聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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狂い猿
余韻 その一


軍事国家ロマリアが秘密裏に進めていた「人類キメラ化計画」。その要となる研究所の中枢が、ロマリア四将軍の一人、ガルアーノ・ボリス・クライチェックの死とともに崩壊した。

実行犯であるアーク一味は研究所を破壊した後、ロマリア郊外まで強行突破を敢行し、合流したシルバーノアに乗船して見事に逃げ(おお)せた。

 

果敢にも彼らは強大な「人類の敵」に挑み、勝利した。しかし、全世界に知らしめるべき彼らの勇姿が語られることはない。

数日後には、「蒸気機関車(ゲバージ)破壊による乗員乗客の大量虐殺犯」さらには「ロマリア国の軍事強化を懸念(けねん)して研究所を潰したテロリスト」として報道される。

悪魔たちを追い詰めれば追い詰めるほどに、「アーク一味」は「人類の敵(スケープゴート)」として太っていく。

人類を滅亡へ導く生贄として。

彼らはそれを承知で剣を掲げ続ける。人類のためではない。それぞれが胸に秘めたもののために……。

 

 

 

「チョンガラ、ナイスタイミングだ。」

アークは作戦とは違うルートでの撤退にもかかわらず、機転を利かせて救援に駆けつけた船長に感謝した。

ところが、彼と船長の間には相容れない温度差があった。

「言うとる場合じゃないぞい、アーク!」

普段であれば、敵に一泡吹かせたことに小躍りして酒盛りでも始めてしまうような彼が、(ねぎら)いの一言もなく、しかめっ面を下げて仲間を迎えた。

その様子を見て青年は思わず嘆息を漏らしてしまった。

なぜならそれは、すでに次の難題が押し寄せているのだという合図に他ならなかったからだ。

「何かあったのか?…イーガは?先に撤退したはずだが。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

……リーダーの自分が取り乱してはならない。そう思うほどに、取り(つくろ)った平常心の下で不安が無限大に加速していく。

 

「まさに、そのイーガが次の主役じゃよ。」

「……そうか。」

青年は不謹慎にも安堵した。想定していた最悪のケースを回避できたことで緊張の糸が切れたのだ。

しかし、安堵しながらも青年はその一言から次の目的地とその内容を推察していた。潜入時、ガルアーノが「ワシに構っている場合ではない」と言っていた意味も。

 

そこへ、計ったかのようなタイミングで彼は現れた。

「次はどこを潰す気なんだ?」

『炎の少年』は疲労を感じさせる重たい声色で尋ねた。その隣には(くだん)の怪物を倒す鍵になった『魔女』が寄り添うように並び立っている。さらには――いつ合流したのかもわからないが――、藍色のたてがみの猟犬が彼らを守護するようにその一歩先を静かに、支配していた。

1つ2つしか年の変わらない彼らだが、純粋な『力』だけで比べたならもはや自分は彼らに遠く及ばない。先のガルアーノ戦でアークはそれを痛感していた。

()()()()()()()()()

彼は策略的にならなければならない自分の立場に心から嫌気が差していた。

「…グレイシーヌだ。」

彼もまた、少年と同じ重たい声色で促さなければならなかった。

 

 

グレイシーヌ国、バルバラード国に次いで長い歴史を持つ国であり、総合的な国力においてはロマリア国に次ぐという大国。

世界一の人口を誇り、各種資源にも恵まれていながら彼らは無闇な土地の開拓は良しとしなかった。

他の列強国と同じ過程を辿っていれば間違いなくロマリアを脅かす存在になっていたにも(かかわら)らず、彼らが国を護るために選択した武器は「拳」だった。

そこには「ラマダ教」と呼ばれる、森羅万象全てには意志が宿っていると考える宗教が基盤となっており、教えを極めればそれらの「意志」から『(ラマダ)』と呼ばれる特別な力を操ることができるという。

これに(のっと)った武術が「ラマダ拳法」であり、ラマダ教の総本山であるラマダ寺で修行する者たちは、その一人ひとりが人間の姿をした兵器であると各国から恐れられている。

このラマダ僧兵の存在が、火器の生産力に乏しいグレイシーヌ国における軍事力の代替となり、他国の侵入を阻む唯一無二の壁となっていた。

 

ところが昨年、そのラマダ寺を統括する大僧正と3人の僧正らが暗殺され、数年もしくは十年以上前からいずこかの組織の人間と入れ替わっていたという失態が発覚した。

居合わせたアークらが入れ替わった犯人を取り押さえたが犯人はその場で自害し、さらに死体は自然消滅するよう仕組まれていたため、黒幕を洗い出すことにも失敗している。

この情報は一般公開されていない。

しかし、まるでこれを承知しているかのように、隣国ミルマーナがグレイシーヌ国へ軍事的圧力をかけ始めたという。

そしてアークらがガルアーノと対峙し始めたまさにその瞬間、ミルマーナ国の侵攻が本格化したという情報をシルバーノアが傍受していた。

そこへタイミング悪く船に戻ったイーガがこれを知り、ラマダ寺への帰還を強行したのだった。

 

「イーガはラマダ寺の師範代なんだ。」

「自分の居場所を護りに行ったってわけか。」

「そういうことになるな。」

「…なるほどね。」

全てを理解した訳ではない。それでもエルクは、結局は同じことの繰り返しなんだと理解した。

師範代自ら自分の寺を空ける理由はそう多くない。

決めつける訳じゃない。ただ、なんとなく思った。

その僧兵もまた、誰かへの復讐心もしくは自分の無力が招いた不幸に駆り立てられ、我を忘れてしまったんだろうと。

 

彼の恩師の仇をその手で討ったアーク一味は彼の心境を痛いほど理解していた。

 

イーガにとってあそこは良くも悪くも「我が家」のような場所だ。

独断先行は良いとは言えないが、俺たちがいたところで彼が耐え忍ぶことを良しとはしなかっただろう。

「…そういえばゴーゲンはどうした。アイツがいてみすみすイーガを行かせたのか?」

今さらながらにあの小賢(こざか)しい笑いをするジイさんがいないことに気付いた。

近頃は特に個人行動が多く、傍にいないことにあまり違和感を覚えなくなっていた。

「あのジイさんならイーガの付き添いじゃ。さすがに一人で行かせる訳にもいかんからな。」

「…そうか。」

未だに何を(たくら)んているのかわからないが、あのジイさんが一緒なら下手を打つこともないだろう。

…それよりも今は、

 

「エルク、」

「…なんだよ、」

アークは意味深に話を区切り表情を硬くしたが、エルクには彼の言いたいことがなんとなくわかっていた。

「ガルアーノのトドメを刺させておいて、こんなことを言うのは卑怯(ひきょう)かもしれないが、お前はこれ以上その『炎』を使うべきじゃない。」

「……」

「ガルアーノの言っていたことはおそらく本当だ。」

アークはソレらに見初められていた。世界のありとあらゆる使者(せいれい)と言葉を交わすことができるのは、世界広しといえど彼をおいて他には存在しない。

それは、あの雪山で消えゆく命を彼らに差し出した代償なのだ。

だが、いったいどんな預言者であればそれを見抜けただろうか。命尽きるまさにその瞬間、寒さに凍える意識の中、温かな救いの手がそこにあれば誰しもがそれを掴むだろう。

ところがそれは悪意のない嘘だったのだ。

 

精霊たちは――自分たちのものさしで計った――世界の循環を正すため、彼の命を()()()()()()にするために手を差し伸べた。

精霊の言葉を聞くことに長けた血筋の彼だからこそ、その言葉が耳に馴染み、無条件に信頼してしまったのだった。

より彼らと『繋がる』時、確かにその腕は剣を振るい、その足は敵の牙を躱しているはずなのに意識が遠のいていく感覚があった。

勝利した後、足下に転がる死体に違和感を覚えた。

「いったい俺は、どうやって倒したんだ?」

いまやそれは風の音よりも静かで、疫病が運命を宣告するように常に彼の(かたわ)らに(たたず)んでいる。

 

それでも青年は理解している。彼らの『力』に誠意があることを。

だからこそ青年は彼らの頼みを最後まで聞き届けようと決心した。あくまでも、「アーク・エダ・リコルヌ」として。

 

「明確な自覚症状こそないが『違和感』は日に日に大きくなっている。この戦いが終わる頃には俺は俺じゃなくなっているかもしれない。」

その恐怖はとてもじゃないが言葉では言い表せない。

自我を保つ意識がそこにありながら『言葉を交わした』瞬間、そこに彼らと一つになることを許している自分がいる。

「だから?」

そして、心の底から(おぞ)ましく感じるのは、彼女と唇を重ねている男がもはや何者かもわからなくなってきていることだ。

それは「俺」なのか?それとも、彼女を利用しようとしている「俺」なのか?

()()()()は、それが取り越し苦労であってほしいと願う俺に「現実」を突きつける鏡にも思えるんだ。

「…お前たちはここで手を引くべきなんだ。」

だけど……、

「言いたいことはそれだけかよ?」

……そうなんだ。

「…いいや。……ここまで警告しておいてこんなことを言うなんて、頭がオカシイと思うかもしれない。だが…、エルク、リーザ、」

俺は、俺のために……、そして彼女を護るために、悪魔にならなきゃいけないんだ!

「俺たちに、手を貸してもらえないだろうか。」

生まれて初めて、差し出した自分の手がとても汚いものに見えた。

「ああ、問題ねえよ。むしろ、置いていかれたって勝手にくっついていくつもりだったしな。…だから、そんな顔すんなよ。」

「……そうだな。すまない、みっともない所を見せたな。」

汚れた俺の手を握る彼の手が温かいと感じた瞬間、身勝手な俺を気遣って投げかけた言葉を聞いた瞬間……、俺は、新たな決意を固めなければならないのだと自分に言い聞かせた。

 

 

――――違うぜ、アーク。俺はただ、納得がいかなかっただけなんだ。

 

悪夢の元凶(ガルアーノ)さえ殺せば何か自分の中の(つっか)えが取れるような、俺はまだ人生をやり直せるんだって思ってたんだ。

なのに、実際はそんなことにはならなかった。

「ところでシュウの様子はどうだ?」

「ああ、まだ目を覚まさねえけどリーザは大丈夫だって。」

誰に対してのモヤモヤも、何一つ晴れなかった。

「ええ、薬の副作用は抜けそうにないけど今はその症状も落ち着いてるし、疲れてるだけみたいだから。」

「そうか……。」

「……」

アークも同じような気持ちなのかもしれない。あの施設を離れてからもずっと、緊張した顔をし続けている。

それに、俺はアンタに借りがあるんだ。

「なら早速で悪いが、会議室で次の行動内容を確認するから付いてきてくれ。」

「……ああ。」

俺は一回り違う大人びたその横顔に惹かれながら、後ろめたさも感じていた。

「チョンガラ、皆にも招集をかけておいてくれ。」

「……」

……あの時、ミリルは俺が殺すべきだったんだ。

 

 

 

 

 

――――シルバーノア船内、作戦会議室

 

アークは俺たちを会議室まで案内すると情報を整理するために操舵室までチョピンに会いにいった。

シルバーノアは元スメリア王の船だって聞いてたが、案内された会議室にはそれらしい装飾がほとんどなく殺風景で、それどころかどこか軍用のような物々しささえ漂っていた。

その一角を、シャンテたちが陣取っていた。

「……」

改めて顔を突き合わせると、なんて声をかけるべきかわからなかった。

俺たちはお互いに助けたい人を助けられなかった。

だから、気持ち的には対等なはずなのに。どうしてだか、俺とコイツとでは何かが食い違っていて、どっちかがより不幸なように思えてならなかった。

 

ケンカを売るべきなのか。土下座するべきなのか。

…わからなかった。

 

……って、何をそんなことで悩んでんだ俺は。

そもそも気にかける必要もねえじゃねえか。

アイツの弟の仇はガルアーノであって俺じゃないし。俺も、(ののし)り合いこそしたけど直接アイツに何かされたわけじゃない。

言わば赤の他人じゃねえか。

「エルク…、」

そう思い込もうとする俺を、彼女は許さなかった。…いいや、

「…なんだよ…、」

リーザには『聞こえてるんだ』。

俺が、本当はそう思ってないってことを……。

「……チッ、わかったよ。」

 

近付く俺を見遣るシャンテの目は睨んでいるように見えた。

ブラキアの大男はあまり関心がないらしく正面の世界地図を睨みつけ、あのちっこい怪物はシャンテにもたれかかってグッスリと眠ってた。

「…よぉ…、」

意を決してぎこちなく声をかけると、思いもよらずシャンテはカラカラと笑って応えた。

「どうしたのさ。さっきの戦いで精根尽きちまったのかい?」

そのあっけらかんとした態度に俺は逆にたじろいじまった。

「そりゃそうだろ。相手はあのガルアーノだぜ?むしろあんな戦いの後でまだ余裕があるっていう奴の方が異常だろ。」

「……まぁ、そうだね。まさか、って感じだね。」

俺たちの中で一番あの悪魔野郎と付き合いの長いシャンテは、憑き物の落ちたような安堵の溜め息を吐く一方で、生きる目的を失くしたかのような虚ろな目をしていた。

……一言で言うならその顔は、彼女らしくないように思えた。

 

「それで、アンタはこれからアークに付いていくつもりなのかい?」

「…ああ、」

らしくないその表情に戸惑(とまど)っていた俺は思わず素直に答えちまった。するとなぜかシャンテは一変して厳しい顔付きになり、俺の考えの甘さを指摘し始めた。

「アンタに何の得があるのさ?“正義の味方”にでも目覚めちまったのかい?」

……コイツの気持ちがわからねえ。弟の一件で嫌味の一つでも言われるならまだしも、この後、俺が何をしたってテメエには関係ないだろ。何をそんなに……、

それでも俺は変に言い訳をしないで正直に答えることにした。なぜか、そうしなきゃいけない気がしたんだ。

「俺自身はそんなんじゃねえと思ってるけど……。でも、言っちまえばそんな感じなのかもな。」

 

「……」

 

今のエルクの目はそんなに嫌いじゃない。

だけどそれはコイツが成長して(たくま)しくなったからじゃない。

アタシがあの子との別れを済ませたから。今はこんなアタシを慰めてくれる奴が二人も傍にいるから、心に余裕ができた……。

多分、それだけのことなんだ。

「…まぁ、ガンバンな。今のアンタならまだなんとかなるんじゃないかい?」

 

「……」

 

わからねえ。なんでそんな顔ができんだよ。

ついさっきまでは俺のことを仇かゴミみたいな目で見てたくせに。

なのに今は随分と穏やかで、今までのあれこれがスッパリ無かったみたいな声で言いやがるから……。なんだか俺はだんだんと気分が悪くなってきたんだ。

「……何がだよ。」

「あん?」

「……チッ、」

だからって未だに何を言えばいいのかわかってねえんだ。

 

……マジでなんなんだよ!?

 

イラだって頭に血が昇って、余計に頭が回らなくなってると、このクソ女は俺の(かん)にトドメを刺しやがった。

「…まあ、アンタに謝らなきゃいけないのかもしれないね。」

「あ?」

「その…、無理矢理アンタを仇みたいに扱ってさ。……悪かったよ。」

俺の視線を避けるように目を伏せる姿を見ると背筋が寒くなった。

「……なんなんだよ、テメエは……、」

「え?」

「…俺を殺すんじゃなかったのかよ?どこまでも追い詰めて、呪ってやるって言ったのはどの口なんだよ?……なのに俺の知らねえところで一人で解決して、今度はゴメンねだあ?バカにすんのもたいがいにしろよ!?」

グルグルだ!全部、何もかも、訳がわからねえ!

胸の中のモヤモヤがメチャクチャに熱くなって、肺に入れた空気が爆発しちまいそうだ!

 

気が付けば俺はシャンテの胸ぐらを掴んでいた。

なのに、リーザもブラキアの大男も、止めに入りやがらねえ。なんでだ?コイツが死なねえからって高を括ってやがんのか?……上等じゃねえか!

「俺はアンタの弟を死なせたんだぜ?!助けられたかもしれねえのに、俺は隅で(うずくま)ってただけだった!テメエはそんなクソ野郎の何を許したってんだ、言ってみろ!おらっ!」

 

普段の彼女ならそんな直情的な熱に当てられることなんてなかった。

けれども、今の彼女には目の前の少年がそのままの姿に見えなかったのだ。

 

「…なんだい、アンタはずっとアタシに殺されたがってたって言うのかい?威勢ばっかりのウジ虫野郎なのに、誰も殺せないから?!上等じゃないかっ!!」

「―――!?クソがっ!」

シャンテがエルクの首を鷲掴み深く爪を立てると、エルクは反射的に彼女をがむしゃらに突き飛ばした。

並べられた椅子の角に胸を打ちつけて床に転がると、シャンテは痛みで体を丸めて震えた。

「……ううっ、クソ…、だから嫌だったんだ。何をしたって、アンタはアタシを許さないだろ?だからアタシは……、」

 

虫ケラのように丸まりながら、シャンテはふと思った。

今、口にしている言葉はいったい誰に向かって言っているんだろうか。

 

(もだ)える彼女を見下ろし、エルクは思った。

本当は、この人になら殺されてもいいと思ってた。でも、やっぱりダメだった。俺にはまだ…、まだ……、

 

 

 

 

「……お姉さん、なにしてるの?」

 

 

 

 

たくさんのお菓子を食べ、気心知れた人の船に揺られ、幸せ一杯で眠っていた赤いエナメル靴の怪物が、シンデレラの悲鳴を耳にして目を覚ましていた。

「…ちょこ……、」

「ケンカ?お姉さん、何か悪いことしたの?それとも、こっちのお兄さんが悪い人なの?」

「ちょこ、違うんだ。これはケンカじゃない。……うっ、」

すぐさまグルガが利かん坊を(なだ)めようと間に入ったが、その小さな小さな怪物は出会って一度も見せたことのない張り詰めた顔をしていた。

目は見開き、頬は引きつっていた。

彼女の「限界」が、そこにあった。

「……お姉さんも、ちょこにウソを吐くの?お父様みたいに、ちょこを一人ぼっちにするの?」

「……」

シャンテもまた、怪物のそんな表情を見たことがなかった。

そんな顔をさせたのが自分だと思うと……、やるせない気持ちが胸を締めつけた。

 

自分だけは、この憐れな怪物の味方でいるはずだったのに……、

 

「アタシは、ウソなんか吐かない。…アンタを悲しませたりするもんか。知ってるだろ?」

……そうさ、あの時、アタシの中でコイツは「道具」じゃなくなった。

あの時、アタシはあの子じゃなくてコイツの手を取った。たった一人のバカな姉弟(きょうだい)じゃなくて――自分の意思で――、アタシに笑顔を向けてくれるバカな化け物を選んだんだ。

その時、久しぶりに……、本当に久しぶりに、生きた心地がしたんだ。

 

小さな頭を撫でると女の子の瞳は潤み、唇はへの字に曲がって彼女を叱りつけた。

「じゃあ、ちょこが見てないところで泣かないでなの。ちょこ、お姉さんとたくさん冒険して、お姉さんみたいなクネクネプリンになるって決めたんだから!」

本物の、小さな女の子のように、泣き出した。

「…ああ、ごめんよ。もうしないから、許してくれよ。」

彼女はそんな幼い怪物を抱き寄せ、頬を擦り寄せて口にできない言葉を伝えた。

 

 

「なんだよ、結局俺だけ置いてきぼりかよ……。」

そこにはもう、ガルアーノに人生をズタズタにされた不幸な歌姫はいない。

どこにでもいる、仲睦まじい姉妹がいるだけだった。

「すまない。彼女たちは失くしたものを補い合ってるんだ。許してやってくれ。」

「……アンタは?」

俺は頼んでもねえのに慰めてくるブラキアの英雄を見上げて尋ねた。

「アンタだって何か大事なものを連中に()られたんじゃねえのかよ?」

なぜだか、俺にはその目が臆病に見えた。この中で一番、命の遣り取りに関わってきたはずなのに。

「…私は、間に合ったんだ。もう少しで手遅れになるところを、彼女が助けてくれた。」

……ああ、なるほどね。だからか。

「そうかよ、良かったじゃねえか。」

少しも悪くないのに、それが当たり前のことなのに。俺は()()()()()()をしてるこの大男がひどく憎らしく思えた。

だって……、

 

――――不公平じゃねえか

 

あとほんの少しで口に出してしまいそうだったしょうもない言葉を、ただ一人、俺の愚痴を『聞いてくれる』彼女の手の温もりが噛み潰してくれた。

「……ありがとう。」

「……うん。」




※ガルアーノが「ワシに構っている場合ではない」と言っていた意味も。
正しくは「それにな、そもそもお前たちはワシに王手をかけている場合ではないんだよ。」です。
203話「媒介動物(ネズミ) その六」で、
ガルアーノがノーアにレジスタンスの全滅を伝えた後に追い打ちをかけるように意味深に呟いた言葉です。

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