聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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拳に刻まれた歴史 その十四

「……これは、いったいどういう状況だ?」

アークらが駆け付けた時、そこは文字通りの「荒れ地」と化していた。

大地は度重なる列車砲の砲撃により、ある所は激しく抉られ、ある所は地盤がめくれて隆起している。沖の時化(しけ)を表現するアートのようだった。

この場の支配者だった者たち、戦線を築いていた建造物は鉄球が起こした荒波にことごとく揉まれ、海の藻屑に成り果ていた。

そして、それらのアートの頂点から、彼らを見下ろす一匹の山猿がいた。

「よお、ピクニックは満喫できたかよ」

彼の足下には数十の死体が累々と横たわっている。奇妙なことに、死体たちの中には(ただ)れた指先でしっかりと軍刀を握る者、()()()()に一際大きな心臓を背負った者など、明らかに人智を越えた力で荒波を越えようと挑んだ姿が見受けられた。

山猿はそれらすべてを屈服させてそこにいる。「勇者」とは程遠い野蛮な顔つきで。

 

「…それで、敵が次にどう動くか把握しているんだろうな?」

「カカッ、この有り様を見てわからねえか?奴らは最前線を放棄したんだぜ?お待ちかねの攻守交代の時間ってことだ」

リーダーが尋ねると、ひと暴れしてスッキリした山猿は得意満面になり、その根拠を並べてみせた。

敵がここに列車砲のレールを敷こうとしていたこと。それは裏を返せば砲撃の射程にペイサス市が入ってないということ。だというのに躊躇なくこの拠点を放棄したこと。

それはつまり、敵にはグレイシーヌ攻略よりも優先すべきことがあるということ。そのために拠点ごとアーク一味を消そうと(はか)った。

「あの豚野郎は功を焦ってボロを出しちまったんだよ。懐に何か隠してる。間違いないぜ」

「…一応の筋は通っているが、列車砲がブラフだったという線はないか?」

「人海戦術でグレイシーヌを攻めるのが本命って言いたいのか?あり得ねえな。もしそれでヤれるなら、グレイシーヌはとっくの昔に攻め落とされてるだろうよ」

それを許さないほどに、ラマダ僧兵の力は大きい。彼らと手合わせしたことがあるからこそ、山猿の説得力も一入(ひとしお)だった。

 

「あ、アーク!来てたんだね!」

周辺を調べていたポコとゴーゲンもトッシュの意見に賛同した。

「実際に相対してみてワシも確信したが、兵士も怪物も僧兵に勝る部分は物量以外にないじゃろうな」

「じゃあ、俺たちはこのままミルマーナに攻め込んだ方がいいと?」

「それはどうかしらね」

勇者たちの経験と直感に、褐色の呪術師が堂々と口を挟んだ。

「ヤグンは壊したいと思ったものは徹底して壊さないと気が済まないタチよ。こんな猿一匹仕留められないような攻撃が奴の本気だと思わないことね」

「…シャーヒ…いいや、サニア。お前の意見を聞かせてくれ」

「……」

彼女はアークの顔を一瞥(いちべつ)すると、おもむろにカバンから水晶玉を取り出した。彼女はそれをミルマーナ軍の死体の中から上官の(よそお)いをした者を選び、その背に置くいて占い出した。

「そんなガラス玉覗き込んで何かわかるのかよ」トッシュは半信半疑と好奇心の混じった顔で水晶玉を覗き込むけれど、彼の目には終始ただの「ガラス玉」にしか映らなかった。

「……アンタの言ってることは半分正解ってところね」

「半分?」

「今、ミルマーナに攻め込まれたくないのは本当のようね。そのために連中も別の手を打ってきてるってことよ」

(じれ)ってえな。その別の手ってのは何なんだよ」

「は?バカじゃない?これは占いなのよ?そんなに何でもかんでもわかる訳ないでしょ?」

「バ…ッ」

ククルに散々言われてきた言葉なのに、身構えていなかったトッシュは思わず言葉に詰まらせてしまった。そして、その情けない様子をエルクが笑い、小さな口喧嘩に発展していた。

 

そこへ、ポコがおずおずと手を上げ、「あの…それって、もしかしてこれのこと言ってる?」拠点の残骸から見つけ出したとある計画書を差し出してきた。

「電波塔によるマインドコントロール、フォーレスにて試運転中……」

列車砲の余波で計画書もボロボロになっていて全てを読み取ることはできないが、そこにはハッキリと「アンデル・ヴィト・スキア」の署名が見て取れた。

「これがガルアーノの言っていた”殉教者計画”のカラクリか」

計画書は数か月前のデータで、計画の概要といくつかの症例が記載されていた。

「試運転ってことは、まだ間に合うってことですよね?」

リーザ、フォーレス出身の彼女がこの怪しい計画を気にかけないはずがなかった。

「だが、少なくとも数か月分は進行しているはずだ。ゴーゲン、確かアンタとリーザはロマリアで合流する前にフォーレスにいたはずだよな。何か変わったことはなかったか?」

聞くとジイさんは例のごとく、こちらを試す調子で答え始めた。

「町の少年が偶然見たらしくてのう」

「見た?その装置をか?」

「いいや、ギーア教の教皇が悪魔と密会しておる現場だそうじゃ」

少年はリッツという名の首都ラムールの子らしく、かなり果敢な性格をしているらしかった。

「ギーア教か。確かに『マインドコントロール』の実験をするには良い隠れ蓑かもしれないな」

フォーレスはグレイシーヌに並ぶ宗教国家。古くから自然を神々に見立てた宗教で貧しい土地での生活を乗り切ってきた。中でもここ数十年で台頭しているのが「ギーア教」というフォーレスでは珍しい一神教の宗教だ。

 

だが、同じくフォーレスにいたリーザが同じ少年を挙げて異を唱えた。

「…だけど、リッツの家族もギーア教徒です。もしもマインドコントロールされてるならリッツはどうして私たちを助けたのか。私にはわかりません」

「『声』に違和感は?」

「ありませんでした。町の人たちもです。魔女に敏感なのは今に始まったことでもないですし」

リーザの心の『声』を聞く力でも見抜けないとなると、かなり精度の高い催眠なのかもしれない。もしくは……

「どうするよ。もし実験が失敗してて空振りにでもなったら行くだけ時間のロスだぜ?」

「バカね。頓挫(とんざ)した計画書がいつまでも現場にある訳ないじゃない。それに表面的にわからないってのはタチが悪いわ。早めに手を打っておいた方がいいに決まってる」

サニアの言う通りだ。目に見えない変化はすぐに手が付けられなくなる。最悪、「変化」をこの手で処分しなきゃならなくなる可能性もある。だから早いに越したことはない。

…だが彼女の口からそんな言葉が出るのもまた意外に思えた。

 

「いいのか、ミルマーナを後回しにしても?」

寺で見せた彼女の怨念は並みじゃなかった。他人の窮地など歯牙(しが)にもかけないと思っていたが……

()()()()十年以上待ったのよ?今さら数日待ったところで何も変わりはしないわ。それで奴から恨み言葉が聞けるなら、むしろ進んでやるわよ」

もちろんこの変化を期待して彼女に接してきたつもりだったが、「知らない間に」というのはなんだか少し気味が悪くもあるな。

「それに、奴らは世界中にキメラ研究所の支部があったんでしょ?その電波塔が一つだけってこともないはずよ」

「…わかった。ひとまずフォーレスをメインのターゲットに置いて、チョンガラたちに別の電波塔の情報収拾を頼んでおこう」

どうやら俺はまだまだリーダーとして未熟らしい。これが逆のケースだったら「知らなかった」じゃ済まされないんだ。

これからはもっとよく仲間の様子を気に掛けなきゃいけないな。

 

一味の中での意見がまとまり、一行は一度、リュウゲン王の待つラマダ寺に立ち寄ることになった。

 

「なんと、虚言だったとは……」

リュウゲン王は列車砲の真相を知り、愕然(がくぜん)としてしまった。

「私は、ありもしない脅威に怯えてこの地を奴らに明け渡そうとしていたのか……」

「恐れながら、国境付近を整備されてしまっては元の木阿弥(もくあみ)。あの地を奴らから死守することこそ我らの活路になります」

「…わかっている。加えて国内に徴兵令を敷くつもりだ。『アーク一味』などという犯罪者どもの名を歴史に刻めば”ラマダ”の名が地に堕ちるだろうからな」

王の表情は(すさ)んでいた。ラマダに新たな可能性を見出した矢先、己に課した法を曲げざるを得ない状況に追い込まれた未熟さを未だに受け留めきれずにいるのだ。

「リュウゲン王……」

「微々たるものだ。我々凡夫(ぼんぷ)にできることなど」

臣下でもあるイーガから視線を逸らし、彼らの力を妬んだ。しかし……

「ゆえに、いつかお主が真の意味でこの寺を継ぐ日が来るまで、私は耐えてみせる。だから安心して用事を済ませてくるがいい」

彼は自らが「王」であることを諦めてはいなかった。試合で見せた年若い勇者の眼差しに、彼は自分の理想を感じたのだ。

あれこそが、自分に足りないものだと。目指すべき姿を見つけたのだった。

「……御意のままに」

同じラマダに身を捧げたイーガは想う。故郷を護らんとする主君の確固たる愛を。

 

 

――――シルバーノア操舵室前

 

海岸を睨んでいたシルバーノアは帰還の信号を受け取り大切な船員を華麗に回収すると、早々にグレイシーヌ領を離脱した。そして聖銀(せいぎん)の船を操る卑しい身形(みなり)の男は、出番がなかったことに対して不満と同時に安堵を覚えながら、それをごまかすように戦友たちを大仰(おおぎょう)に出迎えた。

「おうおう、待ちかねたぞい!首尾は上々なようでなによりじゃわい!」

リーダーであるアークはそんな彼の悪い癖をすぐさま見抜き、溜め息まじりにそれを指摘した。

「そんなに(かしこ)まるなよ。チョンガラはよくやってる。お前がいなかったら俺たちは今頃、敵の出鼻を挫けずに劣勢を強いられてた。これでも感謝してるんだぜ?」

「……ガッハッハッハッ!まったくお前さんには敵わんな。それで、お次はどちらにお送りすればよいのかな、勇者殿?」

アークはポコの見つけた計画書を彼に渡し、次の目的地を告げた。

「フォーレス?あそこはつい最近ジイさんが手を着けた場所じゃなかったか?」

「それが怪しい気配はあったらしいが、ガルアーノ攻略を優先させたらしい」

「ジイさんらしくないのう。いつもなら惚けた顔で、頼まれとらん仕事にまで先手を打っとるっちゅうのに」

チョンガラの言う通り、平時のゴーゲンであったなら、そこに(かん)(さわ)る異変があればいかに巧妙に隠してあっても見つけ出し、相手に屈辱を与えながら壊滅に追い込んでいる。今回のような姑息な遣り口こそ彼のご馳走だっただろうに、そうしなかった。

二人は知らないのだ。彼が自分の恩師に想いを寄せていた人、ホルンの魔女に会うために、かつてない程に緊張していたことを。

「とにかくこれ以上後手に回りたくない」

アークの要望により、チョンガラは相方と手分けして電波塔の手掛かりを探ると約束して操舵室へと戻っていった。

アーク自身も、改めて仲間たちの意見を聞くために作戦会議室へと向かおうとした。しかし、振り返るとそこに、(くだん)老獪(ろうかい)な魔導士が待ち伏せしていた。

 

「どうした、抜き打ちテストでもするつもりか?」

アークは老魔導士を警戒した。実害こそないが、彼の気紛れで出題される課題は時に不眠症を誘うからだ。

「ほっほっほっ、確かにお前さんの成長には興味がある。じゃが、今回はただの報告じゃよ」

「報告?」

「頼み事と言ってもいいかもしれんな」

「なんだ焦れったい。もったいぶらずに言ってくれ」

言ってはみたものの、彼が率直に物を言ったためしなんて今までに一度もない。むしろこの遣り取りは、彼の出題する課題の難易度を()(はか)るために必要な挨拶のようなものだった。

そう。彼に出会った瞬間から、二人の戦略ゲームは始まっているのだ。

そして、ここまでの遣り取りですでに、今回の課題がそう大したものでもないこともわかっていた。

 

そんな愛弟子の様子に満足すると、ゴーゲンは褒美とばかりに早々に本題に入った。

「悪いんじゃが、ワシは少し別行動を取らせてもらうぞい」

「何を今さら。今までも十分に好き勝手に動いてきたじゃないか」

「ほっほっほっ、そう言われると耳が痛いな」

これまでにもゴーゲンは何度かアークの立案した作戦に従わず、「野暮用だ」と言っては姿をくらませることがあった。しかし、それは自分が「余剰戦力」であることを判断した上での行動だったのでアークも目をつぶってきた。そして今回も同様のことだと思っていた。

リーザが彼の代わりを(つと)めるのだろうと。

「今度はどんな悪巧みをするつもりだ?」

「何、旧友との約束を果たしに行くだけじゃよ」

てっきり単独で動くものと思っていたら、ゴーゲンはちょこたちと一緒にアララトスへと向かうと言い出した。

「ちょこか……。まだあの遺跡に何かあるのか?」

「時が来た。それだけじゃよ」

含みのある言い方をするのはいつものことだけれど…、なぜかこの時は彼が弱音を吐いているように聞こえた。

「……あまり無茶をするなよ」

「ほっほっほっ、お前さんがワシの心配をするとは珍しいのう」

「老体にベビーシッターは(こた)えるだろ?」

ちょこは俺たちの助けなんか必要ないくらいに強い。けれども一方で、言い知れない危うさを感じさせる。精霊たちからも警告を受けたことがあるくらいだ。

「安心せい。今回も若い二人がおるでな。あ奴らをこき使って精々楽をしてくるわい」

ゴーゲンはあの子の禁忌に触れようとしている。そんな気がした。




※死体たちの中には爛れた指先でしっかりと軍刀を握る者→原作のスケルトンナイトです
手足が爛れる、吹き飛ぶほどの傷を負っても「不死の体だからこそ」戦う意思を損なわない。という意味でこんな風に表現しました。

※体の外側に一際大きな心臓を背負った者→原作のデスフレイムです
原作では火の玉の姿ですが、今回はその核が「寄生する心臓」として肉体を乗り換えることができることにしています。(やり過ぎか?(笑))

※ラマダ僧兵との手合わせ
原作のシステムで、ラマダ寺攻略後、自由に修行(モンスターとのバトル)ができるようになります。
本編では、モンスターが相手ではなく、僧兵と戦っていたことにします。

※歯牙(しが)にもかけない
相手にする価値もないと無視すること。気に留めないこと。相手を思いやらないこと。

※凡夫(ぼんぷ)
平凡な男、もしくは平凡な人。突出した才能のない者。

※聖銀(せいぎん)
造語です。聖なる輝きを放つ白銀みたいな意味でよろしくです。

※老獪(ろうかい)
世間の事情に通じて悪知恵を働かせる者。経験豊富でずる賢いこと。

※ホンマのあとがき
ちょこのサブイベント、アララトス編。フォーレス編の裏にねじ込むことにしました。
ゴーゲンはフォーレス編でも欲しかった人材ですが、Bパートにあるように図書館のくだりが欲しかったですし、フォーレス編以降で考えているシナリオがあったので無理くり入れることにしました。
ちなみにこのアララトス編はAパートで投稿する予定です。

※次回の投稿日
活動報告でも上げますが、次回は諸事情により1月14日の投稿にさせて頂きます。
その代わり、翌週の1月21日も投稿して進行スピードは変わらないようにしたいと思っています。
m(__)m

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