聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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戦争を望む者たち その五

「爆薬は足りんのか?」

「あぁ、問題ない。」

どちらかが主張する訳でもなく、俺たちは列車(ゲバージ)を破壊することに固執した。

当然、そうしなきゃならない理由はあった。

今も何処かに潜伏しているであろうトッシュの仲間へ「開戦の合図(のろし)」を上げなければならない。その狼煙(のろし)が派手であるほど敵の混乱を誘い、後続の侵入は容易になる。

俺たちが…、トッシュが拘っているのは、埋葬さえしてやれなかった彼らへのせめてもの(とむら)い。

…トッシュの言葉を借りるのなら、これは「ケジメ」というやつだ。

 

「で、俺は適当な場所で4、5分暴れてりゃいいんだな?」

「あぁ。」

トッシュには「(トンネル)」付近から作業の邪魔になる兵士を遠ざけてもらう。その間に俺は列車の線路、魔法の掛かった敷石(バラスト)を吹き飛ばす爆薬を仕掛ける。

とはいえ、敵も訓練された「軍組織」だ。

たとえ目の前に現れた(にんじん)が「アーク一味」だったとしても、全員が持ち場を離れるほど馬鹿ではないだろう。

最悪、「走行障害」のために列車を止められる可能性もある。

そうならないためにも、敵の無線を乗っ取る(ジャック)しておかなければならない。

その辺りの情報操作を円滑に行う手段はモーリスたちの遺した調査内容に記されてあった。

 

それでもまだ不備はある。

他のアーク一味との連絡手段がないこと。ガルアーノのフットワークの軽さから、今も奴が研究所に潜伏しているという確証がないこと。列車の積荷が何であるか把握していないこと。

前者二つに関しては、こちらのメンバーの実力を加味すれば臨機応変に対応できないこともない。

だが、残る一つに関してはそうもいかない。

ロマリア国の法律で橋の一定範囲内に一般の住居はないが、積荷が火薬だったなら二次災害による被災は免れない。

そうなれば俺たちは名実ともに犯罪者の仲間入りをすることになり、今後の行動に支障をきたすことになる。

だが、モーリスらの調査でもこればかりは把握できなかったという。

……その真偽は定かではないが。

 

「十分に時間を稼いだらこれを使って何処かに身を潜めていてくれ。すぐに合流する。」

「…これは?」

「煙幕だ。限りなく追手の目を(あざむ)ける特注のな。ここは敵陣だ。増援も相当数くる。奴らの目を掻い潜るのにも苦労するはずだ。」

「…いらねぇよ。」

差し出す俺の手を無視する代わりにトッシュは不敵な笑みを浮かべた。

「言ったろう?俺は奴らを一人も生かしちゃおかねぇってよ。」

彼らの復讐心(むねん)に乗っ取られていた。

「…あぁ、そうだったな。」

夜明けを待つことにすらもどかしさを感じるほどに。

 

 

 

――――ゲバージ専用線路の上、ロマリア市の壁兼トンネル付近

 

「おらぁぁぁぁぁッ!!出てこいクソ野郎ども!望み通り、皆殺しにしてやる!」

ここに来てトッシュはギルドの掲げる「特記事項」の通りの直情的な性質を、本領を発揮し始めた。

夜間で視界が悪い中、荒れ狂ったその雄叫びは闇を貫いて奴らの耳を(つんざ)いた。

「なんだ、敵襲か!?」

「…お、おい、あれ、トッシュじゃないか?!」

「そんな、どうやってここまで近付いたんだ?!」

「そんなことより迎撃しろ!絶対に市内への侵入を許すな!」

予想に反して奴らはまるで釣り堀の雑魚のようにワラワラと喰い付いた。

「どうした腰抜け共ッ!!俺に手ぇ出してタダですむと思ってんじゃねえぞ!!」

そうして叫び続ける獣の怒号が化け物たちの本能に火を点けた。

内に植え付けられた異常なまでの闘争本能が理性を()(つぶ)し、自らの持ち場を放棄してしまった。

「…タダですむかだと?それはキサマの方だ、赤毛猿!」

「俺たちのプレゼントは気に入ったか?マヌケなテロリスト野郎が!」

「ノコノコと現れやがって。ここでミンチにして王の慰み物にしてやる!」

30以上の人造の悪魔たちが「王の仇敵」と謳われるだけのたった一人の人間に対峙している。

そんな状況の中でさえ彼は、まるで奴らの仲間だとでも言うような瞳で睨み返している。

「…いい度胸じゃねえか、雑魚ども。だったら俺はテメエらの汚ねえ肉をブツ切りにして、その王様とやらの豪勢なメシにブチ込んでやるよ!!」

 

ところが、身内が仇敵の挑発にいきり立つ中、一人の兵士が一歩前へ進み出て彼の()()を嘲笑った。()()()()()()を見抜いていた。

「オモシロイ、と言ってやりたいところだが、おおかたお前たちの狙いは列し――――ッ!?」

奴らの目では捉えられない光の筋が走った。進み出た兵士の首が天高く舞った。

ヤマアラシのように怒髪天(どはつてん)を突く赤髪、鈍く響く歯軋(はぎし)り、夜明け前の薄暗がりに妖しく浮き立つ人の目が、化け物の群衆のただ中に浮かび上がった。

「バカが、隙を突けば押し切れるとでも思ったか!?」

ヤマアラシを囲む兵士たちは身を(てい)して味方の仕掛ける必殺の時間を稼いだ。

だが、その獣の妖刀は彼らの予想を遥かに上回る速さで乱舞した。

時間にして数秒…、いいや、彼にとって「時間」など関係ない。彼の「一歩」が「時間」に等しかった。

三度、彼が間合いの中で歩を進めるだけで10体の化け物が血飛沫を上げ、肉塊となって飛び散った。

「調子に乗るなよ!」

薄暗がりに溶け込む「人影」が呪法でヤマアラシの筋肉を弛緩(しかん)させスピードを殺した。その隙に数体の冷気を纏った魔人がヤマアラシを呑み込まんと取り囲んだ。

ところが、

「…な、なぜだ……、」

魔人たちの氷柱が四方から串刺しにするかしないかの間隙、そこにヤマアラシの姿はなく、魔人たちの胴が宙に浮いていた。

「……」

ヤマアラシは先程までの怒号乱心がウソのように静まり返り、明けていく夜空の代わりに重苦しい威圧(やみ)を纏った。

地獄を闊歩する鬼のように金棒(えもの)を濡らし、亡者(えもの)へと歩み寄る。のしりのしりと()を踏み鳴らし、じわりじわりとにじり寄る。

「後退しろ!トンネル内部(なか)で蜂の巣にしてくれる!」

もはや誰も彼もが、紛れもない強者のもたらす混沌に狂わされ、現状を冷静に見る目を失くしていた。ソレが、ただの「囮」であるという可能性を見失ってしまっていた。

化け物たちをトンネルから引き離すという役目を担っていたはずの鬼でさえ、目の前の(かたき)を「殺す」ことに意識の全てを傾けていた。

 

「うわあぁぁぁっ!」

「ぎゃあぁぁぁっ!」

 

阿鼻叫喚がトンネル内で響く中、薄闇に溶け込む黒い人陰が一つ、鉄道橋の(へり)を伝い、イタチの如く線路へと駆け寄った。

「……」

ソレはクローゼットほどの荷物を背負いながら物音ひとつ立てず、自分勝手な相棒の(たくら)みを律儀に遂行しにかかる。

しかし、「闇」も「企て」も悪魔たちの領分。イタチごときの悪戯を見逃すはずがなかった。

「……!?」

「まったく、これだから戦うことに悦びを得る奴らには困るのだ。」

全身に白化粧(おしろい)を施した奇怪な呪術師が闇間(やみま)を縫って現れたかと思えば何事かを唱え、線路を支える無数の(つぶて)を操り、イタチへと放った。

しかし、銃弾や妖刀すら躱してしまうイタチにとって、魔力で飛ばされる礫を躱すことはそう難しいことでもない。標的に合わせて弾道を変える点は厄介ではあるものの、イタチはそれらを順当に掻い潜り、瞬く間に呪術師を間合いに捉えた。

だが、礫はただの飛び道具ではなかった。

「!?」

イタチのナイフはどこからともなく出現した石の巨人に遮られた。

「クックック、それだけではないぞ?」

「!?」

呪術師の言葉を合図に石の巨人は全身から炎を吹き出し、イタチを襲う。

イタチが辛くも退(しりぞ)くとそこには、()()っていた無数の礫が集積し、4体の燃え盛る巨人となって彼を取り囲んでいた。

空は白み始めているものの、煌々と燃える巨人たちの輝きはイタチの夜目をくらまし、呪術師の姿を隠した。

「これで、終いよ。」

天から呪術師の声が響いたように感じたその瞬間、

「!?」

燃え盛る巨人たちの『輝き』がイタチの頭上へと集まり、無数の『光の礫』となってイタチの周囲へと降り注いだ。

『光の礫』は魂のみを射抜く技。線路や、そこに仕掛けられた爆弾を微塵(みじん)も損傷させずに賊を仕留めるのに都合の良い技だった。

そして、イタチごときにそれらを避ける(すべ)はない。周到な罠に爪の甘さなどなかった。そのイタチが、()()()()()()()()()()()()

 

「…ま、まさか……。どう、やって……、」

 

風が敷石を舞い上げ、一本の牙が呪術師の喉を貫いていた。

「……」

それは、イタチの皮を(かぶ)った『影』。とある男の声に抗えない「操り人形」。

 

――――そうだ……、

 

『影』が(ナイフ)を引き抜き呪術師を絶命させると、燃え盛る巨人たちは崩れ「敷石」に還っていった。

「……グッ、」

だが、連日の酷使で足は悲鳴を上げ、無視できないほどの痺れがシュウを(くじ)かせた。

……まだだ。もう少し、耐えなければ……、

敵の気配はなく、爆薬を設置し終えたシュウは目標が来るまでの間、体力の回復に(つと)めた。

 

――――…それでいい、早くこっちに来い。キサマの死に場所はもうすぐそこだ

 

「……」

目を閉じれば仮眠できる俺の耳に、ロマリアの空気が子守唄のように震えていた。

 

 

 

 

――――ゲバージ車内、5番ゲート、トンネル手前約5km地点

 

まるでトンネル付近で繰り広げられる激戦など起こっていないかのように平常運転される列車の中、軍事国家「ロマリア」の厳しい訓練を耐え抜いた兵士が小さな異変を捉えていた。

「5番ゲート、応答せよ。」

『こちら5番ゲート、どうぞ。』

「前方で戦闘と思われる光の明滅を確認した。そちらの状況を伝えろ、オーバー。」

『こちら異常なし、どうぞ。』

「…もう一度確認する。進路上に何か問題は発生していないか、オーバー。」

『こちら異常なし、どうぞ。』

そこに会話らしい間はなく、機械的な応答が返ってくるのみ。

列車の指揮官と思われる男が、再度問いただした。

「私はゲバージ総司令官、ゲルト中尉だ。キサマ、名前と所属を言え。」

『……』

もはや、異常は確定した。だが、その詳細が分からない。

ゲバージがその「異常」に対し、どう対応すべきなのか。それによって戦局は大きく変化するだろう。

止めるか?積荷の運搬はガルアーノ将軍からの急務だったが、列車はロマリア軍に欠かせない力だ。万が一にも失う訳にはいかない。

 

そうして賢明な判断を下した指揮官が運転手に「停車」を命じた。

ところが、まるでそれを見越していたかのような事態が彼らを嘲笑(あざわら)った。

「ち、中尉、列車が止まりません!」

「…チッ、原因はなんだ!?」

「一部、指示系統のシステムが遮断されているようです!ブレーキを受け付けません!」

故障、ではないのだろうな。ならば……、

魔法敷石(バラスト)の吸着力を最大まで上げろ!」

「ダメです、反応がありません!」

バカな…、出庫時の点検では問題なかったはずだ。ここまでの運転でも速度調整でブレーキは何度も使っている。

たった今、この工作は行われたというのか?どうやって……。

工作員が乗車していたとして、我々に気取られずこんなにも巧みに仕組めるものなのか?

「中尉、指示を!」

そうだ、今はスパイの有無を考えている場合ではない!

「…やむを得ん、エンジンを破壊しろ!しばらくは惰性走行するだろうが、このまま突き進めば間違いなく敵の思う壺だ!」

敵――おそらくはレジスタンス共だろうが――は十中八九、トンネル付近に最後のトラップを仕掛けているはずだ。

トンネルまではまだ4kmほどある。幸い、バラストの吸着効果は生きている。1kmも走るまい。

……クソッ、こんな醜態を(さら)して将軍閣下からどんな罰を受けるか…。

 

それが、(ほま)れあるロマリア軍中尉の称号を手にした男が下した最後の、()()()()()だった。

 

――――5番ゲート、トンネル付近

 

一つの任務を達成した黒装束は影に身を潜め、静かに獲物のかかる瞬間を見守っていた。

 

モーリスの情報では、特定の電波を飛ばすことでゲバージのコントロールを不能にするとあった。

たとえエンジンを破壊しても、制御権を奪ったコントロールシステムがバラストの魔力を調整し、推進力を維持する仕組みになっている。

大規模な建造物で力を誇示しようと(あつら)えられた特殊なシステムが完全に仇となった訳だ。

 

モーリスはこの緻密(ちみつ)な細工とそれを可能にする機器をどうやって手に入れたのか、(かたく)なに語らなかった。

少なくともレジスタンスの中にこれだけの技術者はいなかった。

…モーリスは元ロマリア兵だ。となればやはり、奴とロマリア政府の中核を担う何者かとの間に取り引きがあったのだろう。

ロマリア内の特定の人物を陥れるための諸刃の取り引きが。

その何者かの正体を突き止められたなら「モーリスの後任」というアドバンテージを手に入れられるかもしれない。

……探る価値はある。

 

数分後、高さ30mを越える鉄の塊は一匹の巨獣の最期を描写するかのように、尊大に横転した。

 

「列車」としての役割こそ失くしたものの、横転してもなおその威厳ある鈍色(にびいろ)体躯(たいく)からはハッキリとした息遣いが感じられた。

だが、そこから這い出て反撃をしようという余力を残す者の姿は見えない。燃え移った機関の誘爆こそあるものの、積荷に引火して大爆発を起こす様子もない。

…人知れず、息遣いは幻聴に溶け込んでいく。

そこに、ゲバージという軍事兵器(けもの)の遺体が横たわっていた。

 

少し離れたところからその光景を眺め、黒装束はふと違和感を覚えた。

…確かに俺たちには相応の用意があった。

だが、ロマリア国にとってゲバージは国力を保つための重要な機関(システム)じゃないのか?

いくつか予備の車両があったとしても、一台の損失に対する軍事的損害は計り知れない。だのに、あまりにも敵の反応が薄いと感じるのは俺の杞憂なのか?

 

「やるじゃねえか。」

「遅い」と言わんばかりに迎えにやって来た赤毛は、一見、返り血と分からないような色とりどりのそれを浴びていた。

俺は、求められるままに「そっちはどうか」と尋ねると、「この通りよ!」と敢えて血振りをしていない妖刀を見せつけ、あの顔で笑ってみせた。

「こんなもんじゃねえ……、皆殺しだ。」

それはやはり危険な笑みに見えた。俺の心を、揺らがせる。

だが、この男はその目の色で俺を殴った。その拳の重さを俺に教えた。

…俺は、この男を信じたいんだ。

 

「何してんだ?」

「積み荷の確認だ。連中が今、何を欲しているか。何処から手に入れているかを知ることで戦いを有利に進められるかもしれないからな。」

「へぇ……、」

トッシュは感心した声でシュウの手際を見守った。

「…トッシュ、すまない。」

「あ?何がだよ。」

「見るべきではなかったかもしれない。」

俺がそんなことを言わなければこの男も関心を寄せなかっただろうに。どうしてだか俺はこの男にこの光景を見るように促してしまった。

「…これは、つまり、あれか?」

「奴隷、もしくは捕縛した犯罪者。あるいは()()()()()()と判断された一般人もいるだろうな。」

そこには、ロマリア国の勢力が及ぶ地域の()()()()()()()()()()()()()()()

「そいつらをしょっ引いて、まとめて化け物にしちまおうってことか?」

「おそらくはな。」

連中の言う「キメラ化計画」の素体。もしくは「餌」である可能性もある。

それらが車両2つ分。衛生管理も何もなく、無造作に詰め込まれていた。そして俺はこの男に日に二度も、理性を掻き(むし)るような光景を見せてしまった。

「……」

…俺は試しているのかもしれない。

俺を殴ったこの男の「拳」が、妖刀を濡らす「笑み」に負けない意志を持っているかどうかを。

…だが積荷(かれら)にとって、俺たちが何を考えていようと関係ない。たとえ、世界の巨悪を討つ救世主になろうと関係ない。

 

俺たちは「大量殺人犯(はんざいしゃ)」になった。

 

 

 

――――ロマリア国、キメラ研究所本部、中枢

 

列車が破壊されたという報告を受けたロマリア軍の将軍ザルバドがモニター越しに同僚の失態への責任を求めていた。

「そんな小さなことでいちいち私に連絡を入れるな。」

同僚は葉巻をくわえ、反発しながらも上機嫌に答えた。

『確かに我々にとってゲバージの損失そのものは大したことがないかもしれん。だが、“王”がなぜ“ロマリア”を求められたのか忘れた訳ではあるまいな。』

 

 

――――この世界には「精霊」という管理者が存在する。

世界を包み、世界の安定した運用を目的として生まれた彼らだが、「人間」という生き物がこの世に生まれてからというもの、彼らの持ち合わせる「際限のない可能性」に翻弄(ほんろう)されていた。

「可能性」は、精霊の力が及ぶよりも早く世界を胃袋に収めた。

「可能性」は、精霊の力の及ばない「世界」へと創り変えようとしていた。

無垢な「可能性」が、世界の全ての「命」を消費しようとしていた。

 

しかし世界の破綻を前にしても、精霊に人間を直接排除する術はない。

そこで精霊は、世界を脅かす「可能性」を少しでも弱めるために「聖櫃(せいひつ)」を造った。

聖櫃は人の心に産まれた、世界を喰らおうとする「感情(かのうせい)」を吸う。

感情(かのうせい)」は聖櫃の中で時間をかけて土や大気に還元され、精霊の運用を助ける仕組みになっていた。

 

ところが、精霊は人間の「可能性」の強大さを見誤っていた。

かの「王」が「可能性」を利用する様を見逃してしまった。

 

「王」の計らいで世界は「人間(かのうせい)」で満たされた。精霊たちの声は嗄れ、瞬く間に世界を席巻した。

すると「可能性」は聖櫃の許容を越え、聖櫃は機能の安定を求めた。

そこへ、「王」が手を差し伸べた。

聖櫃の口から溢れ出る「可能性」を「王」が喰らうことで聖櫃の目には()()()()()()()()()()()()()()()

その功績から聖櫃は「王」を主人と認めた。

 

その聖櫃(しょくたく)は、「可能性」が荒ぶるほどに賑わう。

流れる血が多いほどに肉は美味なものになった。

「ロマリア」は、「王」に最高のもてなしをするための「可能性の象徴」でなければならなかった。

そのために、「四将軍」は存在した。

 

 

『人間どもがこれを機に調子づき”ロマリア”を軽んじることになれば“王”に捧ぐ供物の品質を下げるかもしれん。これに対し、キサマはどう落とし前をつけるつもりだ。』

葉巻をくわえた同僚はいつも笑っている。いやらしく、幸せそうに。

「分かってないな。“希望”は“絶望”を歓迎するための導火線のようなものではないか。人間どもの逆襲?おおいに結構。見返りを考えればキサマのそれはやはり価値のない小言よ。」

ザルバドは、口が達者な同僚を言い負かすことなど初めから考えていない。彼が考えるのは常に「王権復古」のみ。

それが叶うのであれば、たとえ同僚が自分の地位を脅かすことになったとしても彼は怒りも悲しみも覚えない。

『高説は結果をもって証明しろ。それ以外はなんの価値もない。』

彼はとうの昔に「将軍」に憧れていた愛おしい「自分」を見限ったのだから。

 

 

――――ロマリア大トンネル内部

 

「階段が爆破されているな。」

「…だな。」

敵を殲滅(せんめつ)したシュウとトッシュは大手を振って敵陣に乗り込んでいた。

そんな彼らに二つの道が用意されていた。一方はロマリア市の入口へ続く線路。一方は「ロマリアの壁」の上層部へと続く()()()()()()()

「で、どっち行くよ?」

事前に入手した情報では階段側に研究所への直通の通路が設けられている。

「…上へ行こう。」

「よしきた。」

未だトッシュの仲間と合流していない状況で先行しすぎることに一抹の不安を覚えたが、その一方ではすでに()()()()()()のではないかという予感もあった。

 

 

――――そんな余所者(よそもの)の手を借りる必要がどこにある?

ここはお前の庭だ。何をすればいいか。何処に向かえばいいか。誰よりも心得ているはずだ。…そうだろ?

 

 

「……、」

トッシュはシュウの陰りに気付いたが、今は敢えてそれに触れまいと目を背けた。

 

二人は今にも崩れてしまいそうな階段の残骸を足場に、まるで庭園の飛び石を踏むようにヒョイヒョイと駆け上がっていった。

そうして上がった先で早々に彼らは驚愕の事実を突き付けられる。

「マジかよ、あれ一台だけじゃなかったのか?」

「確かに、この数は想定外だな。」

そこには製造中の、十台近くのゲバージが整然と並んでいた。

巨人の軍勢のように、見る者を威圧する光景を前にして、シュウはつい先程感じた杞憂の正体を見た気がした。

「こりゃあ、まともに相手してたらどの国も敵わねえわな。」

そういうことだ。

蒸気機関車()()()にこれだけの資源を割くことができるということは、それ以上の備蓄、もしくはそれに応じた策がロマリア国にはあるということだ。

「籠城」「遠征」「急襲」、戦争においてどんな作戦を取ろうと「ロマリアの勝利」は約束されているのだ。

 

「どうする、(ヤッ)ちまうか?」

トッシュは得物の柄に手を添えた。…その刀であの巨大な()()()を切り崩すつもりなのだ。

俺にその発想はなかった。

何度理解しても、アーク一味(かれら)の能力は理解し切れるものじゃないと思い知らされる。

「必要ない。動かされる間に動かす連中を消せばいい。そうだろ?」

俺はトッシュの復讐の合言葉を言い換えた。

「…カッカッカ!そうだったな。俺としたことがうっかりしてたぜ。」

それに、たとえここにある全てが稼働できる状態だとしても、これらを安定して運用するには相応の線路や補給所を用意しなければならない。

それら全てを揃えるとなると、少なくとも1年以上はかかる。

それまでは文字通りただの「鉄クズ」という訳だ。

 

俺たちはいつか世界を蹂躙(じゅうりん)するであろう威圧感のある鉄クズを横目に、それを現実にしようという()()()()()()()()()()()()()()()前へと進んだ。




※薄暗がりに溶け込む「人影」→原作の「ダークストーカー」です。
※冷気を纏った魔人→原作の「氷の魔人」です。
※全身に白化粧を施した奇怪な呪術師→原作の「マジシャン」です。
『魔力で飛ばされる礫』は原作の魔法「マッドストーム」のようなものです。(マジシャンにはない魔法ですが、「ナイスキャッチ」や「アースクエイク」の応用だと思ってください。)
『光の礫』は「スーパーノヴァ」です。
※燃え盛る石の巨人→原作の「ファイヤーゴーレム」です。

※煙幕
原作では、特定ターン数時間を稼いだトッシュは「うつせみの玉」という煙幕弾を使って戦闘を回避する流れになっています。

※亡者
死者。死んで成仏せずに彷徨(さまよ)っている者。魂。

※ゲバージ、5番ゲート
……どこかで書いた気もしますが、改めて説明しておきます。
ロマリア市を中心に放射状に伸びるゲバージの線路は全部で8本あります(原作のマップから推測)。原作のマップの上が北を向いていると仮定して、真北から1番、2番…、と数えます。
シュウたちが攻めている5番は空港から直接伸びている真南の線路のことです。

※白化粧(おしろい)
本来は「白粉」と書きます。
顔や首筋に白い粉を塗り、美しい色白の肌に見せる化粧のことです。舞妓さんがしている化粧のことですね。

※闇間(やみま)
造語です。
「闇間を縫う」は「人ごみを縫う」のような意味で使っています。

※惰性走行
車輪を持つ乗り物が、走行中にブレーキを掛けずに惰性だけで進むこと。
時速100㎞で走行している列車であれば(列車の重量は無視しています)、おおよそ3~4㎞進むらしいです。

※ゲバージ細工の経緯
今後、この下りを説明する機会があるかどうか分からないので、ここで上げておきたいと思います。
(まあ、そんなに書くことはないんですが)

細工をしたのはガルアーノの影武者だった男です。東アルディアのガルアーノ邸でシュウに狙撃された男です。
そして部下を使ってモーリスに接触し、匿名でこの情報を売っています。
加えて、無線を乗っ取る仕掛けも彼が用意したものです。……以上です(笑)

※血振り
刀に付いた血糊を払う動作のことです。
血振りにはいくつか種類があるようで、刀を振った遠心力で落とすものや、懐紙という紙で拭き取るもの、倒した敵の衣服で拭くものなどがあります。
「血振り」は「お手入れ」とは違い、その場しのぎの処置です。
気になる方は調べてみてください。

※爆破された階段
原作ではトッシュが階段に仕掛けられた罠(爆弾)を見抜くシーンですが、以降、そんな仕掛けは出てきません。
わざわざその階段だけ「爆弾を仕掛ける」というのも不自然かなと思い、戦闘の最中に壊されたことにしました。

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