聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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誰がために鐘は鳴る その一

――――フォーレス国近辺上空、シルバーノア、エルクとリーザの船室

 

 自分の故郷を見下ろすのはこれで三度目になる。

初めて山の向こうの世界へ連れ出されたあの日、私の全てだったこの景色は私の門出を、異世界への追放を心から祝福していた。私も、二度と帰ってくることはないのだろうと諦めていた。

だけど私は帰ってきた。彼を支えられる魔女になろうと心に決めて。

そんな私を見て、この景色は気まずい笑顔を向けてきた。私の怒りを買わないように。

この国が相変わらずだというのはわかってた。それでも私とおじいさんは一粒の種を()いた。人に、心があると信じて。

そして今、この景色を見て思う。

「リッツ……」

フォーレスはとても狭く、貧しい。

広大で、肥沃なアルディアとは対極的。外に目を向けられない彼らの心に育つ作物は常に「魔女」の香りを漂わせる。私たちの希望は悪臭に埋もれて見えない。

 

「何考えてんだ?」

 

物思いに耽っていると、彼が隣に寄ってきて私の胸をときめかせた。

「……」

みすぼらしい景色から目を背けた。

「恐いのか?」

「だって私、魔女だから……」

無理やり笑うと彼は少し怒った。

「まだそんなこと気にしてんのかよ。俺もリーザも化け物。それでいいじゃねえか」

彼は強くなった。想い合っていた人を殺して、負い目を乗り越えていた。(ただ)れた右目は前よりも凛々しく見えた。

今の彼は私の少し先を歩いている。遅れる私のために手を差し伸べて……

「エルクにはもう、怖いものはないの?」

彼の胸に頭を預ければ、彼の鼓動が微かに聞こえてくる。

私に興奮して僅かに早くなる彼の気持ちが、たまらなく心地いい。そこに、もう一人の金髪のあの人の影があっても、私はもう気にしない。

「…お前は俺が護るって言ってんだから……。だから余計なことは考えなくていいんだよ!」

私はアナタよりも強くなるって決めたから。

 

少年の鼓動に酔いしれる一方で、少女は毒々しい視線を感じていた。

眼下にポツリと構える小さな町、首都ラムール。その端から町全体を見下ろすように立つ巨人。

高さ200mはあろうかというソレは、町の職人たちの手で丹念にかつ精巧に築かれ、厳格な神聖さと恐怖を打ち砕く希望が込められている。

そんな国の象徴ともいえる寺院が、満たされる私をじっとりと()め付けていた。

 

 

――――フォーレス北部、霊峰アルパス麓

 

田舎な国の町明かりの(とぼ)しさを活かし、シルバーノアは管制塔の目を()(くぐ)って私の生まれた村の近くに腰を下ろした。

「それじゃあ、お前さんらを降ろしたらひとっ走りジイさんたちをアララトスまで送ってくるわい。その間はサポートできんから、そのつもりでな」

下船の準備を終え、先を見据えるようにタラップの前に立つリーダーに、太鼓腹の艦長が声をかけた。

「ああ、こっちはこっちでなんとかやるさ。お前は例の電波塔の情報収集に専念してくれていい」

「そのことなんじゃが、さっきヂークから報告があってのう。微弱じゃが、それっぽい怪しい電波を観測したらしい。ワシらにはまだ影響が出ておらんと思うが、あまり時間をかけ過ぎると……」

「間抜けなミイラ取りの二の舞か?心配するなよ。これまで通り、上手くやるさ。じゃないとウチのミイラがうるさいからな」

アークは腰に手を当て、ヨボヨボと杖をつくようなジェスチャーをしながら言った。

「ブワッハッハッ、違いないわい!」

加えて、電波はホルンを含むフォーレスのほぼ全域を圏内に置いていることを伝え、チョンガラは自分の仕事場へと帰っていった。

 

船から降りた仲間はチョンガラの化け物を含めて12人。まあまあな大所帯だが、全員で行動した方がいいというサニアのアドバイスからチーム分けはしなかった。

そのため、単独行動に特化したシュウにはチョンガラたちのサポートに回ってもらうことにした。彼の隠密能力を欠くのは痛いが、適材適所を無視して彼を失うことになればそれこそ目も当てられない。

「心配スるな。ワシがオ前ラヲ護っチャる。最強ダゾ?」

代わりと言ったら彼は気分を悪くするかもしれないが、今回「電波塔」という未知の標的への対処法としてヂークを同行させた。俺たちの中で唯一「電波」を観測できる彼は今回の作戦の要になる。

「そノ代わり、ワシトノ約束も忘れルンジゃないゾ」

……約束、それはグレイシーヌでの防衛戦後、船に戻った俺たちの前で見せたヂークの異変から話は始まる。

 

「た、タタ、たま、しいが……」

何の前触れもなく、唐突にヂークはショートを起こし始めた。そして、

「たま、しいが…、私を、呼んでいる……」

普段とはまるで違う口調で妙なことを呟き、そのまま沈黙してしまった。

再起動した彼に尋ねると、ショートした影響か。

「なンの話だ?」

直前の記憶がなく、代わりにグレイシーヌの山奥を指す意味深な座標データが彼の処理事項に残っていた。

「確かにその辺りには(すた)れた(やしろ)のようなものがあると経典には(しる)してあるが…、不思議と王も我々もそこに着眼することはなかったな」

経典の知識を得たイーガですら何があるのかわからない。その上、その口ぶりからは何か結界めいたものが働いているようにも聞こえる。

早急に電波塔を攻略したいこのタイミングで……。どうする?

そこへ、エルクが顔をしかめながら補足した。

「コイツ、実はまだ未完成で部品が足りてねえらしいんだ。一応、探すよう頼まれてたんだけど、コイツ自身どこにあるか分からないらしいから放ってたんだよ」

……ヂークの部品か。

ゴーゲン(いわ)く、ヂークも俺たちの貴重な戦力だということだ。なら、折を見て手を貸す(ほか)ないだろう。

そうして交わした約束だった。

「ああ、約束は守るさ。俺は密かにお前に期待しているからな」

「オオ、オ前ナカナか見所がアるな!」

…このわざとらしいまでに(とぼ)けた性格と、あの瞬間に見せたコイツの裏の顔。それはどこかゴーゲンを彷彿とさせるものがあった。

 

「このまま南下してホルンで朝を待つ。夜が明け次第、町に向かう」

今回も例のごとく、ヘモジーの『混乱』と『変身』で町に潜入する。

ゴーゲンの情報によれば、町に潜伏している敵は警察と教会に集中しているらしい。町民に気を払わないでいい分、人目を忍ばず手早く目的を遂げられるはずだ。

だがその前に、リーザの村で出来る限りの情報収集をしようと思っていた。ところが、

「お、おい、リーザ!」

「どうした!?」

「わからねえよ!」

前触れもなく、彼女が走り出した。

追いかけたエルクが彼女を捕まえ事情を聞いているが、チラリと見えた彼女の表情から、良くない『声』を聞いたんだろうという察しはついた……が、現実はその裏を掻いていた。

「村から『声』が聞こえないらしい。俺とパンディットで先行する」

エルクは端的に報告すると、あの狼を連れて起伏の激しい道を風のように駆けていった。

残された彼女は、二人の背中を目で追いながら静かに佇んでいる。

だがそこに、少女少女した不安や悲しみはない。ただ、希望を捨てた老婆のような深い落胆が見えた。

「…まだ諦めるな。俺たち全員が倒れるまで、俺たちの未来はなくならない」

彼女の肩に乗せた手が、俺の意思とは関係なく震えていた。見つめる目から脳みそが焼かれるような痺れを感じた。

それでも『視線』を逸らす訳にはいかない。彼女と一緒に闘いたいなら。

「信じてくれ、俺たちが何もかも救ってみせる」

俺はウソを吐いた。彼女には通じないとわかっていても、この言葉だけは譲れなかった。

そして、『聞こえる』彼女はぎこちなく笑いながらも頷いて「ごめんなさい」と謝る余裕を見せてくれた。

「私はアナタに付いていきます。勝つまで……」

 

そばかすを残した村娘の瞳には、日に日に戦士の鋭さが宿っていく。

……それを俺は喜ぶべきなのか?

 

しばらくして戻ってきたエルクの顔色は冴えない。そして、槍の矛先も赤く濡れていた。

「やられた。ひとっこひとりいやしねえ」

「奴らに何を言われた」

「…村を襲ったのはラムールの人間だそうだ」

リーザから事のあらましを、リッツという少年の英雄(たん)を聞いていたんだろう。それだけに、自分の口からそれを裏切るようなことを言うのが悔しかったんだ。みえみえのウソを吐いてしまうほどに。

「わかってるさ。アイツらのお決まりの(あお)り文句だって。だから気にしちゃいねえよ」

そこへ、サニアはいかにも実利主義者らしいアドバイスをした。それが俺たちへの慰めになると思って。

「村に死相の色は見えないし、今ならまだ間に合うわ―――」

だけど、「煽り文句」を聞いたばかりのエルクにそれは火に油でしかなかった。

「そんなに何でもかんでも見えるんならなんでもっと早くこうなることを言わねえんだ!それともわざとなのか?テメエも俺たちがこうやって苦しむのを見て楽しんでんのか!?」

「止めろ、エルク!」

掴みかかるエルクにほとんど手加減はなく、俺とポコとでどうにか引き離すことができた。

「ゲホッ、ゲホッ!……アンタ、本当にアークの仲間なの?まるでガキじゃない」

「サニアもそこまでにしろ」

何も珍しいことじゃない。俺も、ポコたちと最初から分かり合えてた訳じゃない。

「俺たちの目的は同じでも、ここに来るまでに経験してきたことは皆違うんだ。俺がまだお前から信頼を得られてないように、お前もまだエルクのことを何もわかってない」

俺を睨むサニアの目はひどく濁っていた。

「でも、だからこそ俺は皆に勝利を約束している。俺たちは勝つためにここにいる。そうだろ?」

「……」

「だからお前も、そしてエルクも俺に約束しろ。俺たちは”仲間”だ」

その瞳から見える喜怒哀楽には常に憎悪が混じっている。まるで、憎悪が感情を持っているかのように。

彼女はそれを武器にして今まで奴らを相手に生き残り、独りで闘ってこれた。今はただ、急にできた「仲間」に混乱しているだけなんだ。

「…なるべく早く町に向かうことね」

二人から返事はなかったが、リーザに迫られて差し出したエルクの手を、サニアは素っ気なくタッチして変わらないアドバイスを口にした。

「わかった。また何かあれば言ってくれ」

分かり合える時は必ず来る。本当にこの闘いに勝てる未来があるなら、必ず……

 

横切った村の有り様は、これまでのどの「魔女狩り」よりもひどかった。

風通しのいい村なのに、村全体から焼け焦げた臭いがお香のように絶えず立ち昇っていた。

どんな厳しい雪風にも耐えてきた家々が、家畜もろとも焼き払われ、どちらも「亡骸」というほどの原型を残していなかった。

背の高い風車は火災こそ(まぬが)れているけれど、山から吹き下ろす風に撫でられて羽を回す様は、唯一「生き残ったもの」として取り残されたようで逆に憐れに見えた。

あれから一週間も経ってないのに。これから皆、分かり合おうってところだったのに。

どうしてこんなことになるの?どうして世界はそんなに悪い方へ進みたがるの?

どうして私たちは……こんなに弱いの?

……クレアおばあさんは?この村はクレアおばあさんが護ってるんじゃなかったの?それとも、おばあさんも……

「リーザ」

彼の手が気まずそうに私の肩を叩いた。

「…大丈夫」

わかってる。今はラムールの人たちを護らないと……。私たちはそのために来たんだから……

アークは、「私たち」の勝利を約束してくれてるんだから……




※誰がために鐘は鳴る
元はイギリスの詩人であり聖職者でもあるジョン・ダン氏の説教の一節。
「それが赤の他人であろうと、人の死は私の心を痛める。なぜなら私もまた彼と同じ人間であり、彼は私の一部も同然だからだ。だから、誰のために教会の鐘がなろうとわざわざ死者の名を問う必要はない。その鐘は常にあなたのために鳴っているのだから」
一部、誇張した解釈がありますが、大体こんな意味合いであっていると思います。

※爛れた右目
白い家でのミリルの自爆で負った火傷。唯一、回復しなかった傷です。

※霊峰アルパス
ホルンを囲む山々の一つ。原作にない設定です。

※実利主義
利益を第一にする考え方。損失をかぶってもいち早く立ち直り、利益に目を向ける精神。

※魂がワシを呼んどる
……完全にパワーユニット回収案件を忘れてましたね(笑)
それだけのために動き回るのは嫌なので、手が空いてる時、お話が回収場所近くに来た時、適宜行かせようと思います。一場面に動かすキャラを減らすいい口実にもなりますし(笑)
原作では回収する順番が設定されていましたが、無視するかもしれません。

※ホルンの村の惨状
少し盛りましたm(__)m

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