聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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古巣 その一

シュウがトッシュと衝突し、ロマリア侵攻への手助けを約束した前日、

 

 

ペペの助力を扇ぎ、シャンテという犠牲を払ってようやく俺は世界最強の軍事国家「ロマリア」に無事、潜入することができた。

世界の最先端を全て掻き集めた国、ロマリア。しかし、世界に絶対的な力を示す代償は大きかった。

大規模な産業革命と止まない戦争による徴収、徴兵。

それらが(もたら)した弊害は、ロマリア市の外側に一個の大きなスラム国家を築くに至った。一歩踏み出せば廃棄物が足を取り、それらを飯とする虫のような人間がそこかしこに隠れている。

 

――――キサマ、名前は?

 

「……」

鉄とヘドロの臭い。そして、奴の声を録音したかのような人間たちの視線が充満している。

であるにも拘わらず、そこまで居心地が悪いと感じることはなかった。どこか、インディゴスを彷彿とさせるような陰気が俺に若干の安息を覚えさせているのかもしれない。

俺はあそこで大きく変わった。

やはり、こことは違う。

 

「…珍しいな、アルディアの狼。」

入り口から不自然に伸びる通路の突き当り。太陽から逃げるように設けられた格子付きの受付に、老いた男が座っていた。

「先に言っておくが、軍から要請があれば俺たちは軍に付く。自分の身を護りたきゃ、さっさと自由の国に帰るんだな。」

見透かされていたか。

密航したロマリア軍艦から拝借した小型戦闘機は対空砲の射程圏外で乗り捨てた。陽が昇りきっていないこともあり、追手に見つかることもなくロマリア市郊外まで潜入することはできたが、さすがに要所々々には情報が流れているらしかった。

「金がいる。仕事をくれ。」

殺した兵士からいくらか装備品を拝借したが、狙撃銃は一丁も手に入らなかった。今の状態でも俺一人であれば問題はないが、今後のことを考えるなら欠かせない武器だ。

「…ボールビー再生品協会が廃品回収のための警護が欲しいらしい。半日で10万だ。」

「安いな。最低100万はいる。」

「慌てるな。近頃、そのゴミ捨て場に厄介なゾンビーが出るようになってな。それを一緒に狩れば上乗せで200出してやろう。」

「…いいだろう。」

 

通称「クズ鉄の町」はその大半が工業で成り立っている。正規の商品はロマリア市内に流れるが、二級品以下は町の()()に置かれるか、司法も黙認しているゴミ捨て場に不法投棄するか。

近頃はそのゴミを再利用することに商売を見出す民間人が増えているらしい。

そのゾンビーが彼らの畑を荒らしているというのなら、1000万以上の価値があってもオカシクない。

だが、今の俺は交渉できる立場にない。

本題に入る前に「密航」の話を持ち出してきたということは、初めからそのつもりだったのだろう。

 

今分かっている限りのゾンビーの情報を得た後、俺はボビィと名乗る男のリサイクルショップを訪ねた。

「近頃は軍もゴミ捨て場に使ってるからよ、結構な掘り出し物とかあったりするんだよ。」

「…アンタはゾンビーに会ったことがあるのか?」

「…いいや。それよりも、ソイツの生前ってのが反政府組織の(ヘッド)だったらしいよ。用心深い上に頭もキレるんだってさ。」

知性のあるゾンビーはまれに見かける。だが、ここはロマリア国だ。十中八九、ガルアーノの実験体の一つに違いない。そして、今回のような混乱を起こすために、周囲の注意を引くように破棄された。

「原型は残っているのか?」

…そして何より、俺は、このゾンビーの正体を知っていた。

「俺はソイツの顔を知らないんだけどさ、結構そのまんまだって話だよ。」

生前の名はグラヴィス・デル・オレハイン。14年前、俺が少佐に拾われて最初に指示された暗殺対象(ターゲット)だ。

「話すのか?」

「ああ、今でも自分の理想を叫びながら狩りにきた賞金稼ぎを返り討ちにするんだってさ。しかも、必ず一人は生きて帰すらしいよ。それで何かが変わると思ってるんだから。まったく、いい迷惑だよ。」

「……」

扉の向こう側で誰かが聞き耳を立てている。

 

その気配は、特定の誰かを標的にしているような動きじゃない。

現れたタイミングから関係者の疑いがない訳でもないが、動きが明らかに素人だ。レジスタンスでもなければロマリア軍関係者でもあるまい。

今は余計なことに(かかずら)っている暇もない。シュウは拙い尾行を放置することにした。

 

 

――――鉄クズ置場

 

適当な廃鉄の小さな山がいくつかある。身を隠すのに適しているものといえばそれだけだ。

だが、廃鉄は土や鉄板とは違って隙間や出っ張りが多くある。

その風通しの良さと足場の悪さが地形を把握している者にとってかなり有利に働く。

 

彼らの領域に踏み込むと黒装束の賞金稼ぎは依頼人の行く手を遮った。

「い、いるのかい?」

黒装束は応えず、静かに、目に見えない敵の位置を銃口でなぞっていく。

すると、身を隠して機を窺っていた縄張りの長が、崩れた声帯でもハッキリとわかる驚愕の声を上げた。

「…キサマ、もしかして、あの時のガキか?」

クズ鉄の山の陰からズルリと姿を覗かせたのは、(くだん)の容姿をしたゾンビーだった。

ゾンビーの姿を認めると、ボビィは腰を抜かし、ホラー映画の音声素材のような悲鳴を上げた。

 

パスッ、パスッパスッ!

 

「ヒッ!」

シュウはボビィ越しにサプレッサー付きの小銃の引き金を引くと、ポタリポタリと三羽の小さな吸血コウモリが落ちた。

唐突な出現で目を引き、その背後から音もなく襲う。分かりやすい囮作戦の図式だ。

「……」

「あの時と同じだ。キサマは突然、俺の前に現れたかと思えばダンマリを決め込んだまま俺の首を掻っ切った。」

黒装束の耳はコウモリよりもさらに奥の物陰に、ボビィの店で無視した拙い尾行者の気配を嗅ぎ取った。

…俺がターゲットなのか?

 

けれども、彼の目の前には今、無視できない存在が立っていた。

「キサマはガキだった。現れた時にはすでに血だらけで、満身創痍だった。俺はキサマを見逃そうと思っていたんだ。だのに、俺が手を差し伸べた瞬間!キサマは俺の慈悲を()(にじ)ったんだっ!」

死んだ革命家の声が、彼の心臓を容赦なく握りしめる。

規格外の力で鳴り響く鼓動が、内側から外側から彼の鼓膜を乱暴に殴りつける。

 

…薬はもう、ない。

だが、場数が違う。心が乱れていたところで…、俺になら、できる……。

 

――――そう、お前にならできる。コロスだけ、ベッドで眠るよりも簡単なことだ

 

「ヤレッ!」

鉄クズの山の上から数匹のゾンビーたちが顔を覗かせたかと思えば、

「ヒ、ヒエェッ!!」

自分たちの頭をもぎ取っては俺たちに向かって投げ飛ばしてきた。

小銃だけではあの質量の投擲物(とうてきぶつ)を撃ち落とせない。だが、確実に毒を仕込んでいる。触れる訳にはいかない。

棍棒や刀剣類で斬り伏せたとしても、飛散した肉片全てを躱すのは難しい。さらには、斬り伏せたからといってその頭部が静止する保証もない。

機動力のないゾンビーの裏を掻いた悪くない戦法ではある。

だが、逃げる隙があっては意味がない。

「クソッ!」

黒装束はボビィを抱えて奴らの射程から抜け出した。目標を失くしたゾンビーの頭は空しく地面に叩きつけられ、熟れたトマトのように辺り一面に中身をぶちまけた。

 

――――そうだ、見れば分かるだろ?嗅げば分かるだろ?考える必要なんかない。感じる必要もない。コロスだけだ

 

「…どうした、もしかして震えているのか?」

指摘されて自分の左手に目を遣ると確かに震えていた。…お前は、まだアレが恐いのか?

「ッカッハッハッハ!まさか軍の殺し屋が、こんな死にぞこないに恐いのか?!なんてお笑い草だ!初めからこの手で攻めれば良かったよ――――ッ!?」

 

パララララッ!

 

弾に余裕がある訳じゃない。ゾンビー相手に有効打でないことも分かっている。だが…、

 

……笑えない

 

腐ったグラヴィスの頭に十数発の弾丸が叩き込まれた。それでも――それもまたゾンビーとして生まれ変わった彼の力なのか――、怯みこそすれ、頭蓋の原型を留めていた。

「無駄だ、無駄なんだよ!そんな豆粒みたいな弾じゃあ、俺たちに膝を着かせることもできやしない!…そうさ、俺たちが軍団を築けば、ロマリア軍だろうと敵じゃあない!」

一方で、頭蓋ほど固くない脳みそはスープのように徹底的にミキシングされていた。

それでも彼は叫び続ける。

それが(ゾンビー)(ほんたい)であるかのように。

 

……ロマリア軍に勝つ?キサマらが?間違いない。腐ってる。何もかも

 

黒装束は無駄に力を込めて溶液の入った瓶を投げつけた。

「なにっ!?」

ゾンビーは、よく燃えた。どれだけ転がろうとも、火は消えない。それが(ゾンビー)(ほんたい)であるかのように。

「なんなんだ、この火は!?消えねえ!」

叫んでいる間にも肉は固まり、骨は支えを失っていく。

少しずつ、灰となって崩れていく……。

 

ナンセンスだ。死んだ人間の言葉に意味などない。

「燃え尽きるまで少し時間がかかる。毒を飛ばしてくる可能性があるから離れていろ。もしも火が消えそうになっていたらこれを思い切り投げつけろ。」

ボビィに火炎瓶を2本渡し、俺は残りのゾンビーの処理に向かった。

 

ゾンビーたちは()()()()()()()()崩れた頭を回収していた。そこまで調教されているようだ。

…異常に統率の取れた行動だった。

グラヴィスの号令に合わせて物陰から飛び出し、目標へ集中攻撃をしかける。

魔法を扱うような知能の高い化け物ならいざ知らず、脳みその腐っているゾンビーには不可能に近い行動だ。

しかも、リーザのような『支配する力』を使うのではなく、「言語」で合図を送っていた。

予め、そういう「作戦」を取り決め、()()()()()()ということだ。

にわかには信じがたい。

…これが、ガルアーノの実験の成果なのか?

生半可に知識を持っているものが(のぞ)めば手痛いしっぺ返しを食らうということか。

 

「キサマらはアリだ!独裁と繁栄を吐き違え、同胞がつくる町と彼らの死を引き換えにしても何も感じないキサマらこそ低能な虫けらだ!」

意味のない人間が、山の向こう側でまだ無駄なプロパガンダを叫んでいる。

それだけの根性がありながら、なぜ生前にそれを生かさなかった?

……ああ、俺が殺したんだったな。

「我々は、人間は、キサマらのもたらす死に甘んじたりなどせん!人間の土地を取り戻すまで、どこまでも追い詰めてやる!」

……俺が、殺したんだ。

「この身が朽ちようと、怨霊となってキサマらを追い詰めてや――――っ!?」

「ヒィッ!!」

黒装束は野太い鉄骨でもって怨霊の頭を叩き潰した。

 

「死」はルールだ。死体(キサマ)らの助言に何の意味もない。死体(キサマ)らの存在に、何の意味もない。

 

……お前は、あの子にも同じことが言えるのか?

あの女は死んだ。死んだ者はお前に何もしてやれない。する必要もない。意味もない。だから諦めろ、と。

あの時、俺はあの子の選択を信じて一人で行かせた。その結果をなじるような真似が、俺にできるのか?

バカな。俺もまた、あの男に囚われているじゃないか。

それでも…、ルールはルールだ。

俺は、まだ死ねない。…死にたくない。

「も、もう十分じゃないのか?」

「…ああ、そうだな。」

…重い鉄骨を振るったせいか。左手が、また震えていた。

見下ろす俺の背後から懐かしい声が執拗に、親しげに声を掛けてくる。

 

「コイツのしてたことはさ、やり方は違うけど結局はレジスタンスと同じなんだよな。」

全てのゾンビーが沈黙し、そこに正しい現実を取り戻した。

だというのに、廃品の中から目的の物を探すボビィの唇は、乗り移られたかのように「ルール」に(ひび)を入れるような言葉を吐きだした。

「俺はさ、どっちかって言うとレジスタンスに賛成だったんだけど。コイツを見てたら、そういうのはやっぱり危ない考えなのかなって思えてきたよ。」

そういうことだ。

軍事国家に生まれた者の宿命とでも言うつもりなのか。自分の思想が認められないから相手の思想を武力で捻じ伏せようというのは「理想の国家を築く」という大前提に対して本末転倒を意味していることに気付いていない。

…まるで、ロマリア人全てが「あの男」と同じ葉巻を愛しているようにさえ思えてくる。

 

――――ベッドを処女よりも真っ赤に染めてくれる相手、ソイツらだけがお前の「家族」だ

 

男は(カイゼル)をいじり、唇から煙状の腐肉を吐き出しながら実に愉快そうに語った。

 

――――そして、お前は俺の影だ

 

 

 

 

 

 

「テメエみたいな俺たちを喰い物にするような奴に売る時ほど笑えるこたあねえぜ。」

荒廃した町でも闇市は栄える。

世界中で紛争の絶えないこの時代に、彼らほど活躍する者もそう多くない。

「…質が悪いな。」

黒装束の男は袋の中の白い粉末を指先で潰し、苦情を漏らした。

「金をもっと積んでくれるってんなら上物を用意できるんだがな。どうする、特別価格で紹介してやるぜ?」

売人(ディーラー)はこの上なく上機嫌に喋った。

「いや、いい。」

黒装束は苛立たしげに答えた。だがそれは、彼の態度に対して抱いている感情ではない。

「なんだよ。テメエ、”狼”なんだろ?いやに羽振りが悪いじゃねえか。」

賞金稼ぎ組合(ギルド)と繋がっているのか。だとすれば俺がここで「薬」を買ったことも彼らに伝わるだろう。今後、仕事の内容が偏るかもしれないな。

…まあ、どうでもいいことだ。

 

 

――――酒場”栄光の杯”

 

 

「レジスタンス?」

約束の金を受け取り一応の装備を整えた俺は、レジスタンスが網を張ってるであろう酒場で、奴らの動きを見るために聞き込みをした。

「何でもいい。もしくは、この辺りに詳しい奴はいないか?」

俺自身、ロマリア軍に所属していて内部のことはある程度把握している。だからこそ、現状、俺だけではどうしようもないことも理解している。

単身で潜り込むことは難しくないが、それではガルアーノも研究所も完全には抹消できない。だが、人数を集めれば今度は潜入の手段が困難になる。

それらを解決するためにも、レジスタンスの協力が必要だった。

…その点では、ゴーゲンの提案は「渡りに舟」と言わざるをえない。

 

「…アンタねえ、冗談でもその名前は口にしない方が身のためだよ。軍に通報されるか、揶揄われるのが関の山さ。」

「余計なお世話だな。」

ギルドの方が詳細で信頼性のある情報を買えたかもしれないが、アレがガルアーノの息がかかっているからにはそれこそ言葉に気を付けないとアッという間に追い詰められてしまうかもしれない。

そういう意味で酒場まだ使い勝手のいい情報源だと言えた。

「…旦那、()()()?」

店主は呆れ顔になりながらも、しっかりと俺の顔を憶えようとしていた。

「シュウの旦那、一杯(おご)るよ。」

「……」

「旦那もそっちの世界を渡ってきた人なんだろ?だったら分かるだろ?今時、”ロマリア”って名の付くものにケンカを売ろうなんて、どう考えても頭がイカれてるんだよ。だからさ、悪いこと言わねえからこれ飲んで全部忘れなよ。」

さらに、この店に入って驚かされたことが一つある。

俺は店主の警告を無視し、店の奥のテーブルを見遣った。

「あの男は?」

「シュウさん、アンタよほどの死にたがりかなんかなのかい?」

「いいから答えろ。」

「…トッシュ・ヴァイア・モンジ。正真正銘、アーク一味の一人だよ。」

まさか、こんな公の場で「赤毛の男」を見つけるとは思ってもみなかった。

「随分と堂々と表を出歩いているようだが。」

「手が付けられないのさ。正直、ロマリア軍も賞金稼ぎもビビッてるんだよ。」

「ロマリア軍が?」

たった一人に?

余計な被害を抑えるために賞金稼ぎを利用しようという目論見なのかもしれない。だが、まかり間違っても敵わないからという理由ではないだろう。

「さあね、詳しいことは俺にも分からないよ。軍も何か企んでるのかもしれないね。」

つまり、ああして挑発することで軍の背後の動きを探っているんだろう。もしくは、奴が調査の囮になっているか。

いずれにしても、あの様子を見るに「部外者と手を組もう」なんて話に乗ってくるようには見えないな。

「さあ、もう十分だろ。あまり面倒を持ち込まないで欲しいんだ。帰ってくれ。」

俺の存在には気付いただろう。今はそれだけでいい。

 

「…ああ、でも……、」

立ち去ろうとすると、店主は迷った末といった口調でたった一つ、情報を提供してくれた。

「モーリス?」

…聞き覚えがある。確か、ロマリア陸軍の参謀をしていた男の名前だ。

「ああ、”雨漏り亭”って宿にいるアイツなら、何か知ってるかもな。」

「助かる。」

すると、気の迷いだとでも言わんばかりに店主は慌てて俺を追い払った。

 

 

酒場を出ると、またも「見慣れた暴力」がそこにあった。

「さっさと吐かないか、このゴミ虫が!」

巡回をしていたらしい複数の憲兵が一人の少年を囲み、鬱憤を晴らすように殴り蹴りを繰り返していた。

「ガハッ…、や、やめて、くれよ。だから僕は、何も、知らないんだって…。」

この町を歩いていれば犬猫はおろか、人の死体に出くわすことも珍しいことじゃない。

町で花を売っていた少年、炊き出しをしていた老婆が目の前で銃殺される現場も見てきた。

それを知っている者から見れば、この程度の「尋問」は猫が捕えたネズミで遊んでいるように見えるのだろう。

周囲の人間は、「二匹目にはなるまい」と足早に物陰へと消えていく。

「……」

変わらないな。俺がこの町を徘徊していた時も、誰も助けてはくれなかった。

逆に、あの狂人の少佐に拾われるまで俺はこの町の人間を何人か殺した。殺して、生き延びていた。

…それしか、方法がなかった。

 

――――そしてお前はもう、あんな非力な「ドブネズミ」なんかじゃない

 

「……」

どうやら軍の敵対勢力の拠点を聞き出しているらしい。そして間の悪いことに、暴行を受けている少年(ネズミ)はどうやら、俺を付け回していた気配の正体に違いなかった。

「…!?ア、アンタっ!」

俺の姿を認めると、必死で這いよって足元にすがり付いてきた。

「アンタ、強いんだろ?俺を助けてよ!」

…面倒だと放置したのが仇になったか。

 

「なんだキサマ!」「キサマもレジスタンスの一味か!?」

初めから聞く耳などない様子で高圧的に詰め寄ってくる。

…レジスタンスか。この状況でその名前が出てくるのはごくごく自然なことだが。今、ソレと俺を関連付けられると後々、面倒になる。

だが、こうなってしまったからにはなかなかどうして。「丸く収める」というような解決法もないな。

俺は纏わりつく赤毛の少年を振りほどき、憲兵たちの手を掻い潜った。

「キサマ、我々に逆らうのか!?」「やはりレジスタンスなんだな!?」

「…俺はレジスタンスなどではないし、その男も俺の関係者ではない。尋問がしたいなら好きにすればいい。」

などと弁明してみせたものの、やはり意味などなかった。何をしたところで、自分を追い詰める結果にしかならない。

「ならば身分証を見せてみろ!」「賞金稼ぎのようだが、許可証はあるのか!?」

いつもならその手の書類は必ず用意するのだが、今回ばかりは間に合わなかった。

ペペからも「命がけでしらばっくれろ」と愉快そうに助言されただけだ。

…撒くか?下手に兵士に手を出して記憶されてしまえば、やはり今後に響く。

「どうした、ないのか?」「もしかするとコイツ例の密航者じゃないですか?」「なるほど、ならば入国査証を出せ。出さぬなら詰所まで連行する。」「妙な真似をすればその場で射殺する。」

 

 

――――どうした、「家族」が銃を構えたぞ?こんな時、俺はどうしろと言った?

 

 

…今回ほどこの「体」に染みついた習性を呪ったことはない。

「な、なんだ、キサマ――――ッ!?」

古巣の臭いを嗅ぎ取って「正気」を取り戻してしまったのかもしれない。

「ま、まじかよ……」

スイッチが切れ、目の前の光景を見遣る。…どうやら俺はその場にいた憲兵全員の首をへし折ってしまったらしい。

「さっさと逃げろ。次は助けない。」

腰を抜かしている赤毛の少年に言い残し、目撃者が増える前に死体を始末して俺もまた足早にその場を去った。

「……」

別段、後悔はしていない。ただ一つ、ハッキリと認識してしまったことがある。

ここにはもう一人の「俺」がいる。

あの場所で、何も考えずに人をコロシていた「俺」が。

 

……決着を付ける時が来たのだろうか。

 

そう思うと気怠さを覚えずにはいられなかった。




※拘う(かかずらう)
関係をもつこと。好ましくないことに関わってしまうこと。関わることで制限を負ってしまうこと。

※ボビイ・ブルンドン
原作のギルドのお仕事「鉄クズ置き場でのクズ鉄拾いの警護」で登場するキャラクターです。「ボビィ」以下の名前は勝手に付けてます。
「ボールビー再生品協会」というのは「ボビィ」からなんとなくで付けました。

※グラヴィス・デル・オレハイン
14年前、ロマリア政府に反抗していた組織のトップ。シュウがチュカチュエロ少佐から渡された初仕事のターゲットだった男。

※ホンマの後書き
今回の「古巣」は「戦争を望まない者」のBパートなので、かぶっている部分は所々はしょっています。
あしからずm(__)m

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