「じゃあ、シャンテ。俺たちは上で寝てるから、飲み終わったら自由に上がってくれ。」
一仕事終えた歌姫は小さな
「小さい頃はさ、こんな『飲めない水』のために働かされてた自分がバカみたいだったよ。『コレ』買う金でもっとタラフク食べさせてくれりゃ、もっと働けるってのに。アイツらときたらさ……」
歌姫は独りになった店内で、誰にともなく語り始めた。
「今思えばね、アイツらを殺しときゃもっと楽に生きていけたかもしれないとは思うんだよ。でも、アタシたちは『こんなもん』を飲んでる奴らよりもバカだったからさ。」
グラスを傾けると流れ込んでくる極上の
「それに、恐いもんはどうしたって恐いんだ。『反抗する』って、頭では思ってても体が震えてナイフの一本も持てやしない。」
飲み干したグラスには、
「なあ、教えてくれないかい?アンタだったら、そんな子どもをどうする?」
今夜は
当然、答えは返ってこない。
「無口なんだね。嫌いじゃないよ。……アタシがお喋りってのもあるけどね。」
歌姫は腰を上げ、バーカウンターに入り、丸みのあるグラスを二つ手に取った。
「アンタも一杯やらないかい?アタシのお気に入りがあるんだよ。」
「なに、そのシケた
影は
「なるほど、仕事熱心だ。少し
それでも影は動かない。
「……さしずめ、アタシの『
すると、
そして
「随分と度胸のあることをするじゃないか。でもね、アタシはもう
すると、彼女のテーブルにもう一枚の硬貨が投げ込まれた。
「
女は二枚のコインを指先で
「そんな時は賭けるしかないね。表か裏か。それを見極めるのも『仕事』の内だ。」
「もう十分だ」とでも言いたげに影は
すると、それを待ちかねていたとでも言うように、今度は女の方から仕掛け始めた。
「アンタさ、インディゴスでもアタシのステージを見に来てたよね。」
影はピタリと足を止め、聞き耳を立てる。
「どうだった、今夜のアタシは。少しはアタシの『何か』を感じ取れたかい?」
女はワイングラスを手の平でクルリ、クルリと回し、一口含むと、少しずつ、少しずつ
「不思議なんだろ?どうしてアタシみたいな汚れきった女が『あんな歌』を歌えるのか。」
女は
「教えてやろうかい?アタシみたいなクソッタレがそれでも『歌える』理由を。」
影は仕事に忠実な
「そう、アンタはそんな風に分かり
暗闇から明かりの
女は現れた
「まぁ、イイさ」と女は空いた自分のグラスに、
「アタシにはね、弟がいるのさ。」
女は自慢でもするように黒装束の目を見ながら切り出す。
「アタシ以上にどうしようもないマヌケでね。アタシがいなきゃとっくにおっ
指先で赤の
「あぁ、これが『愛』なんだなって思った時には自然とあの『声』で歌えてたよ。……歌で初めて
沈黙。
『思い返す』作業は、女を全くの無防備にした。それは、命を奪いに来た敵を前にしても
「……それで、全部か?」
「あぁ……、全部だよ。あんまり長々と喋ったって、アンタがウンザリするだけだろ?」
二人は見つめ合った。
酔い
そのために、黒装束は女の生き方を拒絶し、歌姫は男の生き方を馬鹿にした。
言葉を
「アタシからも一つ聞いておきたいことがあるんだ。」
黒装束は一言もなく女を見下ろした。
「アンタは結局アタシをどうしたかったんだい?」
「これ以上、エルクに関わるな。」
黒装束に迷いはなかった。
反対に女は目を泳がせ、考え込んだ。黒装束の言う名前が誰だったか記憶を
そして、答えに
「……なるほど、あの坊やの関係者だったんだ。アンタが
黒装束は得意の沈黙と眼力で女を
黒装束の
「それで、なんだい。それは忠告なのかい?」
黒装束は『影』の本分を思い出したかのように『沈黙』の
「……なんでアタシの所に来るのさ。直接坊やに教えてやった方が手っ取り早いじゃないか。」
『影』は応えない。しかし、『沈黙』の刀身に
それでも、女はそれを見逃さなかった。
「クックッククク。」
女はグラスをテーブルに置き、口許を押さえて笑った。だが、それは失笑では抑えられず、瞬く間に高笑いへと
黒装束は出口を目指した。「そもそも、『影』としての用を終えて
女は、誰よりも強いはずの『狼』の、
「何に
女の
「それに、今、アタシの情報がなくて困るのはエルクだろ?どうしてアンタに止める権利があるっていうんだい?」
女は、自分の歌声の骨までをしゃぶり尽くすに十分な耳を持っていた。その耳が、声なき
『噛みついてくるわよ。』
反射的に、歌姫はカウンターの椅子を
それは、一枚のティッシュを
そして、その決断に誤りがなかったことを確信する。
「忠告はした。それ以上に、お前に用はない。」
指の一本、落とすつもりだった。だが、女の動きは黒装束の『経験』を上回っていた。そしてその『動き』は、黒装束の『それ』に
感情に束縛されず、なおかつ機械よりも的確に本能に従った『動き』は、限りなく捕食者の『牙』を
二人の生き方は違えど、その『
そして、狼は
黒装束にとって、女は決して
むしろ、『コレ』はエルクたちを殺さない。『
女の忠告通りに見極めた黒装束は静かに、女に背を向けた。
しかし女は、さらに獣を刺激するような言葉を投げ込む。まるで自分を殺すように『仕向ける』がごとく。
「じゃあ、
「アンタのそれは手助けでも何でもない。ただの
女は立ち上がり、弾丸を
「子どもなんて『生き物』は、どうしたってアタシらの知らない内にデカくなってるもんなんだよ。アンタの望もうと、望むまいとね。」
女は失笑しつつ、残りの酒を一気に
女は消えた『影』にグラスを