聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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誰がために鐘は鳴る その三

 百を超える大行列に混じり進むにつれ、彼らの崇める神の城が姿を現していく。

彼らの歌も相まって、月明かりを背にしたそれは全身が黒い肌で覆われた巨人のようにも見える。

巨人は、静かに見下ろしている。参列する者たちの目に自分の姿が映っているか否かを。彼らの口が唯一無二の名を(たた)えているか否かを。

「まともな奴は一人も残ってないのかねえ?」

見渡す限り「ギーア様」を(たた)える廃人たちしか映らない。トッシュの口にする疑問は当然で、彼に噛みつくエルクの答えもまた当然だった。

「いたとしても、まともな神経の奴が家から出てくるかよ」

「ハッ、そりゃあ俺のことをバカにしてんのか?それとも自虐してんのか?」

「どっちもだよ、オッサン」

二人は笑いながら拳に力が入り、見つめ合っていた。

「オい、バカ共。そロソロ黙らンと敵に見つかルぞ」

寺院の入り口付近では五人の修道女が手を組み、同じように祈りを捧げながらラムールの住民を迎え入れていた。

 

ヘモジーの『幻覚』も『混乱』も決して弱くない。であるにも拘わらず、修道女たちは目ざとく行列の中から不純物を見つけ、行く手を(はば)んだ。

「お待ちなさい。貴方がたはラムールの民ではありませんね」

俺たちは律儀に立ち止まり、町の人間が寺院の中へと入っていくのを静かに見送った。

「どこのどなたかは存じませんが、貴方がたは私たちに必要ありません。そして」

―――そして、ようやく最後の一人が修道女の背に回った。

「偉大なるギーア様の礼拝を妨げた罪は―――!?」

突如、女たちの背後で石畳が壁のようにせり上がった。それに気を取られている隙に俺とオッサン、そしてイーガが五人を仕留めた。

事前にリーザからの忠告もあって、欠片(かけら)も手は抜かなかった。それなのに、

「……アンデッドと来たか」

五人の内、俺とオッサンが斬り殺したはずの三人が手足をぎこちなく動かし、おもむろに立ち上がった。

小癪(こしゃく)な真似を……」

俺たちの付けた斬り傷からは一滴の血も流れていない。むしろ、何かしらのガスを放っているようだった。

「慢心に隙あり」

唯一、一撃で仕留めたイーガは手足に淡い光を纏い、残り三人の頭や胸をただ一度強打するだけで完全に沈黙させてしまった。

そうして倒れた怪物はせり上がった石畳に呑まれ、痕跡は一切残らなかった。

「さすが、坊主は伊達じゃねえな」

「…普段のお主なら仕留め損ねることはなかった。酒の飲み過ぎでは?」

「ああ?逆に尋ねるが、俺が酒を飲んで誰かに()られたとこでも見たことあんのかよ?」

「そういう意味ではない。油断が仲間を危険に晒すと言っている」

イーガのオッサンも、普段なら猿の酒を(とが)めたりしない。ただ、つい先日故郷が瀬戸際に追いやられていたことで苛ついてるだけなんだ。

アークもそれを察してそれとなくイーガを(なだ)めていた。

 

それにしても、チョンガラのオッサンの化け物はどいつもこいつも使い勝手がいい。毛玉(モフリー)の地面を操る力にしてもそうだけど、結局アイツらがヘモジーの『幻覚』を看破することはなかった。

俺が化け物たちの力に感心していると、近くで待機していたらしい三人の修道女が異変を察して現れた。

「……アナタたちは彼らの相手を。私は教皇様にお伝えして参ります」

その中の一人が残りの「三人」に言いつけると、寺院へと(きびす)を返した。ところが、唐突に三人の中の「一人」が彼女の腕を掴んでそれを止めた。

「何をする―――!?」

言い終わる頃には「一人」の腕は仲間の首へと伸び、へし折っていた。さらに、へし折った女は折られた女の唇に吸い付き、中に何かを注ぎ始めた。そうしてへし折った女が手を放すと、折られた女の不死は完全に沈黙していた。へし折った女の唇からは僅かに白い煙が溢れ出ている。……毒か?

ようやく状況を把握した残りの二人が襲いかかろうとするも、いつの間にか現れた大柄な狼の吐く白い霧に包まれ、全身の自由が利かなくなっていた。

「お前たちは…何者か……うっ」

気づけばそこに、足下から這い上ってくる三匹の小人の姿があった。道化の面を被った彼らはざんばらな赤髪を振り乱し、不気味な微笑みを湛え、一心不乱に登ってくる。そうして無抵抗な女たちの耳元まで登ると、窓を掻くような耳障りな声で『キィィィ』と囁いた。

「ギ、ギーア様……」

最後の祈りを捧げると、女たちは天に見放された人形のごとく崩れ落ちた。

 

「…アイツは?」

突如、修道女が反乱を起こした。けれど、パンディットたちはその女を助けた。その様子からなんとなくの見当をつけながらも、炎の少年は警戒心の強い声で少女に尋ねた。

「大丈夫、あの子も私たちの仲間よ」

少女が言うと、女は自己紹介もなくあからさまに怪しい手招きで彼らを誘惑し始めた。

「…あっちに裏口があるみたい。行きましょう」

 

女の名前はオドン。人知れず他人の影に潜り、その影を全身に張り付け変装しては悪戯をする化け物なんだという。

ヘモジーの『混乱』と『幻覚(モンタージュ)』を合わせた煩雑(はんざつ)()()()()と違って、オドンのそれは一部の隙もない『擬態』だった。

しかも、『擬態』した相手の身体能力はもちろん、術や思考まで写すことができると聞いた時はさすがに血の気の引く思いがした。

オドンはその能力をいかんなく発揮して、宣言通り、俺たちを寺院の裏口まで案内してみせた。

『キキィッ』

裏口には南京錠に加え、(かんぬき)が下ろされていたけれど、そのどちらもケラックが慣れた手つきで解錠させてしまった。

「…チョンガラのオッサン、泥棒にでも転職するつもりかよ」

化け物たちの力を目の当たりにした上であの汚らしいヒゲ面のご主人様を思い浮かべると、ケチな犯罪者にしか思えなくなっちまった。

「違うわよ。この子たちはただ、少し悪戯好きってだけ」

リーザのフォローを聞いても、あのすきっ歯だらけの上に、これ見よがしに見せつけてくる金歯と意地汚い笑みがそれを台無しにした。

 

扉を少し開け、中の様子を窺うと、この大袈裟(おおげさ)な建物のお偉いさんがステージに立ち、能書きを垂れているところだった。

 

―――耳を傾けよ、敬虔なるギーアの(しもべ)たち。

我らはこれまで数百年に渡り、災いと隣り合う生活を余儀なくされてきた。

流行(はや)り病に多くの隣人を見送らねばならぬ時もあった。愛すべき友が突如として魔物に変えられたこともあった。

しかし、我々はその時を乗り越え、遂にやり遂げた!我らの炎が魔女の寝床に届いたのだ!

耳を澄ませ、神に愛されし子らよ!

もはや悪しき声が我らの耳を穢すことはない!

耳を研ぎ澄ますのだ!今、我らの鼓膜を打ち鳴らすは天から授かりし主の声のみなれば!

なれば我らはかの祝福に身を(ゆだ)ね、かの意志に従うべきであろう!

 

…要は、俺たちロマリアに逆らう奴らを根絶やしにするために奴隷になれ……みたいなことをダラダラと回りくどく言ってやがった。

「あんな悪趣味な像を前にしてよくもまあ、つらつらと嘘八百が出てくるもんだ」

まるでどこかの大家みたいだぜ。

礼拝堂のあちこちには、それこそ心を病んだ人間にしかそれを「神」だ「天使」だと呼べないような凶悪な石像が並べられている。さらには教皇の立つ講壇の上にも、筋骨隆々で角と羽を生やした「黒幕」みたいな面構えの神様?が我が物顔で鎮座していやがる。

「確かに聞くに堪えないが、説教の最中というなら今が好機だろう」

イーガに促されるまま、このご立派な建物の中を徘徊しようとすると、いまだに修道女のままのオドンが立ち塞がり、リーザがその代弁をした。

「この先、ほとんどの部屋に化け物が常駐してるから。身を隠しながらっていうのは難しいと思うの」

さっきは外だったからまだしも、声を響かせるのが目的のような屋内ではさすがにバタバタと暴れる訳にもいかねえ。…あくまで人質を優先させるならって話だが。

すると、さすがは国際的犯罪集団のリーダー。決断が早かった。

「それしかないと言うなら仕方がない。トッシュ、ポコ、お前たちはここに残って市民を見張れ。俺たちはここから一気に人質の所へ向かう」

「…ヂ、ヂークは?」

ポコは催眠電波を妨害しているというヂークがいなくなることにあからさまな心細さを示した。ところがアークは無情にもそれを一喝した。

「ヂークは電波の発生源を知るのに必要だ。悪いがここには残せない」

「そ、そんな……」

「一時間もかからない。それくらい耐えられなきゃ勇者失格だぞ?」

仮にも「勇者」である自覚はあったようで。ポコは胸を刺す言葉に喉を詰まらせ、うな垂れてしまった。対照的に、妙な対抗意識を燃やす猿が隣で(わめ)き出した。

「ハッ、一時間と言わず二時間でも三時間でもゆっくりしてこいよ。俺はここの酒をゆっくり楽しませてもらうからよ」

(はか)らずも、裏口から入ったこの部屋の隅には祭事に使う酒が保管されていた。

嬉々として酒瓶を物色する猿。その様子を見てさらに涙目になるポコに同情しながら、俺たちは階段を駆け上がっていった。

 

間もなくアークたちの侵入は発覚し、教皇の耳に届けられた。

「…何、アークだと?予想以上に早かったな」

修道女からの報告に対し、教皇は石像と同じ笑みを浮かべて返した。

「いいだろう。私が直々に相手をしてやろう」

教皇は祭壇の裏に隠した通路を使い、神に愛されし子らを残して講堂を後にした。もしもの時は彼らを一人も生きて帰さぬよう修道女たちに言い残して。

 

「……ほ、本当にいいの?あの人行かせちゃって」

扉の隙間から中を覗いていたポコが振り返り、酒蔵を荒らす猿に言った。

「なにとち狂ったこと言ってやがんだ。俺たちが任されたのはここの廃人どもの安全だろ?俺たちまで面倒事に首を突っ込んだら誰がそれを引き受けるって言うんだよ」

「そ、それはそうだけど……」

「……」

何もかもに責任を感じやすいポコの頭を、数少ない白い毛玉の友人が優しく撫でた。

「そんなんだからいつまで経っても俺たちのケツを追い回してばっかりなんだよ」

「そ、そうだけど……」

「おら、これ飲んで少しはシャキッとしやがれ」

そうして怨敵が崇め(たてまつ)る神のお膝下で、猿たちの小さな宴は始まった。




※湛える(たたえる)
液体を器一杯に満たすこと。または溢れること。
ここでは「敬う」「褒める」という意味の「(たた)える」とかけて、信者の口から「神様の名前」が絶えず聞こえているか。溢れ返っているかという様子を表しているつもりです。
(誤字ではありませんのであしからずm(__)m)

※修道女(死人)→原作のマスターマミィのことです。

※「突如、背後で石畳がせり上がる」「石畳に呑まれ、痕跡は一切残らなかった」
モフリーの特殊能力「床づくり」の応用だと思ってください。
マミィ系は倒されると石棺に入るというモーションがあるので、石畳に呑まれるシーンを「石棺」に見立ててみました。

※女の唇からは僅かに白い煙が溢れ出ている
原作の特殊能力の一つ「メズマライブレス」です。睡眠を付与する効果があります。マミィ系は倒されると石棺に入るというモーションがあるので「石棺に入る」→「眠る」ということで、ディスペル(アンデット瞬殺魔法)と同じ効果を持たせてみました。(無理やり(笑))

オドン自身には「変身」しか技がありませんが、アークⅡの彼は変身した相手の特殊能力を使うことができます。(アークⅠの彼は変身後、殴ることしかできません(´;ω;`)ウゥゥ)
このメズマライブレスはマスターマミィの追加能力の一つです。

ちなみに「オドンのそれは一部の隙もない『擬態』だった」ですが、実際に戦闘時に「変身」してみると、プレイヤーが判別しやすいようにするためか。変身相手の姿はマネるものの、全身が赤黒い色で表示されます。
始めは、影に潜るモーションがあるし、色までは再現できないのかな?と思いましたが、よくよく思い返してみると「アークⅠ」の初登場シーンではキチンと色が付いていたので、やはりプレイヤーへの配慮かなと思い「色も再現できる」ことにしました。

※大柄な狼の吐く白い霧
こちらはパンディットの「コールドブレス」です。紛らわしくてごめんなさい。

※窓を掻くような耳障りな声で『キィィィ』と囁いた
ケラックの特殊能力「ディスペル」です。アンデットにのみ有効な即死魔法です。

※ヘモジーの幻覚(モンタージュ)
原作では「ヘモジー化」と呼ばれる魔法?ですが、完全に「ヘモジー」に変身するよう設定してしまうと、アークたちが町に入る際のごまかしに使えないので、
「ヘモジー=変な顔」ということでヘモジーの気分次第で美人にも不細工にもなる、振れ幅の大きい変装という意味で「モンタージュ」にしています。

※閂(かんぬき)
お城なんかでよく見かける両開きの扉にかけるつっかえ棒のようなものです。

※まるでどこかの大家みたいだぜ
ビビガ。エルクのアパートを管理している人のことです。私の書くアークでは人情に厚い守銭奴のような設定にしています(笑)

※ホンマのあとがき
原作では寺院の正面から突入していますが、さすがに敵の目が節穴過ぎるので「裏口」という設定をつくらせてもらいました。
このフォーレス編はホラー感が強いはずが、なかなかそれを上手く表現することができてませんね(反省)
少し話はズレますが、アーク関連の動画を漁っていたら、教皇様のセリフ「聞け!偉大なる神ギーアの僕達よ!!」の「僕達」を「ぼくたち」と読んでいる実況者の方がいてちょっと面白かったです(ただそれだけ(笑))

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