――――シルバーノア船内、会議室
ひと悶着を終え、なんとか落ち着きを取り戻したた俺たちは、これ以上の面倒事を避けようとお互いに距離を取って各々の居場所を確保した。
居心地が悪かった。
あんな戦いの後だからか。息苦しくて、暴れて解消したい衝動が込み上げる。
「……」
そうして俺が自分勝手に飛び出していかないように、リーザは必死に俺の
「…痛えんだけど、」
「ダメ、エルクにはこれでも足りないくらいなんだから。」
逆に、聞き分けの悪いガキみたくリーザは眉を怒らせてより強く握りしめた。
「……」
リーザの言う通りかもしれない。
俺は自分のことをこれっぽっちもコントロールできてない。自分で
……まるで意味がないんだ。
自分で「理性的だ」と思い込んでる分、
「リーザ、ありがとうな。」
「……うん。」
話しかけるたびに、俺の手はくたびれた人形の首みたく締め上げられていく。
……さすがにマジで痛えんだけどな。
いくらか待つと、赤毛の猿とポコがやって来た。
すると、ちっこい化け物はさっきの危ねえ顔がウソみたいな、
「あーー、ポコポコなの!」
「うわっ!?……なんだちょこかぁ。驚かさないでよ。」
「……」
あの施設でも思ってたけどコイツら、やけにこの化け物…、「ちょこ」と距離が近くねえか?
まるで近所のイタズラなガキを相手にしてるみてえじゃねえか。
……少しも、恐いとか思ったりしねえのかよ?
「あれ?何でエルクたちまでここにいるの?」
おそらく客室で休んでるとでも思ってたらしいポコは意外そうに言った。
「んだよ、いちゃ悪いかよ?」
「い、いや、そういう意味じゃないよ!…でもここにいるってことは僕たちの仲間になってくれるってことだよね!」
「…いいんじゃねえの?好きに思ってりゃ。」
なんか…、ポコのなんの気ない声にはいつも調子を狂わせられてる気がする。
それに、お前は本当に俺のことを「仲間」だと思ってんのか?俺にはどうも、お前らの言う「仲間」ってのはもっと特別なもののように思えてならねえんだけど。
「まぁ、死なねえ程度に頑張れよ、ガキンチョ。」
「気安く触んじゃねえよ。」
手懐けようと俺の頭に伸びる猿の手を払い、俺は猿を睨みつけた。……なんか逆に、この先ずっと、俺はコイツとは上手くやれない気がしてならない。
コイツもそう思ってるもんだと思ってた。
だけど意外にも、猿は俺の反応に食ってかかることはなかった。研究所ではまるでそういうオモチャみたくバカみたいに切れてたのに……。
「ハッ、可愛くねえな」とだけ吐き捨てると、さっさとシャンテたち方へと行っちまいやがった。
ズンズンと近づいてくるトッシュを、シャンテもグルガも気に留めなかった。なんとなく、用事があるのはもう一匹の怪物の方だとわかっていたからだ。
鋭い目つきで見下ろす猿と呆けた顔で見上げる怪物。
「よぉ、ちょこ。久しぶりじゃねえか!元気にしてたか?」
「お侍さん、久しぶりなの!ちょこは毎日お日様浴びてクルリンパしてたから大きくなったのよ!」
「カカッ、相変わらず意味のわかんねえこと言ってんな!」
「……」
「……」
ゴッ!!
「――――!?」
それが
凶暴な猿と猫を被った怪物の視線が絡み合って数秒が経ったかと思った次の瞬間、まるで縄張り争いをするヘラジカのように額と額を激しくぶつけ合っていたのだ。
「……」
二匹の突飛な行動に翻弄される取り巻きたちは固まり、そして続く会話を聞いてさらに「コイツらの考えることは理解できない」と長い長い嘆息を吐くのだった。
「ハハッ、相変わらずの石頭じゃねえか!」
一連の挨拶に満足した猿は額を離し、怪物の小さな頭をクシャクシャに撫でつけた。
「おじいさんが言ってたの。ちょこの頭の中にはキャンディーがいっぱい詰まってるから硬いんだって。トッシュには何が詰まってるの?」
「俺か?……そりゃあ、金銀財宝なんじゃねえか?」
「キンギンザイホー?」
「お宝だよ。アララトスの遺跡で散々見ただろうがよ。」
「あっ、ちょこの顔が見えるキラキラした石のことね!」
彼らと出会う前、
雲の見えない地下で「長靴履かないとちょこの足、ナメクジさんになっちゃうの」などと独り言を漏らしながら。
それでもなお、怪物は出口など目指さず下へ下へと潜っていく。するといつの間にか自分の周囲をキラキラと輝くものが取り囲んでいることに気付いた。
「キレイだな」そう思って顔を近づけると「うわあ、ちょこがもう一人いるの!」。
……怪物にとって、貴金属や宝石の放つ光沢はその程度の価値でしかなかった。
「……多分、それだな。」
さしもの猿も、絵本レベルの常識も備えていない怪物との会話を完全に成立させることはできなかった。
頭を掻き、腰の折れた会話をどう繋げるか考えなければならなかった。
ところが、区切りが付き、猿もそんな想いで返した答えであるにも関わらず、怪物は無邪気にもそれを拾い続けるのだった。
「じゃあ、トッシュもその恐いお顔の下にはちょこの顔があるのね?」
「……もしもそうだったとして、俺に似合うと思ってんのかよ。」
「ううん、全然似合わないの!」
「この野郎、相変わらずいい性格してるじゃねえか。」
それでも二匹は満足そうに笑っていた。
「俺たちはこのままグレイシーヌへと向かう。目標はミルマーナ軍の侵攻を阻止することだ。」
会議室に戻ってきたアークはグレイシーヌ国の現状とイーガがそれに
当然、義理人情でものを見る猿は彼の独断専行に不満を溢した。
「顔が見えねえと思ってが、どいつもこいつも勝手な真似ばっかりしやがって!」
「しょうがないよ。トッシュだってダウンタウンが襲われてたら冷静でいられないでしょ?」
「そんな話してんじゃねえよ。俺たちはなんのためにチーム組んで戦ってんだって言ってんだよ!」
「うっ……、そ、そうだね、ご、ごめんよ……。」
「……」
アーク一味に関わり始めたばかりのエルクたちでも、その猿と楽士の遣り取りには既視感があった。
「お前らっていつも同じ漫才を挟まねえと前に進めねえわけ?」
それに、オッサンの言ってる意味もよくわからねえ。結局、オッサンも瀕死の仲間が無理してることが心配なだけで、口にしてる言葉には大した意味はないんだ。
……まあ、その気持はわからなくねえけどな。
「俺たちに心休まる時間はそう多くない。ずっと、戦争をしているようなものだからな。だから皆なんとなく、溜まったストレスを解消する場所をつくり合ってるんだよ。」
「ふーん……、」
戦争を続けるストレスは想像以上に大きい。そうして溜まった文句を吐き出しながらも、それでも自分に付いてきてくれる彼らのことをアークは心から信頼していた。
「ミルマーナというと、次のお前たちの目標はヤグンか?」
「…ああ、」
ミルマーナ国はかつて国土の8割以上が木々に覆われた平穏な農業大国だった。
ところがある時期を堺に、森は怪物たちの寝床になり、国民へ恵みをもたらしていたそれはそのまま脅威へと変わってしまった。
これを解決するためにミルマーナ王家はロマリア国に救援を要請し、派遣された人物こそがヤグン・デル・カ・トルという軍人だった。
彼の指揮により国の滅亡こそ免れたものの、ミルマーナ王朝を支えていた王家の血筋は怪物たちの急襲によって根絶した。
現在は王の不在を代任する形で「元帥」の称号を冠したヤグンがミルマーナ国を実質的ロマリア国の植民地として統治している。
しかし、このヤグンという男もまた怪物のような獰猛かつ残忍な性分を隠し持っていた。
ミルマーナ国を襲う脅威に
そうして一応の脅威を取り除くと、まるで王朝の崩壊を知っていたかのように今度は国の権限を濫用し、ミルマーナの象徴的資源「森林」を切り開き、その国力の多くを軍備増強に費やし始めたのだ。
しかし、彼が怪物と違う一点、それは狡猾さだった。
ヤグンは「怪物に対する防衛」と称して町への軍の巡回を強化し、国民の中から反乱分子を洗い出しては例外なく処分した。
これにより国民の反乱意欲を抑圧させながら、軍備増強に伴い、その過程で得られた技術や物資を国民の生活に下ろすことで国民の「抑圧」から抱く不満を鈍らせた。
そうしてほとんどのミルマーナ人に、軍に刃向かうよりも、誇りだったはずの「緑」に固執するよりも、現状に甘んじて生き延びる道を選ぶ方が
男は徹底して「征服」や「略奪」を繰り返す。
土地を涸らせて力を手に入れ、周辺国を攻め落としてはさらに彼らの力を奪い続ける。
まるで、脳のシワの一つひとつがそれらの支配的な言葉で
「当初の計画では奴の打倒はもっと後のつもりだったが、ミルマーナの侵攻が想定していた以上に早い。このままグレイシーヌまで奴らの手に落ちれば奴らの計画を早めてしまいかねない。」
現在、ロマリア国、アルディコ連邦、ミルマーナ国の世界四大大国の内の3つまでが
それでも未だに彼らが躍起になってあらゆる方面の力を求め続けるのは、そこに彼らの望まない「可能性」が潜んでいるから。
「連中の目的が何かわかってんのか?」
「……いいや、」
しかしその「可能性」こそが突破口なのだと、老魔導師の教鞭を受け、世界を見詰めてきたアークは信じていた。
「具体的なことはわかってない。ただ、
アークの理屈は筋が通っている。
彼らはその気になれば人間の支配する世界などいつでも
だがそれも悪魔たちが、人間の思考に則していればの話だなのだが。
「待てよ、あんな奴の言葉を鵜呑みにする気かよ?あのガルアーノだぜ?そう言っておけば俺たちが迂闊にロマリアに攻め込めねえだろって
そう、悪魔は所詮、悪魔なのだ。
生きる意味から死への抵抗に至るまで、人間のそれと同じだという保証はどこにもない。
「確かにその可能性もある。だが今、思い返してみれば今回のミルマーナの件も奴は俺に伝えようとしていたように思う。」
仲間の多くは、リーダーの怪しい体験談に否定的な見解を抱いていた。しかし、自分たちのそれが「正しい」という根拠もまた同様に「ない」のだということを自覚していた。
それに、テロリストのリーダーとして一年もの間、敵を掻き回してきたアークが「愚か」であるはずがない。
わかっているからこそ、軽々しく口を挟むことができなかった。
そんな中、複雑な人間の悪意に耐性のない楽士がポツリと溢した。
「……それって、ガルアーノも実は嫌々アンデルたちに協力してたってこと?」
そんなことは決してない。誰もがそう思い喉まで言葉が出ていながら「不確定」という首輪に締め付けられ、それを思いとどまらせていた。
しかし、彼女は違う。
「ありえないね。」
あの男とあらゆる
「アンデルのことは知らないけど、アイツにとって人を
記憶が感情を掻きむしり、上げた彼女の悲鳴は会議室に響いた。
またウトウトと船を漕ぎ始めていた赤毛の怪物がビクリと肩を震わせる。
自分勝手に盛り上がってしまった彼女は顔を上げるソレと目が合うと、部屋に反響する自分の声を聞いてまた勝手に憂鬱な気分になってしまった。
……確かに、アイツは「他人の人生を見て得した気分になる」と言っていた。そのために「愛しているんだ」と。
それが
「それで?結局どっちなんだよ。奴の言葉を信じるのか?信じねえかのか?」
「今、この場で決める必要はない。ミルマーナ軍を止めることとはまた別の話だからな。ただ、可能性として知っておくだけでいいんだ。」
惑わされれば負ける。化かされれば殺される。奴らはそれに
いかんせん戦争の規模が彼らの手数に見合っていなかった。
どう足掻いても理想的な戦法など選べるはずもなく、対ガルアーノにしてもそうだったように、いつだって彼らは被害を最小限にとどめる「ついで」でしか攻勢に出ることができない。
だからこそ「可能性」にとどめておく必要があった。
「そこんところはテメエに任せるがよ、」
猿はこれを理解していた。だからこそ改めてリーダーに問いただした。
「今回のヤマ、本当に俺たちが手を出さなきゃならねえもんなのかよ?」
アークは言葉を詰まらせた。猿の言っていることが的を射ているからだ。
「俺たちの敵はあくまでもアンデルの糞野郎どもだ。イーガの気持ちは痛えほどわかるし、アークの理屈もわかるがよ、グレイシーヌだって勝てないにしても時間稼ぎくらいはできるだろうが。もしもこれが連中が計画を進めるために俺たちの目を引く罠だったらどうするんだよ?」
「…チョピンの情報によれば、リュウゲン国王はミルマーナに和平交渉の使者を送ったそうだ――――」
ドンッ
猿は拳が痛むのも構わず床を殴りつけた。
「和平?!なに甘っちょろいこと言ってやがる!ヤグンだぞ?アイツが欲しいものを前にして指を咥えるようなバカに見えるのかよ?!」
甘いんだ、どいつもこいつも!人の上に立つにつれて、優しくしていく内に生温くなっちまう!
……親父も、そうやって死んでいった。……いいや、殺されたんだ!皆を護るためとか気取ったこと言って……、俺を置いていきやがった!
「そういうことだ。グレイシーヌに戦う意思はない。このままだと無条件降伏するだろう。」
「だからお前たちが代わりに戦うと?」
猿を丸め込もうとするアークにブラキアの大男が割って入った。
「…何が言いたい。」
「お前たちはグレイシーヌ、ひいては世界を護るために闘っているつもりなのだろう。だが、
「…アンタは戦う術のない人間が皆、物を考えられないくらいに愚かだと思ってるのか?」
「ああ。」
独立戦争で英雄へと掲げられた大男は議論の余地などないといった口調で言い切った。
「農耕、狩猟、建築……、それらは生きるための必要性から生まれたものだ。そして生きるための全てだ。」
「……」
「元来、人間は目先のことしか考えられない、獣とそう変わらない生き物だ。その先にある未来を見詰めることができる人間は死の恐怖に立ち向かった者だけだ。」
衣食住は一定の知識と技術さえあれば手に入る。しかし、「安寧の地」はそれらを守ろうと尊重する気持ちがなければ約束されない。
ブラキアの英雄は、「死」と向き合うことで初めて人間はそれを学ぶのだと考えていた。
「アンタの理屈が正しいのなら今のグレイシーヌが平和なのはなぜなんだ?」
「平和?凶暴な獣相手に和平を申し込むような考えを持った王の国がか?」
「……」
「俺は先の戦いでお前たちを見て、できることなら協力したいと思った。だが、今のお前の言葉を聞いてその気持ちは失せた。」
「……」
「降りかかる火の粉の払い方を忘れた人間はいつか必ず周囲を巻き込んで燃える。お前たちは、彼らの神にでもなるつもりか?」
「…言うじゃないか。だったらお前は自分が特別な人間だという自覚もないんだろう?」
「なに?」
「アンタはブラキアを離れる際、誰かに引き止められたんじゃないのか?」
「……それがどうした。」
「もしも今、ロマリアがブラキアを攻めたなら彼らはアンタに頼らず、自分たちの力だけで闘うと思うか?」
「………ブラキアの戦士は太陽が沈まぬ限り立ち上がる。たとえ一人になろうと、たとえ誰が相手であろうと。」
彼はその言葉に絶対の自信を持てなかった。
確かにブラキアは土地に根付く者たち全員の力で守ったものだ。しかし、それを奪おうとする者の何割を、自分が屠っただろうか。
自分と同じだけ拳を高く掲げた人間がどれだけいいただろうか。
あの時、俺は必死に前を見詰め続けた。
恐ろしかったからだ。
振り返った時、もしも返り血を浴びているのが自分だけだったら……。
俺は彼らを愛している。だからこそ敵の断末魔や血の臭いにも堪えられた。
だが、俺があの戦場で唯一信頼できたのは「太陽」だけだった……。俺は、そんな自分から目を背けていた。
「……そうか、ならもう俺から言うことは何もないよ。」
青年は会話を一方的に打ち切った。
捨て置かれた浅黒い大男は表情を固くし、独りあの頃の不安と闘っていた。
※ダウンタウン
原作ではトッシュやアークの故郷スメリア国にある一つの町のこと。
正しい意味は「都市の中心部、中心となる商業地区のこと」ですが、原作を見ているとなんだか「下町」って感じですね。
※アーク一味に関わり始めたばかりのエルクたちでもその猿と楽士の遣り取りには既視感があった。
203話「
※どう足掻いても理想的な戦法など選べるはずもなく、対ガルアーノにしてもそうだったように、いつだって彼らは被害を最小限にとどめる「ついで」でしか攻勢に出ることはできない。
対ガルアーノ戦では、アーク一味はもともと「キメラ研究による軍備増強を抑える」という名目で行動していました。そのついでにガルアーノを追い詰めることになったのだ!……どうした急に(笑)
※ブラキアの過去
5年前までブラキア国はニーデル国というロマリア国に隣接する国の植民地でした。
けれども、グルガが同胞たちを導きニーデル国に独立戦争をもちかけることで独立しています。
ちなみに「太陽がどうこう」という設定は公式じゃありませんm(_ _)m