聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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拳に刻まれた歴史 その十

想定の通り、ヤグンはグレイシーヌ国を取り囲むように侵攻しようとしていた。そして、その主戦力はグレイシーヌとミルマーナの国境付近に設置されていた。

列車砲の運送費を節約したかったのか。グレイシーヌの抵抗を考慮しない雑な配置だった。

「それでも今の我が国を落とすには十分な戦力と言えような」

作戦をまとめ終えた俺たちはすぐにリュウゲン王にその概要と助力の依頼内容を伝えた。

 

「伏兵を仕込んでおくだけでいいのだな?」

「ああ、敵が動き始めたら少しの間、時間稼ぎをしてくれるだけでいい。あとは俺たちでなんとかしてみせるさ」

彼らにはゴーゲンお手製の、簡単な信号を送ることのできるアイテムを渡してある。

その信号を受け取り次第、ゴーゲンの魔法で飛んで現場を制圧する。ただし当然、敵も同時に仕掛けてくるだろうから、そのために彼らの足止めがどうしても必要になった。

 

「ふん、『なんとかしてみせる』か…。なんとも簡単にあれこれとやってしまうのだな、”アーク一味”というのは」

まるで私にとって化け物だと感じるものを、アークはカカシを相手しにているような口ぶりで言う。

同じ人間であるはずなのにこの歴然とした力の差は何なのだ?

我々にはそもそも戦う資格がないのだと天に告げられているかのような、人間としての尊厳さえも奪われているようではないか。

なぜだ、ラマダよ。なぜ我々を平等に創ってくださらない?なぜ我々の努力を認めてくださらない?

戦うことを認めてくださらないというのなら、なぜ我々にラマダをお与えになったというのだ!

……こんな、こんな不条理なことがあって堪るかっ!

 

青年は王の落ち着き払った表情から、自分へ向けられる敵意を感じ取っていた。そして、その敵意に助言した。

「解決できる力があることは良い事ばかりじゃないさ」

「…読心術にも通じているのか?キサマは本当に恵まれているようだな。憎らしい限りだ」

彼は勇者という存在を憎んでいた。…いいや、勇者でない自分を憎んでいた。もしも今ここで青年の力を奪えるのだとしたら、彼は喜んで「王」などという力なき称号を捨て、青年を喰らい尽くしていただろう。

それだけの執念を植え付けるほどに彼は「ラマダ」という名の法に忠実であり続けた。

だからこそ、彼にとって「アーク」という人間は自分を嘲笑う存在に見えて仕方がなかった。

「力は次の厄災を招く呼び水だ。生き残るからこそ『力』は『正義』に見えがちだが、俺がイーガから聞いたラマダの行き着く先はそこじゃないはずだ」

「…知った口を……。まあなんでも良い。今は己の役割をまっとうするだけだ。行け、これ以上、私に恥を掻かせてくれるな」

「……よろしく頼む」

 

よくあることだ。

もしも俺が彼の立場であれば同じことを思っただろう。彼からすれば俺は何の努力もしていない。ただ精霊に近しい血を引いていたというだけの――縁に恵まれただけの――、七光りでしかない。憎いと感じるのは自然なことだ。

だがリュウゲン王、貴方は理解していない。

「力」は滅びを求められる存在なんだ。強ければ強いほど、役目を終えたそれは周囲から(うと)まれる。「勇者」という称号はそれに気づかせないための一時的な鎧に過ぎないんだ。

俺たちを戦場に向かわせるための「正義(えさ)」でしかないんだ。

 

不運にも、青年は「力」に恵まれてしまった。

しかし、彼はすでに覚悟を決めている。求められるものに身を捧げる覚悟が。

人類のためではなく、自分と彼女のために。

 

 

――――ラマダ寺、本堂最奥の間

 

青年がそこへ戻ると僧兵が一人、揺らめく炎の前で座禅を組んでいた。

彼はいつもの(いかめ)しい顔を浮かべている。それはやはり「仕える者」として、主君のそれを思わせるところがあった。

彼が修得した力は、キメラ研究所で青年から受けた刀傷を完全に塞いでみせた。有り余る力が、煌々と燃え盛る炎をも霞ませる陽炎(かげろう)となって全身から立ち昇っていた。

「どうだ、イーガ。調子は万全か?」

青年の姿を認めると僧兵は瞑想を解き、青年の様子を(うかが)った。

「うむ。……リュウゲン王の御様子は?」

「わかるだろ?お冠さ」

「…そうか」

僧兵の首は、たった今まで見せていた力強さがウソのように項垂(うなだ)れてしまった。彼もまた「勇者」としての気質があるにも拘わらず、「仕える者」としての心配りに翻弄され、「勇者」の本質を受け入れ切れずにいた。

「頼むから今さら後悔してるとか言ってくれるなよ」

イーガ・ラマダギアは「同じラマダの使い手を、一時的に自身と同じ高みまで強化することができる」と言われる技を体得するために、大僧正にのみ読むことが許されているラマダ経典の封を解こうとしていた。

その為の瞑想であったが、先の交渉で完敗した王の様子を見て、彼の心は揺らいでしまっていた。

「…後悔などでは片付かん。アークよ、私は一年間も寺を空けていたのだ。己の不甲斐なさを克服するためと御託(ごたく)を並べ、本来果たすべき役目を放棄したのだ。こんな私が今さら大僧正の真似事など、口にすることさえおこがましい」

言いながら、言葉とは裏腹に彼の全身から再び闘気が立ち昇るのを、青年は確かに見届けた。

「しかし、なってやろうではないか。それが我々『勇者』などと(のたま)う者の唯一の道だと言うのならな」

「…ふう、安心したよ。もしもお前が首を縦に振らなかったら、俺は二度と俺の言葉に逆らえないくらいお前をボコボコにしていたぜ?」

「……笑えん冗談だな」

僧兵のいつもの仏頂面を見届け、青年は笑った。心の底から。

「……ふっ」

僧兵にはわかっていた。彼が本気を出せば自分など足下にも及ばないことを。それでも彼は私に何かを伝えるために、あそこまで耐え忍んだ……。

それに報いずして彼を「戦友」と呼ぶことなどできるものか。

「アークよ、私はお前と友になることができて心底誇らしい」

「気味の悪いこと言うなよ。…でも、その気持ちがお前一人だけのものだとか思うなよ?」

「…ああ、そうだな」

私が犯した罪は重い。

しかし、彼と知り合えたことは私の生涯の中で無二の幸運だと断言できるだろう。

 

 

……この拳を、貴方に救って頂いた命を、貴方を殺めた怪物と同じ血で染めてしまうかもしれません。

貴方に教えて頂いた法を曲げ、同胞(はらから)を護りきれなくなることもありましょう。

ですが、それでも私は彼らと歩みたいと思っております。

……どうか、こんな罪深い私をお赦しください。

 

僧兵、イーガ・ラマダギアの拳はラマダの従者として亡き恩師に及ぶことはないのかもしれない。

しかし、彼は恩師に頂いた力をラマダの外へと導く初めての「勇者」になれると確信していた。

不甲斐ない自分をことごとく打ち負かしてくれる、誇らしい仲間と共に歩き続けていれば。きっと。

 

 

――――ラマダ寺、裏門

 

「……ねえ、本当にまたあそこに登るの?」

「別に全員で行く必要はねえんだ。テメエはお留守番でもいいんだぜ、ポコちゃん?」

「そ、そんな言い方はズルいよぅ……」

ラマダ経典にはラマダ山の頂きにある祭壇でしか封を解くことができない呪法が掛けられていた。

しかし、そこはラマダ僧兵たちの修練を試す道でもあるため、相応の難所にもなっている。

足一つ分の幅しかない道、縄一本で登る崖、飛び石のような足場、ほぼ垂直に近い長い階段。そのどれもが一歩踏み外せば麓まで転落する、まさに法に命を捧げる僧兵たちのために用意された鍛錬の道程だった。

「リーザも、マジでついて来るのか?」

「あら、まだ私を普通の女の子だと思ってるの?じゃあ、これからビックリさせてあげられるのが楽しみね」

「……そういうのはもう十分だって」

目立たないから一見、元気そのものに見えるけれど、彼女の体にも戦場を乗り越えた数だけ大きな傷が刻まれていた。

それを思うと彼女を想う少年としては気が気ではないのだが、彼女が驚くくらい強情だと知っている少年は腕力以外で彼女を止める方法を知らない。

だから、少年は彼女の皮肉に溜め息で答えることしかできないのだった。

 

「…お主はどうするのだ?」

イーガは抜け目なく現れた呪術師の少女のしかめっ面に尋ねた。

「も、もちろん行くに決まってるわ!」

「そうか。念のため、命綱を付けておけ」

「いらないわよ、そんなもの!」

「…シャーヒダ、得手不得手だ。これまでの呪術の鍛錬に費やした苦労を、こんな所で無駄に散らしてしまってもいいのか?」

イーガは頑として譲らない声色で聞き直した。

「だ、大丈夫だよ。ほら、僕だって付けるんだから」

「アンタみたいなデブと一緒にしないで!」

「…デ……」

容赦のない平手打ちに打ちひしがれるポコをよそに、少女は僧兵から縄をひったくり腰に結んだ。

「よし、では参ろうか」

イーガは不思議に感じていた。

恩師に拾われ、修練に励み始めてまだ間もない頃、高く高く(そび)える霊峰はまるで自分の前に立ちはだかる生涯の壁のように感じていた。

しかし今は、隠居した老夫が風情を楽しむために歩く庭のように感じていたのだった。




※「力」は滅びを求められる存在なんだ。強ければ強いほど、役目を終えたそれは周囲から疎まれる。「勇者」という称号はそれに気づかせないための一時的な鎧に過ぎないんだ

ここ、どうしても書き表せなかったので、ちょっとだけ補足させてください。
ここで言うアークの強すぎる「力」というのは「核兵器」のようなもので、対魔王への抑止力ではあるものの、決して使ってはならない「破滅」の象徴でもあります。
それに気づかない内は人々も「核兵器」の素晴らしさを称えるかもしれませんが、
魔王を討ち取った後、自分たちにそれが向けられるかもしれない。第二の魔王になりかねないと知ったなら手の平を返す。そんな意味です。
「勇者」という称号は、彼らそして勇者自身の目からそれをカモフラージュさせるもの、ということです。

だから、国に必要なものは「勇者」でなく「王」なのだとアークはリュウゲン王にアドバイスしたかったんです。残念ながらリュウゲンにはフラれてしまいましたが。

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