ)ってた事なんだ。」

動悸(どうき)が全然(おさ)まらねえ。グラグラと眩暈(めまい)のする頭を(ささ)え、()()す息が(のど)を焼く。

反対に、彼女は冷静(れいせい)だ。()()ぐに、俺から視線を()らさず、耳を(かたむ)けている。

だけど、それが何だってんだ。

それで、俺が心を(ゆる)すとでも思ってんのか?

…どいつもこいつも俺をバカにしやがる。

「悪いけど、『悪夢(ゆめ)』のことはあんま話したくねえんだ。」

言っていて自分が卑怯(ひきょう)だと気づいた。

彼女には(しゃべ)らせといて、自分は話さない。

この子は俺が勝手に()()ってきただけなんだ。俺が何かを強要(きょうよう)していい立場なんかじゃない。

彼女の隠してる秘密は知りたいが、そのためにはまず俺がそれに見合った「見返り(パフォーマンス)」を見せるのが(すじ)だろう。

それがどれだけ俺自身の気分を逆撫(さかな)でするようなことであっても。

そして、彼女はすでに秘密の一部を打ち明けてる。

 

彼女はやはり優秀(ゆうしゅう)だ。

猛獣(おれ)が落ち着くのをジッと待ってる。

今まで黒服たちから受けた仕打ちを考えれば、殺気立つ人間に過敏(かびん)になったってオカシクないのに。

番犬に(おそ)わせようともせず、(さわ)がず、逃げず、俺が動くのをジッと待ってる。

「……記憶がない、っていうよりも記憶が曖昧(あいまい)なんだ。たまに見る夢がそうなのかもって思うこともあるけど、確信(かくしん)が持てねえ。でも、その夢の一部が、アンタの話した内容(ないよう)()てたから、つい…。」

彼女は何も(たず)ねない。俺が話したいように話させる。

「その…、スマネエ。」

そして俺がいよいよ言葉に()ると、ユックリと切り出した。

「多分、私がいた施設と、アナタが夢で見たものとは少し違う気がするわ。」

「何でそう思う。」

「ごめんなさい。それは、なんとなく。」

……俺の勘違(かんちが)いだったのか?

彼女を見た瞬間、あの『悪夢(ゆめ)』に決着をつける糸口を見つけられる予感がしたんだけど…。

どうやら友人の言うように俺はその場の(いきお)いに(まか)()ぎなのかもしれない。

 

()()いて、俺も彼女も切り出せず、話はうやむやのまま終わってしまった。

「それで、アンタはこの後、どうするつもりなんだ?」

しばらくは一緒(いっしょ)に行動するんだ。今すぐに根掘(ねほ)葉掘(はほ)り聞く必要もねえだろう。

そう思っていちいち話を()(かえ)さず、直面(ちょくめん)してる問題への彼女の意見、意思を聞くことにした。

すると、彼女は俺に新たな一面(いちめん)を見せた。

「私は許さない。……絶対に。」

その愛らしい顔が、(にく)しみに()まった。

「殺し」を知らないくせに、顔だけは一人前の「呪術師(じゅじゅつし)」みたいな顔をしやがる。

復讐(ふくしゅう)か?」

「…(つか)まった人は助けたい。」

(きたな)いこと」をしたことのないヤツ特有(とくゆう)の、(あま)っちょろい言葉だ。

どんなに()()えたって、片足()()んじまえば「復讐」と何一つ変わらねえって知らねえんだ。

こういうヤツは自分で言ったこともすぐに忘れちまう。

自分の手に()えないレベルだって知った途端(とたん)自己防衛(じこぼうえい)に走って()(わけ)をし始めるんだ。

でなきゃ―――、

 

「アナタに何がわかるって言うの!?」

「…え?」

「目の前で…、家族の名前を(さけ)びながら連れていかれる子どもを見たことがあるの!?」

…なんだ?なんか、会話が飛んでねえか?

それとも、俺が無意識に考えてたことを口にでもしたか?

俺が(いぶか)しむ一方で、彼女は冷静(れいせい)さを()いてる自分に気付いた様子(ようす)でハッと手を口に当てていた。

「…あの(ばん)甲板(かんぱん)で撃たれた男は?あれはお前の仲間じゃないのか?」

「…わからない。違うと思う。でも、」

……気のせいだよな?

()()ちねえ気持ちはさておき、俺がこの子を熱くさせてどうするんだよ。

彼女がどんな情報を持っているにせよ、俺はまず第一に彼女を連中から逃がすことを考えなきゃいけねえのに。

「あの人も、助けたかった。」

「…俺は生まれつき口が悪いからよ、その、言い方が悪かったら勘弁(かんべん)してほしいんだけどよ、」

それは、約束というか。仕事というか。

「あんまり欲張(よくば)んなよ。俺もお前も守れるものを守って、逃げなきゃならねえものからは逃げるしかねえんだ。あの晩だって、そうだったろ?本当はもう金輪際(こんりんざい)(かか)わらねえ方がいいんだ。」

…いいや、「仕事」でいいんだ。

契約書(けいやくしょ)斡旋所(ギルド)(はさ)んでねえけど、これは俺が自分で見つけた仕事なんだ。

…「約束」なんて、寝不足の種になるようなものをこれ以上増やすのはゴメンだ。

「相手が何人いるか考えたことあるか?もしも本当に連中を(つぶ)したいなら、万単位(たんい)の人間を(かか)える組織(そしき)を味方につけるしか方法はねえぜ?リーザにそれができるのかよ?」

「じゃあ、どうしてエルクは助けてくれたの?」

 

……チクショウ。

 

その通りだ。

「それでも、手に負えなくても、アナタには助けたい人がいるんでしょ?誰かのために復讐したいんでしょ?だから賞金稼ぎもしてる。違うの?」

(まった)くもってその通りだ。それに、どうしてだか詰まらねえことを言っちまった。

この子に戦う『(すべ)』があることを知ってるのに。

俺は、俺の我がままで単純に彼女を(こば)んでた。

この子は『彼女』じゃないのに。

この子だって、自分の手で『悪夢(それ)』に立ち向かってるだけじゃねえか。

…もしかしたら、助け合えるかもしれないのに。

 

どうにもこうにも、俺は初めからそう言って欲しかったのかもしれない。

この子を助けたのも、そんな風にどっちつかずで(くすぶ)ってる自分をどうにかしてくれるなんて甘っちょろいことを考えてたから、なのか?

「それも、シュウが言ったのか?」

俺が何のために「賞金稼ぎ」をしてるのか。

俺だってまだ、彼女に多くを語っちゃいない。

俺はまだ、彼女をそういう相手として(みと)めてない。

「うん。」

だけど、俺の命の恩人(おんじん)は彼女を認めたらしい。

 

彼は恐ろしく口が固い。

それに、彼は俺にとって育ての親でもあり、仕事のイロハを教えてくれた先生でもある。

その彼が彼女を認めたなら、俺も認めざる負えないのかもしれない。

「あとは、他に何か聞いたのかよ?」

「ううん、私が聞いたのはシュウがアナタを(ひろ)ってからのことだけ。夢の内容も、過去に何をしてきたのかも聞いてない。直接(ちょくせつ)…、アナタの口から聞くべきだって。」

どうやらシュウはかなりこの子のことを信用しているみたいだ。

そもそも、悪夢のことを()()打ち明けたのはシュウだけだ。

シュウは理解者にこそなってはくれなかったが、誰よりも親身(しんみ)になってくれた。俺の言葉を(すべ)て信じ、悪夢から()(なお)るまでの全ての面倒(めんどう)()てくれた。

そしてこの5年間、それを他人に()らしたことは一度だってなかった。

 

シュウはこの子に何を見たんだろうか。

今まで、彼の言うことに間違いなんかなかった。少なくとも、敵か味方かを見抜くことに(かん)しては一度だって…。

「…おそらく俺はどこか辺境(へんきょう)の少数民族の生き残りで、村はスメリア軍に襲われて全滅(ぜんめつ)。どうしてだか俺だけが連れていかれ、アンタが言ったような施設に入れられた。そして俺はそこで出会った女の子を一人連れて逃げ出した。だけど、逃げのびたのは俺一人…、そういうことなんだ。」

話してしまった。

緊張(きんちょう)して、色々(いろいろ)(はぶ)いたってのにそれでも動悸が花火みたいに俺の心臓をやたらめったら(なぐ)りやがる。

「これが今まで調べて(かろ)うじて(つな)がった俺の過去だ。」

リーザは番犬を押さえ、俺の前に進み出ると、(そで)で俺の(ひたい)(ぬぐ)った。

結局(けっきょく)は夢をあてにして繋げたもんだから事実かどうかもわかんねえ。ただ、俺も、できることなら施設の皆は助けてえ。」

俺は嘘を()いた。

本当は施設の人間で憶えてる奴なんて一人もいないのに。

 

「それなのに、いや、だからこそ、今でも夢を見るんだ。『思い出せ』って。肝心(かんじん)なことは何も教えちゃくれねえくせに。」

俺は彼女の手を払い、調理台(ちょうりだい)の前に戻った。

「きっと、思い出せる。」

胸糞(むなくそ)(わる)い思い出なんか願い下げだけどな。」

「知らないでいるよりは、ずっとマシでしょ?」

言い方は違うが、シュウみたいなことを言う。

俺が悪夢に(なや)まされて嫌気(いやけ)()した時、「明かりを(とも)すことで、悪夢は悪夢でなくなるかもしれん。」そう言って彼は俺の松葉杖(まつばづえ)になってくれたんだ。

「…さあ、飯にしよう。」


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