聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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媒介動物(ネズミ) その六

「…で、結局のところテメエらはどっちなんだ?」

場に漂う異様な緊張感を置き去りにして愛を確かめ合うエルクとリーザに調子を狂わされ、赤毛の侍はいま一つ歯切れの悪い威嚇の声を上げた。

そこに幼い女の子の陽気な声が響くと、緊張感はいよいよ張りぼてとなって「戦場」を「のどかな街角」へと変えてしまった。

「わーい、鬼さんいっぱいなの~!」

「ちょこ!?なんでこんな所にいるの?!」

小太りの楽士がすっとんきょうな声を上げると、遊びたい盛りの女の子も掛け合うように応えた。

「あ、ポコポコなの~!ポコポコも鬼さんなの?」

「え、鬼?ち、違うよ、僕は人間だよぅ。知ってるでしょ?」

またしても繰り広げられる場違いな遣り取りに呆気にとられる中、誰よりも(さか)しい老爺(ろうや)ただ一人が目を剥いて立ち尽くしていた。

 

「…まさか……、」

まさか、あの森から抜け出たというのか?自力で?

…いいや、あれは()()()()()()で仕掛けた保険だ。いくら表層のあの子の行動に一貫性がなくても、『檻』を破って森を抜け出すだけの『力』はないはずだ。

……ならば、ガルアーノがあの歌姫を使って余計な真似をしたということか。

だが、何処で「森」の情報を入手した?あれはワシの独断で、誰にも話してない。ましてやアーク一味(あの子たち)の中に「裏切り者(ないつうしゃ)」がいるなど考えられん。

 

ちょこの『力』が欠けている。…もしや、あの子…、「アクラ」が助けを求めたのか?

それ程までに封印が弱っていたということか?

バカな、ワシは()()()()()()()()()()()()()()?それを見落とすはずがない。

……どうやらワシの把握していない何者かがこの計画に気付いたらしい。

 

老爺は豊かな口髭の下で歯軋(はぎし)りし、すぐに「何者か」の可能性と、それを踏まえた計画の再考に思考を巡らせた。

 

「ゴーゲン、大丈夫?」

「…あぁ、いや、何でもない。ワシも、まさかちょこがここにおるとは思わなんでな。」

邪気がなく、それでいて他人の内面的変化に鋭い仲間(ポコ)に声を掛けられ、老魔導師は我に返った。

そして、声を掛けられるまで失態に心囚われていた愚かな自分を呪った。

誰にも覚られないことに細心の注意を払っていたはずが、こうも容易く踏み(にじ)られ「ゴーゲン」の名に泥を塗ってしまった自分に嫌悪していた。

 

そうして返事をした彼は、重ねてミスをしていることに気付き、さらに己を(ののし)った。

私は何をしている!?そこに、「魔女」がいるではないか!

ウソは言わなかったが、いかに『沈黙』の魔法をもってしてもあの「激情」を彼女が『聞き』逃すはずがない。

少女は待望の再会に熱を上げ、一心に彼を見詰めている。ジジイのつまらない(はかりごと)に興味などないとでも言うように。

…まあ、あの子の信頼はすでに勝ち取っている。今さら私のことに余計な口出しをすることもないと思うが、念には念を入れておいた方がいいかもしれん。

 

老いぼれの皮を被った魔導師は、かの恩人のため、その素顔をさらに深い奥底に沈めた。

 

 

少年少女の熱い抱擁と、楽士と幼女の和やかな喜劇で彼らの疑心は晴れたかに思われた。

しかし、ここまでに多くの仲間を失った彼はそれを良しとはしなかった。

「おいおい、待てよ。俺はまだ納得してねぇぜ?そんな茶番でホイホイ信じやがって、テメエら恥ずかしくねえのかよ。」

「……オッサン、空気読めよ。」

目の前の「不公平」に殺気立つレジスタンスのリーダーと、『悪夢』を押し退()けて再会した「愛」に浸る少年が睨み合った。

「もし敵だったらそのご自慢の剣で斬りゃあいいだろ?それも嫌だってんならオッサン一人で行けよ。誰も止めやしねぇぜ?」

「…あぁ、俺一人で行くさ。テメエら全員叩っ斬ってからな……、」

「…おもしれぇ、ヤッてみろよ。」

次の瞬間には、二人ともが殺気に身を寄せていた。これまでのモヤモヤした殺し合いよりもよっぽど()()()()()とでも言わんばかりに。

「トッシュ、止めてよ!」

「エルク、止めて!」

「…やれやれ、手の焼ける(バカ)どもじゃ……、」

二匹の猿は無性に、目の前の相手を「打ちのめしたい」衝動に駆られた。

歯車の凸と凸が押し合うように、二匹の性格がお互いの血の気を狂おしいほどに高め合っていた。

二匹の性格に注がれてきたいくつもの『悪夢』が、「殺し合い」に「憂さ晴らし」を求めていた。

今の二人にとって、「人の死」はとてつもなく軽い。

しかし――――、

 

「そこまでだ!」

 

鬼も殺す形相の猿も思わず委縮するような一喝が、場に響き渡った。

彼らが進むであろう奥の道から、大柄の僧兵が満を持して現れたのだ。

その堂々とした佇まいからは想像できないが、施設内を一人で歩き、能力の許容を超えた作戦をこなしてきた彼はもはや満身創痍で、気力のみでそこに立っていた。

「イーガ、その傷、大丈夫なの!?」

「イーガ、テメエ……、」

しかし彼の使命と責任に対する執念は強く、世界最高峰の化け物製造所といえど彼の足を(くじ)くことはできなかった。

友人たちへの忠誠心にも似た感情でもって彼は全てを退(しりぞ)け、この世で最も信頼できる彼らの下まで辿りついた。

 

「ガルアーノの造った私たちの偽物を操る装置は破壊した。故に、ここにいる者たちは皆、正真正銘の人間だ。」

「…だからって“仲間”って訳でもねぇだろうがよ。」

トッシュという男がそういう性格であっても、彼がトッシュに愛想を尽かすことはない。悪く見られがちな(かれ)のそういう性格もまた、認めるべき長所なのだと陰ながら敬愛していた。

ここいる知り合って間もない仲間たちは、永遠に続くかに思われた『悪夢』から彼を救い出した恩人たちなのだ。

 

 

そして、生まれも育ちも違う彼らの友情は、一癖も二癖もある形で示されることが多かった。

「トッシュ、酔っ払って私に話したお前の恋物語をこの場で披露してもいいんだぞ?」

「イ、イーガ、テメエ!?」

トッシュはあからさまに取り乱し、イーガはそれ以上構わなかった。

一年という短い付き合いでも、彼の性格を知り尽くしているイーガにはそれで十分だとわかっていたし、なにより彼自身に余裕がなかった。

「他の者も、矛先を収めるんだ。それぞれに事情があったとしても、今、ここで戦力を浪費することに誰の利もない。」

「イーガの言う通りじゃな。せっかくこれだけの人数がおるんじゃ。まずは大捕り物に専念すべきだろうて。」

「…勝手に進めやがって」と反感を覚えるエルクをポコが(なだ)め、「一気に大家族ダナ。もチろんワシが長男ダぞ?」傍らのブリキ人形は張りぼてを彩る小道具のように「賑やかし」の役を続けていた。

 

 

ところがもう一人、この成り行きを面白くないと眉根を寄せる者がいた。

「…どうする。」

浅黒い大男は不機嫌な歌姫に尋ねた。

「別に、いいんじゃない?馴れ合いは好きじゃないけど、面倒に面倒を重ねる趣味もないしね。それに…、」

歌姫は旧友に子どもらしくも愛らしい挨拶をして回るちょこを見て声を曇らせた。

「わざわざアレの機嫌をそこねて損をするのもバカらしいじゃないか。」

「…そうか。」

大男は想い、憂えた。

彼女は幸運にも『悪夢』を断ち切ることに成功した。それなのに、彼女はその『悪夢』を別の形で引き摺ろうとしている。

彼女は今、「アレ」に依存しようとしている。

「あのジジイに吐かせたいこともある。」

…止めるべきか否か。

愛する者を得ることは悪くない。だが、それに溺れればまた同じことを繰り返す。

私は、それを()()()()()()()

…止めるべきか否か。

大男は迷った。数少ない友人として、目を覚まさせるべきだということに気付いていながら、自分にはその資格がないように思えて……。

 

「そ、それより、イーガ、その傷は大丈夫なの?」

共に試練を潜り抜けた戦友(ポコ)が、弱り切った僧兵を気に掛けた。

弱虫で泣き虫なくせに、仲間への気配りは人一倍マメな彼の優しさは、奔放な仲間たちをまとめる者にとって唯一のオアシスのように映るのだと、イーガはその立場になってようやく気付いた。

自分たちのリーダーは、こんな大変な役割をずっと引き受けていたのだと反省した。

「案ずるな。…と言いたいところだが、今の私が共にガルアーノに挑めば確実にお前たちの足を引っ張るだろう。だからすまないが、後はお前たちに任せたい。」

そこが戦場ならば仲間の前でさえ膝を付くことを良しとしないイーガが、遂にはその場に崩れた。

「イーガっ!」

「…任せときな。テメエの穴を埋めるくらい訳ねえぜ。その代り、後でテメエの弱みもきっちり聞かせてもらうからな。」

「ああ、そうだな。あと一つ、お前たちに伝えることがある。」

 

イーガは彼らのリーダーと協力して行った臨時作戦を伝えると老魔導師に付き添われ、戦場から離脱していった。

「あの野郎、ムチャしやがって!」

トッシュは、彼とは仲間内でも特に気を許し合った仲だと思っていただけに、彼の身勝手な話に激昂していた。

「でも、そのお陰で僕たち、こうして争わずにすんだじゃない。」

「そういうことを言ってんじゃねえよ!もしアイツが真っ先に殺られちまったらこの後どうするつもりだったんだって言ってんだよ!」

「…そ、そうだけど……、」

威圧されればすぐに黙り込んでしまうポコ。そんな彼の哀愁さえ感じさせる困り顔を見て、エルクが堪えきれずに口を挟んだ。

「テメエのリーダーのやることも信じられないなんてオッサン、ホントに仲間かよ?」

「んだと、ガキ!?」

まさに火に油とでも言うのように。二人は少し目を放せば誰に促されるでもなく勝手に惹かれ合い、何度でも燃え上がろうとする。

それぞれの保護者が間に立ったところで油を前に火が自ら鎮火する訳もなく、油が火を拒む訳もない。

躾けのなっていない猿よろしく。今度こそ二匹は雌雄を決しようと得物を強く握りしめた。

 

だが幸いなことにもう一人だけ、二人の「お目付け役」を担える人間が残っていた。

 

「いい加減にしろ!俺が直接お前たちの口を利けないようにしてやってもいいんだぞっ!?」

『……』

彼は、エルクにとっては命の恩人であり、トッシュにとっては数少ない強者だった。

普段、冷静沈着で寡黙な彼が――あろうことか戦場において――怒鳴り散らす姿は、二匹にイーガ以上の恐怖を与えるのに十分過ぎた。

野生の獣らしく、例え話ではなく「殺される」可能性を本能的に感じ取った二匹が口を噤んでしまうほどに。

「…これでは纏るものも纏まらない。」

黒装束の彼は現状を打開するために一時的なリーダーを募った。もちろん、この問題児らを除いて。

 

「…いいだろう。」

だがそもそも残された彼らの中でそれが適任な者は彼を置いて他にいなかった。

「今さら確認するまでもないけど、アタシらはアンタらの仲間じゃないから。その辺は勘違いしないでおくれよ?」

「…分かっている。」

黒装束は長い賞金稼ぎの経験とそれ以前の経歴でもって統合作戦にも秀でた能力を備えていた。

とはいえ、これだけの癖のある面々を率いれば前途多難は(まぬが)れない。

ここにいる被害者とも加害者とも言える面々は、戦場のプロフェッショナルですら難色を浮かべさせるほどに「集団」と呼ぶことのできない者たちだった。

 

それでもさすがと言うべきか、黒装束の采配は確かだった。

索敵能力に優れたリーザとシャンテ、ヂークベックがいち早く敵を発見し、連携において最も練度の高い彼とエルクが先頭を務め、グルガ、トッシュ、ポコが彼らの補助として活躍することで一行は危なげなく前へ進むことができた。

しかし、

「とんでけ~!」

謎多き幼女もまた二人の補助を命じられていた。だが幼女は「わかったの!」と溌溂とした返事をしたにもかかわらず、奔放に、爛漫に戦場を駆け回っていた。

「……」

「ちょこ」という名の幼女の危うさは、知己であるというアーク一味以外の全員が感じ取っていた。その上で、

「今はアレの素性を聞くべき時ではない」

黒装束は自分の目で見える以上の詮索を控え、幼女を野放しにした。

他の面々もまた暗黙の内に彼の意を汲み取り、彼に(なら)った。

「オ前、なカなカヤルな。ワシの部下ニしてやロウか?」

「ブカ?それおいしい?」

「モチロんダ、ワシの部下になレば山ホド美味い汁ヲ啜らせテやルぞ。」

「本当?!わかったの、ちょこ良い子だからアナタの”ブカ”になるの!」

「ハッハッハ、可愛イ奴だ!」

3000年という誰にも成しえない最長の退行を(わずら)ってしまった「ポンコツ」と呼ばれる最強の機神を除いて。

 

 

 

―――キメラ研究所、中枢、モニタールーム

 

施設の主はコメディ映画でも鑑賞するかのようにリラックスした様子で椅子に腰かけ、頬杖を付いてモニターを見遣り、時折、声を立てて笑っていた。

「未だ一人も欠けないとはな。まったく、よくよくワシの期待に応えてくれる連中だ。」

一方で、ガルアーノはモニターに映る”金髪の少女”を気にし続けていた。

「アンタの兵隊が不良品なだけじゃないか?」

傍らの賞金稼ぎは軽い挑発で誘い、ガルアーノの考えを読み解こうと試みるも「動かざること山の如し」。悪魔はみえみえの罠を笑い飛ばし、さらにわかり易い挑発で応えた。

「それはワシ自ら出張れと言っているのか?フム、確かにお前抜きでクライマックスを迎えるのも一興ではあるな。」

「…好きにしろと言っているだろう。ただしその場合、アンタの言う“敵”は中枢(ここ)に野放しということになるが?」

ガルアーノの挑発を受け、ノーアは考えを変えた。

ガルアーノが、彼らがこの施設をどこまで重要視しているのか知れば何か攻略の糸口になるかもしれない。

しかし、悪魔が「映画鑑賞」の姿勢を崩すことはなく。ピエロのごとく、(あざけ)るようにお(おど)けてみせた。

「それは大変だな!ならば城から応援を呼ばねばなるまいよ。誰が良い?近衛兵(ロイヤルガード)か?それとも思い切ってロマリア四将軍(ザルバド)にでも頭を下げてみるか?」

その気など一切ない声色で。楽しげに。

 

「それをすれば城はレジスタンスの格好の餌食だな。」

ノーアは身内の年寄り連中との遣り取りで化かし合い、揚げ足の取り合いにも慣れているつもりでいた。

しかし、「市長」「マフィアの首領(ドン)」「将軍」「研究主任」など幾つもの重責を兼任してきたこの悪魔にとって彼の「知略」はルールを知らない赤ん坊とポーカーをプレイするような感覚でしかなかった。

次の悪魔の一言で、彼もそれを痛感することになる。

 

悪魔は先手を打っていた。

「あぁ、まだキサマには言ってなかったが、奴らは数時間前に壊滅したぞ。」

顔に出さず、声に出さず、ノーアは静かにそれを受け入れた。

彼を責めるつもりはない。そもそも彼は自分に訴えていたのだ。「一般人を巻き込んで誰も死なさない保証はできない」と。何度も。

それでもノーアは彼に託した。

彼の『悪夢』を討ち祓う切っ掛けになればと。

「まぁ、ロマリアを拠点にしている連中だけの話だがな。」

それでも数十人の命を犠牲にした。

自分が、安易に理想を追い求めてしまったばかりに。

ノーアはリーダーとしての自分の軽率な一手を罵るしかなかった。

 

さらに追い打ちをかけるように、鍋から取り出したばかりのローストビーフを切り分けるように、悪魔は彼らの道を丁寧に削り落とす。

「それにな、そもそもお前たちはワシに王手をかけている場合ではないんだよ。」

「…どういう意味だ?」

そう聞かざるを得ない。彼はまだ、敵の実力を見誤っていたのだと、認めざるを得なかった。

 

 

 

――――シュウ率いる一行は意味ありげな分かれ道の前で立ち止まっていた

 

 

「なんだよこの臭いは、ここは便所か何かかよ!」

「うぅっ、確かにこれは堪えるわね…。」

道が四方向に分かれていた。下りが二本、上りが二本、その全てから嗅覚を殺しにかかるような異臭が漏れ出していた。

アンモニア系の刺激臭、死臭、硫黄、排泄物、赤錆……、インディゴスの下水よりも酷い臭いが研究施設の作業エリアまで溢れ返っていた。

「早く行こうよ、ボク、頭がオカシクなっちゃうよ!」

それこそがこの「臭い(わな)」の正体なのだろう。臭いで混乱させ、判断力を鈍らせる。

そして、

「待ち伏せされてるわ。」

その先全てから『声』がするのだとリーザは言う。おそらくはそれがこの臭いの大元(おおもと)だろう。

「…仕方ない、分かれよう。」

 

俺が記憶している施設の情報にこんな分かれ道はなかった。

イーガはクローンを操る装置を破壊したと言うが、予備の存在や、そもそもそれを必要としない個体を造っている可能性だってある。

今後のことも考慮するならやはり、ここで分かれるべきじゃない。

だがポコの言う通り、あまり長居すればそれこそ五感や精神に深刻なダメージを負ってしまうだろう。人数分のガスマスクもない。

手早く…、進まなければならない。

 

「3部屋先、もしくは5分進んで判断できなければ引き返してくれ。道が複数あった場合、一旦このエリアから離脱してこの臭いへの対策を考える。」

シュウはここまで乗り込んできた4組に分け――未だ戻らないゴーゲンの代わりとしてリーザにはエルクを付け、ポコにはちょこを付けた――、くれぐれも深入りだけはしないように注意して先へと進んだ。

 

そうして彼らはある程度、予想もしくは覚悟していたものと対峙する。

「…要するに、ここは“ゴミ捨て場”ってことだろ?」

なぜ4箇所に分けられたのかまでは分からない。何か、その方が彼らにとって都合の良いことがあるのかもしれない。

なんにしても、そこには()()()()()()()()()()の姿があった。

「……待ってて。今、楽にしてあげる。」

良品でない彼らに声を発する脳は与えられなかった。しかし、リーザには『声』が聞こえた。鈍い、声が…。

(しいた)げられる者の痛みを知る戦士が、彼らを見て嘆いた。

「憐れだ。戦士としても、人としても…。」

「止めな、そもそも感傷に浸っていい相手じゃないんだよ。」

 

いかに最先端の技術をもってしても、100%を維持して良品を造り続けることなどできない。

ソレは、そういう数パーセントの運命(ほし)の下に生まれた犠牲者(できそこない)たちだった。

「悪魔」でもない。「人」でもない。「化け物」ですらない。

肉は(ただ)れ、まともな容姿でいるものは一つたりともいない。

一歩進めば体から溶液が(したた)り、関節の砕ける音が響く。

 

彼らは、流れる血に促されるまま「命」を維持するためだけに動く「ゴミ」でしかなかった。

 

「…大丈夫、ちょこがみんなを殺してあげるの。」

「ちょこ、どうしたの?!構わないで先に進もうよ!」

どんな戦場でも天真爛漫に駆け回っていた幼女が思いもよらないことを言い出したことに驚き、童顔の楽士は必死に()()()()()()へと促した。

しかし、幼女は友人の願いを拒んだ。幼女の中の何かが、「無邪気(ウソ)」を禁じた。

「みんな、痛がってるの。みんな、もう嫌だって。」

赤毛の幼女は顔をしかめ、彼らの苦悶する様子を見て何かを思い出そうとしていた。

()()()()()()()()()()()()()()()と……。

「オ嬢ちャん、アメ、いルカ?」

ヂークベックが涙目のちょこにお菓子を差し出しても、ちょこはそれに見向きもしなかった。

「ちょこは良い子だから。殺さなきゃダメなの。」

お気に入りの赤い靴で、前へ進まなければならない。彼女たちの待つ、あの場所まで……。




※「ゴーゲン」の名に泥を塗る
私のアークの世界の中では「ゴーゲン」は遥か昔の魔術師たちの中で最高位の者にだけ与えられた称号のようなものです。
今、「ゴーゲン」を自称している彼の本名は「ウルトゥス」という名の青年でした。
彼は「ノル(ゴーゲンの肉体の持ち主の本名)」の才能に対する妬みで化け物に変えられてしまいます。
そんな彼の事情に気付いた「ノル」が自分と彼の精神を入れ替え、再び人間として生きるチャンスを与えるのでした。
そんな彼の恩情に敬愛を芽生えさせた「ウルトゥス」は「ノル」が果たすはずだった使命を自分が担うと決心したのでした。

……と、ざっとこんな設定になっていますf(^_^;)
もう少し詳しく書いたものが『魂の帰郷 その十二』の後書きに書いてますので気になる方はそちらをご覧くださいm(__)m

※統合作戦
一つの組織、国の保有する軍隊が他の組織、国もしくは軍種の違う部隊と連携して作戦を取り行うこと。
(完全に某統合戦略にハマってますね(笑))

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