翌朝、朝食の準備をしていると、
「ようやく帰ってきやがって。どこでチンタラ油売ってやがったんだ。」
この大家の顔を見るのも久しぶりな気がした。
憎たらしいことに、茶太郎はビビガにもスッカリ
「当然、
「アンタの大好きな『金づる』が無事に帰ってきたんだ。それで十分だろ?」
「アホなこと言ってんじゃねえぞ。こちとらテメエの
俺もそこが気になっていた。検問での話では俺がハイジャック犯を
この業界では真実の
「そりゃあ、依頼主の
『なってる』ってのはビビガは直接聞いた訳じゃなく、事実はまたいくらか
「これでも急いで戻ってきた方なんだぜ?」
「待てなかったのさ。一大イベントはもう目と鼻の先だからな。」
ビビガの言う『イベント』というのは、事件の日に俺に話していたロマリアから
「不自然な事件の解決はマスコミのイイ餌だからな。
それはつまり今回の依頼主は――――
「本命『反ガルアーノ派』、対抗『軍事国家ロマリア』、大穴『ガルアーノ』で間違いねえな。厄介なのは、馬同士で
「そりゃあ、
「そりゃあ、話してやるのはやぶさかじゃねえがよ。」
ビビガの視線が不自然に俺から
「レディをいつまでも放ったらかしにするなんてのはイイ男のすることじゃねぇんじゃねえか。えぇ?プレイボーイさんよ。」
振り返ると、難しい話についてこようと必死に聞き耳をたてる子どものような顔をしたリーザがいた。
「ああ、この子は――――」
これまでの
「おい、おいおいおい!コイツ、大丈夫なんだろうな!?」
物陰に隠れていたパンディットを見つけた時のビビガの驚きようは笑えた。
「リーザ・フローラ・メルノです。」
たいてい、初対面の女たちはビビガの目付きに鳥肌を立たせるものなのだが、リーザは何のその。
「大家
ビビガの野郎、調子に乗ってフルネームで名乗りやがって。
「アルノ・ピンガって、もしかして……。」
「おもしろい想像してるみてえだけどよ、それ、違うからな。このオッサンはあくまで俺の
するとビビガは
「おおいおい、『赤の他人』たあ
「だったらテメエの『生活費』は誰が
「おっと、そりゃあ育てた親に対する当然の
「この町の何人がそう思ってるだろうな。それに、今じゃアンタが俺に掛けた金の数十倍以上は稼いでるぜ。今回の件にしたって……あ。」
そうだ。スッカリその事を忘れていた。俺たちはその仕事のお陰でこんな状況に追いやられているんだった。ビビガは俺の顔を見て舌打ちしやがった。
「いやはや、ついつい調子に乗って
俺も、ここぞとばかりにビビガに
「ビビガよお。今回の報酬はどうなったんだ?まさか、
なんたって最低5000万だ。多少のヘマを差し引いてもビビガのことだ。口八丁手八丁で8000万くらいには引き上げているはず。いいや、隠そうとしていたってことはそれ以上かもしれねえ。
その金を6:4どころか、10全部持っていこうなんてお
「お前がそれに気づかなきゃ、今晩中にでもカジノに
なんて野郎だ。
他の何においても信用できるヤツだが、こと『金』に関してだけはどうしようもなく意地汚い。まさに『金』に
「言っとくが、こりゃデタラメじゃねえぜ。」
ビビガが
「いったい、どんなことして言い
「バカ野郎、男ってのはここぞって時に
こんな男が本当のオヤジでなくて本当に良かったと思う。
「余計な奴らに目ぇ付けられてねえだろうな。」
「バカ野郎。『最高に冴えてた』っつっただろうが。俺が今までに金に目が
確かに。コイツが自分を
そう考えると案外、報酬の話を
「まあ、今回は俺の落ち度の方がデカイからな。
「やっと親孝行ってやつが分かってきたかよ。」
「言ってろ。」
すると
「オメエ、何か隠してんじゃねえか?もしくは何かヤバイ事を押し付けようとしてやがるな。……それってのはお嬢ちゃん関連のことか。」
まあ、身内に気を許して顔に出てしまったのかもしれない。
「さすがに、勘が良いじゃねえかよ。」
「バカが。ガキがオヤジ様に隠し事ができると思ってんのかよ。100年早えよ。」
確かにビビガに比べれば俺はまだまだ賞金稼ぎとしては半人前だし、オッサンに敵わないところも多い。だけど、100年は言い過ぎだぜ。
もう5年あれば追い抜く自信があった。
「まあ、今さら危険がどうのこうの言うつもりはねえが、仕事なんてえのは命あっての
他の誰を差し置いてもアンタが言うなよ。
正直、ビビガはどう思っているのか知らないが、このオッサンとは『養父』という関係よりも、『年の離れた兄弟』と言った方がいくらもシックリくる。
「ビビガ、悪いが明日にでも
俺はビビガのことを信用している。信用しているが、リーザのことを話さずにすむのなら、そうしたかった。リーザが
「おいおい、説明もなしにいきなり船を貸せってのは
「この子を逃がしてやりたいんだ。」
「ああん?」ビビガの顔は想像した以上に
「別にお前の邪魔をしたい訳じゃねえがよ、順番ってものがあるだろう。俺に話したくないってんなら好きにすれば良い。だがな、」
「テメエがどう思ってんのか知らねえが、俺はあくまでテメエの『親』でいるつもりだ。今までテメエの好きにさせてきたのは、テメエの人生を
金に汚い『ハイエナ』のイメージはどこへやら。ビビガは『ライオン』のごとく堂々としていた。
「テメエが明らかに選択を間違えて死にに行こうとしてんなら俺はテメエをぶん
「俺が『間違ってる』って言いてえのか?」
俺は知らず知らずの内に弱気になっていた。リーザを護るという『真っ直ぐな』想いが揺らいでいた。
「ああ、間違ってるね。考えてみろ。『逃げる』なんて言葉がテメエの人生にこれ以上必要か?」
俺は逃げない。『逃がす』んだ。
「お嬢ちゃんにどんな事情があるのか知らねえし、知ったところで多分俺は何もしてやれねえ。だがな、これ以上逃げてみろ。テメエはもう二度と、テメエの言う
「俺は逃げねえ。『逃がす』んだ。」
それはもはや自分の耳でも
「嬢ちゃんには
今だってビビガを『親父』だなんて思っていない。でも、中年の臭いと経験が物を言う
「それにな、俺の鼻が言うには嬢ちゃんからもテメエと同じ臭いがしてるぜ。」
椅子に腰を下ろすと不思議とビビガの言っている意味がよく分かってきた気がした。
「これ以上逃げたって仕方がねえのさ。」
「じゃあ、とうすりゃイイんだよ。」
「話してみな。
『鈍ってる』……ビビガはお見通しだった。俺がリーザを前にして