聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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媒介動物(ネズミ) その七

――――十数分後、侵攻ルートの選択するために分かれた一行は全員、元の分岐点へと戻ってきていた。

 

結果的に先へ進めそうな道は一本しかなく、残りの三本は全て行き止まりだった。

そこで「行き止まりの理由(モノ)」が彼らを熱く迎え入れた。

「モノ」であるソレらは彼らに蹂躙される一方で、彼らの心に有無もなく爪を立て、士気を奪い、無力感を植え付けた。

「どこまでも胸糞悪い場所だぜ。」

「ゴミ」と呼ばれるソレらはともすれば、「製品」として優良であるものたちよりも彼らにはより効果的だったのかもしれない。

なぜならソレらは情け深い彼らの目には「生き物」に映り、彼らの正義感に「卑劣な問い」を覚えさせたからだ。

 

――――私たちを殺すのか?

ソレらは罪を犯してはいない。悪魔たちにそう造り変えられただけで、そもそもは護るべき人々であったはずだ。

――――ならばなぜ剣を捨てない?なぜ私たちの歓迎を受け入れない?

ソレらの笑う口腔(こうくう)、抱擁を求める指先からは腐敗や化学反応から生まれた毒液が滴っていた。

――――そうか、それがお前たちの信じる「正義」だと言うのなら……、

 

薬臭、腐臭に加え、

床を打つ耳障りな水滴の音、

纏わりついて離れない、もはや区別も付けられない混濁した粘液の感触、

「前衛的」という言葉を盾に、視界という視界に我が物顔でペンキを撒き散らす(はらわた)

そこかしこに転がる生首たちは、この世で最も美しい新芽(しょうねん)たちで構成された聖歌隊と、無二の和音を重ねる、

そして……、

 

――――聞くがいい、キサマらの本性を謳う声を!

 

彼らは殺した。しゃにむに。耳に絡み付き、喉の奥底から込み上げる吐き気を全力で否定しながら。

エルクは燃やし、グルガは粉砕し、トッシュは撫で斬りにした。それが自分たちにできる最大限の「正義」なのだと言い聞かせて。

 

実際には、呪いの言葉一つ吐くことなく、ただただ彼らを見詰めながら朽ちていった。

けれども「正義」という暗示に(とら)われた彼らであれば、おもしろ可笑しく美化し、妄想してくれるだろう。

ソレらを「不良品」と名付けた創造主(あくま)は、それをよくよく心得ていた。

今も、正義たちが意に反する「阿鼻叫喚」を響かせ、バラバラにしたソレら踏みつけて進む光景に哄笑(こうしょう)を上げ、画面に食い入っていた。

 

 

そんな聴衆の目を奪う派手なシーンの傍らで、後に続くさらなる名場面を生む伏線が、密かに演じられていた。

「……」

「どうした、ポコ。なに呆けてやがんだ。さっさと行くぞ!」

「う、うん……。」

ポコは、それを見た。

息苦しいダンジョンの奥底ですら愛くるしさを忘れなかったあの幼女が、彼の知らない顔を見せた。彼の知らない力で、断末魔さえ許さずにソレらを消してみせた。

さらに不可解なことに、その場にいたヂークベックはそのことを記憶していなかった。

壊れたようには思えない。彼女の『力』が影響を与えた様子もなかった。

意図的に記録(データ)を消去、隠蔽(いんぺい)したとしか思えない。

……でも、どうして?

それは、仲間を疑うことを知らないポコにとって、自分の「弱さ」を克服する以上の難題として彼を混乱させた。

「あはははっ、()っさいヂークだ!カワイイの!」

「あ、コら、捕マエるな!そレハ斥候だぞ?!」

赤毛の幼女はヂークベックの自立型偵察機を手に、笑っていた。

「ほら、ポコポコも見るの!ブサイクで変てこなお人形さんなの!」

「おい!やメロ!傷つクぞ!?」

「……」

いつものように、笑っていた。

 

少年の見た小さな「歪み」は、病の初期症状のように誰の目に留まることもなくソレらと共に忘れ去られた。

幼女の表情が、それを強要した。

 

 

そうして場面は目まぐるしく変わっていく。

一行の中で最も経験値の高い黒装束が先頭に立ち、リーザたちの能力を頼りにしながらも通常の小隊では考えられないスピードで広大な敵陣の攻略を進めた。

しかし、程なくして彼らはまた、三つに分かれた意味深な分岐点に直面する。

「ウザッてえ!結局全部ブッ潰すんだからどれでも一緒だろ!?っつーか、あのクソジジイはまだ戻ってこねえのかよ!」

敬愛する義父から教え込まれた「任侠」を嘲るような戦闘の連続が、ヤマアラシのざんばらな髪も声もより一層ささくれ立たせる。

「オッサン、マジでアークの仲間かよ?ガタガタ言ってねえで作戦に集中しろよな。」

「ああ!?」

彼の感じる類の苛立ちはここにいる誰の中にもある。

言葉にすれば肥え太り、より凶暴な拳を振りかざす。

「おいおイ落チ着ケ、猿。”将ヲ討たんと欲スレバマずハ馬を射よ”と言ウ諺を知らんノか?…アぁ、猿だからカ?」

だが、得てして「群れ」の中の個々人はそれぞれの役割を無意識に持っているもので、それは機械においても例外ではなかった。

 

「プッ、アッハッハッハッ!ヂークに言われてりゃ世話ねえぜ。悔しかったら一度お山から下りて自分のみっともなさを見直すんだな、お猿さんよ。」

「……」

トッシュは自称「最強の機神」の煙突のような冷却装置を鷲掴みにし――バカにされた畜生よろしく――、額をぶつけて”お山の大将”の気迫で凄んでみせた。

「よお、爪楊枝みたいな目ぇしやがって。ゴミでも詰まってんじゃねえか?テメエさえよければ俺がかっぽじってやろうか?少なくともテメエが軽口叩いてるのが()()()()か、ハッキリ見えるだろうぜ。」

 

彼のボディは鉄製の家庭用ボイラーでできている。自身と博士(ヴィルマー)の知識でそれなりの補強もしてある。過酷な戦闘における耐久力こそないものの、人間の指先でどうこうできるほど柔らかくはない。

けれども、()()()()()()()はかなり(もろ)かった。

「……イエ、ケッコウデス。」

それこそ録音された電子音のように抑揚のないカタコトで白旗を表明し、人間のように「いじめっ子」から目を逸らした。

「テメエもだ、トンガリ頭。俺に物を言いたきゃ、そのオモチャみてえな得物で語れよ。誠心誠意答えてやるぜ?」

「ハッ、なんだそりゃあ?時代遅れの挑発しやがって。近所のガキの方がまだマシなセリフを並べるぜ?なんだったら俺が一から教えてやるよ、オッサン。」

「テメエ……、」

 

大声を張り上げ睨み合っているがシュウはもう、二人の遣り取りには関与しなかった。

血の気の多い二人が犬猿の仲であることに違いはないが、「シュウの言葉」を無視するほどバカでもない。

それが「ガス抜き」の範囲で収まっているならむしろ好きにさせておいた方がいい。

それに、そうやって積極的に体を温めてくれているなら望み通り、いざという時に真っ先に投入してやろう。シュウはそう考えていた。

 

そして、緊張を緩和するピエロ役もう一組いた。

「ねぇ、ポコポコ。どうしてみんな喋ってばかりで進まないの?ここでお弁当なの?ちょこ、なんだかお腹空いてきちゃったの。」

その、いつも通りの奔放な言葉に安心しつつも、奔放すぎる言葉に面倒見のいいポコはやはり混乱させられていた。

「え、えぇ、今なの?…今はこれで我慢できない?」

自分のための非常食(ビスケット)をポケットから取り出すと、幼女は満面の笑みでそれに飛びついた。

「わーい、ありがとうなの!ポコポコは今日からちょこの奥さんね!」

「え、ボ、ボクが、奥さん…?」

自由奔放、傍若無人、天真爛漫などなど。幼女は多くの独善的な代名詞で生きている。

けれども、それが彼女を最も輝かせる魅力なのだとポコは知っていた。知っていたし、自分にないそれに憧れも抱いていた。

それらの魅力の詰まった目で見詰められると、たとえそれが冗談だと分かっていても、同じく純朴な彼は頬を赤らめてしまうのだった。

「いイナ……、」

その低年齢向けのオママゴトを、不当な扱いばかりされる家庭用ボイラーが羨ましそうに見詰めていた。

 

 

そんな戦場を小馬鹿にした(じゃ)れ合いをよそに、これまで停滞することなく誘導してきた彼らのリーダーが突き付けられた3つの選択肢を前に二の足を踏んでいた。

大将首(ガルアーノ)が近いのか?」

「…ああ、」

彼ほどではなくとも戦場を指揮した経験のあるグルガは彼の態度からいち早く「決戦」の臭いを嗅ぎ取った。

シュウが密航した軍艦で得た情報が正しければ、3つに別れた道の真ん中はこの施設の全ての設備を管理するモニタールームに続いている。

かの悪魔が今も彼らを覗き、ほくそ笑み、戦場を掌握しているのなら、その男は必ずそこにいる。

彼らは今、世界を席巻する軍事国家(かいぶつ)の四つある首の一つを目の前にしていた。

だがしかし、これは本当に「チェックメイト」と言えるのだろうか?

本来リーダーであるべき人間がいない現状と、索敵に優れた二人が口にした情報がシュウの杞憂をいたずらに刺激していた。

 

リーザは言った。

「両端の部屋からはいくつかの『呻り声』が聞こえるけど…、時々それが()()に聞こえる気がするの。それに多分そこにいるのは…、」

リーザは躊躇いながらもエルクとトッシュを指さした。

彼女に続いてヂークベックが言った。

「ドッちにも10かラ15の熱源ガアルゾ。」

二人の言葉に間違いがないとすれば、そこに10体近くのエルクとトッシュがいる……。

 

やはり、装置がなくともいくらか制御できるということか。不幸中の幸いは、聞こえてくるのが『呻き声』ということだ。

おそらく装置がなければ高い知性を保てないのだろう。「自分と違う容姿の生き物を襲え」というような単純な命令で動いているのかもしれない。

そのためにそれぞれのクローンを別室に置いていると考えられる。

だとすればそれは――まだ確証とまではいかないが――、俺たちの中にソレがいないという暫定的な証拠になる。

 

だが、わざわざこんな状況を作り出す必要がどこにある?

早い段階でイーガが装置を破壊したことは奴にとって事故だったのかもしれない。装置のない状況でクローンを制御するのに時間を要したのかもしれない。

だが、こっちにはリーザがいるんだぞ?

彼女が『聞き分け』ればそれはもはや罠としてすら機能しない。

もしもこれらの罠が分かれ道の先ではなく、ゴールまでの直線状に並べれられていたなら否応なく対処しなければならなかった。

ところが、奴はそうしなかった。

これではただただ俺たちにヒントを与えているようなものじゃないか。

…それともこれは俺たちに現状を深読みさせ、より確実にこちら側にクローンを潜伏させるためのフェイクなのか?

 

もしもそうだとすれば、ますます奴の首を狙う前にそれを洗い出さなければならない。

俺の見た限りではここまでの戦闘で不審な点はなかった。もしもこの中にクローンがいるのだとすれば、その性能は本人に限りなく近いものなのだろう。それが、それこそエルクやトッシュだったなら致命的だ。

ガルアーノと直接対峙したとなれば、どうしても注意は奴に向く。その隙を突いて背後から襲われれば、場合によってはそれだけで壊滅にまで追い込まれかねない。

 

混濁した悪魔の思惑から正解を導き出そうとすればする程に、目の前の何の変哲もない扉がこれまで以上の悪意と悪臭で固められた『夢』の入り口として俺たちを待ち構えているように見えた。

……辺りが、あまりに静かすぎた。

 

そんな彼の苦悩などお構いなしというように、虫の居所の悪い猿が吠えた。

「クローンだか、ケローンだか知らねえが、今さらあんなのにビビることもねえだろうがよ!」

「……」

「問題はそこじゃない。なぜ俺たちが回避できるような配置でわざわざそれらを用意したか。そこに裏がある。シュウ(アンタ)はそう考えている。違うか?」

さすがに一国を独立に導いた人間は慎重だった。だが、俺の懸念はそれだけじゃない。

「…トッシュ、ゴーゲンは本当に戻ってくるのか?」

「……」

トッシュもまた、それを気に掛けていたのだろう。俺の言葉の意図をすぐに察して顔色を曇らせた。

「なんでそんなことを今聞くのか知らねえがよ、あんなジジイの心配をするだけ無駄だと思うだぜ?どうせどっかその辺で切れの(わり)いクソでも垂れて難儀してるんだろうよ。」

 

その切れの悪い()()()()は俺以外の人間にも要らぬ誤解を与えた。

 

「…シュウ、もしかしてアンタは……、」

疑いながらもグルガは得物を構えた。遅れて察したエルクが珍しく取り乱した。

「ちょ、ちょっと待てよ。もしかして、ポコたちが敵だって言いたいのかよ?」

「え、そうなの?!」

そもそも大将であるアークが自ら敵の渦中に潜入していることが不自然に思えた。ガルアーノがその変装を見抜けないことも。易々と制御装置を壊されたことも。負傷したイーガを安全なところまで送ると言ったきり姿を見せない老魔導師も。

 

「落ち着け。なにも彼らを直接疑っている訳じゃない。だが少なくとも、今回俺たちがそれと信じているアークとゴーゲンに関しては不審な点があると言いたいだけだ。」

ガルアーノの力は未知数だ。

俺たちの把握してない内に偽物とすり替えている可能性もないとは言い切れない。

「場合によってはイーガの救助に向かわなければならない。」

そもそも、ここに来るまで()()()()()()()()()()()()()()()に疑問を覚えるべきなのかもしれない。

俺たちは本当に自分たちの実力だけでここまで勝ち進んできたのか?

どこか、人よりも優れた『力』のある自分たちが勝ち進むことを当然だとでも思っていないか?

 

 

 

――――だったらキサマはどうなんだ?

 

 

 

……また、あの軍人が俺の視界に紛れ込んでいた。

 

――――キサマは今まで何度、負けを経験したことがある?

 

軍服は上等な生地で、人目で将官だと分かる。だが、そんな装飾に重きを置いた服であっても、ソイツが着ればそれはまるで鋼鉄の鎧をまとっているかのような絶対の防御力を感じさせる。

そして、ソイツの足が鎧で鈍るようなことはない。決して。

もしも俺がナイフを抜こうものなら、次の瞬間には俺の手から奪い取り、俺の首を裂くだろう。

 

――――俺から離れ、俺以外の誰かに泥の味を覚えさせられたことはあるのか?

 

奴はいつも、俺の鼻を狂わせる葉巻を咥え、表情のない隻眼で躾終えた俺を見下す。

奴の輪郭を忠実に(かたど)った黒い塊を。

 

――――言ってみろ。キサマは殺す側か?それとも殺される側か?

 

……俺は、その目に抗えない。

 

 

 

 

「…撤退だ。」

「はぁ?!」

トッシュだけじゃない。この場にいる全員が俺の「命令」に批難の色を浮かべた。

「…どこまで退くんだよ。研究所の入口までか?それともトンネルまでか?」

俺が直々に戦闘のいろはを叩き込んだ教え子でさえ、俺の言葉の意味を図りかね、困惑していた。

「一度、ロマリアから離れる。このまま進むには俺たちはあまりにも不安定すぎる。」

アークやゴーゲンだけの問題じゃない。

リーザの様子もどこかおかしい。索敵時以外でほとんど声を聞いていない。

騙しているという訳ではないが、何か隠し事をしているのは確かだ。

リーザは俺たちの中で一番長くゴーゲンと一緒にいた。何か吹き込まれたか?それとも、もっと決定的な、この戦争の何かを握っているのか?

 

俺たちは俺たちのことを知らなさ過ぎる。誰が敵で誰が味方かも区別できないほどに。

 

当然、トッシュは俺の胸ぐらを掴み、ひどい剣幕で詰め寄った。

「バカ言うんじゃねえ!だったら潜入してるアークはどうするつもりだ?!まさかアイツを放って、俺たちだけ安全がどうとかヌカしてトンズラするつもりじゃねえだろうな?!」

……トッシュは俺よりもアークを信頼している。それがハッキリと理解できた。

それでも俺はできる限りの説得をするしかない。それが演技(ウソ)であっても。

「どうして“罠”の可能性を考えない。その犠牲(リスク)をなぜ無視する。…お前はもう()()()()()()()()()()()()()()()?!」

最後の一言はこの男の牙を折るのに十分な効果を発揮した。

作戦よりも親友を救うことに躍起(やっき)な男は途端に鳴りを潜め、胸の痛みを抑えるので必死になっていた。

 

「勇敢さを履き違えるな。俺たちは()()()()()()()()()()()()。」

「…うるせえよ。…俺に、アークを見殺しにするなんてできるかよ!」

彼と肩を並べてきた時間がこの男をここまで意固地にさせているのだろう。

犠牲(リスク)と親友の天秤が彼の中で拮抗(きっこう)し、すっかり意気消沈してしまった。

「お前はガルアーノと直接対峙したことがあるのか?少なくともアレは、物理的な攻撃で対処できる相手ではない。その上、俺たちには確立した退路もない。アークが戦える状態にあるのかも分からない。それを踏まえた上で、お前はアークやゴーゲンを補えるほどに強いのか?俺にすら勝てなかったお前がか?」

正直、今でも確実にこの男に勝てるという自信はまるでない。だが、事実は変わらない。

そして、これもまたこの男にとって効果的な言葉だということも。

「えっ?!トッシュ、この人に負けちゃったの!?」

「…チッ……、」

ポコが良いリアクションをしてくれた。本意ではないが、これでトッシュの影響力はいくらか抑えられただろう。

 

「それでも俺は行くぜ。アイツをここで見捨てられるほど俺はこの戦いに絶望してねえからな。」

「…それを俺が許すとでも?いいや、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……」

今の俺たちの戦力は、俺の知るどんな「化け物」を相手にしてもお釣りがくる程に大きい。ガルアーノ打破も可能なのかもしれない。

だが、悪魔(やつ)の得意な「(から)め手」はそれを容易く受け流してしまう。

そう、最終的に「過信」した方が負けなのだ。

 

それに、ここで撤退したとしても、何もかもが無駄だったという訳ではない。

俺とトッシュがトンネルの防衛を正面から突破したことで、ロマリア軍は兵の配置を大きく変えざるを得なくなったはずだ。

そうした急ごしらえの布陣にはやはり「穴」が生まれがちだ。

そして今や――たとえこの場にいる者が戦力の全てになったとしても――、これだけ強力な(メンツ)がいる。次の潜入はそう難しくはないはずだ。

…そうだ、俺たちに「負け」は許されない。

 

……俺は『殺す側』だ。

 

 

俺は自分の考えを彼らに伝えた。出直しても十分に勝機があることを。

すると、この中で唯一「本物の戦争」を知っている男が真っ先に異論を唱えた。

「確かに、お前の話には一理ある。だが、これが限られたチャンスだということには変わりない。」

浅黒い肌の大男は、戦場で躊躇することの致命的な欠点を指摘した。

「戦場において”再挑戦”は決して”ふりだし”にはならない。相手にこちらの力量を知られた以上、不利になるのは必ず”頭の悪い方”だ。」

ブラキアの英雄は苦い記憶を思い返すように口調を重くして語った。

 

史実の上では、一人二人の優れた策略家が劣勢を覆すことは珍しくない。

だが、今のロマリア国に勝る軍師は俺たちの中にいない。

なぜなら、一年間に及ぶアーク一味によるテロ行為によってロマリアの勢力が減退したことなど、ただの一度もないからだ。

確かにアーク一味はこれまでロマリア国の、もしくはそれに関わる組織の重要な拠点を破壊してきたのかもしれない。

だが、それで世界におけるロマリア国の地位が揺らいだことはない。

彼らにとって俺たちのしようとしていることは、打ち寄せる波の方向を変えようと波打ち際の砂をスコップやバケツで取り除いているようなものなのだ。

 

それに気付いたからこそ、アーク一味は今回、怪物の首を直接落とすことに決めたのだ。

「アンタの素性をとやかく詮索するつもりはない。だが、アンタは敵の内情を知り過ぎて無駄に臆しているんじゃないか?それに、何か知っているのであればまずはそれを私たちに話すべきだ。少なくとも、ただの”勘”で引き下がれるほど今の私たちは寛容ではない。」

彼の勘は鋭かった。俺がロマリア軍出身だということを何とはなしに気付いている節があった。

「それに、私に限って言えばこれを原因に祖国に政治的圧力を掛けられる可能性もある。そうなれば、これ以上お前たちと行動を共にすることはないだろう。」

 

「英雄」と称されるだけあって、彼の口調にはカリスマ性があった。

彼の言葉を皮切りに、見守っていた残りの面々が続々と俺の意向に反発し始めた。

「アンタみたく”次”なんて悠長なこと言ってられるほどアタシたちも暇じゃないんだよ。」

弟の(かたき)さえ取れれば良いと言っていたシャンテの目には別の目標があるように見てとれた。

「…シュウ、ワリい。俺もここで逃げるのはなんか、違う気がするよ。」

おそらく、この中で説得が難しいであろうエルクは言わずもがなだった。

そして、この場で最も「自己主張」というものから遠いと思っていた男の言葉が彼らの決意を固めてしまった。

 

「大丈夫だよ。」

童顔の楽隊は伏し目がちながらも、希望を(たた)える微笑(ほほえ)みと未来を手繰り寄せるような勇ましく、それでいて柔らかな声色で言った。

「ゴーゲンは僕たちの仲間だし、アークはこんな所でやられたりなんかしない。絶対にね。」

「……」

根拠は?だったらお前も連中の側じゃないのか?

問い詰めたい気持ちはあった。だが、どうしてだか()()()()()()

この中で最も非力な男の、「声」そのものが「真実」であるかのような説得力を感じさせた。

リーザの『(ソレ)』とは違う。

 

彼らの気持ちの矛先はもう完全に固定されてしまった。

なぜだ?トッシュやエルクはまだしも、シャンテは奴の手口を嫌というほ理解しているはずじゃなかったのか?

……俺にはわかる。奴はこんなところで手を抜いたりはしない。

白い家で奴の頭を吹き飛ばした時、奴の目を見た時、「もっと……、もっとだ!」奴の目は言っていた。

真っ赤な唾液を惜しげもなく吹き出し、貪欲に「グルメ」を求める視線で俺の網膜を犯した。

 

だが、そうだ。これはグルガの言うように「勘」でしかない。

俺にはもう、彼らを止める(すべ)がない。

俺は、「仲間」を止められない。

 

……クソッ!

 

 

 

軍人は、俺の視界を削り取るように白く濁った煙を吐き出し、いつのように俺を(なぶ)った。

 

――――残念だったな。確かに、あの女にはまだ見込みがあった。だが所詮は「女」だった。それだけのことだ

 

……、

 

……、

 

カチリッ……、

 

ふと、『自分』が狂っていくのがわかった。

あの日の光景が、いいや、あの時の俺が、『俺』の過ちを正そうと引き金を引いた……。

 

「全員、動くな……、」




※口腔(こうくう)
口の中。唇から喉にかけて広がる空間のこと。

※哄笑(こうしょう)
大口を開けて下品に笑うこと。大声で笑うこと。高笑い。

※降板(こうばん)
台本で割り当てられていた役者が辞退すること。

※将を討たんと欲すればまずは馬を射よ
正しくは?「将を射んと欲すればまず馬を射よ」ですね。

敵の大将を弓で射止めたいなら、大将本人ではなくまず馬を射て転がしてしまいなさい。そうすれば狙いやすいでしょ?
大きな目標を達成したいならまずは土台を固めなさい(準備を怠ってはいけませんよ)。
という意味。

※ホンマの後書きと近況報告
最後の一段落は、投稿直前の手直しでとっさの思いつきで書き足しました。
なので、書き溜めている下書きも大きく手直しが必要になることが確定しました(笑)
かなりバカですね。まあ、面白そうだからイイんですけど。

あ、年明けにノートパソコンを買い替えました。
それまで使っていたパソコンのOSが「Windows7」だったということで(笑)Chromeからサービス終了のアナウンスを叩きつけられて仕方なく。
機能が充実しているのかもしれませんが、やっぱりパソコンって高いですね(;´∀`)
しかも、考えなしに「Chromebook」を買ってしまったため、操作性がかなり違って悪戦苦闘しています。
目下、難儀しているのは変換ミスを変換しなおす「変換」キーがないことですねぇ……
最後になりましたが、明けましておめでとうございます。2023年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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