聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

26 / 236
女神の奴隷たち その三

「まずは何処(どこ)に行くの?」

食事を終え、俺たちは本来の目的のために行動し始めた。

「そうだな。この格好じゃ逆に場違いな感じになっちまうかもしれねえが、まずはギルドに寄ろう。」

「せっかく変装したのに、良いの?」

リーザの言いたいことはよく分かる。

おそらくは町の誰も俺たちの正体に気づいてないだろう今の内に、身内に敵がいないかどうかを調べておいた方が動き(やす)いと言いたいのだろう。でも、その必要はない。

まあ、バレないに越したことはないから顔は隠して行くつもりだが。

「……って、読んでるんじゃないのか?」

リーザは人の心を読む。意図的(いとてき)にではなく、受け身の形で。だから食事中も、俺の立てた今後の筋書きから、そこに(いた)った理屈(りくつ)まで(あま)すことなく聞いているはずだった。

「言ったでしょ。大体でしか分からないの。あとは雰囲気とか、周り人の動きとかで想像してるだけなの。」

……リーザは嘘をついている。言っていること自体は嘘じゃないのだろうが、その『大体』の程度が5割、6割の話じゃない。俺の推測(すいそく)では8、9割は聞き取れているはずだ。

じゃなきゃ、つい今しがた俺がリーザとの関係を変な風に(ねじ)れさせようと考えていたことにリーザが不安がるはずもない。

 

だが、どうして『嘘』をついているかがいまいち分からない。それもこのタイミングで。リーザが俺のことをサル以下だと思っていなきゃ、今までの言動でバレていると分かるだろうに。

もちろん、(うたが)ってやしない。おそらくはリーザなりに考えがあってのことだろうと思う。ただ、その内容に心当たりがなく、こそばゆい。

「まあ、いいか。」

一応、俺はリーザからの信用を得ているはず。それでもリーザが俺に内緒にしているのは、やはりそこに何らかの理由があるからなのだ。

……とりあえずはそう思うことにした。

 

「今回、俺はギルドに助けを求めるつもりだが、それは『エルク』としてじゃない。『エナート』と『リザベラ』としてだ。」

『エルク』と『リーザ』は動かず、アパートに(こも)っていることにする。

リーザを狙っているマフィア連中は俺たちが変装していることくらい、すぐに見破るだろう。

けれど、俺たちの本来の顔しか知らないその他の連中の間で、『エルク』と『エナート』、『リーザ』と『リザベラ』がイコールにならなければそれで十分だ。

俺の知る限り、賞金稼ぎたちの中に依頼内容の範疇(はんちゅう)を越えて仕事をしようとする『やる気』のある連中はほとんどいない。だから、この変装をキープし続ければ5日くらいは比較的自由に動くことができるはずだ。

リーザの言う、変装の『利点』はそこで活かせばいい。

 

ハイジャックの件といい、その後のインディゴスでの襲撃(しゅうげき)といい、少なくとも奴らにそう時間的ゆとりはないことは分かった。彼女を(あきら)めていないことも。

おそらくは女神像の式典がある程度の期限(リミット)になっているのだろう。

それはつまり、上手(うま)くいけば3日以内に敵の動きがあるかもしれないということだ。

 

「そもそも、テメエが昔逃がしたエルク(モルモット)だと気づいたら狙われるのは何も、お嬢ちゃんだけとは限らないんだからな。」

ビビガの当たり前の忠告がありがたかった。

「だったら今度は俺が追い回してやるさ。火の海の中を思う存分にな。」

それを言葉にするだけで、事に当たる俺の()()()()()が高まったからだ。

 

もしも本当に奴らが俺の正体に気づいたのなら、なおさら停滞(ていたい)する同僚たちの仕事に(ごう)()やすだろう。その時、奴らは何かしら行動を起こすはず。

それでも『女神像式典の直前(この局面)』で自分たちの『素顔』を(さら)すような真似(まね)はしないだろうから、動いたとしても『リザベラの顔』などの新しい情報提供程度だろう。

その痕跡(こんせき)を残さず探っていけば敵の本拠地(ほんきょち)まで辿(たど)り着けるだろうというのが俺の考えだった。

 

もちろん口で言うほど簡単なことじゃない。ビビガの言うように、連中の情報操作の(たく)みさは並みじゃない。つまり、こちら側にもその手の『専門家(プロフェッショナル)』が必要になるってことだ。そしてそれに相応(ふさわ)しい相棒の情報もすでに手に入れてある。

だからまずは、その他の人手を集める準備をしなきゃならない。

今日は敵の動きと、『エナート』としての護衛(ごえい)依頼が第一目標だった。リーザには、その段取りを丁寧(ていねい)に説明した。

 

「賞金稼ぎの人たちって、そんなに都合良く協力してくれるものなの?」

「どうだろうな。どいつもこいつも(ひま)を持て余していても、気が乗らなきゃ首を縦に振ってくれねえし、『暇だ、暇だ』って一日徘徊(はいかい)してるような奴らばっかりだからな。1日1人のペースで集まれば良い方なんじゃないか?あとは報酬の額次第だな。」

今の俺の手持ちの金なら1億は用意できる。そんな大金では(かえ)って同僚(どうりょう)たちを動揺(どうよう)させてしまうのだが、それは依頼の難易度を上げれば解決できた。

「足抜けの手引き?」

「リーザにゃ悪いとは思ってるけどよ、ここは一つ、よろしく頼むぜ。」

 

『エナート』は『リザベラ』という恋人ができた。だからマフィアを抜けて、どこか遠い所で(おだ)やかに()らしたい。金は組織から持ち逃げしてきたもの。そういう、どこにでも転がってそうな嘘か本当か見極(みきわ)めにくい話。

ただし、この国で『マフィア』と言えば、大小あれ、どの組織も何らかの形で国と(つな)がっていることで有名。イコール、『厄介事』の代名詞のようなものだった。

だから、その意味を知る者ほど、おいそれとその言葉を口にしない。

つまり、『そこ』にいた人間が隠さず素性(すじょう)を表明している事実と、1億という大金が逆説的に話の信憑性(しんぴょうせい)を限りなく高めることになる。

例えそれが嘘であったとしても、『そのレベルに達した問題であることだけは()()()()()()()』同僚たちなら間違いなくそう(とら)えてくれるはずだ。

「とりあえず、金の出所(でどころ)を分かりやすくしておかねえと、皆見向きもしねえからな。」

1億は大金だ。だが、それはあくまで俺たち庶民レベルでの話。マフィアたちからすればそれは、端金(はしたがね)に近い。

連中は金よりも組織の統率を乱す者を注視する。だから例えそれが賞金稼ぎの手に渡ったとしても、それが切っ掛けで大事に発展することはあまりない。

 

募集人数に制限をかけず、5日後に町の入口で落ち合うことにすれば、依頼人として事前に顔見せをする必要もなく『本番』に(のぞ)め、かつ変装の『利点』を(そこ)なう可能性も低い。

『5日後』というのは、4日後の女神像の式典直後が山場になると踏んだからだ。

 

「私と、エルクが、恋人ってこと?」

「ああ……、無理そうか?」

途中から、顔から表情が消えていたような気がした。もしかするとまた、拒絶されるかもしれない。そんな光景が頭を(よぎ)った。

「ううん、できる。」

応じてくれた彼女だが、やはりどこか上の空だ。

「リーザ、大丈夫か?風邪でもひいてるんじゃないか?」

「ううん、大丈夫。ちょっとはしゃぎ過ぎて疲れただけだから。」

彼女の能力のことを考えれば、彼女が『嘘』に()けていてもオカシクない。私情の嘘はともかく、体調の嘘には気をつけてなきゃならないな。

 

「……そういや、あれから傷の具合はどうだ?」

闇医者(ラド)()てもらって以来、彼女は空港で受けた傷を見せたがらない。包帯(ほうたい)も器用に自分で巻き直していた。まあ、傷の場所が場所だけに、上半身の服を脱いでもらわなきゃならないし、嫌な思いはさせられないからと彼女に任せていた。

「大丈夫。もうほとんど良くなったから。」

毎回彼女は笑顔でそう言うし、平常では確かにそんな様子を見せないが、銃で受けた傷だ。そうそう良くなるはずがない。

となってくるとやはり、体調の面で何かを隠しているのかもしれない。

「リーザ、嫌ならいいんだが、家に戻ったら傷の具合を見せてくれないか?インディゴス(向こう)からプロディアス(ここ)に来るまでにもかなり無理をしたし、一度だけでも確認しておきたいんだ。」

リーザは答えを(しぶ)っていた。もともと、彼女の服は肩を出していたし、恥ずかしいからというのは考えにくい。『傷』を見せるのが嫌なのか?それとも全く別の理由からか。

「リーザは変に強がるから心配になるんだ。悪化してたり、何か別の病気になってたりしないかだけでも確認させてくれ。頼む。」

ここまで言ってようやく彼女は了承してくれた。

本当に他意はなく、怪我(けが)の具合を診るだけのつもりだったのに、ここまで勿体(もったい)つけられたなら、相応の覚悟が必要なのかもしれないと勘繰(かんぐ)ってしまう。

 

それにしても、長年の経験がモノを言うのか。ミーナの作った『エナート』と『リザベラ』の完成度には目を見張るものがあった。俺たちはどこにいても『エナート』と『リザベラ』として振る舞うことができた。

普通、顔の輪郭(りんかく)やら雰囲気やらで少しくらい疑われてもオカシクないのに、知り合いと言葉を()わしても全く気づかれる様子はない。

「エナートさん。事情は分かりました。」

(かげ)でギルドでの依頼も何事もなく取り付けられそうだ。

ギルドでは機密性(きみつせい)を要する場合には個室へと通される。俺たちはそこで、手筈(てはず)通りの芝居(しばい)をした。

 

だが、やはりギルド連中もベテラン(ぞろ)いのようで、そうそう話がトントンと進むはずもなかった。

「と言いたいところですが……、お前、エルクだろう。」

そう確信した役員の男は、掛けていた老眼鏡を外し、緊張を解くように()め息をつきながら腕を組んだ。

「やっぱりここの連中には通じねえか。」

基本的にギルドでは依頼の内容に善悪を求めない。人助けから人殺しまで当たり前のように引き受ける。

しかし世の中、小狡(こずる)い事を考える奴がたくさんいる。そういう連中の詐欺(さぎ)まがいの依頼を受けてしまうことが『斡旋所組合(ギルド)』において、唯一の『恥』だった。

そのため、ギルドでは洞察力(どうさつりょく)が高く、情報網が広く、()()()()人間だけが(つと)めることを許されている。

 

「いったい何のつもりだ?(うわさ)じゃ、例のハイジャックの件をまだ()()ってるらしいが、ただ面倒を持ち込んで来ただけなら今すぐにでも追い出すぞ。」

さすがはギルド。まだビビガにしか今の状況を話していないし、それらしい尾行もなかったはずなのに、

何処からか情報を手に入れている。

男は生意気な子どもを相手にでもするように、やけに溜め息ばかりついている。

「分かってる。けどよ、一つ協力して欲しいんだ。」

まだ一言も(しゃべ)っていないリーザに目を向け、また溜め息をつく。

「……大体の事情は分かった。だが、こっちも商売だ。まずは洗いざらい説明してもらおうか。その上で協力するかどうか、ギルド(こちら)で判断させてもらう。」

断られる可能性は低かった。だが、依頼内容に『リザベラ』が『リーザ』だと明記される可能性はあった。

 

説明の後、俺たちは部屋に残されたが、そう長く待たされることもなかった。

「……いいだろう。お前の言う『エナート』と『リザベラ』の依頼、受けてやろう。」

それは「これまでの功績(こうせき)を見込んで」という口調だった。

そう。『断られない』根拠(こんきょ)は、俺がこのギルドの知名度に少なからず貢献(こうけん)しているという事実があったからだ。

「感謝するぜ。」

「だが、それ以上は望むなよ。お前も分かってるはずだが、そもそも『ハイジャックの件(あの依頼)』自体、(きわ)どい話だったんだ。これ以上(ふく)らませると、我々でも手が付けられなくなる可能性があるからな。」

「十分だ。ありがとう。」

帰りも、同僚たちの視線に捕まることはなかった。思った以上に俺の筋書き通りに事が進んでいる。それが逆に綱渡りの『危うさ』と『高揚感(こうようかん)』を俺に覚えさせた。

 

「次はどうするの?」

リーザも緊張していたのだろう。長い深呼吸の後に()いだ言葉には疲労感がこもっていた。

「『プロ』を探す。」

彼が、今回の筋書きにおいて最も不可欠な人物だった。この稼業(かぎょう)において誰よりも信頼できる人間。俺の恩人。

心理的に(せま)る『本番』に、俺の鼓動(こどう)は少しずつ高まっていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。