聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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媒介動物(ネズミ) その四

――――キメラ研究所本部、南エリア

 

「…ね、姉さん……、」

「……」

ブリーチでガチガチに固めた緑色の髪に、流行のスタイリッシュな戦闘服を着込んだいかにもな若者思考の出で立ちをした傭兵が、息も絶え絶えといった声色で言った。

「助け、て……。」

「……」

救いを求め差し伸べられる手を女は眉一つ動かさず、静かにその若者の言動を見守っていた。

そこへ現れた若者と同世代の少年が、弟想いの彼女に発破をかける。

「どうしたよ、せっかく助けてやったのに感動の再開もなしかよ?張り合いがねぇな。」

「…助けた?」

「そうよ。私たち、もう少しでバラバラに解体されるところだった彼を間一髪で救ったんだから。」

少年に寄り添うように立つ金髪の少女が、幾分か棒読みで応えた。

「誰を、助けたって?」

その言葉にはすでに唇が震えるほどの怒りがこめられていた。

「俺だよ…、姉さん、俺が分からないのかよ?」

「……」

誰も、演じる気がなかった。本来、その体にあるべき人格は全て取り除かれ、より彼女の心に()()()()()()()よう(あつら)えられていた。

 

「薄情な姉貴だな。テメエのためにこうして遥々甦ってやったってのに俺には挨拶もなしかよ?」

…それは、記憶の中の少年とは似ても似つかない姿だった。

「それとも何か?もともと俺のことなんてどうでも良かったってのか?なるほど、だから俺が組織に追い込まれても放っておいたって訳か。」

あの子は、そんな目で誰かを睨み付けられるほど強くない……。

「そうか、そうか。スッキリしたぜ。これで心置きなく成仏できるってもんだぜ。」

あの子は、死んだ。バカだから。クズどもに(そそのか)されて、良いように使われて…。だからアレは……、

「俺を見殺しにしたクソみたいな姉貴を道連れにしてな!」

あの子じゃない!!

 

緑髪の若者は二本の短剣(ダガー)を抜き、どこで覚えたのかも分からない、殺し慣れた構えで彼女に唾を吐いた。

見え透いた挑発だった。挑発する気があるかどうかも怪しい芝居だった。しかし……、

 

――――彼女には、それで十分だった

 

「……アハ、アハハ…、アッハッハッハ!!」

彼女は、引き付けのように肩を揺らし、頭を抱えて笑った。

「姉さん、俺も同じ気持ちさ。オモシロいよな。あんなクソみたいな生活の中でもに肩を寄せ合って生き延びてきた俺たちが、こうして殺し合う日がくるなんて、夢にも思わなかったよ―――っ!?」

彼のその小汚い口を黙らせたのは彼の姉でもなく、彼を助けた二人でもなかった。

 

それは浅黒く、ザンバラな長髪の大男。その卑しい体を隠していた文明的な服を脱ぎ捨て、腰巻き一つとなった蛮族だった。

「シャンテ、君が何を考え、彼の言葉に耳を傾けているのか俺には分からない。だが、もういいだろう。」

露わになった蛮族の四肢は昂ぶった表情に(なら)うように膨れ上がり、鎧を打ち抜き、砲弾を砕く凶器へと変わる。

「もはや見るに堪えない。」

かつて祖国を導くために家族や同胞を犠牲にした蛮族の心が、溶銑(ようせん)のように煮えくり返っていた。

「分かってた、分かってたさ。奴らが何を考えてるかくらい。…そうだよ、アタシにはもう、弟なんて…、いな……、」

どうしようもない心が彼女の虚勢から滲み出し、達者な口を淀ませた。

 

「ただいまなのー♪うわわ、知らない人が一杯!みんな何して遊んでるの?」

好奇心に釣られフラリと姿を消した幼女は、言い争う彼らの姿を見つけるとその純朴な好奇心の矛先を迷うことなく渦中へと投げ入れた。

――――「楽しそうだ」と思った。

 

「おい、デカブツ。テメエには情緒ってもんがねえのか?姉弟(おれたち)の心温まる感動のシーンを邪魔すんじゃねえよ。」

「それともなにか?戦争で大活躍したブラキアの英雄ってのは他人の幸せを呪うタイプなのかよ?だから戦争が大好きですってか?胸糞悪い。テメエみたいな病原菌がいるから世の中はいつまでも―――っ!?」

言葉尻を奪うように蛮族の拳がダイナマイトのごとき轟音を立てて鉄の床を凹ませた。

反射的に少年は『炎』を浴びせるが、蛮族の厚い皮膚とそれ以外の『何か』が彼を数百度のそれから護った。

「チッ、図体のデカい奴は堅くなくちゃいけねえってルールでもあるのかよ!そのくせ足が速いときた。おい、お前の方は!?」

「ダメ、『声』が押し負けちゃう!」

「退いてろ!俺が動きを止める。その間に一気に仕留めるぞ!」

「鬼ごっこなの?ちょこも鬼さんがいいなー。」

 

緑髪の若者の体が『与えられた力』で青白く放電し始めたか否かという瞬間―――、

「ぐぁっ!」

炎の少年の目に砲弾が飛んできたかのように映ったそれが彼の胴を貫いていた。

「…っナメ、んなよッ!」

死なばもろとも。少年は自分の腹から生える黒く太い幹を掴むと全身に『炎』を纏い、若者は『雷』で焼きにかかった。それでも……、

「グウゥゥ!!」

蛮族は歯を食い縛りながらも床を蹴ると、雷の若者ではなく応援を『呼ぶ』少女を、断末魔を上げる暇も与えず少年ごと殴り潰した。

腹を貫かれた少年もまた、その衝撃で床に後頭部を打ち付け、そのまま絶命した。

 

『炎』はゆっくりと蛮族の体から剥がれ、少年の怨霊であるかのように口惜しげに霧散していく。

「……」

少年の腹から腕を引き抜き打ち捨てた蛮族は、蒸気とも硝煙とも知れない(もや)を全身から立ち昇らせながらその巨体を起こすと、ザンバラな髪の間からギラギラと獰猛な原色の輝きを放つ瞳でもって若者を()め付けた。

 

はたして人が、炎に巻かれて焼けないことがあるだろうか?

人が、雷に打たれて体を自在に動かすことができるだろうか?

しかし、この蛮族にはそれができた。そのために戦争の英雄へと(まつ)り上げられたのだ。

「…あ、あぁ……、」

対して、若者は悪魔に改造されてもなお、戦場に立てるだけの覚悟を持ち合わせることすらできなかった。

「敵わない」と(さと)った瞬間から、指一本、動かせずにいた。ただただ足を震わせ、無様に怯えていた。

 

いいや、これこそが「正常な人間」の姿なのかもしれない。

「ね、姉、さん……、」

そこだけは「シャンテ・ドゥ・ウ・オムの弟」として、忠実に再現されているのかもしれない。

 

全身に返り血を浴びた蛮族は、不動の姿势で姉弟の闘いの続きを促した。

「私は手を出さない。君の手で結論を出すんだ。」

それでも蛮族の異様な威圧感は弟の心を縛り付け、発せられる言葉さえも震えさせた。

「お、俺、俺は…、ただ……、」

「……」

まるで他人事のように傍観していた歌姫の手にはいつの間にか鈍色の凶器が握られていた。

それは引き金を引かない限り沈黙を守り続ける。

その、たった一本の金属片が彼女の中の「弟」と「敵」の境界線を表していた。

「姉、さ――――」

 

ドンッ!

 

「見るに堪えない」、蛮族と同じ気持ちだった。

けれどもそれ以上に…、「聞くに堪えなかった」。

聞き違えることのない彼の声は、彼女の頭を止めどなく掻き混ぜる。

「ソレは弟ではない」「それなのに、弟が私に助けを求めてる」「…あの情けない声で、“姉さん”と呼び続ける」「でも、あの子は死んだのよ?」

 

…アルフレッド、あなたは私の……、「敵」、なの?

 

気が付けば彼女はその亡骸を抱き締めていた。

「ごめん」と繰り返し叫び、何度も、何度も、彼の不遇な孤独を侘び続けた。

 

 

「みんな、お星様になっちゃったの?」

人一倍、好奇心に突き動かされて生きているはずの赤毛の幼女が、それにも勝る何かに魅せられて彼らの遣り取りを見守っていた。

戯れることで罪を忘れることを選んできた彼女が、その生き方を裏切りつつあった。

「…あぁ。」

大男は頷き、次に何と答えるか悩んだ。

「前にね、シャンテお姉さんが言ってたの。お星様になるのは良くないことだって。」

「お星様」、残酷な言葉だと彼は思った。

それが真実ならば、彼は毎夜数えきれない死者に見守られながら眠らなければならない。

…それは、そうする力でしか世界を見つめられなかった彼の自業自得なのかもしれない。

しかしその代償として、彼はその力を炎や雷にも耐えられる『輝き』にまで昇華させることができた。

戦場で一際赤く躍動する『太陽(バーサーカー)』へと。

「ブラキアの加護」と銘打つ得体の知れない『力』を彼はそう解釈してきた。

「ねえ、グルガおじさん、それなのに―――、」

幼女は、汗に血の臭いを纏わせる漆黒の大男を無垢な瞳で見つめ、尋ねた。

 

「―――それなのに、どうしてお姉さんもおじさんもみんなをお星様にしちゃったの?」

勇者ごっこやお伽噺には造詣(ぞうけい)が深く、「怪物」を「悪」という名で呼ぶことができた。

けれども、父親と同じ顔の生き物に「殺されるべき悪者」の役を与えるなど、彼女には()()()理解できなかった。

仮に「死ぬこと」が幸せでないなら、彼らをそこへ追いやるべきではない。護るべきなのだと、幼女は幼女なりに隣人の言葉を真摯に受け留めていた。

実際に、緑髪の若者の「死」に青髪の隣人が(むせ)び泣いている。……だが、その「不幸」を招いたのは、他ならぬ涙を流している青髪自身なのだ。

 

それなのに……、どうして……?

 

「……」

グルガは砲弾すら阻む大きな掌をちょこの頭に添え、できるだけ穏やかに答えた。

「君にもいつか同じような選択を迫られる時がやって来るだろう。……今は分からなくてもいい。だが、彼女の悲しみだけは目に焼き付けておいて欲しい。他ならぬ、君のために。」

「狂戦士」の苦悶の表情を映したちょこの瞳に、いつかどこかで見た光景が(よぎ)った。しかしその光景は、仔猫のように愛らしい瞼が閉じた次の瞬間にはキレイに拭い去られていた。

「…よくわからないの……。でも…、わかったの!」

それでも、ちょこはどこまでも「純朴」であり続けた。学び、大きくなろうと努力しているように見えた。

自分のためではない、他の誰かのために……、

 

 

 

――――「お姉さん♪」

 

雨上がりのカタツムリに声を掛けるような声が耳に響いた。

「……」

ソレは、まるで自分の心臓であるかのように腕から離れない。私はソレを懐に抱いたまま、化粧が落ちて(かゆ)くなった顔を持ち上げ、声のする方を見遣った。

 

そこに名前も分からない女の子が立っていた。

 

「行こう♪」

女の子は虹の下の水溜りに映った自分に向かって微笑むように手を差し伸べた。

「……アルは?」

まるでソレが自分の名前のようで、決別する未来なんてないように思えた。

「一緒に遊ぼうよ♪」

…噛み合わない。けれど、それはとても大切なことのように思えた。小さかった頃、私は名前も分からない男の子と一緒に遊んで、笑っていた気がする……。

「……」

汚い路地裏で追いかけ合って、石ころや麻糸で水切りやあやとりをして痩せこけた顔を必死に綻ばせていた。

楽しいことがしたくて、笑っていたくて……、

 

無意識に小さな手を取っていた……、

 

 

 

アル……、

 

ごめんね……、

 

 

 

私は小さな手を握ったまま、その部屋を後にした。

一度も、振り返らずに。

 

 

 

 

 

――――キメラ研究所、中枢、モニタールーム

 

 

「よくもまぁ、これだけ息を合わせて攻め入ってこれたものだ。それもまた勇者の成しえる技とでも言うのか。だが、これはこれで一興じゃないか。」

施設の(ぬし)はことさら満足げに笑っていた。

予定調和でない人形たちの踊り狂う姿に。それに悶える彼らの姿に。

そこへ、彼の不快な笑みに苛立ちを覚えた賞金稼ぎが茶々を入れた。

「押されているじゃないか。」

「…押されている?」

しかし、主の機嫌は少しも揺らがない。まるで誕生会の主役であるかのような興奮が絶え間なく彼を包み込んでいた。

「何を言う、これでいいのよ。これでいいじゃないか!人形は人形らしく物語を歌い、人間はそれに一喜一憂する!これぞ正しい“人形劇”というものだろう?!」

「お前には勝つ気がないのか?」

「ハッ、キサマは何か勘違いをしているな。ワシは“踊らせる側の人間”だ。戦争の勝敗などもとより求めるまでもない。」

「…大した自信だな。」

「おいおい、まだ理解できんのか?ワシは勝利など求めていないと言っているんだ。戦争に関わってはいるが、戦ってはおらん。これまでも、これからも。ワシが尽力する全ては、ワシの人生に添える素晴らしき“余興”よ。」

誕生会の主役は葉巻をことさら美味そうに咥え、子どものように笑い、吹き消されたロウソクの芯から立ち上る煙のようにゆっくりと吐き出した。

 

「あのプラチナブロンドの女は?愛とやらを注いでいたんじゃないのか?」

彼女に関しては運に見放されていた。まさか人形(クローン)が裏切るとは、誰も予想しえなかったことだ。

ところが、かの祝福されし主役は、それすらも神からの贈り物であるかのように笑い続けた。

「理解力というものがないな、小僧。だからこそ、この“余興”に参加させてやったんじゃないか。」

ノーアには男の「愛」の形が理解できなかった。

他の化け物たちと同じ様に戦わせ、死なせることが…、彼女への「愛」?

唯一、理解できるとするなら、「愛する者」と引き合わせたことくらい。

しかし、それで彼女の何かが満たされた様には見えなかった。

「女心はキサマが思うよりも遥かに複雑なものだ。アレはいつ何時でもエルクを生かすことに死力を尽くしてきた。文字通りな。だが、無事に生きる力を手にした奴を知れば知るほどに、それは“憎悪”へと変わっていった。今でこそ戸惑っているようだが、いづれはそれこそが自分の本性なのだと自覚するだろうよ。ワシはチャンスをやっているのさ。悩ましい“恋心”を成就させるチャンスを、何度も、何度もな。」

この男の裏を掻くため、なるべく理解しようと努めてきたが…。理解できない。…いいや、()()()()()()()

 

「アークは?アレが裏切ることも余興の一つだとでも?」

「ハッハッハッ!どうした、えらく興味津々だな。まるで自分のことのようじゃないか。」

ノーアは迂闊な自分の言動に気付かされ、それを叱りつけた。だがそれ以上に、心とは裏腹な姿勢をみせる自分の言動に戸惑っていた。

「…俺をどう思うのかはお前の好きにすればいい。」

「ハッハッハッ、そうだな。今は()()()()()()()()()()()に留めておいてやろう。」

 

……不愉快だ。

奴の笑う顔も、楽しげに語る口調も、言葉も。そして、それを表に出せない「ノーア」も。

 

賞金稼ぎは、世界のためにすべきことの息苦しさに苛立っていた。

そして、それを見てガルアーノはまた笑った。

「アレはただの失敗作だ。」

「失敗」と言いながらも理想的な結果をもたらしたことに、彼は満足していた。こういう使い方もあるのだと学習していた。

「もっと噛み砕いて言えば、アークのクローン製造には手を焼いているのが現状だ。」

「……」

ノーアは「無関心」を胸に打ち続けたが、その無関心(ひょうじょう)が逆にそれを否定していた。

「全てのクローンはオリジナルの肉体の一部があれば生成できる。言い換えるなら、肉体の一部にはオリジナルの全ての情報が詰まっているということだ。」

彼に倣い、ガルアーノもまた無関心を装う。そうして歪んでいく彼の顔を思い浮かべ、ひたすらに胸を高鳴らせていた。

 

「だが、アークは違った。この研究所の総力をもってしてもオリジナルには程遠い粗悪品しか造れない。どんなに試行錯誤を重ねようとな。そういう意味では不純物を混ぜて造ったアレは成功例の一つと言ってもいいかもしれんな。」

……揺らぐ。貼り付けた仮面(ひょうじょう)に不安が滲み出す。

「分かるか?”アーク”という個体はもはや純粋な一個の肉体で完結していないということだ。肉体の外から干渉する”ナニモノ”かと密に…、いいや、その”ナニモノ”かに今まさに捕食されている最中の”食べカス”なのかもしれんな。」

「…奴に、アークにはもはや自我はないということか?」

 

心当たりがない訳ではなかった。

聖櫃の試練を受けた後、彼らの間に何らかの『繋がり』が生まれた。その中心に自分はいた。彼らの「先導者」であるべき『力』に気付いた時、自分が「人間」でなくなるような感覚に襲われた。

それが、”彼ら”に不信感を抱く決定的な瞬間になった。

「どうだろうな。”精霊”がどこまで人間に影響を与えるのか精確なデータはない。おそらく”浸食”自体が奴らの意思に依存しているのだろうな。つまり、アークがアークでいられるかどうかは奴らの気分次第ということだ。」

”彼ら”に気に入られれば気に入られるほどに俺は強くなる。だが一方で、”彼ら”の…、()()()()に応えれば応えるほどに、「俺」はそこから消えてなくなっていく。

 

「救世主が”俺”である必要ない」おそらく”彼ら”はそう考えているんだろう。

いいや。もしかすると、俺が促されなければ闘えない「子ども」だからそうしているだけなのかもしれない。そう思い直すこともあった。

…だけど……、いいや!だからこそ俺は誰かのために闘うのを止めたんだ!

俺は「俺」のために闘わなきゃならないんだ!

 

…彼女を想って、彼女を抱きしめるのが「俺」でありたいから……、

 

 

「どうだ、少しは興味が湧いたんじゃないか?」

「…なに?」

悪魔はチェスの対戦相手を求めるような気軽さで言った。

「他人の生き様を一つ眺めるだけで人生を一つ得した気分にはならないかと聞いたのさ。そこから学ぶことは山ほどある。他人の不幸を笑い、自分を正せたならそれは”得”だろう?」

「……」

「世界中の本を読破したとしても、偶然や運命が見せる”本物の命”は語れん。それは、他人からでしか学べん。」

膨大な資源を投資してまで「壊すための人形」を造る。その本当の理由が、それか?

理解できなかった。腑に落ちがなかった。

コイツは「四将軍」の一人だ。世の中を混沌に陥れ、人をゴミのように殺すだけの「悪」でなければならないんじゃないのか?

それが……、

「だからこそ、ワシはあの娘を心底愛した。他の誰にも語ることのできん”愛”を魅せられるあの女を。だからこそ手塩をかけ、繰り返し、死地へと送り出すのさ。これからも、永遠にな。」

……もしかするとコイツの方が、”彼ら”よりもよほど「命」に真摯に向き合っているんじゃないのか?

俺はそう思ってしまった。

 

 

 

ふと、ノーアは朗々と語る悪魔に僅かな落ち着きのなさを見つけた。

悪魔は一つのモニターを気に掛けていた。

初め、アーク一味の黒幕とも思える「老いた魔導師」を警戒しているのだと思った。

アレは俺たちにも明かさない、多くのことを知っている。俺たちにも明かさない「何か」を企んでいる。

それが悪魔の「余興」を脅かすものなのかもしれない。そう思った。

だけど、それは間違いだった。

コイツは、あの「金髪の少女」を見ていた。ほんの一瞬でも俺の心を乗っ取ったあの少女を。

 

…気のせいかもしれない。だがノーアの目には悪魔が、心なしか怯えているように見えた。

あの少女の『力』は何なんだ?「四将軍」さえも怖れさせるものなのか?

あの、規格外の老魔導師を差し置いて……、

…いいや、アレが傍にいることこそ、それを裏付けているんじゃないか?

……分からない。

誰も彼もが「秘密」を持っていて、それを繋ぎ合わせることがこんなにも難しい。

だけど、ここで考えることを止めてしまえば、俺は直ぐにでも”彼ら”に喰われてしまう。

ダメなんだ。ここで、足を止める訳にはいかないんだ!

 

 

「それで、俺の獲物はどれだ。」

「クックック、そう焦るな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今はそこでじっくりと獲物の品定めでもしていろ。」

「……」

気が付けば俺はまた、頭で考えていることとは別のことを心配していた。

悪魔の人形が、仲間たちを狂わせていく姿に堪えられずにいた。……クソッ!いったい俺は何をすればいいんだ!

俺は、何がしたいんだ!

 

青年もまた、狂い始めていた。

悪魔はその様子を横目で見遣り、落胆していた。

 

所詮はコイツもただの人間か……。

 

だが、悪魔はそこに一縷(いちる)の望みも抱いていた。

もしも青年が、この人形劇、戦争の難解さを乗り越えたなら、その時の彼はどんな人間になっているだろうか。

スメリアの死神を殺せるだろうか?

ミルマーナの巨獣の首を落とせるだろうか?

……「王」を玉座から引きずり下ろすことができるのだろうか?

 

しかと見届けろ。エルクを、シャンテを。キサマのところの猿やジジイもあと数回、人形の首を刎ねればキサマのための新たな教材になる。

しかと、見届けろ!

ワシに、その可能性を見せつけてみろ!

 

誰に気付かれることもなく、悪魔もまた、闘っていた。何者かと。




※溶銑(ようせん)
溶けた鉄(銑鉄)のこと。

※「狂戦士」の苦悶の表情~
ここでの「狂戦士」は「ラルゴ」(娘、ちょこを魔族に殺されて怒り狂い、魔族を片端から殺した挙句、アクラを実の娘と偽った男)を指しています。
かなり伝わり辛いと思ったので一応、注釈入れてみました。

※ホンマの後書き
……う~ん、人数が増えると頭が混乱しますねえf(^_^;)
話もゴチャゴチャしてて読みにくいかもしれませんm(__)m

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