聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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媒介動物(ネズミ) その五

――――キメラ研究所、機関中枢部

 

「キサマ、どうしてここに!?グッ―――、」

友の残した『目印』を頼りに、傷だらけの僧兵が一人、仲間たちの(しるべ)となるために前進し続けていた。

「クッ、警報を―――、」

施設内は、破壊された蒸気機関車(ゲバージ)の騒動を収拾するために多くの兵が招集され、警備が手薄になっていた。

そんな残された雑兵ごときが、一国の頂点を謳う戦闘集団の長を止められるはずもない。

彼の技は全身を武器にする。

突き出される拳は破城槌のごとく。変幻自在の(しゅう)は三節棍のごとく。体を捻る動作ですら暴風を誘う天災となる。

いかに人類最強の武器と謳われる銃火器が高速かつ高温の鉛玉で彼に襲い掛かろうとも、彼の『力』は科学を凌駕する。

弾丸は彼の体表を撫でるように軌道が()れ、鋼板(こうはん)を打つように弾かれた。

 

しかし、科学の力も無力ではない。幾つかの弾は彼の技を押し返しては鋼の体を裂き、または穿(うが)った。

ところが、

「……コイツ…、不死身か?」

銃弾が胸に刺さろうとも、腱を切ろうとも彼は膝を折ることなく迫りくる。全身を包む謎の光が、彼の拳を一筋たりとも鈍らせない。

 

――――()は聖人が如く、一切の敵は(ひざまず)かん

 

彼は師の教えを呪詛のごとく繰り返し唱え、届かない頂点に手を伸ばし続ける。

「まだ、まだまだだ……、」

戦い終えた体を見下ろし、眉間に(しわ)を寄せた。

 

そうして導かれた部屋に辿りつくと、僧兵は眉間に数本の皺を増やし唸り声を上げた。

「…これが……、」

僧兵は機器に(うと)く、一つ一つがどういう機能を持っているか知る(よし)もない。

だがソレだけは、酷く不快なソレだけは、完全なる「悪」だと断じることができた。

彼の目に映るソレは、巨大なガラス管と、その中で音もなく(またた)き続ける青白いプラズマ。

ソレに近付けば、「光」でもなく「音」でもない何かで絶えず脳に触れるような感覚を与えた。

 

「悪徒どもめ……、」

結局はそれが何なのか理解できない。しかしソレは、今も彼を苦しめる『悪夢』の臭いを漂わせていた。

込み上げる復讐心とともに、拳からプラズマよりも濃く青白い謎の光が溢れ出る。

彼の生み出した光の玉からは毛糸のような柔らかな糸が無数に伸びていた。一部は僧兵と一体となるように溶け込み、残りは大気中の何かを絡め取るようにユラユラと漂っている。

陽光が海底(みなぞこ)に描く網目模様のように、揺蕩(たゆた)うそれらが僧兵の拳に恒星の如き原初の輝きを与えていた。

それは光を放ちながらも目を潰すことはない。ただ、命の(たくま)しさを黙して語るだけ。

 

「キサマらの思い通りにはさせん!」

僧兵は、彼らが『(ラマダ)』と呼ぶその輝きを床に突き立てた。しかし、そこに彼の望む変化は現れない。

機器は彼を静観し、見下し、何事もなかったかのように「職務」に従事し続けている。

小癪(こしゃく)な。ならば…、」

僧兵はさらに『(ラマダ)』を練り上げ、それらの核を成す拳を突き立てた。何度も、何度も…、機器の頑強な『静寂』を打ち破るまで、僧兵は恩師から授かった「強さ」を拳に乗せ続けた。

 

そうだ、『大氣(ラマダ)』を極めた師父が悪に屈することなど、()()()()()()()()

 

僧兵の怒涛(どとう)が機器の『防波堤』に砕かれる傍らで、『(ラマダ)』はそれ以外のものをことごとく破壊した。

そんな荒々しい犯行が見逃されるはずもなく、数人の兵士が部屋に雪崩込んでくる。

「何事だ!…イ、イーガ!?キサマ、どうやって抜け出した!おい、応援を呼べ!イーガが脱走した!」

「…私が、やり遂げなければ……!」

イーガは斉射される銃撃に構わず拳を突き立てた続けた。

彼を中心にドーム状に波及する『氣』はいくらかの射線を押し返し、軌道を逸したが、それでも凶弾は彼の鍛え上げた肉体に穴をあけ続けた。

「……ッ」

それでも僧兵が膝を突くことはない。

今は亡き恩師に立てた誓いが、彼の『(ラマダ)』を燃やし続ける限り。『(ラマダ)』は機器と兵士たちを打ち続ける。

一人、また一人と、拳よりも優れた武器を持つ兵士たちが彼の『輝き』の前に倒れていく。

 

そうして、やって来た兵士全てを昏睡させた頃、遂に『壁』は崩れ、機器はけたたましい断末魔とともにその罪深い機能を停止させた。

「……クッ、」

『氣』は決して命を削ることを前提とした技ではない。しかし、心を乱せばそれだけ大気との同調は乱れ、心身への負担は大きくなる。

イーガはそれをよく心得ていた。

しかし、師の教えに反する「復讐」に身を投じた彼の拳がその「頂き」に手を掛けることはもうない。もう、二度と。

だが、彼は望んでその道を選んだのだ。

彼と彼の弟弟子たちを(もてあそ)び、師の生涯をかけた戒律(ラマダ)(けが)した「悪」に言葉で語る憎しみは見つけられなかったから。

「滅する」以外にそれを満たす方法が見出せなかったがゆえに。

彼は、それが己の「未熟さ」だと知っていた。

いまや己の(ラマダ)が、友が解放して回る『精霊』の助力を得た「紛い物」に成り下がり、ありもしない「恩師の無念」を晴らすことに執着していることも。

 

そう、たとえ彼の『氣』が師の仇敵を討ったとしても、それは師の「強さ」を証明したことにはならない。

それどころか、師はその姿を見て憂うだろう。

家族のように愛した弟子が「教え」を破り、「邪道」を進んでいることを。

 

それら全てを心得、自らが掲げた大義を一つ成し遂げた僧兵は、覚束(おぼつか)ないその足で次に目指すべき場所へと向かう。

今の彼を支える友の下へと。

 

 

――――キメラ研究所、中枢モニター室

 

「報告、イーガが脱走し、クローンの制御システムを破壊しました!」

駆け込んできた兵士の言葉に、彼らの主は思わず声を上げて笑った。

「おいおい、露骨な真似をするじゃないか!()()()()()などまるでお構いなしと言いたげだな!」

「……」

傍らの賞金稼ぎは無関心を決め込み、彼らの動向を静かに見守っていた。

「…フン、キサマもいい度胸をしているよ。」

「言っただろう。俺のことは好きに解釈すればいいと。」

「そうだな。ここでキサマに銃を突き付けるのも悪くはないが、もう少しキサマらに追い込まれてみたくなったわ。」

「つまり?」

「もうしばらく二人で高みの見物といこうじゃないか。」

「…いいだろう。」

仮初めの用心棒は数分前よりも明らかに豪胆になっていた。別人と言い換えてもいい。

混沌とした現状の中、悪魔の厭らしい挑発にも動じなくなり、その目に映るたった一つの真実に忠実に生きる術を知ったような、冷え切った顔をしていた。

しかし、真実を映すその目の裏で、沸々と煮える光をひた隠しにしていることに悪魔は気付いていた。

冷酷な「真実」を覆すほどの(まばゆ)い光を、そこに見た。

彼の中の身震いするほどに純情な怒りを感じ、悪魔はこの上なく満足していた。こんなにも早く、期待が成就していく素晴らしき未来に胸を高鳴らせた。

 

 

――――キメラ研究所、南エリア

 

この国の統治者ロマリア王の目すら逃れ続け、悪魔が密かに温めてきた施設(ねぐら)は今、混乱を極めていた。

 

アーク一味、さらにはその悪名を脅かす勢いの賞金稼ぎたちを模したモノが、奇声を上げ、支離滅裂な行動を繰り返していた。

「今まで話の通じない奴は何度も相手してきたけど、話しのできない人間ってのは初めてだわ。」

目の前を横切っていくのに襲ってこないもの。他のものに関心を向けていたはずなのに唐突に襲ってくるもの。

体力温存のため、シャンテたちはそれらを無視しようと努めるが、唐突に矛先を変えたそれらの暴力は苛烈で、彼らの体力、気力を確実に削いでいた。

「だが、そのお陰か。()()()()()()は出てこないようだな。」

「アタシはそっちの方が楽だって言ってんだよ。」

「…そうかもしれんな。」

苛立たしげな彼女の言う通り、施設を駆け回る不気味なそれらの実力はこれまでの化け物と比べれば()()()()()()のかもしれない。

しかし、「予測不能」や「奇天烈」な動きに翻弄され、彼らは実力を活かせずにいた。

 

一方で、心乱される二人を余所(よそ)に、愛らしい幼女が狂った人形たちの手を取り、小気味いい挨拶を交わしていた。

「あなたたち、ちょことお友だちにならない?」

不思議とソレらは少女を襲わなかった。まるで、彼女こそが「真の主」であると言わんばかりに。

「……」

シャンテだけが幼女の正体を知っていた。その無邪気な笑顔からかけ離れた存在であることを。

…でも、それって関係あるの?

分からなかった。

ラルゴ曰く、あの「羽付き」はかつての化け物たちが王と(あが)めていた男の娘。

だけどコイツらはエルクやアークを元にした木偶人形。ガルアーノの配下だって何の関心も示さないのに、なんでコイツらはそれを通り越してちょこに懐いてるんだ?

ちょこが警告すればそれに素直に従う場面も少なくなかった。

「……」

グルガがそれをどういう目で見ているかは分からないけれど、少なくとも好意的には思ってないように見えた。

ちょこがそういう力を発揮する度に彼はほんの少し、筋肉を(きし)ませた。

 

「……大丈夫かい?」

アタシはちょっとしたカマカケで彼の本心を探ってみた。

「問題ない。この魔窟を討ち崩すまでは、たとえこの目が潰れようと奴らを葬り続けると誓おう。」

「…そうかい。頼りにしてるよ。」

グルガはまだ、世の中の歪んだ現実を直視するだけの勇気を持てていないように見えた。

彼にはエレナがいるから余計に、それに対する歯止めが利いているのかもしれない。

それは私やちょこにとって都合が良いのだろうか。それとも、覚悟のないまま真実を突き付けられた彼は、堪えられずに私たちを裏切るだろうか。

これは目を逸らしていい問題じゃないけれど、それよりも今は彼の体力が気掛かりだった。

アルたちを相手にした時からこれまでの連戦で彼はかなり消耗しているはずだ。

アタシの『力』は傷や火傷を治せても体力まではどうにもならない。

もしかしたら、なんとかなるのかもしれないけれど、未だに使い熟せてないこの『力』のできることなんて私には分かりっこない。

だからこの先も彼の言う通り、がむしゃらに、どうにかするしかないんだ。

 

「……!?ちょこ、こっちに来な!」

束の間、それはアタシらの覚悟を見せてみろと言わんばかりに現れた。

「ん?なぁに?」

クローンと戯れるちょこを呼び戻し、アタシらは身構えた。

あのろくでなしも、自慢のオモチャが壊れて珍しく気が立っているのかもしれない。

このメンツですら一筋縄ではいかなそうな気配が、この先にいた。

「いざという時は私一人で食い止める。二人は一度撤退し、体勢を整えるんだ。」

道すがら敵から奪ったハルバードを構えた彼が、今まで以上の闘気をジワリ、ジワリと全身に行き渡らせ始めた。

「ハッ、なんだいそりゃ。今時、そんなキザったらしいセリフで女が落ちるとでも思ってんのかい?覚えときな。都会でそれを言おうもんなら唾を吐きかけられた上で再起不能になるような罵倒を浴びせられるのがオチなんだよ。」

「……」

チンピラならチビっちまうようなドギツイ視線だけどその実、彼はただただ返答に困っているだけなんだとアタシは知っていた。

「素直になりなよ。アンタだって一人は嫌なんだろ?」

「なんだろ?」

新しいマガジンを入れながらアタシが皮肉めいた笑顔を向けると、アタシの美脚にしがみ付くちょこが真似て笑ってみせた。

「……」

 

それはさておき、今回ばっかりはヤバいかもしれない。

例えるなら、グルガが5、6人をまとめて相手にするようなもんだ。

それもご丁寧に、回避して進むのを阻止するように色んな方向から来てやがる。

ちょこが「規格外」だとしても、場合によっては返り討ちにあうかもしれない。

「…いいかい、ちょこ。これは特別な隠れんぼだ。アタシたちは隠れる側だけど、鬼に見つかっても倒してしまえば見つかったことにはならない。」

「?え~と…、」

「鬼を見つけたら倒せばいいんだよ。」

「わかったの!ちょこ、絶対優勝してハチミツ一年分もらうんだから!」

アタシはこの子のことを少し、理解し始めていた。

単純に「悪人を倒す」ように言い聞かせるよりも、「遊び」を強調してやった方がこの子は実力を発揮しやすいらしい。

 

「フフ、いいじゃないか。それ、アタシにも少し分けてくれるかい?」

「いいよ。シャンテと()()()()は特別なの!」

「……」

彼の風貌のせいなのだろうか。彼自身は何をもってそう呼ばれたのか見当もつかないような顔をしている。しかし、明らかに自分のことを言われているのだと察した大男は振り向き、静かに訴えた。

その視線の意味が理解できないちょこはただただあどけなく首を傾げてその意思表示をすることしかできないでいた。

「よしなよ。この子に悪意はないし、そもそも言葉の意味だってわかっちゃいないんだから。好きに言わせておけばいいのさ。」

「…しかし…、いや、わかった。」

「幼さ」というのは、ことさら女性社会では何よりも優遇されるものなのだと。グルガはシャンテの非難の眼差しをもって深く理解した。

 

頓珍漢な遣り取りを交わしながらも、歌姫の感じ取った「猛者たちの息遣い」は一歩、また一歩と近付いてくる。

近付くほどに、敗色の濃厚さを感じさせる。

……ところが、歌姫はその息遣いに誰よりも――その息遣いたちよりも――早く、奇妙な点を感じ取った。

「…もしかしたら、いけるかもしれない。」

「なに?」

彼女の、敵の気配にも尻込みしない不敵な笑みから、デマカセやハッタリでないとみた大男はその根拠を尋ねた。

「コイツら、全員がお互いを探り合ってるんだよ。ってことはだよ、何人かはこっち側かもしれないってことさ。」

「…例のテロリストか。」

「そうさ。ここまで広い施設だから出くわさないのも不思議じゃないと思ってたけど、行き着く先は一つなんだ。結局はどこかで鉢合うんだよ。…何人が生き残ってるか分かんないけどね。」

「だとするなら、この気配全員がそうである可能性もあるということか。」

グルガは英雄らしからぬ油断を覚え、幾分か気を緩めた。彼の体がそれ求めていた。

「早とちりだけはしないでおくれよ。あくまで可能性の話なんだ。やっぱり全員が敵って可能性も十分にあるんだから。」

彼女がそう警告する理由ももちろんあった。

気配を探っていると感じたそれらは今では()()()()()()()()()ようにも感じられたからだ。

結局は、気を張り続けてきた彼女たちの疲労が生んだ、希望的観測でしかなかった。

さらに、幾つかに分かれた集団の一つだけがこのギリギリの局面でも何一つ警戒する様子もなく、いいや、むしろ何かに責っ付かれるかのように迫ってくる様子が彼女たちに要らぬ不安を煽った。

そして、奴らはとうとうやって来た。

 

 

――――ようやく、彼らは出会った

 

 

 

「チッ、いい加減にしろよな、ウザってぇ!」

「ホウホウ、相変わらず頭の悪そうな面構えをしとるのう。」

「テメエはトッシュ!?それにゴーゲンまで!?」

「今は、8時ナのカ?」

トッシュ、ゴーゲン、エルク、ヂークベック……。彼ら9人は各々別ルートを選び進んできた。だというのに、まるでそう仕組まれていたかのように、彼らは絶妙なタイミングで集結した。

 

彼らは彼らの正体に気付いていながら、その奇跡が逆に彼らの「邪推」を生み、対峙する「顔見知り」たちを警戒してしまっていた。

その中で、彼女だけは少しの躊躇も見せなかった。

 

「エルクっ!!」

 

 

 

――――数分前、

 

彼らが顔を合わせるよりも前に、彼女は彼の『声』に気付いていた。

聞こえた時は、思わず胸の高鳴りに(むせ)返ってしまった。それほどに、彼女にとってそれは感動的な瞬間だった。

 

彼の傍を離れた時、二度と会えなくなることも覚悟した。

それでも彼の重荷になることを嫌って、彼を想いながら旅立った。

 

……けれど、今、そこに「彼」がいる?!

 

息を整えた後も聞こえてくる事実が信じられず期待と不安で困惑し、それでも自然と駆け足になる自分を抑えられなかった。

「夢」から目を覚まして逞しくなったであろう彼を抱きしめるために。リンゴを拒絶した自分の正しさを褒めてもらうために。

ううん、それだけじゃ足りない!

ここが何処で、どういう状況なのかなんてもう、どうだっていい!!

今、私が感じてる全てを彼に伝えたいっ!

彼の顔が、見たいっ!

 

彼女は、自身の挫折を支えてくれた恩人さえも置き去りにし、そこにある温かい未来だけを渇望して駆け出した。

 

――――そして、今、

 

少女は一歩たりとも足を止めずに彼の懐へと飛び込んだ。人一倍警戒心の強いはずの彼もまた、彼女の『声』に触れて思わず警戒を解き、彼女を受け入れた。

「リ、リーザ!?なんでこんなところに?!」

少女は応えず、本物の彼の『炎』をジックリ感じると、彼の瞳を見つめ、必死に「彼」を確かめた。

「火傷、残っちゃったんだ。それに、耳もケガしてる。……大変、だったよね?」

「……本当に、リーザなのかよ?」

突然の再会と、記憶よりも何倍も(やつ)れた彼女の姿が彼を戸惑わせた。

リーザはもっと目尻が下がってた気がする。もっと背が低くて、腰回りが太くて、髪の色にも艶があった気がする。

……だけどこの匂いは…、リーザ…、本物のリーザのじゃねえか!

「そうだよ、私…、アナタの所に帰ってこれたの。」

彼女は濡れた頬を摺り寄せ、彼を『愛した』。

「……マジかよ、リーザ…。お前こそこんなになっちまって……、」

 

今、二人の間には、誰一人としていない。

かつての恋人も親友も。腰の曲がった祖父も、血を呪う邪教徒たちも。

二人の『愛』を邪魔する者は何も――――、

 

もしもあと少し力が強かったなら、二人の腰は折れていたかもしれない。

それも構わず抱きしめ合った。

もう二度とこんな瞬間が来ないことを本能的に感じ取ったかのように。

その『愛』を祝福する者など誰もいないと知っているかのように。

 

「火傷、治らないの?」

そこに、僅かな嫉妬があることを彼女は自覚していた。彼がわざと残していることも。

「ククルには時間をかければ治るかもって言われたんだけどな。」

「…私が治すわ。」

それでも彼女は彼の顔に手を伸ばした。

「いや、いいよ。これはこのままにしておきたいんだ。」

彼女は『愛』を止められなかった。生まれて初めて見つけた『炎』が、別の誰かを温めるためにあることなんて、考えられなかった。

 

だって、彼は――――、

 

「お願い、私に治させて。」

「……あぁ、分かったよ。」

彼は許した。リーザなら、皆も許してくれるかもしれない。そう思った。

 

 

「……パンディットは?」

ひとしきりお互いを確認し合うと、エルクは彼女の弟がそこにいないことに気付いた。

「私たちを中に入れるために囮になってくれたの。壁の外で私の帰りを待ってる。」

「…そっか。」

「会いたい?」

悪戯な微笑みでもなんでも、彼女の表情の全てが過酷な戦いに狂っていく彼の心をひたすらに潤した。

「…そうだな。会いてえな。」

 

私は……、

「……エルク、」

彼の胸の奥まで届くように呼びかけた。

「なんだよ、」

山彦のように、彼は応えた。

 

……良かった。頑張って、良かった。

 

私は彼に、そう伝えた。




※変幻自在の(しゅう)は三節棍のごとく
「蹴」は「足」のことです。「三節棍」はヌンチャクに棒がもう一本追加されたような武器です。
原作のイーガが装備した「棒」のグラフィックがこの三節棍なのでなんとなく使ってみました。

※体を捻る動作ですら暴風を誘う天災となる
これはイーガの特殊能力「流星爆」をイメージしています。

※「今は、8時ナのカ?」
日本国民なら全員が集合する時間です。

※ホンマのあとがき
とうとうキャラクターが集結してしまいました。
物語的には抑揚が付けやすく、活気づきますが、書き手的には誰に焦点を当てるか悩ましくなってしまう瞬間です。
なので今後、地の文の視点がコロコロと変わってより読みにくくなるかもしれません。
また、一人ひとりを拾い過ぎて「テンポが悪くなる予報」も出ています。

なるべく…、なるべくそうならないように頑張ります!
m(_ _)m

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