聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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媒介動物(ネズミ) その二

どうやら俺は、自分の手で首をへし折った女を見下ろし、茫然自失としていたらしい。トッシュから声をかけられるまでのことを何も憶えていなかった。

「大丈夫かよ?」

「…ああ、」

応えながら改めてソレを見下ろす。

濃厚な金髪(バターブロンド)。山育ちを納得させる健康的な肢体。少し荒れた肌と顔のそばかす……。

どこからどう見てもそれは「リーザ」でしかない。

けれどもその開いた瞳孔はもう、二度とあの子を映さない。だらしなく開いた唇は二度とあの子の名を口にしない。

そう思うほどに、あの子の支えを一つ奪った罪悪感を覚える。

「切り替えろよ。ソイツは所詮、偽物なんだからよ。」

彼は苛立っていた。それは、俺に?ガルアーノに?それとも、自分自身に?

「…いいや、すまない。先を急ごう。」

どうでもイイことだ。彼の言う通り、俺が気にし過ぎているだけのことだ。

 

(さと)そうとするトッシュを振り切り、俺は道の先を見詰めた。

怪しさを隠そうともしない薄暗い通路。そこには誰もいない。敵の姿も、あの子の姿も。

ただ、眼帯の将官が腕を組んで立っている。何者かを待つように微動だにせず、あの葉巻を咥え、こちらを見ている。

静かに。冷ややかに。そして、不気味に。

 

 

 

 

――――キメラ研究所本部、()()()()()

 

それは、デジャヴというにはあまりにも真新しさに欠けていた。

「おぉ、猿よ。息災か。」

「…チッ、またかよ。」

あの子の心の支えである魔女と、彼女を、俺たちを(そそのか)す老齢のペテン師が嘲笑うかのように悪びれもなく再度、俺たちの前に現れた。

どうやらガルアーノは俺の弱みを見つけ、楽しんでいるらしい。

「……」

不思議なことに、さっきほど彼女たちに何かを感じることはなかった。それに……、

「……」

リーザは俺を見つめ、(いぶか)しんでいる。警戒心を(あら)わにしている。…何に?俺にか?どうして?

(だま)す側がそんな行動を取って何の得がある?

…だが、それはそれで不都合はない。今度は気兼ねなく、殺せる。

 

「…あなた、誰なの?」

 

…バカにしているのか?キサマこそ何者だ。リーザでもない。あの子を護る存在でもない。ましてや、人間でもない。

だというのに、そうやって俺の気の迷いを誘う。

「…さぁ、誰だろうな。」

だが、残念だったな。今の俺の指先に震えは一切ない。お節介な男の声も聞こえてこない。

……死ね!

銀狼は目にも留まらぬ早業で腰のホルダーから小銃を引き抜いた。

 

しかし、またしても銃声が部屋を満たすことはなかった。

 

「ぐわあぁぁっ!!」

品の欠片もない、それこそが戦場で木霊すべき音色とでもいうかのように恐ろしく場に馴染んだ男の断末魔が、シュウの筋肉を(こわ)ばらせた。

あろうことか、骨と皮が辛うじて命を繋ぎ止めているだけの老爺(ろうや)の細腕が、鍛え上げられた剣豪の首を鷲掴み、掲げていた。

「まったく愚かじゃな。こうも中途半端だと、怒りを通り越して興冷めじゃわい。」

振り下ろした剣は老爺の開かれた瞳に弾かれ、立てる爪は細腕に食い込み傷つけるが老爺に頓着(とんちゃく)する様子は微塵もない。

人も化け物も撫で斬りにしてきた男が、まるで摘まれる愚鈍な節足であるかのように、老爺の腕の中で悶えていた。

「憐れよのぅ。()を持たされずに生かされるのはさぞ苦しかろう。」

「ジ、ジジィイ……っ!!」

「……」

 

ゴキリッ、

 

枯れ枝が、鈍い音を響かせ、幹を砕いた。

 

支える首が折れてダラリと垂れた彼の赤毛は、もはやそれだけで怨霊のように映った。

「…何をしている。」

理解が追い付かなかった。

…トッシュが殺られた?…バカな!変幻自在の間合いと時間を捻じ曲げる俊足でどんな化け物も翻弄(ほんろう)してきた、過分のない超人だぞ?!そんな男が、痩せさらばえたジジイごときに成す術もなく殺られた、のか?……バカなっ!

同時に俺は理解してしまった。

 

――――動いては、ならない

 

動けば問答無用であの枯れ枝に(から)め捕られる。成す術なくへし折られる。

その言動からくる威圧感、今や枯れ枝と同化してしまった凶暴なヤマアラシの成れの果てが、それを如実に物語っていた。

……間違いない、あの枯れ枝は「本物」だ!

だが、なぜだ?彼らは何かしらの『絆』でお互いを理解し合う「同志」じゃないのか?!

それともやはり、これこそがこの老魔導師の本性なのか?!

 

流れる白髪がゾロリと揺れ、背を向けた老夫は無防備でしかない。だというのに、下流の水面のように静かに満たす「恐怖」が銀狼の足を床に縛り付け続けた。

「リーザや、」

振り返りつつも、壊れた人形を見詰めたまま老夫は少女に言い聞かせた。

「どんなに(いびつ)であろうと、ソレもまた一つの”命”。悔いの残らんようやりなさい。」

「……」

老夫が2()()()()()を手放すと、魔女の『瞳』が代わりに狼を(すく)ませた。

数センチ動かせばその小さな頭を撃ち抜ける引き金が、1ミリも動かない。

『見えない手』が、狼の喉元をジワリジワリと握りしめる。

押し戻される二酸化炭素が、「(しんじつ)」で彼の肺を膨らませていく。

 

……俺が、リーザに殺られる?バカな!

 

俺は、藻掻いた!ヤマアラシがそうしたように!

そうして決死の想いで全身の筋肉を呼び()ますと、どうにか『金縛り』を振りほどくことに成功した!迷っている暇などない!ただ、指の関節を一つ動かすだけでいい!

殺られる前に――――、

「…ごめんね、」

 

 

…………、何が起きた?

 

 

「ごめんね、」

…俺は、彼女に抱き留められていた。右手に握っていたはずの銃はそこにない。そして、俺の()()()()()()()()()、自分の胸に当てられていた。

ソレはキレイに肋骨を避け、切っ先は肺の奥へと達していた。

 

……なぜだ?いつの間に俺はナイフを抜いていたんだ?

 

徐々に、経験のないほどに熱を持ち始める胸部が全身を痙攣させていく。

吐き出した血が彼女の衣服を濡らす。吹き出した血が左手を押し返していく。

…一瞬、脳が冴えわたった。自分が、どうしてこんな状況に陥ったのか、明確に理解した。

だが、次の瞬間には視界が急速に狭まり、「理解」が二酸化炭素と一緒に体の外へと抜け出ていく。

俺の血を吸って、抜け出ていく……。

 

 

 

…これが「死」…、か……?

 

こんなものを誰かに押し付け、俺は生き延びてきたのか?

 

……ククッ…、

 

…今、笑ったのか?こんな…、間際に?…なぜ?…分からない、何も……。

 

「ごめんね、」

 

何…に?……俺、に…?な…ぜ…?

 

 

………俺は…、誰、なん…、だ……?

 

 

金髪の少女の腕の中で、名も無い狼がひっそりと息を引き取った。少女はまるで我が子のように狼をヒシと抱きしめ、頬を濡らした。

「まったく、情けをかけるだけ酷だというのに。」

「…ゴーゲンさんも、『声』が聞こえれば私の気持ちもわかるはずだわ。」

「フム。『声』、のう…。」

そうでない人間に、『魔女(かのじょ)』の感覚は理解できない。実際のところ、彼女もそれを求めている訳ではない。

それでも、グズるのは子どもの特権だとでも言うように少女は老夫の言葉には耳を傾けず、言いたいことを老夫へとぶつけた。

「この子は本当に自分のことを”シュウ”だと思い込んでた。私はそれを『否定したんです』。それがこの子に私たちと同じ『悪夢』を見せるんだって分かってたのに。この子は間違いなく”人の心”を持っていたのに……。」

「だから涙を流す価値があると?」

「…ゴーゲンさん、自分で言っていたじゃないですか。どんなに歪でも”命”なんだって。」

「そうじゃな。確かにそう言うた。じゃが、お前さんは少しやり過ぎる(きら)いがある。」

老夫はかけがえのない戦友を(かたど)ったものの惨めな様を見下ろし、彼女とは違う感情を湧き上がらせた。

「流した”涙”はお前さんの心に刻まれる。お前さんはこれからも何百、何千という()()()()()のために涙を流すつもりか?そうして傷だらけになったお前さんは誰が癒せばいい?其奴にどれだけの負担がかかるか考えたことはあるかい?」

私はあの人の顔を思い浮かべた。恋人を助けようと奮闘して、一切報われなかったあの人の横顔を。

 

あの人は愛する人から「裏切り者」と罵られ、全身を焼かれた。

 

それを知っているからこそ、私は寝込む彼のベッドの隣で惨めなくらいに泣き腫らした。

悔しくて、悔しくて…、情けなくて……、

「誰の死を(いた)むか。それはお前さんの勝手かもしれん。じゃが、もしもお前さんの周りにお前さんを想う誰かがおるのなら、そこまで考えねばならんのではないか?」

私は絶対に、白衣の悪魔たちに捕まっちゃいけない。たとえ彼が変わり果てた私に何も感じなかったとしても。それが何百、何千の命を犠牲にすることだとしても。

だって、彼は私に言ってくれたんだもの。…「お前の化け物になってやる」って……。

だったら私は、何千の命を踏みつけてでも彼の傍にいる。…帰りたいの……、彼の、傍に……、

…でないと、私も彼もいつかは「ガルアーノ」になってしまう。

 

「…ゴーゲンさんは、いつだって正しいんですね。」

悔しかった。いつだって諭される側にいる自分が、たまらなく憎たらしい。

私は…、護られる側にいちゃいけないのに!

「こんなもの…、”正しさ”ではないよ。逃げ場を失くすためにジジイがこねくり回した”屁理屈”にすぎん。…ただのう、」

おじいさんは笑った。誤魔化すように、笑った。

「ジジイは美しい子どもたちが”倒れていく姿”を目にするのが、己の身に迫る死よりも身につまされる想いがするものなのさ。」

「…私、どうしてまだ子どもなんだろう……。」

「ワシも子どもだった頃はそう思っていたよ。」

私の頭を撫で付けるおじいさんの手はどうしようもなくカサついていて私の髪を何度も引っ張った。

少し痛かったけれど、カサついた手の気の済むまで大人しく頭を預けた。

私の、たった一人の(おとうと)がそうするように。

それで私もおじいさんもひと時の安らぎを得られた。

 

「何度も言うが、考えなさい。考えた分だけ、お前さんの望む未来を掴む力になる。」

「……」

「どうした?」

少女は思った。

あの高い山の上に据えられた神殿で独り闘っているあの女の人も、同じことを言われたのかもしれない。もしくは、同じ経験を踏まえて生きてきた二人だからこそ行き着いた、同じ答えなのかもしれないと。

「ううん、なんでもないです。先に進みましょう。」

この人たちの仲間意識は私が『感じている』よりもずっと強い。そして、いつだって繋がってる。

だからこんなにも躊躇のない「強さ」を持ってる。

誰にも邪魔のできない部分で支え合ってるから。

 

少女は(うらや)んだ。自分と彼との間にもそれがあればどんなに心強いかと夢想する。

胸の内でわだかまる『力』にも折れることなく向き合えるのにと。

 

 

 

―――キメラ研究所本部、東エリア

 

細く薄暗い通路を抜けると、研究所とは思えないだだっ広い吹き抜けの空間に出た。

先へ向かう程に道は細くなってく。二人並ぶことすら難しく、大きな教会の講堂のように静まり返った空間の中心で十字に結ばれている。

道を踏み外せば命を取り留めるものもなく、底の見えない闇に呑まれるしかない。

 

「では、我々はここで。」

ここまでエスコートしてきた黒服たちが彼女たちに「入場」を告げた。

「…フン、アンタらは()らないのかい?」

青髪の歌姫はリスクを顧みることなく、エスコートの続きを求めた。

しかし、本来ならそちら側の立場であるはずの黒服(ばけもの)たちは丁重に辞退申し上げた。

「我々は()()など持ち合せておりませんので。」

あろうことか、彼らは空港に現れたシャンテたちを研究所へと送り届けていた。

いわく、グルガが武道大会で優勝した際、そのように行動するようにと上司から申し付かっていたのだと。

さらに、ロマリア国までの搭乗券も宿屋を襲った黒服が主人に預けていた。

 

断る理由がないとはいえ、彼らのされるがままという現状に彼女は少なからず苛立っていた。

「しかし、いずれは俺たちの敵になるのだろう?」

浅黒い大男が歌姫との間に割って入り、より威圧的に問いただした。

ところが彼らに「求める敵意」は表れず、平然と、薄っすらと笑って返した。

「犬でも猫にでもなります。(あるじ)の命令さえあれば。我々はそういう生き物ですから。」

「空しいな。」

「…グルガ様、もう一度申し上げます。()()()()()()()()()()。アナタは空を(また)ぎ、道を駆けずる鉄の鳥に愛情を求めたことがおありですか?地表に降り積もり、春を妨げる白い悪魔たちに道徳を求められるのですか?」

「……」

「そういうことです。そのような問答をする価値もありません。」

「……」

「ソフトクリーム、おかわりなの~!」

「……」

赤髪の幼女の声が、緊迫した空気を粉々に打ち砕く。

 

待機する黒服の一人がクーラーボックスを開け、形の整った冷菓を一つ、ソッと手渡した。

「お腹を冷やさないようにお気を付けて。」

「ありがとうなの~!」

黒服は終始笑っていたが、内心、その無垢爛漫な笑みに寒気を覚えていた。

 

そうして口を閉ざしたまま全員が数歩下がると、装置の一つであるかのように彼らの血は瞬く間に固まり、肉は物言わぬ壁となった。

「ありゃりゃ、黒い人たち、石になっちゃったの。」

「ハンッ、今さら尻尾巻いて逃げるとでも思ってんのかね。」

幼女は興味津々に、固まった黒服(かべ)(つつ)き、歌姫は敵前逃亡を決め込んだ彼らを嘲った。

「退路を断つだけが通せん坊の意図ではないだろう。」

大男は経験のないであろう戦場の歩き方を歌姫に警告したつもりだったが、彼女はむしろ何も知らないのはお前の方だと言うように突っ撥ねた。

「だったら何なのさ。アタシは()()()って言ってんだよ。」

それはまるで敵の手の内を知り尽くしているかのような口振りだった。

「アタシの答えは決まってるんだ。あの日から、ずっと…。」

そう、彼女は知っていた。彼らの遣り口を、十二分に。

「…そうか。」

大男が彼女を理解している傍ら、彼を真似するように幼女は腕を組み、大袈裟に頷いてみせた。

「それに……、」

クレニア島からここに来るまで歌姫はほとんど眠っていない。だから迂闊にも「弱いところ」を見せてしまったのかもしれない。少しだけ、誰かに寄り掛かろうとしていた。

しかし―――、

「それ煮?!」

大男に並ぶ幼女が、誰にも理解できない食欲をそそる言葉に釣られて声を上げた。

奇妙な間が、彼女に正気を取り戻させた。

「…なんでもないよ。」

気を遣って大男が促してみても、間の抜けた幼女の言葉で自分の醜態に気付かされた彼女はそれ以上語ることはなかった。

 

「それで、これがアイツらの罠だってのかい?」

神聖な十字路まで進むと、吹き抜けの上方から重たい羽音が響いてきた。

「…アレは?」

「わ~、天使さまなの~!」

幼女の指す「天使」の翼は羽毛で覆われてはいなかった。丈夫な、脈打つ皮膜の露わになった爬虫類のようなグロテスクさを歌いながら舞い降りてきた。

「…ちょこ、アンタには色々と教えてやらなきゃいけないことがありそうだよ。」

「それ、おいしい?」

「…おいしくは、ないだろうね。」

「じゃあ、いや!」

「……」

 

それは、息をしない硬質な緑の肌に覆われ、戦斧のように重厚感のある(くちばし)と、そこから覗く牙は毒蛇のそれのように怪しい光を放っていた。

「ガーゴイル、西洋では有名な石の番人さ。」

グルガは、祖国を守るために人も怪物も薙ぎ払ってきた大戦士だが、異国の文化に触れる機会はそう多くなかった。

「番人?とてもそんな忠義のある顔には見えないな。」

「守るものにもよるでしょ。」

「なるほど、それなら納得だ。」

四羽の翼の生えた番人は獲物を見定めると、手にした槍でもって揃って急降下し始めた。一直線に、みるみる間に肉迫する。

「チッ!」

銃で応戦するも元が石像であった番人たちに銃弾は効かず、身じろぎもしない。避けようにも通路は狭く、バランスを崩せば奈落に落ちてしまう。

それでもシャンテは落ち着いていた。

―――「どうせ私は死なない」

彼女はすでに数百m上空からの、パラシュートなしでのダイビングを経験している。

それに、()()()()()()()()()()()()()を数え切れないほどに体験してきた彼女にとって、「4本の槍」も「底の見えない奈落」も少し過激な()()()()()()()にしか感じられなかった。

それに今の彼女には…、

 

「フンッ!」

寸前で、彼女の胴回り程もある剛腕が彼女を抱き寄せ、迫りくる1本の槍をひっ捕まえた。そして、勢いのまま持ち主ごと残りの番人を薙ぎ払ってしまった。

「下がっていろ。ここは私がやる。」

手痛い反撃を受けつつも持ち堪えた番人たちを見据え、彼は「戦士の息吹」でたちまち全身に力を(みなぎ)らせた。

「天使さん、倒しちゃうの?」

「ちょこ、アレは天使ではない。悪魔だ。」

むしろ幼女こそ天使のように純真な表情をしている。グルガはそんな彼女に真実を告げることがどこか「罪悪」であるかのような錯覚に(おちい)った。

「じゃあ、ちょこも”えいやっ”ってするの~!」

そうして返ってきた「幼女の笑顔」に、グルガはやはり理解できない安堵を覚えた。

 

二人にかかれば、たかが「番人」ごとき。ものの数ではなかった。

「天使」から「悪魔」へと改名された四羽の番人はその名に相応しく、奈落へとボトボトと落ちていった。

二人とも傷一つ負っていない。それどころか、生身の拳だけで緑の石像を殴り倒してしまった。羽をちぎり、奈落へと放り捨ててしまった。

 

「まったく、どっちが怪物なんだか分かりゃしないね。」

なにとはなしに、彼女はそのどこまでも支配的な力をなじった。結局はそれも「暴力」なのだと皮肉を漏らした。

すると、彼女よりもそれをよく理解している彼が、細やかな抵抗を見せるように皮肉で返した。

「シャンテ、君にとって俺たちが何者かは重要なことか?」

「…ジョークだよ。」

「…そうか。悪いな、私はその手の遣り取りに(うと)い。」

「気にすることないさ、別に楽しい旅がしたい訳でもないからね。」

…ふと彼女は思った。

これは何のための遣り取りなんだろう。

「ちょこ、いい子?」

「…あぁ、よくやったね。」

そう言って少女の頭を撫でる歌姫の顔に笑顔は浮かばなかった。

 

 

―――研究所、南エリア

 

赤毛の侍と黒装束の暗殺者、二人は次から次へと襲いくる化け物たちを(ほふ)りながら、お互いの人間離れした戦闘技術に舌を巻いていた。

 

赤毛の侍は思った。

コイツの体捌きはどうなってんだ。どうやったらそんなムチャクチャな重心の移動ができるってんだ?

いいや、コイツの動きからはもう「重心」なんてものすら感じ取れねえ。

まるで幽霊みたく何もかも無視して好き勝手に動き回りやがる。

そのくせ、拳を振り下ろす時だけはシッカリと体重を乗せるんだ。

 

黒装束の暗殺者は思った。

自分のナイフは化け物に致命傷を与える度に劣化し、2本、3本と使い物にならなくなっているというのに、トッシュはたった一振りの刀で敵を次々に薙ぎ払い、しかもその刀には欠けの一つも見当たらない。

自分も人間相手であれば似たような真似ができるかもしれない。

だが、この男のそれは「達人」という言葉では片付けられない「業物」と「使い手」の()()()()のようなものが感じられた。

 

彼らは、奇妙奇天烈な『力』に頼る者、怪力や並外れた頑丈さを自慢にする者なら何度も目にしてきた。

けれども、自分と似た領域の「化け物」には初めて出会った。

 

だからこそシュウのこぼした弱音が、トッシュには疑問でならなかった。

「おいおい、あのジジイの何にビビるってんだよ。」

シュウは、スメリア国の竜退治の件を彼に話した。

自分が苦戦した竜をアッサリと仕留めていたこと。

『力』を封じることに長けたシャンテが手も足も出なかったこと。

あの枯れ枝に触れられた時、生きた心地がしなかったこと。

 

それを聞いた侍は、この黒装束に感じた親近感の正体を見たような気がしていた。

コイツはあのクソジジイと似てるんだ。

自分の力が通用しない相手が存在(いる)ことに――周りに気取られないようにはしてるみてえだが――、ひどく怯えちまうようなところが。

「あんな手品、根性さえ鍛えてれば何とでもなるだろ。そんなことよりも俺はアンタみたく単純に強ぇ奴の方がヤバいって思うぜ?」

「……」

あの魔導師よりも俺の方が脅威だと?何をどう考えればそういう理屈になるんだ。

あの魔法を「根性」で解決しようというお前はいったいどういう神経をしているんだ?

 

気の合うはずの二人だったが、この点においてのみ、二人は理解し合えなかった。

黒装束に連敗している赤髪は若干の安心を覚え、「少佐(あくま)かそれ以外」で人を見ていた黒装束は、それが通用しない現実に不安を覚えていた。

 

そんな、お互いの理解を深め合っている最中のことだった。

「クケーーーッ!!」

「!?」

突如として、それぞれの見知った顔が奇声を上げながら彼らのいる部屋に飛び込んできた。

しかし、二人に襲い掛かるかと思われたソレらは、ただただ奇声を上げ駆け回るだけで、何をするでもなく去っていった。

「……何だったんだ、あれ?あれで俺たちをどうにかしようってのか?」

突発的な状況に遭遇し、トッシュでさえも困惑していた。

俺自身、思い当たる節がない訳でもない。しかし、それを元に行動して良いものか迷っていた。

「…気を付けろ、」

ところが、その答えは彼の想定よりも早くやって来ようとしていた。

「どうやらこの先が大きな()()()()になりそうだ。」

扉の向こうに、これまでの偽物とはレベルの違う気配が集まろうとしていた。




※嫌いがある
良くない傾向がある、という意味。

※ガーゴイル→原作の「マスターガーゴイル」のことです。

※「それ煮?」
これは原作を理解するための重要なキーワード!……ではありませんが(笑)
原作でちょこがグルガの揚げ足を取るような形で挿入された、まったく意味のない台詞です(笑)

※後半の、シュウとトッシュがお互いの力を再認識する部分は特に書く必要なかったですね。
むしろ話の展開を妨げているかもしれません。
…なんですが、没ネタとして捨てるのも勿体なかったのでここで使ってみましたm(_ _)m

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