フォーレスにてアーク一行がヤグン将軍らの用意した洗脳装置による陰謀を阻止する一方、シャンテ、グルガ、ゴーゲンそしてちょこの四人はちょこの分身、アクラを追ってアララトス国にやって来ていた。
ハルシオン大陸西部に位置する国、アララトスは古代遺跡が経済を回していると言っても過言ではないほど多くの遺跡を抱えている。そして、それら遺跡と経済を結び付けているのが遺跡荒らしと密売人。
合法な存在でないはずの彼らの盗掘、密売がアララトス唯一の突出した産業なのだ。
今や常識でもある彼らの存在。それを国が「産業」と銘打てない理由。それは、彼らの技術が磨かれようと、先駆者の残した知識が積み上げられようと一向に減る気配のない犠牲者の数にあった。
遺跡に仕掛けられた罠、そこに棲みついた化け物、盗品を巡った争いが毎年数百、あるいは数千の死傷者を出しているのだ。
「我々は遺跡の財宝と等価の代償を払っているに過ぎない」
他国から「非凡な商業国家」と
「相変わらずここの風は血に飢えとるのう」
「ガハハハッ、ワシらは血を支払い遺跡から宝を持ち帰る。
シルバーノアを降りるなりゴーゲンの
「よう言うわい。壺を取りに遺跡に潜った時、『危険な商売はもうたくさんだ。宮殿に住んで山ほどの
「なにを言うか。あれも立派な商法の一つじゃろうが。現にあれでワシはお前さんらの力を借りて
「……まったく、この土地の人間は心まで
「否定はせんぞい。ワシらにとってそれはむしろ褒め言葉じゃからな!」
チョンガラは年季の入った酒樽のような腹をドンドンと叩き、変わらない故郷の風に満足していた。
老人二人の談笑の傍ら、私もまたこの国の風に親しみ深いものを感じていた。もっと言えば、私はこの風に祖国を感じたのだ。
世界五大砂漠に数えられるアララトスの大砂漠。太陽が頂きに
一握りの彼らが口の中へ入ろうものなら命綱でもある水筒を空にしなければ死に至らしめてしまう。
そのようにして死ぬことを現地の人間は「遺跡の呪い」と言う。遺跡から一歩身を引く健全な国民たちは呪いを恐れ、人間としての容姿を捨てるかのごとく全身を布で覆い隠してしまっている。
一方、私の故郷ブラキアは活火山を頂きに
この二つの共通点はどこか?私は考えたがわからなかった。老魔導士の言葉を聞くまでは。
「血に飢えている」
いつからか、私はその臭いを「故郷の臭い」と認識するようになっていたのだ。そんな自分がひどく憎らしく思えた。
あろうことかブラキアの英雄であるべき私が、かつてブラキアを植民地にしたニーデル国の人間に染まっていたのだ。
ブラキアの光に愛された戦士グルガ。彼は愛すべき故郷を取り戻すため、敵も味方も無数の人間を殺した。襲いくる敵を戦斧で叩き、銃を持った敵に味方をけしかけた。
足を一歩踏み出せば誰かの死体を踏みつけ、前進するたびに
再びブラキアの祝福が彼らの下に還るその瞬間まで、彼は毎日のように同胞のむせび泣く声を聞き、両足を失くし祈りにすがる彼らの姿を目にしてきた。
ある日、血の臭いがそれらの光景を呼んでいるのだと気づき、彼は次第に故郷に嫌悪感を覚え始める。そこへ、親を亡くし光を失くしたエレナが現れ、彼は決意する。故郷を捨て、犯した罪を償わなければならないと。
しかし、それでも彼は戦うことを止められなかった。
――――エレナのため
気がづけば、無実の少女を名目にして彼は血を追い求めていた。
今、この瞬間まで愚かな彼は気づけなかった。
故郷は捨てられない。どれだけそこから遠ざかろうと、心に染みついた臭いは必ず自分をそこへ連れ戻してしまうのだということに。
だが……
なぜ「今」それを強く感じてしまったのだろうか?
シャンテの手助けをするため、キメラ研究所へ乗り込んだ時はこれよりも濃い臭いを感じたはずだ。それを差し置いてなぜ今「故郷」を意識したのだろうか。
頂きから降り注ぐ光が汗と血の臭いを掻き立て、執拗に、切に「帰郷」を催促しているように思えてならなかった。
そんな大男の不安をよそに、一行で最も小柄な冒険者が着慣れないミイラのような装いに浮かれ跳ね回っていた。
「み~んなみんなっグッルグル、グッルグル~のみのむしさ~ん♪一口かじればイチゴ味~♪二口かじれば蜜の味~♪三口目は大人になってから~なの~♪」
「こら、ちょこ。あんた、ついさっき転んで半べそになったばかりでしょ?」
「平気なの~。その時はまたシャンテが『いい子いい子』してくれればちょこは無敵なの~」
小さな冒険者はサラサラの砂地に足を取られるのも気に留めず、さらにさらに元気良く駆け回った。それを見守る女は深い溜め息を吐き、それ以上は無駄だと注意するのも諦めてしまった。
「ったく、撫でててほしいならそもそもいい子にしてなさいよね」
一行は今、一説には人類がそこに居を構えるより前から存在すると言われる地下迷宮を目指し、歩いていた。とはいえ、例によって大魔導士の術でシルバーノアの姿を消したお陰で、すでに目視できる距離まで来ているのだが。
誰一人最深部へ到達したことのないと言われる魔窟。それがアクラの指定した「地下迷宮」だとゴーゲンは断言した。
先日、グレイシーヌの大図書館でシャンテが発見した「H.ルーシー」なる探検家の著書でも、そこでちょこの手掛かりを手に入れたという記述があったことから、まず間違いない。
「なあジイさん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい?」
シャンテは遺跡まで、さらには遺跡内までも案内ができるというゴーゲンにそれを依頼したが、彼への不信感は未だに拭えないでいた。
なぜなら、初めてスメリアで遭遇したゴーゲンの、縁があるという黒竜に執着する姿が、彼女の
コイツはどこかで誰かを裏切る。自分の目的のために仲間を生贄にする。ゲニマイもその一人に違いないと。
けれど、棺桶に片足突っ込んだ見た目そのままの豊富な知識と狡猾さ、そして見た目に反した神にも等しい力に狙われたなら足掻いたところで逃れようもない。
彼女にはそこはかとない予感があった。この老いぼれは、次に見つける黒竜を指して「ちょこ」と呼ぶのではないかと。
老いぼれは、しなる釣り竿のように曲がった背中からは想像もできない体力で三人の先頭を歩き、振り返りもせずに聞き返した。
「はて、教えるとは?」
「惚けんじゃないよ。アンタが何の理由もなくアタシらに付き纏う訳ない―――」
「ほれ、そこ。野盗連中が仕掛けた罠があるぞい」
バチンッ!
ゴーゲンの注意は
しかしシャンテは僅かに苦痛を表情に出しただけで、「だからなんだ」と言わんばかりにハサミの顎をこじ開け、歯が足を引っ掻くのもお構いなしに引き抜いてみせた。
「まったく乱暴じゃのう。どれ、傷を見せてみい。毒が塗ってあったんじゃないのか?」
怪しく伸びる手をすり抜け、彼女は初めてゴーゲンの前を歩き、毒づいた。
「ハッ、民間人が手に入れられる程度の毒が今さら何だってのよ」
見れば、裂けた服の穴から覗く彼女の柔肌はすでに驚くべき速さで回復し始めていた。あの勢いなら骨にヒビの一つ入っていてもおかしくないのに、彼女の足取りは今までと少しも変わらない。
「…ほんに、便利な体質よのう」
「それよりちょこ、アンタはよく足下を見ておくんだよ。アタシの力がどこまで他人に通じるかわからないんだから」
「ん?なあに?」
「……」
どうして三人とも気づかなかったのか。ちょこの背後にはすでに口を閉じた罠が2つ3つ転がっていた。
「アンタ、なんともないのかい?」
「ん?ん~っとね、ちょこ、今日はきつねうどんの気分なの!」
彼女の服には傷一つ付いてない。閉じる瞬間に飛び退いたというのが一番納得がいくのだけれど。さすがにハサミの閉じる音を聞き逃す訳がない。何か力を使った感じもしなかった。
……となれば、恐るべき反射神経で閉じる歯を素手で受け止めたとしか考えられない。
「アンタって奴は、どこまで化け物染みてるのさ」
そしてシャンテは、またしても偶然を装ったこれらの遣り取りで老いぼれが尋問から逃れたのだと気づいたが、あっけらかんとした顔で笑う少女を見て溜め息しか出てこなくなっていた。
間もなくして彼らは肥沃な緑に覆われた遺跡に到達する。振り返れば視界の端から端まで砂漠が広がっているというのに。
「不気味な光景だね。なんだかすでに呪われてるみたいじゃないか」
アララトスの砂漠は沿岸部にそびえるアゼンダ高地、またの名を「悪魔の食卓」とも呼ばれる数千m規模の高地が海風を阻むために形成されている。そのため、高地を外れる南北には比較的湿気のある風が通り、緑に恵まれていた。
「ちょこ、ここ知ってる!ちょこのお気に入りの遊び場なの!」
ようやく遺跡の存在に気づいてもちょこは「H.ルーシー」の記録にあったような呑気な様子をみせるばかり。もしかすると、もうアクラに命を狙われたことも忘れているのかもしれない。
「そういえば、お前さんと初めて会った時、大広間でくるくる踊らされた覚えがあるのう」
「そうなの!ちょこはあそこで王子様が迎えに来てくれるのを待ってたんだから!」
「王子様?」
「それってまさかシチューの王子様の話かい?」
「でも来てくれたのはアークだったの」
シャンテはグレイシーヌで彼女が言った
一方のシャンテも、思わず彼女のノリに乗せられたが、もしかするとそれは遠回しに「ラルゴ」のことを言っているのではないかと思わされた。
アクラの父を殺し彼女を
「あそこに行きたいの?」
少女に尋ねられ、チラリとゴーゲンを見やると彼はゆっくりと頷いた。
「そうさ。アタシらはそこに行って生意気な小娘に会わなきゃならないんだよ」
「ん~、よくわかんないけど、あそこに行くならちょこ、近道知ってるよ?」
返事も待たずに行ってしまう少女の後に続くと、少女は一見他と変わらない堅牢な地下遺跡の外壁を指した。そして珍しく声を潜め、真剣な面持ちで話し始めた。
「ちょこと一緒に魔法の言葉を唱えるの」
「そうすれば扉が開くのかい?」
いまいち真剣みの欠ける少女に渋々従い、呪文の内容を聞くと、シャンテはあからさまに顔を曇らせた。
「ちょこ…あんたね、ウソも大概にしないさいよ?」
「そんなことないの!ちょこ、シャンテに初めて会った時から
それだけで十分ウソだと言っているようなものだが、
「言ってやれば良いじゃないか。減るもんじゃあるまいし」
……これから起こるかもしれないことを思えば少しくらいは付き合ってあげるべきなのかもしれない。そう思った。
「じゃあ、いっくよ~!」
少女はとても楽しそうに
「クルクルプリンはとってもかわいい子どもの味♪ムチムチプリンは素敵なお姉さまの味♪じゃあアナタはどんな味?」
「ア、アナタを虜にするクネクネプリンの味♪」
それこそガキの考えるただのバカなセリフなのに。そのくだらない呪文は無意識に緊張していた私にとてつもない羞恥心を感じさせた。
「満点なの~~!」
そう言うと、ちょこは重たい石壁を片手でズイと押し込み、底の見えない
シャンテが睨みつけるとちょこは悪びれる様子もなく普段と変わらない笑顔を浮かべ「騙される方が悪いの~」と言って逃げるように中へ飛び込んでいった。
「……」
「いい経験になったじゃろ?」
「クソジジイが」
横目に映るグルガも珍しく失笑していた。
※ガッハッハッハッ
すごく細かいことですが、チョンガラの笑い方、原作では「おっひょっひょっひょ」だった気がしますが。これ、いざ使おうとするとすごく抵抗感がある(;^_^A
そう考えると「シャハハハハ」とか「グララララ」とか……スゴイな!(笑)
※チョンガラの壺(若干ネタバレ)
アークⅡではアイテムとして出てきませんが、アークⅠでは立派な戦闘員だったチョンガラは「召喚の壺」というアイテムにモフリーやケラックなどをしまい、戦闘時に召喚して戦っていました。(壺でじかに殴ったりもします(笑))
アークたちが初めてチョンガラと出会った時、光の精霊の情報を渡す代わりに遺跡ダンジョンにある「召喚の壺」を取ってこいという遣り取りがあったのです。
(書く予定があるかどうかは別として)私の話ではその時、チョンガラはアークたちに同行し、モンスターに襲われる中、命乞いをするシーンがあることにします。
※世界五大砂漠
そんなものありません(笑)なんとなく、砂漠を強調したくて使いました。
※アゼンダ高地と異名
私たちの世界でいうテーブルマウンテンみたいな高地です。本文の通り、沿岸部にこれがあることで海から運ばれる湿度を含んだ風を防ぎ、局地的に砂漠をつくっているんじゃないかと思います。
現実にも「悪魔の食卓」みたいな異名を持つ平らな世界遺産の高地、台地があったような気がするんですよね。それを引用したつもりです。
ちなみにアララトスの砂漠の砂を表す時に使った「悪魔の食べこぼし」はこの食卓とかけて名付けました。
※ゴーゲンと黒竜とゲニマイ(9.9割二次設定です)
126~127話「浮彫りの影 その六、七」でシュウとシャンテがペペの依頼でスメリアの隠し指名手配モンスター「邪竜ギア」を討伐する時の話です。
(以下、書き残した自分用の設定があまりに長かったのでかなり省略しています)
ゲニマイという人は、そもそもゴーゲンのかつての仲間(前七勇者)の一人でした。ゲニマイは、強敵だったラリュウキの封印時に受けた呪いで竜化してしまいます。
ラリュウキと共にこの世に復活したゴーゲンはそれを知り、彼の供養もかねて自らの手で命を断ってあげたのです。
なぜそれを他の人に明かさなかったかと言うと、そういう運命も待ち構えているかもしれないと、今の勇者たちに知られないため……だと思います。
(伏線として取っておきたかったからか、126~127話の注釈では伏せていました。でも、今後これを詳しく解説する予定はなく、Bパートで書くにしても今は余裕がないのでここで上げておきます)
・ちなみにゲニマイは不憫な人
なんと、アークⅡの段階では公式設定でも「七勇者」と銘打っておきながら、なぜか改めて数えると8人いるという珍事件(笑)
そのためなのか、アークRではノルにその座を追いやられたらしいゲニマイさん。ちょっとかわいそうですね。
ちなみにゲーム中の「アイテム鑑定」や「グレイシーヌの大図書館」で確認された名前はグラナダ、ソル、バルダ、ワイト、ゲニマイ、ハト、ノル、ウルトゥス、ゴーゲンです。
私の話ではゴーゲンの本名がノル・ヴィラモアール・ヘクタ・ゴガール。愛称としてゴーゲンという風にしています(みたいです(笑))。ノルとゴーゲンは同一人物ってことですね。
※シチューの王子様
Bパートの18話「ちょこのお散歩 その一」で結婚すればカレーのお姫様になれるというちょこの謎設定物語です。