聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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誰がために鐘は鳴る その四

オドンの警告の通り、寺院の至る所に色んなアンデッドたちが待ち構えていやがった。

白骨兵、ゾンビ―にミイラ。ただ、どいつもこいつも体のどこかが欠落していた。頭のない白骨兵が一番目立ったが、内臓を抜かれて腹の凹んだゾンビ―や、四肢を欠いて這いずり回るミイラも十分に目を引いた。

十中八九「被害者」なんだろうけど、敢えてそれを口にする奴はいない。というよりも、そんな目で捉えちまうと奴らの迫ってくる様子はまるで……

「死を恐れるな、死を崇めよってところかしら?」

口を利けない死者を代弁するように、二度と動かなくなったソイツら見下ろしてサニアが皮肉の利いた勧誘の文句を口にした。

「皆で死ねば怖くないってか?そういうジョークは雲の上か豚箱の中だけにしとけってんだよ」

バカバカしい。場違いのジョークを損得なしで笑ってやれるほど生きてる人間は暇じゃねえんだよ。もしもこれがあの()()()の考えた最高の宣伝文句だってんなら、ちょこでも代わりが務まっちまうぜ。

それに、そんなバカでも洗脳できちまうほどその装置が優秀だってんなら、断然そっちの方が厄介じゃねえか。「体のどこかが欠けてる死体」ってのも嫌な予感を最高に刺激しやがる。まったく背信者の期待に応えてくれる最高の教会だぜ。

「リーザは?体に違和感はねえか?」

「私は平気よ、おじいちゃんに貰った魔除けの首飾り(アミュレット)があるから」

つまりはそのアミュレットがねえと堪えられないような『声』が聞こえるってことだろ?いよいよ胸糞悪くなってくる。

 

「行き止まり?」

行き着いた部屋に扉はなく、隠し通路を(ほの)めかすような風の流れも感じない。そんな中、(かす)かに震える彼女が指を差してぎこちなく言った。

「そこの壁、開きます……」

彼女が示した壁は確かに怪しかった。皮をギュッと寄せてできたようなシワシワの壁。その中に一本だけ縦に長く真っ直ぐな筋が走っていた。ご丁寧に縁取りまでして目立つようにしてやがる。だけど押しても引いてもビクともしない。仕掛けらしきものもない。

なのに彼女がおっかなびっくりそれに触れると、壁は木造でも石造でもない生々しさを帯びた音で軋みながら口を開けた。

「どういう仕組みだ?」

「これは、その……」

「開いたんだからいいじゃない」

言葉に詰まるリーザを見て何かを察したサニアがそれを止めた。

「その内わかるわよ」

尋ねたアークは怪訝な色を浮かべるけれど深く追及はしなかった。

 

そこは講堂を見下ろす吹き抜けの廊下。そして正体不明の扉を(くぐ)るや、下の階から重たい石を(こす)り合わせるような音が聞こえてきた。

「あの野郎、あんな所に隠し通路なんか造りやがって。大胆にもほどがあるだろ」

教皇は講壇の背後にあるオルガン、それに接した壁を丸々動かして奥に続いているらしい通路へと平然とした顔で潜っていった。目の前に百人以上の聴衆がいるってのに。

「町の人間は完全に掌握したと言いたげだな」

「実際そうなんでしょ。あの目を見なさいよ。どんなに強い麻薬(くすり)をキメてたって、あんな虚ろな目にはならないわよ」

三階からじゃあハッキリとはわからない。けれどサニアの言うように、彼らの目は幽霊でも見るかのように何もない一点をジッと見つめ続けていた。

「そのためにも一刻を争うって話なんだろ?」

エルクに背中を押され、気を取り直して上に続く階段を探すとそこに一人の老人を連れた修道女が立っていた。

「おじいちゃん!」

意外なことに修道女は何の代償もなく老人を放した。そして老人は恐る恐るこちらへ歩み寄るとヒシと孫娘を抱きしめた。

「おお、リーザ。なぜこんな危険な所へ。早く逃げなさい。ゴーゲンさんはどうした?」

取り乱す老人を(なだ)めるリーザを見て、修道女はほくそ笑んだ。その瞬間、老人の本性を疑ったがどうやらそうでもないらしい。

「なんのつもりだ。残りの村人はどこにいる」

すると修道女は俺の言葉を無視し、何らかの術を使って壁から数匹のアンデッドを生み出した。そして彼女に、『魔女』に勝利を宣告するのだった。

「お前の『声』はギーア様の『御言葉』に及ばない。ここで足掻き、苦しむがいい」

言い残すと、女もまた修道服を脱ぎ捨てて襲い掛かってきた。

 

「…いったい何だったんだ?」

あれだけ意味深な言葉を残しておきながら罠の(たぐい)は一切なく、彼ら自身もただのザコでしかなかった。

「リーザ、逃げなさい」

「おじいちゃん、私たち助けにきたの。村の皆はどこ?」

「もう手遅れじゃ。今しがた、教皇が姿を見せおった。もう、手遅れなんじゃよ」

背の曲がった老人は倒れる体を支えるように孫娘を抱きしめ、その耳元で遺言のような絶望を語って聞かせた。

「奴らの言うギーアはワシらそのもの。この世に二匹目の悪魔を産み落としおったんじゃ。もはやラムールもホルンも関係ない。奴らはフォーレスの心を丸ごと飲み込むつもりじゃ」

「……それでも、私たちはここまで来たの。私も、ここにいる人たちもまだ諦めてない」

促され、老人は少女の目を覗いた。勇ましさを(たた)えたその目を見て……それでも少女を否定するように弱々しく首を振った。

「ならせめてお前だけでも逃げなさい」

「おじいちゃん!?」

「ここはお前のいていい場所ではない。誰よりもお前がわかっておるはずじゃ。…こんな老いぼれでさえ耳が痛い。お前はもう胸の鼓動さえ狂わされておるじゃないか」

彼は少女の胸に触れ、なんとかその危うさに気づかせようと懇願と敗北の表情で迫った。

「殺せばいいんだろ」

「……なに?」

不意に、懐かしい声が聞こえてきた。遥か昔、村の中でも上がっていた純粋な若者の声に導かれ、老人は少女の背後に視線を移す。

彼は小さな炎を見た。

 

「殺せばいいっ()ったんだよ」

それは小さく、しかしとてつもなく明るい。そして熱い。だのに(まぶ)しさも息苦しさも感じさせない。

「アンタの言う悪魔も、この寺院も、全部ブッ殺せばいいんだろ!!」

炎は大声で泣いていた。故郷を恐れる私たちを憎み、そして悲しんでいた。

私には聞こえる。彼はそれらを燃やし、生き延びてきた。故郷も、家族も、友人も。堪えがたい呻き声が言葉から溢れ出ている。

だというのに、今もなお強く燃え続けていられるのはなぜだ?

「違うのかよ!」

ひどく粗暴な声。けれど、それが私に取り憑く悪魔を焼き払ったように感じた。肩が軽く、視界が明るくなったような気がした。……これが、救いなのか?

 

気がつけば私は膝の痛みも忘れて歩み寄っていた。炎を見つめ、傷だらけの小さな手に(すが)り付き、崩れ落ちていた。

「申し訳、ございません……」

言葉が、出てこなかった。自分の村を護れなかった弱さ。こんな小さな炎に叱責される弱さ。「どうか、どうか……」しかし、(たく)(ほか)ない。なぜならこの想いは、あの村への愛はウソではないのだから。……この命に誓って。

「勘違いすんなよ。アンタに言われたからやるんじゃねえ。俺たちが気に入らねえからやるんだ」

彼は私を振り払い、また睨みつけた。(ただ)れた左目も、ちぎれた左耳も彼の野蛮さを象徴している。だというのに、私の瞳に焼きつく炎は今もなお煌々と美しく燃え上がっている。涙が、溢れ返るばかりなのだ。

 

そうしてリーザの祖父ヨーゼフに道案内を頼んだはいいが、彼が打ちひしがれたという例外的な「絶望」に俺たちもまた圧倒させられてしまった。

「これ、全部本物なのかよ……」

「悪徒どもめ」

踏みしめる通路一面に、数えきれないほどの「人の顎」が敷き詰められていた。見れば見るほどに、今にも俺たちの足に噛みつかんとするピラニアが大挙してきているようで(おぞ)ましさが(ぬぐ)えない。

「わざわざ水晶の中に閉じ込めるなんて随分手間のかかることをするわね」

しかし、その効果は絶大だった。

サニアがこの階の入り口で検知した呪場はまさに「建材」となったこれらが発しているらしかった。その呪いは俺たちの肉や命ではなく『力』を喰っているというのだ。

「リーザ、大丈夫かよ……」

「…うん、ちょっと吐き気がするだけ」

彼女はエルクに支えられながら額一杯に汗をかいて強がっていた。彼女だけじゃない。エルクの『炎』も、俺の『精霊』も、もちろんサニアの『呪い』も、今まで当然のように傍にあった『力』が冷えて固まり、代わりに心臓を舐められているかのような不快感が終始つきまとっている。

「この状況でどうやってアンデッドを黙らせればいい」

唯一、解決法を知っているかもしれないとサニアに聞くと、彼女は俺を鼻で笑った。

「誰にも倒せない悪をうち倒すから勇者なんじゃないの?」

「……テメエ、いい加減にしろよ」

彼女の悪癖にエルクが呻り声を上げると「約束」を思い出したのか、意外にも素直に頭を下げた。

「悪かったわね。私だってイライラしてるのよ」

そうして彼女は同業者のネタ晴らしをし始めた。

 

「さっき、修道女が壁からアンデッドを生み出したでしょ?おそらくこの建物全体に『素材』が使われてるのよ。条件さえ揃えばアイツらはどこからでも生まれる」

「その条件が『ギーア様のお言葉』ってことか?」

「多分ね」

話を聞くほどに、足下の白いピラニアたちがいつ動き出してもおかしくないように思えてくる。

「だけどアイツらはこの空間にもう一つ大きな条件を付け加えてる」

この『制限』の呪いは特定対象に向けたものじゃなく、フロア全体に掛けられている。その影響は敵にも及んでいるということだ。つまり術師が『力』でアンデッドを生み出すことはない。早い話が、「(スイッチ)を踏むな」ということだ。

「あとは無闇に恐れないことね。呪いは主に感情を嗅ぎ分けて寄ってくるものよ。ヨーゼフさんがそうだったようにね」

そうは言うが、この環境に対してそのスイッチはあまりに不条理だ。地雷で敷き詰められた道を、全てが不発であることを祈りながら歩くようなものだ。リーザやヨーゼフに至ってはその心境を想像することもできない。

「それでも出てきた場合はただ足止めをしながら逃げ回るしかないわね」

「打つ手なしということか」

「性質上、呪いのほとんどは一度発動してしまえば術者本人でも止められない。この建物を壊す以外に『制限』は解除できないのよ。死にたくなかったら心の弱さに負けないことね」

「ポコがいなくて助かったな」

「…アンタも結構酷いことを言うじゃない」

ポコを引き合いに出してごまかしてはみたが、内心はすでに気が気じゃない。これは死体を見慣れてるとか、死線を潜り抜けてきたとか、そんな心臓に毛を生やした程度で乗り切れるものじゃないんだ。

ドロドロの沼に何度も何度も溺れても、沼の水を大量に飲んでも「俺は溺れてなんかない」と叫び続けなきゃならない。それを苦も無くやってのけるサニアを憐れむべきなのか憤るべきなのかもわからなくなるくらい狂ってるんだ。

ところがイーガもエルクもその壁を自力で乗り越えていた。リーザもアミュレットを頼りにどうにか堪えている。俺だけが、不様に藻掻(もが)いているように思えた。

「声が聞こえるわ」

そう、聞こえるんだ。

「町の人の言葉が、繰り返し……」

そう、動かないはずの無数の白い顎が、あの名前を延々と歌っているんだ!

「クソッ!」

俺は篭手(こて)を着けた手で自分の顔を殴ったが、あまり効果はなかった。

「どうする?アンタはここに残るべきじゃない?」

サニアのそれは皮肉じゃなく、本心からの忠告だった。

ふざけるな!俺が誰よりも先に倒れてどうする?!そんな様でこの先、皆の先頭に立てるわけがないだろう?!

……俺は、最後の一人になっても立ち続けていなきゃならないんだ!

「ありがとう。だけどこの程度で引き返したら俺がポコに幻滅されてしまう。俺はアイツのそんな顔は見たくないんだよ」

俺の心の支えはもう、それしか残っていなかった。




※どいつもこいつも体のどこかが欠落していた
大したことではないんですが、ここで出てくるゾンビ系モンスター「オーガン」。この「オーガン」の意味が「臓器」だったらしく、この後に出てくる寺院の内装と絡めて考えると、やっぱりそういうことかなと思いました。
なので、名前は「臓器」ですが、正しくは「臓器なし」なのではないかと。

※エルクに背中を押され、気を取り直して上に続く階段を探すと、そこに一人の老人を連れた修道女が立っていた
原作では教皇の使った隠し通路(1階)を通りますが、開けっ放しの隠し通路を使うっていうのはなんか芸がないし、教皇よりも先に目的の場所に向かうためにちょっと違うルートを通ることにしました。
(まあ間に合わないんですが(;^_^A)

※おじいちゃんに貰った魔除けの首飾り
原作のアイテム「ノルの水晶」をアミュレットに加工したものです。

※エルクの傷
169話「巫女の砦 その四」、182話「ラッパ吹きの行軍 その十三」参照

※彼女の悪癖にエルクが呻り声を上げると「約束」を思い出したのか
228話「誰がために鐘は鳴る その一」で同じように二人がケンカしていて、アークが間に入って「忘れるな、俺たちはこの闘いに勝つための仲間だ」と約束させるシーンがありました。

※ホンマのあとがき
地の文が意味もなくエルクになったりアークになったりしてますね。反省m(__)m

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