聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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女神像
ホームタウン


海に顔をつける夕陽は、頼りない俺を心配するようにゆっくりと沈んでいく。

あの時、俺が町の安全よりも金をとるような人間だったら、今頃リーザはどうなっていたんだろうか。

不本意にも、俺は彼女を『化け物』と呼んだ。それは彼女を傷つけ、一度は手放した。

だが、俺は思い出すことができたんだ。助けを求める()()を見捨てたクズが、夢の中でいつまでも後悔している姿を。だから彼女を守ろうと思い直せた。

でも、あそこで俺が彼女の願いを聞かず、黒づくめたちに彼女を渡していたらどうなっただろうか。どこに連れて行かれただろうか。()()()を通っただろうか。夢の中の『あの子』と同じように俺を恨むのだろうか。

抱き合うように眠る彼女の頭を優しく()でながら、そうならなかったことに心から安堵(あんど)の息を()らす。

『もう絶対にこの手を放さない』悪夢の森を焼き払うように深く、深く心に(きざ)みつけた。

大海原(おおうなばら)にスッポリと(もぐ)る夕陽を見送ると、俺は4日前へと思い(ふけ)る自分を呼び戻す。

「……そろそろ頃合いか。」

立ち上がろうとした時、(ビリビリ)野郎に受けた肩の火傷がキレイに、()()()()()消えていることに気づいた。

 

太陽が沈み、辺りが薄暗く見通しが悪くなる時分、俺たちは堂々と公道(こうどう)を通ってプロディアスに入った。

「お前が女連れとは珍しいじゃないか。」

「仕事さ。ギルドの紹介じゃないが、ちょうどこっちに帰る予定があったからな。もののついでさ。」

「それにしても、盲導犬(もうどうけん)にしては随分(ずいぶん)大きいな。」

外来種(がいらいしゅ)なんだよ。」

町の入り口には名ばかりの検問所(けんもんじょ)がある。仕事柄(しごとがら)、出入りの多い俺は検問員と顔見知りで、ある程度(ゆる)い検査で通ることができる。

「聞いたぜ。空港をジャックした能力者をたった一人で倒しちまったらしいじゃないか。」

一番の気掛かりはそれだった。もしもここまで奴らの圧力が掛かっていた場合、検問員を買収(ばいしゅう)しなきゃならないと思っていた。だが、どうやらその必要もないようだった。

(うらや)ましいねえ。しこたま報酬が出たんだろ?今度飯の一つでも(おご)れよな。」

「その時まで金が残ってたらな。」

 

俺たちは無事にプロディアスに入ることができた。

「リーザ、悪いな。もういいぜ。」

リーザにはサングラスをかけ、できるだけ黙って(うつむ)いているように言っておいた。その上でパンディットに着けたハーネスを握れば、(かろ)うじて盲導犬に見せることができたからだ。

青い(たてがみ)はハーネスのベルトを幅広くすることで、瞳の色はカラーコンタクトで誤魔化(ごまか)した。

小道具の一式は俺のことを「兄貴」などと慕ってくれる同業者となんとか連絡を取り、用意してもらった。

 

町に入っちまえば、殊更(ことさら)俺たちに注意を払うような人間はいなくなる。問題さえ起こさなきゃ、普通の『犬の散歩』で問題なかった。

だがリーザは盲人(もうじん)真似事(まねごと)を止めなかった。

「リーザ?」

「なんだか、こうやってパンディットに体を預けてるのが新鮮で。もう少し、こうしていたいの。」

障害者の真似事をさせるのに若干(じゃっかん)気後(きおく)れがあったのだが、どうやら気に入ってもらえたらしい。

 

「エルクの家までは遠いの?」

「そうだな、歩きだと1時間以上はかかるな。」

「……そう。」

「別に構わないぜ。あれだけ大暴れすれば今晩くらいは誰も俺たちを捕まえようとはしないさ。」

実際に追っ手を蹴散(けち)らしたのはパンディットなのだが、それでもしばらく追っ手の心配をしなくても大丈夫なのは本当だ。

「……ありがとう、エルク。」

リーザの笑顔は空港で会った時から比べれば随分(ずいぶん)と自然になっている。裏表のない笑顔というものを見ている実感があった。

それに、パンディットの誘導(ゆうどう)は実際に見事なものだった。細かいことは例の『能力』で補っているのだろうが、障害物の前で立ち止まったり、鼻先で道のカーブを知らせたり、細かい動きで周囲の状況を(たく)みに伝えている。

本当に汎用性(はんようせい)の高い奴だと感心せざるを()ない。

 

前はパンディットに任せ、俺はリーザの後ろに付き、状況の整理とこれからの展開を予想することにした。

 

約半日前のことを思い出す。次々と蹴散らされる追っ手たちの惨状(さんじょう)はまた、壮絶(そうぜつ)なものだった。遠目でチラリと見ただけなのだが、裂傷(れっしょう)による大量出血は当たり前、複雑骨折も何人かいたようだ。後から、リーザに(づた)い聞いてみると死んだ奴はいないらしい。

そして20人以上を重傷においやりながら、パンディットは傷一つ負っていない。

もしも誰かがこの事をギルドに報告すれば、依頼に規制(きせい)が掛かるのは間違いないだろう。ある程度の実力者でなければ依頼の紹介すらされなくなるのだ。

今回の被害状況を加味(かみ)しての規制なら、インディゴス(あの町)に適任者はそういない。俺の顔が割れたなら、なおさらだ。

面倒な連中が依頼を受けたとしても、一、二日の時間稼ぎさえできれば問題ない。その頃にはもうアルディア(この国)にすらいないからだ。

()()()の手配書が出回ることが決まったとしても、最低三日は掛かるからこれも問題ない。

 

依頼がプロディアス(この町)にきていたとしても大丈夫。ここを拠点(きょてん)にする賞金稼ぎ(同業者)たちは、そのほとんどが頭が(やわ)らかく、意外なほど身内想いだからだ。

手助けこそないかもしれないが、立ち(ふさ)がることもない……と思う。如何(いかん)せん、『気紛(きまぐ)れ』もこの町の人間の気質なのだ。

そこは上手く立ち回るしかない。まあ、この仲間(メンツ)なら、多少の障害は苦もなく乗り越えられるはずだ。

 

 

「あら、エルクじゃない。」

別に()けようとしていた訳じゃないが、知人との遭遇(そうぐう)はない方が後々の面倒を作らずにすむとは思っていた。

「……その子どうしたの?目、見えないの?」

普段なら酒場に()(びた)って客を物色(ぶっしょく)してるくせに、今日に限って外回りなんかしてやがる。

『リーザ、悪いが知り合いなんだ。適当に相手してくれ。』

これまで通り、頭の回転の早いリーザは不自然な間を作ることなく相手との会話を(つな)ぎ始めた。

「あ、いいえ。私、目は見えるんです。ただ、体質的に明るいのが苦手なだけなんです。」

リーザはサングラスを(はず)してちゃんと向かい合って笑ってみせた。

「ふーん、そうなんだ。それで、エルクとはどんな関係なの?」

(やぶ)から棒になんだよ。()()()()でもねえくせに。」

「なによ。私だってアンタのお姉さんみたいなものだし、大事な人かそうでないかくらいは聞いておかなきゃでしょ?」

プロディアス(ここ)に来た当初は実の()のように世話になっていたが、この人の仕事がどんなものか知った時から、なんとなく顔を合わせづらくなっていた。

「……私、エルクさんに仕事でここまで連れてきてもらったんです。」

「仕事?護衛(ごえい)とかってこと?何、アンタ、(ねら)われてんの?」

誘拐(ゆうかい)されていたところを偶然彼に助けてもらって。それで自分の家まで送ってもらってる途中なんです。」

姉気取りの知人は、情が強い分、単純で妄想力(もうそうりょく)も豊かだった。リーザの境遇(きょうぐう)を勝手にドラマティックに組み立てて涙ぐむくらいに。

「でも――――」

「でも?」

「まだ、たった数日しか一緒にいませんが私、エルクさんがすごくイイ人だって知っています。」

どうやら、完全に合格点をもらったらしい。飛び付くようにリーザを抱きしめ、「大変だったのね」と(なぐさ)め始める。

「アンタ、名前は?」

「リーザ・フローラ・メルノです。」

 

「エルク。アンタ、リーザちゃん泣かせたらタダじゃ済まないからね。」

たった数分の間にすっかりリーザに乗り換えやがった。

「ああ、それと―――、」

5年前、俺はその目の人に悪夢の話を打ち明けた。森を抜けてから初めて、しっかりと見つめることができた他人の目だった。

「アンタもあんまり無茶ばかりしないでよ。まだまだ子どもなんだから、もっとたくさん、遊ぶことも覚えて欲しいわ。」

外回りの理由(ワケ)をこぼして彼女は去っていった。

 

「イイ人ね。」

「まあな。」

「あの人、名前は何ていうの?」

「ミーナ・フィラーノ。娼婦(しょうふ)……、何が可笑(おか)しいんだよ。」

息の()れる音に気づいて視線を向けると、リーザは声を殺して笑っていた。

「エルク、本当は今の人ともっとお話ししたいんでしょ?」

5年間、金銭面(きんせんめん)や教育の面で(やしな)ってくれたのはシュウとビビガなのだが、基本的な衣食住の面倒はほとんど彼女がみてくれていた。

話し相手もたいていあの人だったし、俺に茶太郎()を飼うように(すす)めてくれたのもあの人だった。

「……。」

()()()()()()()イエスともノーとも言えなくて、俺は少し機嫌が悪くなってしまった。

また、クスクスと笑うリーザを横目に、俺は先を歩き始めた。

 

「エルク、この町の人たちに愛されてるのね。」

「止めろよ。気持ち(わり)い言い方するの。偶然、連中と気が合うだけさ。」

「私、エルクがそういう人で良かったって思ってるの。」

「何だよ、それ。」

「今までエルクの暗い部分ばかり見てきた気がするから、少し心配してたの。」

「いらねえよ。そんなの。」

「……迷惑?」

「そうじゃねえけど……。って、分かってるだろ。」

「ううん。ちゃんとエルクの口から聞きたかっただけ。」

勘弁(かんべん)してくれよ。」

「うん、一回聞ければ十分だから。」

『そういう訳でもないんだけどな。』

嫌じゃないのに(わずら)わしいと感じるのは初めてで、なんとも反応に困ってしまった。




※ミーナはプロディアス酒場にいるお姉さんの名前です。フィラーノは勝手につけました。

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