聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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拳に刻まれた歴史 その八

「アーク、お前たちは具体的に奴らをどうやって追い返すつもりだ」

愛されるべき国民から見放され、その罪を懺悔したグイシーヌの王は、彼らをそそのかしたテロリストを忌々しげに見詰め、その浅からぬ野望の本性を見極めようとしていた。

しかし、彼の探りにいの一番に反応したのはテロリストの青年ではなく彼の意志を最後まで尊重し続けたラマダの同志だった。

「リュウゲン王、よもやアークに力を貸すおつもりか?!」

「…イーガ殿、いや、指名手配犯イーガ・ラマダギア。お主も寺の者たちも、もはや私に従う必要はない。そして、私は此奴(こやつ)に力を貸すのではない。此奴の器量を見極めるだけだ」

王は彼の枷を解いた。自分に彼を縛る資格がないことを知らしめたというべきかもしれない。

「ラマダに過ちなどない。しかし私は過ちを犯した。ゆえにお前たちは私を見限ったのだろう?ならば私は同じ過ちをせぬよう、私を負かした者から学ぶべきだ。違うか?」

「王よ…」

「お主らはラマダの赴くままに闘いなさい。それが、お主らの王だった者としての最後の言葉だ」

仲間であっても相容れぬ道を歩むことはある。僧兵たちは国を、王は国民を見ていただけなのだ。

それでも未だ僧兵たちの忠誠心は玉座に向いていた。それは彼らの一糸乱れぬ合掌にも表れていた。

「我らラマダの徒は必ずや貴方の期待を裏切りませぬ。そして、それが果たされし時、再び貴方の下に戻って参りましょう。どうか、それまでは我らの勝手をお許しください」

僧正、そして師範代は寺を代表し、王がそうしたように膝を折って(こうべ)を地に付けた。

主君の遠回しな寵愛に深い、深い感謝を示した。

 

―――ラマダの民は一心一体。なればこそ矛と盾は(これ)、矛盾することなし。

 

未熟な弟子たちに遺した大僧正の言葉は多く、その全てを理解する者は一人としていない。しかし、彼の言葉が真であるからこそ、愛した弟子の心から彼の言葉が(かすみ)となって消えることは決してない。

 

 

テロリストのリーダーであるアークは彼らにとって不可欠な儀礼を静かに見届け、それを踏まえた上で彼らに自らの犯行の意志を伝えた。

「俺たちの仲間にミルマーナ軍の情報を持っている奴がいる。それを頼りに俺たちは列車砲を叩く」

王は少なからず彼に期待していた。永い歴史を背負い、その誇りを失わないグレイシーヌの民をひと試合の内に懐柔させてしまう、まさに聖人君子であるかのような力に見習うべき王の器を見ていた。

「その奇襲のための兵を僧たちから募ろうということか」

「ああ」

しかし、その気の抜けた返事を聞いた瞬間、王の心には失望という遣る瀬なさが押し寄せ、あまりにも重たい溜め息を吐いてしまうのだった。

「私の話を聞いていたか?この国には間者が潜んでおる。おそらくはこの寺も監視されておるだろう。たとえ一人でも僧を出兵させようものなら、次の瞬間にはペイサスは火の海になると言っておるのだ。それでもお前は愚直に攻めの一手で押し切るつもりか?」

すると、見下された青年はそれすら受け入れて笑ってみせた。

「安心しろよ、連中に姿を見せなければいいんだろう?」

それは「テロリスト」という役割を演じ切るためか。青年はもはや王に敬意を払うということをしなかった。至らなかったとはいえ、玉座に就く器であったリュウゲンもその点は理解していた。

しかし彼の容姿がそうさせてしまうのか。

行き当たりばったりな作戦を聞かされればそれは「彼が幼いからだ」と(あなど)らせるのだった。

「何をバカなことを。この地から一歩も外に出ずに敵陣に飛び込むとでも言うつもりか?そんな手品のような真似が―――」

「できるんだよ。ウチの手品師の手にかかればな」

「……」

思わず呆気に取られてしまった。

ラマダの王が、弱輩ごときのウソを見抜けないはずがない。つまり、彼はそれを本気で言っているのだ!

 

彼らが神出鬼没のテロリストだという話は聞いていた。しかしそれはあくまで少数精鋭の利点を活かした隠密作戦なのだとばかり思い込んでいた。それが…、

「加えて、ここを監視している敵の位置はもう把握してある」

「な……」

その行動力はもはや「アーク」という名の国家であるように思えてならない。

ミルマーナ軍は世界的にも水準の高い軍事訓練を叩き込まれたエリート集団だ。いかに相手が奇術妖術を使う化け物であったとしても、情報戦において劣勢に回ることだけは絶対にない。

私はそう思っていた。

 

だが、目の前の男はどうだ!?まるで息をするようにそれを支配してみせるではないか!

 

たった今、死に目に遭ったというのに、その身で一国の王と対峙しているというのに顔色一つ変える様子もない。

その上――もはやそれがウソであろうとなんであろうと――、あろうことか法を(おさ)めた私を手玉に取ろうとしている。

……彼はまだ二十にも満たない子どもなのだぞ?

なんという胆力だ。…そして、なんと澄んだ目をしているんだ。

…思わず彼自身が(あやかし)(たぐい)ではないかと疑ってしまうほどだ。

 

「いいだろう。もはや私に良策はない。明日の朝までここに留まるゆえ、協力が必要なら声をかけるがいい」

「わかった。こっちで作戦会議をした後、概要を説明しに伺うことにするよ。必要があればその時に申し出る」

「……」

私があの年の頃はまだ父の下で叱責を受けながら法の在り方を学ぶので精一杯だった。

信頼できる部下と教師こそいたが、戦場で共に拳を掲げる仲間はいなかった。

無茶を笑ってやってのけようという同志など一人もいなかったのだ。

……アーク・エダ・リコルヌ、私はキサマを羨ましく思うぞ。

私も「勇者」などというバカげた称号にうつつを抜かす時代が欲しかったものだ。

「キサマが私の友であればどんなに救われたか……」

失意の王は去り際に、真の力がなんであるか。そこになぜ法と拳が求めるられるのか。

仲間たちに見せる青年の笑顔を見て理解したような気がした。

 

 

王が去り、残された面々は口々にアークの勇姿を讃えた。その中には、十五にして一つの業界のトップランクにまで登り詰め、つい先日はロマリア四将軍の一人を討ち取った少年の姿もあった。

 

「体の傷はもう大丈夫なのか?」

ハッキリ言って弱い。世界一のテロリストだっていうからどんなもんかと思ってたけど。あれなら俺でも叩きのめせてるぜ?正直、かなりの肩すかしを喰らった気分だった。

だけど、コイツの本領はそこじゃなかったんだ。

「ああ、この通りだ。多少痛みは残っているが、問題ない」

…問題ないって。見た目こそ派手じゃねえけど、ありゃあ中身がぐちゃぐちゃになってたっておかしくなかったぜ?

それを治す力もそうだけど、堪えるコイツの根性も大したもんだよ。

「それに、いつの間に監視のことまで把握してたんだ?」

戒律に厳しいグレイシーヌだから、王様の説得は時間がかかるだろうと思っていたのに。コイツときたらたった一回のパフォーマンスで丸めこみやがった。

だから労いの言葉を掛けたつもりだった。

…だってのに、アークは俺の言葉を聞くと得意気に笑って予想外の答えを返してきやがった。

「さあな。俺は知らない」

「は?……もしかして、さっきのハッタリだったのか?」

「こういう時だけは自分の知名度の高さがありがたく思えるな。それにこの年と顔で組織のトップをやってるとなれば、もう何を言われても変だとは思わないだろ?」

まさか王様の間抜けヅラが俺に伝染(うつ)るとは思わなかった。

どうやら俺は、ビビガよりもヤバい詐欺師とつるんじまったらしい。

「それに、あながちウソという訳でもないぞ」

「あ?」

「もしも、本当に監視がいるのなら今頃、シュウが見つけてくれているはずだ。違うか?」

…マジで言ってんのか?コイツ、出会って間もないシュウのレベルをもう把握してるってのか?

しかも、そう思った上で彼に何もアプローチする素振りを見せないってことは、シュウになら「全部」を任せても大丈夫だってこともわかってんだ。

……女みてえなツラしてマジでとんでもねえ奴だな。

 

少年は、同じ戦争の中でも業種ごとに求められるものが違うのだという最たる例を見せ付けられ、痛感していた。




※ラマダの民は一心一体。なればこそ矛と盾は之、矛盾することなし
最強の矛と最強の盾が一つなら、矛は盾を突けないし、盾は矛を受けることもない。だから全部で「最強」ってこと。
…みたいな(笑)

※コイツの本領はそこじゃなかった(エルク談)
アークさんは「回復勇者」ですから☆✝(о´∀`о)✝☆

※ホンマのあとがき
近況報告といいますか、現在、新しい仕事にチャレンジ中のため、なかなかアークに集中する時間が取れていません。
自分でも「言いわけ乙」とか思ってますが、
初めての試みなので段取りもよくわかっておらず、全部をうまいこと回せていません。
それでもなるべくアークの更新は止めたくないので、できた部分だけでも投稿しようと思っています。
来年の春辺りにチャレンジの結果が出るみたいなので、それまではこんな感じの投稿が続くかと思います。
恥ずかしい話なのですが、なにとぞご理解のほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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