聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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余韻 その三

俺たちはそれぞれにできることを活かすために、三手に分かれて行動することになった。

エルク(おれ)とリーザは賞金稼ぎ組合(ギルド)の情報を買いながらミルマーナ軍の戦力、現時点の拠点数と位置を把握。ついでに必要な物資補給を。

アーク、トッシュ、ポコは先行するイーガを捜索、合流を図る。その後、イーガを介してグレイシーヌ国王にミルマーナ軍と抗戦するよう説得する。

「イーガさんってそんなに偉い人なんですか?」

リーザは故郷(フォーレス)の外のルールに(うと)い。もっと言えば、「村」以上の組織図をよく理解していない。

彼女にとって、人間の上下関係は「偉い人」か「普通の人」かの二択だった。

「イーガというよりも、グレイシーヌは”ラマダ教”の思想が土台の国なんだ。だからその総本山でもあるラマダ寺の言葉は王様も無視できない。そして、イーガはそのラマダ寺の師範代なんだ。」

逆に、アークは徹底して「世界」を頭に叩き込んでいた。情勢から組織図、国民性や文化的なタブーまで。

後で聞いた話だが、一味のリーダーの命を預かるにあたってあのジイさんから色々と学んだらしい。

童顔のくせにそれを感じさせない憂鬱と凛々しさの混じった空気感はそのせいなのかもしれない。

 

「そしてシルバーノア、つまりチョンガラたちには大陸の沿岸で待機してもらう。」

「そりゃもちろん、浜辺のギャルを眺める時間ってわけじゃないんじゃろ?」

「お前にそんな度胸があるなら好きにすればいいさ。ただし、海洋に敵の増援が現れたなら、そいつらを上陸させないよう妨害し続けてくれ。」

ってか、あの国の沿岸部に目の保養になるような遊泳スポットなんかねえだろ。大抵が漁場になってて遊泳禁止になってるはずだ。…まあ、それはそれとして、

「……妨害ってなんじゃ?今からこの船をゴリゴリの戦艦に改造しろっちゅうことか?」

シルバーノアには申し訳程度の砲台こそ付いてるものの、本来、護衛船が付けられるようなれっきとした王室御用達(ごようたし)()()だ。

チョンガラの言う疑問はごもっともって感じだな。

「そこはお前ご自慢の知恵の見せ所だろ?」

「……お前さん、最近ワシへの扱いが適当になっとりゃせんか?」

「そんなことないさ。ロマリア脱出もお前の機転がなかったらもっと難儀していたはずだ。謙遜するな、お前はなかなかの軍師さ。」

「……まあ、そこまで言うならやってやらんでもないわい。」

オッサン、それはいくらなんでもチョロすぎるだろ。

 

「ってかよ、さっきあんだけ言い合っておいて結局グレイシーヌにも戦わせるつもりかよ。」

ブラキアの英雄様はもう俺たちの作戦会議に割って入ってくる様子はない。ただ黙って俺たちの話し合いが終わるのを待っている。

つまり、そういうことだ。

「俺は別に戦わせないとは言ってない。だが、本部を潰したとはいえ、ヤグンの下にはまだ大量のキメラが供給され続けているはずだ。だから俺たちが作戦を完遂するまでの間、最低限の防衛戦を築く程度の協力さえしてもらえればそれでいい。」

グレイシーヌ国に着いて数日の内に準備を整え、その後、総力戦でもってミルマーナ軍をグレイシーヌ国境の外まで押し返す。

言葉にすればそれだけの作戦だった。

「……」

それだけなんだが……、

 

「他に何か言いたいことのある奴はいないか?」

「…身もフタもねえこと言うんだけどよ、俺たちの側の手駒が足りなさ過ぎじゃねえか?」

いくら俺たち一人ひとりの戦力が「化け物」だって言っても、もしも敵がグレイシーヌ国を取り囲むように攻めてきたならさすがに対処しきれねえ。

「そのために僧兵や国王を説得しにいくんだ。」

「そりゃわかってるけどよ、結局戦うのは俺たちなんだろ?そんなにあっちもこっちも手が回るのかって話だよ。」

人口5000万、世界一の人口を抱える国だぜ?そもそもが広過ぎるんだ。たとえ飛行船を人数分用意したとしても、国境全体をカバーするなんてとてもできやしない。

だけど、コイツら「アーク一味」はそれを可能にしちまうからこそ「国際テロリスト」なんだ。

「うちの手品師をこき使ってやればその点は問題ないさ。」

いわく、()手品師ゴーゲンの一歩は星を(また)ぐという。

「…マジかよ。」

 

 

異論がないことを確認すると、アークは改めて「部外者たち」に目を向けた。

「悪いが今はお前たちを安全な場所まで送ることはできない。」

「かまわないよ。アタシらのは急ぎの用件って訳でもないしね。それまではこの船でのんびりさせてもらうさ。」

シャンテはあくまでこの作戦に参加しない旨を貫き通した。

「グレイシーヌの件が片付き次第、チョンガラに送らせる。」

「ああ、わかったよ。」

そうやってお互いの意志を確認し合った後のことだ。

「お姉さん、ちょこたちはお散歩しに行かないの?」

「……」

傍らの幼女が話を混ぜっ返した。

 

彼女は迷った。

作戦に参加しないのも、グルガのことを(おもんばか)ってのことでもない。自分たちには無関係だと考えているからでもない。

この小さな怪物が抱える問題を速やかに解決するために、今は少しでも余計な敵をつくりたくなかったからだ。

けれども、それを理由に彼女のささやかな楽しみを奪いたくもなかった。

散歩して、美味しいものを食べて、笑う。

それはこの子が奪われたもの、壊してしまったものを思い出さないための偽証行為でしかない。

それでも、その行為が少しでもこの子の救いになるのなら、私は……、

 

「アナタさえ良ければ行ってやってくれないか?」

「……え?」

アークは怪物に代わって真摯(しんし)な瞳でもって願い出た。

「俺たちが用意できるのはお金だけだ。作戦が完了するまでアナタの安全は何一つ保証してやれない。メチャクチャなことを言ってるのは重々承知だ。」

手を握り、まるで愛の告白のように彼女の瞳を真っ直ぐに見詰めながら……、

「それでもできることなら、ちょこの我がままを少しでも叶えてやって欲しいんだ。」

彼はその小さな怪物のことを気にかけていた。

 

……そんな色の瞳、久しぶりに見た。まだそんな奴がこの世に生き残ってたんだ。

 

そこに、詐欺師(ホステス)がするような人の心を(もてあそ)ぶ濁ったものはどこにもない。

「……アンタはこの子のこと、何か知ってるのかい?」

だからといって赤ん坊みたいな純粋さもなければ、知恵や経験だけで全てを悟った気でいる猿や豚連中のそれでもない。

「アナタほどじゃない。」

それは、色んな痛みを知って、それでも歯を食いしばって人を信じようとする「バカ」がするような目の色なんだ。

「……」

「…シャンテ、大丈夫だ。俺がお前たちを護る。」

今はそんな話をしてるんじゃない。

アタシは振り返ってエレナの父親を見上げた。……似てるけれどやっぱりアークとは違う。

それはアタシを安心させる。だけど、そこに「希望」はない。

「なにさ、アンタら。ただの散歩だろ?化け物たちとお茶しようって訳でもないんだ。心配しすぎなんだよ。」

「……ありがとう。」

もう、その一言を聞くだけでも力が湧いてくるようじゃないか。

「アンタらこそ、約束を守る前におっ死ぬんじゃないよ。」

それが勇者の素質ってやつなのかい?

 

アタシはアークに言葉にし難い信頼と嫉妬を覚えた。

 

「……それと、」

「なにさ、まだ何か指図し足りないのかい?」

アークは改めてアタシに懐くちょこを一瞥(いちべつ)してから言葉を繋いだ。

()(つか)えなければこれから何をするのか聞いても?」

「……」

アークの誠実さは理解できた。ちょこへの気遣いも。

だけどその他は、胡散(うさん)臭い奴もいれば、鬱陶しい奴もいる。そうホイホイとアタシたちのことを教える気分にはなれないよ……、

「アララトスに行くのさ。とあるクソ野郎の尻拭いをしにね。」

……自分でも信じられないくらい軽い唇だと思った。

「そうか。」

それ以上は聞いてこなかった。やっぱり何か知ってるんだ。

……平等に、アタシも情報を引き出せばいいのに。なぜか、アタシはそうしなかった。

知りたくない訳じゃない。アークたちの情報を疑ってもいない。ただなんとなく、他人の口からこの子のことを知りたくなかったんだ。

「ちょこ、しっかりシャンテの言うことを聞くんだぞ。」

「うん、ちょこ、良い子だからお姉さんの言うことはちゃんと守るの!」

「……」

 

青年は確かに、小さな怪物を想って言った。

けれども一方で、彼は大きな戦力を手放すことに抵抗を覚えていた。

それだけ自分たちの仲間を危険に晒すことになると……。

 

 

 

 

彼らは出ていった。

 

残されたのは世界の転覆を企み、世間から迫害される苦痛を分かち合ってきた犯罪者たちだけ。

彼らは隠し事をしない。世界から狙われるお互いの命を護るために。その瞬間、伸ばす手が、踏み出す一歩が鈍らないように。

そんな仲間の一人がおもむろにリーダーの前に進み出た。

「おい、アーク……、」

「なん――――!?」

 

ボクッ!

ガラガラ、ガシャン!

 

「ト、トッシュ、何やってんの!?」

赤毛の侍は疲労の残った体で、それでも渾身の一撃を、この世で一番信頼を置いている友人の頬に叩き込んだ。

「……」

吹き飛び、並べられた椅子をなぎ倒して転がる親友に歩み寄り、眉間に深い溝を彫って見下ろした。

「……」

まるでその刀で斬られたかのような痛みと鉄の味が口の中に広がり、視界は過去を振り返るかのように(にが)く歪んでいる。

「…ア、アーク、大丈夫?」

「……」

二人は睨み合った。

憎しみからではなく、お互いに理解し合えない部分を理解するために。

 

「俺はまだ許しちゃいねえんだぜ?」

侍は親友の不様な姿を、戦場に立つ時と変わらない怒気をもって見下した。

「…勝手に潜入したことか?」

「それ以外に何があるってんだよ?イーガに関しては2発殴らねえとな――――!?」

 

ボクッ!

 

「アークっ!?」

親友に体捌(たいさば)きを叩き込んだのは侍と僧兵だった。そんな体勢の整っていない教え子の拳が躱せないはずがない。

つまり、親友(かれ)は『本気』で彼を殴り返したのだ。

「……テメエ…、」

「悪いな。こればっかりはお前に許しを()うような問題じゃない。俺たちは仲間だが、同時に俺たちは”勇者”を受け入れた。勝利以外の未来を歩む訳にはいない。」

「おいおい、テメエはいつからそんな優等生になっちまったんだ?ジジイに洗脳でもされちまったかよ、ああ?!」

胸ぐらを掴み、額を激しくぶつけ合う。まるで殺し合うかのような形相(ぎょうそう)で睨み合う。

「…ちょ、ちょっと、二人とも、やめようよ。」

いつもはささくれ立つ彼らの心の傷を癒やす楽士の声も今は届かない。

その世界は二人以外の人間を受け入れない。

「何も矛盾なんかしてない。俺は俺のために闘ってる。俺の理想はそこにある。お前は違うのかよ?」

「テメエの命を犠牲にすれば満足か――――」

「俺がいつ犠牲になった!?」

青年はぐいと詰め寄り、侍の目に彼だけの夜叉をねじ込んだ。

「イーガにしてもそうだ!俺たちは仲間だが、俺は俺で、イーガはイーガだ!自分の考えをもって護るもののために闘ってる!死に場所を探してる訳じゃない!自分で考えて何が悪い!?なんでお前に(とが)められなきゃならない!?」

それは、彼だけが抱く不安をかき消すために創り出した夜叉だった。

今も自分が「自分であること」を自覚するための。

 

「……」

青年は二の句の繋げない侍を突き放した。

「だからこそ、俺たちは一刻も早くイーガに追いつかなきゃならない。仲間だからな。」

「……滅茶苦茶かよ。」

「滅茶苦茶?」

青年は侍の胸に拳を立てる。

「俺たちはそうやって精一杯生きてきただろ?」

ついさっきまでの形相が嘘のように、聖人のような微笑みを浮かべながら。

「…チッ、口ばっか達者になりやがってよ。」

「そうでもないだろ?さっきは俺も本気だったからな、パンチもなかなか効いたはずだぜ?」

二人は笑い合っていた。言葉通り滅茶苦茶に、でたらめに生きていた。

 

その様子を見て一人、慌てふためいていた楽士は胸を撫で下ろした。

「…ふう、どうなるかと思ったよ。」

「まったく、お前さんもまだまだじゃのう。」

反対に、一言も口を挟まず顎髭(あごひげ)を掻きながら傍観していた太鼓っ腹の艦長は楽士の狼狽(うろた)えっぷりを笑った。

「チョンガラは心配じゃなかったの?」

「そんな無駄なことするもんかい。ワシらはあの聖櫃(せいひつ)の試練を乗り越えたんじゃぞい?逆に、何をどうすれば絆が切れるか想像もつかんわい。」

 

彼らは人間の内面を具現化した自分たちと殺し合った。汚く、醜い自分たちと。

それでも彼らは背中を預けて合って打ち勝った。汚さを認め合い、醜さを支え合った。赤の他人だった彼らにできるはずもない未来を掴み取ったのだ。

そんな彼らだからこそ、辛く悩ましい戦時下でもこうしてでたらめに笑い合うことができた。

 

「……そうか、そうだよね。ボクたち、ずっと一緒に戦ってきたもんね。」

身内の中で一番子ども子どもしたポコだが、チョンガラがそんな彼をバカにすることはなかった。

精神的な未熟さは彼のせいではないし、彼はそれを克服しようと今、懸命に仲間から学んでいる。

そんな彼に救われたこともあるし、自分自身の短所もよくよく心得ている。

強欲で意地汚い彼も例に漏れず、――もはや執着心にさえ近い――仲間への想いは世の過酷さなどに負けることはない。

これがテロリスト、「アーク一味」の姿だった。

 

 

 

――――シルバーノア船内、救護室

 

ノックはしなかった。彼には意味がないからだ。

「……エルクか。」

「…あぁ、そうだよ。」

入るやいなや、彼は目を瞑ったまま訪ねてきた人間の名前を言い当てた。

清潔なシーツの上に横たわる狼を見て、ほんの少し少年の頬が緩んだ。

「アンタのそんな弱った姿を見るのなんて初めてだよ。」

この人も同じ人間なんだと初めて知った気がした。

「勝ったのか……。」

「これが勝った人間の顔に見えんのかよ。」

言われてようやく狼は目を開け、教え子の顔を見遣った。

「……」

そこには彼が首をへし折った女の顔もあった。わかっていた。だから敢えて目を瞑っていたのだ。

けれども彼の教え子はそれを知らない。…知らなくていいことなんだ。

「…エルク、勝ちは勝ちだ。それがガルアーノ(アイツ)の仕組んだ企みの一部であっても、お前だけが次の一歩を踏み出すことができる。それは唯一、奴が二度と得ることのできないものだ。」

少年は薬の副作用で衰弱している恩人を静かに見下ろしている。

狼はその眼差しがあまり好きではなかった。けれども、彼の「決心」は今も揺らがない。

「…分かるな?」

「……ああ。」

 

僅かな沈黙が流れた。いつもの俺ならなんともない時間だったが、醜態を晒しているからか。どこか居心地の悪さを感じさせた。

それでも俺に途切れた話を繋ぐようなコミュニケーション能力はない。

諦めて目を瞑ると、エルクは思い出したように言った。

「そういや、バスコフのジイさんに連絡しとかねえとな。」

「…問題ない。全員無事だ。」

 

エルクたちが作戦会議をしている間に目の覚めた俺はすぐにチョピンに頼み、バスコフに報告した。

「リゼッティの家族が襲われはしたが、大事には至ってない。こっちのことは心配せんでいい。」

電話口の老人は落胆しているようだった。次期プロディアス市長に推薦しようと思っていた男は家族が傷つけられ、少し錯乱しているらしい。

「いいさ、ワシはそもそもアイツに楽をさせてやりたいなどと言っておったしな。これで良かったのかもしれん。」

「そうだな。」

俺もアイツには少なからず期待していた。

座り仕事は苦手だが、頭はキレる。

アレが市長になればマフィアも取り付く島をなくし、少しは静かになるだろうと思っていた。

だが、アルディアのことはアルディア人で決めるべきだ。それを一人の中年に押し付けるべきではないのだろう。

アイツは大都市の全てを一人で管理できる化け物(ガルアーノ)じゃなかったということだ。

俺やバスコフのような覚悟を決めた人間でもなかった。

どこにでもいる、一人の小市民だったというだけのことだ。

 

「……エルク、一つ頼みがある。……アークを、ここへ呼んでくれないか?」

俺もこんなに消耗したのは久しぶりのことで思考が正常じゃないらしい。いの一番に伝えるべき重要なことを忘れてしまっていた。

「なんか情報でもあんのか?」

「ああ、作戦会議の後だというのなら言うのが遅れたのかもしれないが、奴らの軍艦に潜入した時、奴らの計画の一部を知った。」

 

”殉教者計画”それが”人類キメラ化計画”に次ぐ連中の大規模な計画の一つだった。

 

「殉教者?…そりゃあ、人間を化け物に改造する計画とは別物なのかよ?」

数分後、頬に真新しい(あざ)をつくったアークを連れてエルクは戻ってきた。

「確かに意味合い的には似ているように思えるが、おそらくこれは全くの別物だ。」

「根拠は?」

アークの、小さくとも組織の頭らしい風格と要件に対する効率の良い言動は以前にも増して的確になったように思う。

「書類上ではあるが、計画の最高責任者がガルアーノではなくアンデルになっていた。」

「……そうか。」

そして、より敵への理解が深まっているように感じられた。

「どう解釈するかはアンタに任せる。ただ、俺も作戦には参加させてもらう。」

言うが早いかエルクは俺には見せたことのない顔で気を遣い始めた。

「シュウ、ダメだって!アンタ、完全に気を失ってたんだぜ?今までにそんなことあったかよ?!薬が完全に許容量を超えちまったんだよ!」

「……」

誰かに容態を心配されるなんてこと、少佐(アイツ)が訓練の中で一度だけ見せた気紛れ以来だ。

……だからか。その目はどこか俺を不快にさせる。

 

俺は視線を隣の女へとズラし、助け舟を求めた。

「……」

女は俺の額に軽く触れると振り返ってエルクに言ってくれた。

「今日明日、安静にすれば全快すると思うわ。」

「副作用は?」

「そもそも強い耐性があったみたい。今はもう抜け切ってるし、後遺症もないわ。」

「……本当か?」

なんだ、それは。まるで駄々をこねる幼児じゃないか。…頼む、俺のことでそんな情けない声を上げるな。

すると女は完全にエルクに向き直ると両手を握り、ズイと覗き込むように顔を寄せた。

「私は、どんなことがあってもエルクだけは絶対に裏切らない。だからお願い、信じて。」

俺にはそれが呪文に聞こえた。

それに、それだと「嘘」だと言っているようなものじゃないか。

「……わかった、リーザを信じるよ。」

 

……本当に、お前を信じていいのか?

 

女が俺に対して余所々々(よそよそ)しい態度を取るのは俺の記憶を『見た』からなのだろう。

しかし俺もまた知らず()らず――後で気付いたことだが――、終始アレを「女」と呼んでいた。

俺はまだ完全にアイツの「呪い」から抜け出せていないということか……。

 

彼らが去った後、俺は久しく触れることのなかった清潔なシーツの匂いに包まれ、疎外感と不安を覚えながら、それでも身についた習性が回復のために俺をただちに深い眠りの底へと沈めた。




※人口
私の書く「アークの世界」の総人口は1億5000万くらいで設定しています。
つまりグレイシーヌは世界の三分の一の人口を抱えているということですね。

興味本位で世界の人口割合を調べてみました。当然、中国が圧倒的首位だろうなと思ってたら……、なんと2023年現在の段階でインドと同率一位らしいです。
なお中国は減少傾向にあり、インドは増加しているらしく、今年の内にインドが世界一になるそうです。
……世界って、きちんと生きてるんですねえ(;´∀`)

※バスコフ
忘れた人のために補足。
「バスコフ」は私が勝手につくったキャラで、エルクたちの故郷アルディコ連邦のインディゴス市で賞金稼ぎ組合(ギルド)の受け付けをしているベテランの職員です。
同じくインディゴス市で警部をしているリゼッティとクーデターを画策していましたが、「白い家」襲撃の段階でつまづいてしまい、ガルアーノの部下に見つからないように潜伏していました。

※俺はまだ完全にアイツの「呪い」から抜け出せていないということか……
198話「媒介動物その一」で少佐の幻覚に深層心理(女性、愛に対するねじ曲がった感情)を見抜かれ、改めて自分(シュウ)が少佐に影響されていると感じているシーンです。

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