聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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女神の奴隷たち その一

翌朝、朝食の準備をしていると、几帳面(きちょうめん)にも茶太郎の世話をしにきたらしいビビガがやって来た。そして俺たちの姿を見つけると、ひどく重い()め息をついた。

「ようやく帰ってきやがって。どこでチンタラ油売ってやがったんだ。」

この大家の顔を見るのも久しぶりな気がした。

憎たらしいことに、茶太郎はビビガにもスッカリ(なつ)いてしまっていた。

「当然、土産(みやげ)の一つでも持ってんだろうな。」

「アンタの大好きな『金づる』が無事に帰ってきたんだ。それで十分だろ?」

「アホなこと言ってんじゃねえぞ。こちとらテメエの(ケツ)()くのにどんだけ苦労したと思ってんだ。」

俺もそこが気になっていた。検問での話では俺がハイジャック犯を()()()ことになっていた。

この業界では真実の捏造(ねつぞう)なんて大して珍しいことでもないのだが、その出元(でもと)を把握しておかないと、いつ取って喰われるか分からない。

 

「そりゃあ、依頼主の仕業(しわざ)だな。(つか)いっぱしりが何人か直接ギルドに交渉しに来たらしい。犯人は遺体(いたい)で確認済み、セントディアナ号も無事着陸。要求は(おおむ)完遂(かんすい)したが、当の賞金稼ぎがいくら待っても現れねえ。(しび)れを切らした(やっこ)さんは事実確認をすっ飛ばして筋書(すじが)きを作っちまった。……てな話になってる。」

『なってる』ってのはビビガは直接聞いた訳じゃなく、事実はまたいくらか(ゆが)んだものかもしれないということだ。

「これでも急いで戻ってきた方なんだぜ?」

「待てなかったのさ。一大イベントはもう目と鼻の先だからな。」

ビビガの言う『イベント』というのは、事件の日に俺に話していたロマリアから贈呈(ぞうてい)された女神像の式典のことだ。

「不自然な事件の解決はマスコミのイイ餌だからな。表沙汰(おもてざた)になっていないとはいえ、一応の完全解決で処理しておかねえと、いざって時に足を(すく)われるとでも考えたんじゃねえか?」

それはつまり今回の依頼主は――――

「本命『反ガルアーノ派』、対抗『軍事国家ロマリア』、大穴『ガルアーノ』で間違いねえな。厄介なのは、馬同士で八百長(やおちょう)かましてる時だな。」

「そりゃあ、(わな)ってことか?何のために?」

「そりゃあ、話してやるのはやぶさかじゃねえがよ。」

ビビガの視線が不自然に俺から(はず)れた。

「レディをいつまでも放ったらかしにするなんてのはイイ男のすることじゃねぇんじゃねえか。えぇ?プレイボーイさんよ。」

振り返ると、難しい話についてこようと必死に聞き耳をたてる子どものような顔をしたリーザがいた。

「ああ、この子は――――」

 

これまでの経緯(いきさつ)(はぶ)いてリーザとパンディットの簡単な挨拶を済ませた。

「おい、おいおいおい!コイツ、大丈夫なんだろうな!?」

物陰に隠れていたパンディットを見つけた時のビビガの驚きようは笑えた。

「リーザ・フローラ・メルノです。」

たいてい、初対面の女たちはビビガの目付きに鳥肌を立たせるものなのだが、リーザは何のその。(すず)しい顔をしている。

「大家(けん)エルクの仕事仲間のビビガ・アルノ・ピンガってもんだ。よろしくな、お嬢ちゃん。」

ビビガの野郎、調子に乗ってフルネームで名乗りやがって。

「アルノ・ピンガって、もしかして……。」

「おもしろい想像してるみてえだけどよ、それ、違うからな。このオッサンはあくまで俺の養父(ようふ)ってだけでの赤の他人。名前はオッサンからの借りもんなんだよ。」

するとビビガは大仰(おおぎょう)諸手(もろて)を上げて挨拶程度の難癖(なんくせ)をつけてきた。

「おおいおい、『赤の他人』たあ随分(ずいぶん)な言い方してくれるじゃねえか。(ケツ)の青いお前をここまでに育てたのは誰だっつーんだよ。」

「だったらテメエの『生活費』は誰が(かせ)いできてると思ってんだ?」

「おっと、そりゃあ育てた親に対する当然の孝行(こうこう)ってもんだろうよ。」

「この町の何人がそう思ってるだろうな。それに、今じゃアンタが俺に掛けた金の数十倍以上は稼いでるぜ。今回の件にしたって……あ。」

そうだ。スッカリその事を忘れていた。俺たちはその仕事のお陰でこんな状況に追いやられているんだった。ビビガは俺の顔を見て舌打ちしやがった。

「いやはや、ついつい調子に乗って(しゃべ)り過ぎちまったな。」

 

俺も、ここぞとばかりにビビガに()らいついた。

「ビビガよお。今回の報酬はどうなったんだ?まさか、一銭(いっせん)も貰っていませんなんてことはねえよな。」

なんたって最低5000万だ。多少のヘマを差し引いてもビビガのことだ。口八丁手八丁で8000万くらいには引き上げているはず。いいや、隠そうとしていたってことはそれ以上かもしれねえ。

その金を6:4どころか、10全部持っていこうなんてお天道様(てんとうさま)が許しても俺が許さねえ。

「お前がそれに気づかなきゃ、今晩中にでもカジノに(おさ)めてこようと思ってたんだがな。」

なんて野郎だ。

 

他の何においても信用できるヤツだが、こと『金』に関してだけはどうしようもなく意地汚い。まさに『金』に()せられて()ぎ回るハイエナのようなヤツだ。

「言っとくが、こりゃデタラメじゃねえぜ。」

ビビガが提示(ていじ)してきたのは、なんと2億5000万。

「いったい、どんなことして言い(くる)めてきたんだ?」

「バカ野郎、男ってのはここぞって時に真価(しんか)を発揮するもんだろ?あの時の俺は最高に()えてたぜ。」

こんな男が本当のオヤジでなくて本当に良かったと思う。

「余計な奴らに目ぇ付けられてねえだろうな。」

「バカ野郎。『最高に冴えてた』っつっただろうが。俺が今までに金に目が(くら)んでミスったことがあったかよ?」

確かに。コイツが自分を()める時と『金』が関わった時は、重箱(じゅうばこ)の隅を突いたって(ほこり)が出ないくらいに完璧な仕事をする。

そう考えると案外、報酬の話を(にお)わせたのもコイツなりの優しさ、なのか?

 

「まあ、今回は俺の落ち度の方がデカイからな。元値(もとね)の5000万だけでいいぜ。」

「やっと親孝行ってやつが分かってきたかよ。」

「言ってろ。」

すると途端(とたん)に、ビビガは人が変わったように目を細めて俺を()め付けた。

「オメエ、何か隠してんじゃねえか?もしくは何かヤバイ事を押し付けようとしてやがるな。……それってのはお嬢ちゃん関連のことか。」

まあ、身内に気を許して顔に出てしまったのかもしれない。

「さすがに、勘が良いじゃねえかよ。」

「バカが。ガキがオヤジ様に隠し事ができると思ってんのかよ。100年早えよ。」

確かにビビガに比べれば俺はまだまだ賞金稼ぎとしては半人前だし、オッサンに敵わないところも多い。だけど、100年は言い過ぎだぜ。

もう5年あれば追い抜く自信があった。

「まあ、今さら危険がどうのこうの言うつもりはねえが、仕事なんてえのは命あっての物種(ものだね)だ。たかが『金』を稼ぐのに本気で命張るような馬鹿な真似(まね)はすんじゃねえぞ。」

他の誰を差し置いてもアンタが言うなよ。

正直、ビビガはどう思っているのか知らないが、このオッサンとは『養父』という関係よりも、『年の離れた兄弟』と言った方がいくらもシックリくる。

 

「ビビガ、悪いが明日にでも小型飛行船(ヒエン)を飛ばしたい。」

俺はビビガのことを信用している。信用しているが、リーザのことを話さずにすむのなら、そうしたかった。リーザが(さら)し者になるような可能性は()けたかったのだ。そこに独占欲がないと言えば嘘になるが、何より俺は彼女を護ることについて真っ直ぐに考えてしまう傾向が強かった。

「おいおい、説明もなしにいきなり船を貸せってのは(いささ)か乱暴じゃねえか?」

「この子を逃がしてやりたいんだ。」

「ああん?」ビビガの顔は想像した以上に(くも)り、苛立(いらだ)っていた。

 

「別にお前の邪魔をしたい訳じゃねえがよ、順番ってものがあるだろう。俺に話したくないってんなら好きにすれば良い。だがな、」

眉間(みけん)(しわ)を寄せて小言(こごと)を言うビビガなんて見飽きたはずだった。だが気のせいか。俺は()()()()()の顔を知らないような気がした。

「テメエがどう思ってんのか知らねえが、俺はあくまでテメエの『親』でいるつもりだ。今までテメエの好きにさせてきたのは、テメエの人生を()()()()がどうこうしたくなかったからだ。だがな、」

金に汚い『ハイエナ』のイメージはどこへやら。ビビガは『ライオン』のごとく堂々としていた。

「テメエが明らかに選択を間違えて死にに行こうとしてんなら俺はテメエをぶん(なぐ)ってでも止めるぜ。」

 

「俺が『間違ってる』って言いてえのか?」

俺は知らず知らずの内に弱気になっていた。リーザを護るという『真っ直ぐな』想いが揺らいでいた。

「ああ、間違ってるね。考えてみろ。『逃げる』なんて言葉がテメエの人生にこれ以上必要か?」

俺は逃げない。『逃がす』んだ。

「お嬢ちゃんにどんな事情があるのか知らねえし、知ったところで多分俺は何もしてやれねえ。だがな、これ以上逃げてみろ。テメエはもう二度と、テメエの言う信念(復讐)に向き合えなくなるぜ。たとえそれが仕事上の『助け船』のつもりだったとしてもな。()()()()人間なんぞいつ死んだってオカシクねえ。」

「俺は逃げねえ。『逃がす』んだ。」

それはもはや自分の耳でも幼稚(ようち)屁理屈(へりくつ)にしか聞こえなかった。その異議にいちいち反論する必要もないことをビビガは目で答えた。目で(せい)した。

「嬢ちゃんには(わり)いが、俺はテメエの『親』だ。他人様よりも『自分の子』を想って何が悪い。」

今だってビビガを『親父』だなんて思っていない。でも、中年の臭いと経験が物を言う説教(せっきょう)は『それ』らしくも見せた。

「それにな、俺の鼻が言うには嬢ちゃんからもテメエと同じ臭いがしてるぜ。」

 

椅子に腰を下ろすと不思議とビビガの言っている意味がよく分かってきた気がした。

「これ以上逃げたって仕方がねえのさ。」

「じゃあ、とうすりゃイイんだよ。」

「話してみな。()()()答えなんて期待しねえ方が良いけどよ、(にぶ)ってるテメエに()わって()()()()()の答えってやつを考えてやるよ。」

『鈍ってる』……ビビガはお見通しだった。俺がリーザを前にして平常(へいじょう)でないことを。


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