聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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前回、読者さまから「ルビが多過ぎて読みにくい」という感想をいただきました。
なので今回からできるだけルビを減らす方向で書いていきたいと思います。
「ルビがあった方がよかった」という方もいらっしゃるかもしれませんが、この意見にに関しては私も同意見だったのでご容赦いただければと思います。

読めないものを読めるようになるのも「読書」の楽しみの一つということで。
すみませんが、今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m


戦争を望まない者 その一

そこは、金属を加工するロボットたちの駆動音が鳥の(さえず)りに代わり、命を奪う化学物質の産声が排煙となって舞い上がり、空の表情をつくる町。

産業革命を告げる工場群に黙々と(むしば)まれていくロマリア市郊外。

 

数日続いた灰色の雨が上がった。

廃液と廃鉄が彩る玉虫色の水溜りを踏み、空を見上げた赤髪の男がポツリと呟いた。

 

……どうやら俺は今日、死ぬらしい

 

そう感じたのは昨日の酒が抜け、お天道様に挨拶をした昼頃のことだ。

「そういうことだ。もしも俺が今晩、テメエを訪ねてこなかったら、総大将に言って作戦を練り直しとけよ。」

酒場で夜を明かした俺は、一直線にこの紙屑まみれの部屋を訪ねた。

やれ「ロマリア市内見取り図」だとか、「ロマリア城壁の構造図」だとか。一部の人間をあからさまに挑発しにかかる、くだらねえ内容の紙切れが公園の鳩に餌をやるみたく机を中心に()き散らしてある。

こいつらは才能のない芸術家どもにも増して夢見がちなバカの集まりらしい。

どうやったらテメエらがあの化け物どもを相手にして勝てると思ってんだ?……くだらねえ。

 

酒で紛らわせていた胸糞悪さがぶり返してくる。

これは俺たちの闘いだ。得物と猿知恵に頼ろうなんて考えの素人は無駄に命を捨てるだけだ。俺はそう言ったんだ。

なのにアイツらは「これは人類の闘いだ」とかなんとか屁理屈をこねてこんな駄兵(だへい)を奴らの餌にしようとしやがる。

総大将(アイツ)のことは信用してる。だから俺は折れた。それでもこの胸糞悪さだけはどうにもならねえ。

「フン、なにを今さら。アナタは自分が何者か未だに把握してないらしい。」

本の虫、もとい、このハゲ頭を相手にしてる時はなおさらだ。だからと言って、斬っちまえば晴れるもんでもねえと俺は理解してる。

だからこそ余計にムカつく。

 

「アナタの首を欲しがる人間がこの町だけで何人いると思っているんですか?」

…そうだ。俺は結構な額の(かか)った賞金首だ。身を隠してる訳でもねえ。「何人」と言わず、町の連中はみんな、俺のことを「疫病神」か少しリスクの高い「宝くじ」だとでも思ってるんだろうよ。

だったらなんだ?

それを知ったところで何になるよ。いいや、テメエのことだ。俺に慎重(おくびょう)になれって言いてえんだろ?

だけどな、俺から言わせればバカはテメエだ、ハゲ頭。

俺が連中の視線を釘付けにしてるからテメエらは今でもコソコソと嗅ぎ回っていられる。それくらいテメエもわかってんだろ。

 

……、

 

わかってる。俺こそ下らねえ言い訳をしてることくらい。

それでも、夢見がちのバカ共の戦争ゴッコを見ちまうと、次から次に「苛立ち」が湧き上がってくるんだ。

今度は俺が、この死にたがり共を護らなきゃならねえと思うと……。

死んぢまった親父の二の舞にはならないように……。

 

「アナタは今までそれを利用して選別してきたじゃないですか。」

そうだ。俺はそれを利用して使える人間を集めた。

いくら俺たちの実力が世界に知れ渡るまでになったとはいえ、俺たちは両手で足りるほどの人数しかいない。できることは限られてる。

特に、敵の本拠地のこのロマリア国で、戦力の分散はさけたい。親玉に当たる前に体力を消耗する訳にもいかねえ。

そのためにはどうしても伏兵が必要になる。

それがアイツらの言い分で、今回の作戦の根っこだ。

…俺の意志じゃねえ。

アイツらの目的のためだ。アイツらには恩もある。期待を裏切るのは好かねえ。それだけのことだ。

 

「それに、アナタらしくもない。何をそんなに怯えているんです?情けない。」

「……」

俺は何をそんな詰まらねえ言い訳で必死に隠そうとしてんだ?

「怯えてる?俺が?ハハッ。違うぜ、モーリス。これはな…、」

こんなにもハッキリと毛穴の開く感覚を味わうのはここ最近なかった。こんなにもハッキリと()()()のする「殺気」に会ったのは久しぶりなんだ。

…そう、俺は結局のところ……、

「楽しんでんだよ。こんなに活きの良いヤツには滅多にお目に掛かれねえからな。」

コイツは幾つの戦場を経験したんだ?俺よりも多いのか?その辺の賞金稼ぎ共とは格が違うってのはわかる。

たとえ俺が、山ほどの血糊を塗りたくって、それでも鈍く光ろうとする刀を見て笑ってたとしても、コイツは(ひる)まねえ。

それが楽しみで仕方ねえんだ。

 

「……」

「……」

 

このハゲも、そんな俺を見ても臆しない。それでいて頭がキレる。だから俺はコイツを今のポストに置いた。

まあ、これはその最終確認みたいなもんだった。

そこまで見抜いた上で、ハゲ頭はことさら気怠(けだる)そうな溜め息を吐いて俺を睨み付ける。

「怠慢ですね。果たすべき任務を放棄しての放蕩三昧(ほうとうざんまい)。お陰で私は忙しい毎日を送らせてもらってますよ。まったく、世界の転覆を計ろうという”アーク一味(いちみ)”の気概(きがい)が微塵も感じられませんね。」

「そう思うか?…いいや、そうかもしれねえな。だけどな、モーリス。もしも今日、生き延びることができたなら、こんなクズでも少しは変わってるかもしれねえぜ?」

「そうあることを願うばかりです。」

ハゲ頭は「話は終わっただろう」と言わんばかりに散乱した本の一冊に顔を埋め、犬でも扱うかのように手を振って俺を追い払った。

「…あとは頼んだぜ。」

俺は片手でページを(めく)り、片手でペンを動かすハゲに声を掛け、奴はそれに応えなかった。

どうやら俺は最後までこのハゲのことを分かってやれなかったらしい…。

 

 

「……」

宿を出ると、奴の視線は一層鋭くなった。

…気を抜けばチビっちまうかもしれねえ。それくらいこの「殺気(しせん)」は俺に、鼻や耳の穴の奥までドロッドロの血を流し込んでくるような濃密な臭いを感じさせた。

こんな「殺気(しせん)」を前に場数も糞もねえ。コイツは確実に俺の倍以上の人間を殺してやがる。

 

っていうかよ、普通の刺客なら相手を()るまではソレは隠してるもんじゃねえのか?

それなのにコイツは、まだ俺の視界に入ってもないのに、まるで既に眉間に切っ先をブッ刺してるみたいな「視線」をくれやがる。

知られようと知られまいと俺程度の標的なら関係なく殺せるとでも言いてえみたいじゃねえか。

 

安っぽい挑発じゃあねえ。

木を隠すなら森の中(カモフラージュ)」みたいな小便臭い手でもねえ。

コイツはそんな中途半端なモンじゃねえんだ。

その証拠に、こんなにもガンガンに「視線(メンチ)」をくれてるってのに、俺に居場所を気取らせねえ。

一方的に見られる感覚。まるで絞められる前の鶏にでもなったみてえじゃねえか。

「……」

気付けば俺は唇を噛み切って、笑っていやがった。

手の平はジンワリと汗ばみ、全身が小刻みに震えた。

「…カカッ、イイねえ。こういうのを待ってたんだよ。」

親父には怒られるかもしれねえ。それでも、俺はどうしようもなく血に飢えてるんだ。

あの時、親父たちを護れなかった俺を殺してくれる相手に……。

 

 

何処に隠れてるかは分からねえ。でも、(やっこ)さんのツラは知ってる気がした。

今朝、いつもの酒場で飲んだくれていると、妙な奴が意味深な視線をくれやがったのを憶えてる。

ソイツは出で立ちとは裏腹に「気配を消すのが得意です」ってツラをしてやがった。事実、店の常連共も「余所者(よそもの)」だと認識していながら、それ以上、気に留める様子はなかった。

だけど、俺は(だま)されねえ。

アイツの目ん玉の裏にゃあ、虎ですら平気で丸呑みにしちまう蛇みたいな「殺意」が蜷局(とぐろ)を巻いてやがったんだ。

あの目は忘れねえ。

アレは、今まで相手にしてきたどんな連中とも違う。なんだったら、仲間全員を殺すことだってできるかもしれねえ。誰にも(さと)られず、一人残らず。

そうさ。コイツがその気になれば、たった今、この場で俺を撃ち殺すことだってできるはず。

それをしねえのは…、万が一にも俺が生き延びてテメエを仕留めるチャンスを与えちまうからか?

それとも、他に意図があるってのか?

 

だんだんと「殺意(しせん)」にも慣れ、ボンヤリとではあるけれど奴の位置も掴めてきた気がした。

…何を考えてやがるんだ。このままじゃあ、「隠密」の利点がなくなっちまうぜ?

俺を怒らせたいのか?

最大の優位を捨ててもまだ俺を殺せる自信があるってのか?

それを俺に見せつけているようでもある。

スラム街の入り組んだ道、人通りの多い道を使って振り切ろうとしてみても、「視線」はピッタリと一定の距離を保ち続けてやがる。

背後を取ろうとしても付かず離れず立ち回って隙がねえ。死角を利用してるってのに、まったく、よほど勘の良い奴らしい。

だからってされるがままは俺の好みじゃねえし、一方的に見られるってのもそろそろ我慢できなくなってきた。

最期かもしれねえんだ。せめて一振りくらいは、この紅蓮(かたな)と一緒に暴れさせてくれてもいいじゃねえか。

 

俺は俺の脳天に銃口を突き付ける悪魔を引き連れ、自分の死に場所へと向かった。

 

――――鉄クズ置場

 

そこはロマリア市郊外、通称「クズ鉄の街」で数少ない、少なくとも100m四方は開けている場所だった。

俺の武器は刀一本っきり。対して悪魔野郎はおそらく状況に応じた銃や刀剣類を持っている。

射線を防ぐ物陰の少ないここは、俺にとって一方的に不利な地形。相手がそう思っていることを俺は願った。

「ここなら文句はねえだろ?出てこいよ!」

戦略的な話じゃなく、ただただ俺を殺すかもしれねえ野郎のツラを拝まないことには死ぬに死にきれねえと思っただけだ。

死ぬなら闘って死にたい。そう思っただけだ。

「なにビビッてんだ?監視カメラのことなら心配するこたあねえよ。俺が一つ残らずブッ壊しておいたからな。」

ここには今までにも何度か作戦のために来てる。念入りに、カメラや盗聴器の(たぐい)は壊しておいた。

誰も、俺たちの遣り取りを盗み見るものはいねえ。……だから、出てこいよ。

「……」

俺は黙って一点だけを睨み続けた。

近付けば近付くほどに奴の視線はより深く突き刺さって、奴を見つけようとする俺の五感を殺しにかかる。それでも「奴はそこから現れる」俺にはその確信があった。

 

「……」

 

俺の見詰める、積み上げられた鉄クズの上に、一つの影がヌルリと現れた。

「…よお、」

言葉が、出てこなかった。

奴に(じか)に睨まれた瞬間、失くしたと思っていたものが突然、俺の喉元を握り潰した。

 

俺の目は、人の形をした狼を見ていた。

真っ黒なローブに身を包んでいながら、そこから覗く銀髪は妖刀のような鈍い光で輝き、青い瞳は茂みに身を(ひそ)める獣みたく静かにギラついてやがる。

それこそ、(かこ)いの中の鶏を見るような冷めた目で。

「…上等じゃねえか。」

奴は俺が「その目」に慣れるのを見届けると、一言も発することなくその手に引っ()げていたものを俺の方へと放ってみせた。

「……」

ロマリア軍が使う監視カメラだ。4つも。見落としていたのか?俺が?

奴は「まだこれだけの目があるぞ」と言わんばかりの目で俺を見下してきやがる。

「ハッ、見たけりゃ見せときゃいいじゃねえか。俺はいつでも誰でも大歓迎だぜ?」

俺はわざと鞘走(さやばし)りを鳴らしながら紅蓮(かたな)を抜き、虚勢を張った。

 

どうして虚勢を張ってしまったのか、俺はよく分かっていた。

自分でも嫌気が差すほどに血の気の多い本当の理由。それは、アークと一緒に腐った野郎(ブタ)どもを一掃(いっそう)する戦争に勝ちたいからじゃない。

俺はただ「誰よりも強いこと」を証明し続けたかった。

俺はもう「誰かに護られる人間」になっちゃあいけないんだ。

「どうしたよ、こんな所まで付いて来るんだ。それなりの覚悟があるんだろ?それとも何か?誰かに見られてたら緊張して動けねえか?だったらそこでジッとしてろ。俺がその緊張を(ほぐ)してやるよ。」

だけどそれは、聖櫃(せいひつ)をアンデルに奪られ、本格的に戦争を始める前の話だ。

今は――――、

「鉄クズと廃物の異臭で紛れちゃいるが、ここにはたくさんの先客がいる。一人で寂しいってことはないから安心しな。」

今は、護りたい奴らを護れなかった自分が、()()()()()()()()()()()()()()()が心底憎くて仕方がない。

()()()()()()()()()()()()()()()()に天誅の下る日が来るのを今か今かと待っている。

…そうだ、俺は早く死にたいんだ。

「……」

奴は何も語らない。刀をギラつかせ、ズンズンと近付く俺を目の前にしても、その目に宿る「狩るもの」の光は少しも鈍らない。

対して俺は、唐突に(よみがえ)る「感情」に震えながら、最期の時を噛み締め、一歩一歩覚悟をもって踏み出した。

 

 

「……」

奴が何を狙っているのか未だに分からない。

分からないまま俺が鉄クズの山に足をかけると、奴はフラリと反対側に身を倒し、姿をくらました。

「おいおい、もう追いかけっこは終わったんじゃねえのかよ。あんまり手間をかけさせんじゃねえよ。」

…手間?もしかして、俺を街から遠ざけてモーリスたちを根こそぎ始末するつもりか?

モーリスはともかく、本拠地(アジト)はまだ誰にもバレてねえはずだ。

内通者でもいない限りは…。

どうする?

念のために引き返すか?それとも、「引き返すこと(ソレ)」自体がアジトを特定するための罠か?…それとも、全部俺の杞憂(きゆう)か?それとも……、

「……ムカつくぜ。こういうのは俺のガラじゃねえんだよ!」

俺は叫び、勢いに任せて山を駆け上がった。

 

バララララッ!

 

山の向こうが見えた途端、今までだんまりを決め込んでいた奴の銃が火を吹いた。

「クソッ!」

それくらいは(さっ)していたから難なく避けられたが、辺りに生き物の気配がなかった分、銃声は必要以上に響き、俺の耳に刺さった。

瞬間、五感が鈍り、奴の動きを追えなくなる。

「どこ行きやがったっ!?…?!」

何か踏んだ、そう思った瞬間――――、

 

ドォォンッ!

 

地雷!?

辛うじて退いたが、爆音は俺の五感をさらに鈍らせた。

「クソが―――ッ?!」

 

ドンッ!

 

 

 

 

 

 

……右の(こめかみ)が濡れ、激痛が走る。

「……」

(ぬぐ)った手の平にはベッタリと真っ赤な「死」がこびり付いていた。

「……」

今までの経験と勘が働いてなかったら、今の一撃で俺は()っていた。

地雷が巻き上げる煙が晴れるまで、手の平に目を落とし俺は立ち尽くした。

「……」

視界が開けると、悠然と構える狼が静かに俺を見遣(みや)っていた。

「……」

俺の中で、何かが「切れた」。

紅蓮を鞘に戻し、前傾姿勢で(つか)に手を添え、狂った五感を大きく、大きく広げる。

……見えてくる。

「…間合いの外にいれば斬れねえとでも?」

そう、耳を澄ませば何もかも聞こえる。

奴の心臓の音、汚ねえ廃鉄の風、そして……、

 

――――花は、好きか?

 

キィィィンッ!

 

赤髪の抜刀(ばっとう)はまさに目にも留まらぬ早業だった。

そうして見事な弧を描いた切っ先が、荒れ果てたゴミ捨て場の空気を()いだ。

描かれた剣線が薙いだ空気に乗り、一本の刃となって延長線上に立ち塞がるクズ鉄たちの首を次々と()ねていく。

解き放たれた剣線は大地にすらもパックリと割ってみせた。

しかし、そこに肝心の標的の姿はない。

それは遥か後方の宙を、鳥のように舞っていた。

その様子を見て、赤髪は笑う。

「おいおい。そりゃあ、誘ってんのか?」

赤髪が踏み切った足は猛虎の如く大地に無数の(ひび)を走らせ、瞬く間に狼の着地点へと到達する。

そして、無防備に降りてくる狼への必殺の息を整える。しかし、

パラララッ

狼もまた着地を待たず、赤髪を狙って銃を連射する。

 

狼の照準精度は一発一発がスナイパーのように正確無比。10m以内であれば撃った弾の数だけ被弾しないはずがなかった。

銃口から飛び出した弾は、赤髪の脳、利き手、心臓、肺を撃ち抜き、間違いなく戦闘不能に至らしめるはずだった。

だというのに、凶弾は一発として赤髪の体を傷つけない。それどころか、触れることさえできず、赤髪の周囲に土埃を巻き上げるばかり。

そして、彼は緩やかになる時の流れの中で狼に問い掛けた。

 

「…テメエは、花が好きか?」

 

命ある者に「時を止める」という現象(きせき)は決して与えられない。

しかし何らかの道を極めた者の中には、(それ)を燃やして「時」を濁流のように激しくも、または清流のように穏やかなものにも変えてしまう御業を得る者がいるという。

今まさに、赤髪は獅子毛(ししげ)の如き(いさ)ましい赤髪を振り乱し、人の領域の外を駆け回った。

 

それは一瞬の出来事。

「時」の狭間の中で、赤髪は三度、刀を振るった。

圧縮された「時」の中で振るった斬撃は光を放ち、大きなつむじ風を巻き起こす。

その演舞の軌跡は赤髪本人の目で追うことさえ叶わない。しかし、彼の全身がその全てを感じ取っていた。

 

「……マジかよ。」

 

ところが、そこに演舞の幕を引くべき赤い花弁は舞わなかった。ソレは、折れたナイフを捨て、相も変わらず適切な距離を保ち、鈍色の銃口を赤髪に突き付けていた。

 

俺は今まで、武器や異能の力にかまけた小煩(こうるさ)いハエを叩き落とすのが得意だと思っていた。

自信満々のツラを蒼白に染め、紅色の花を撒き散らすのが大の得意だと思っていた。

なのに…、だってのに……、

「アレを躱せるのかよ…。」

手加減なんかしてない。完璧に()るつもりだった。でないと俺が()られると思ったからだ。

何より、アイツは空中にいたんだぞ?魔法(てじな)を使った様子もねえ。だったら、どうやってアレを避けたっていうんだよ。

「マジかよ…、マジかよ、マジかよマジかよ!!」

 

煮え滾った血が行き場を失くし、赤髪はすっかりパニックに(おちい)ってしまった。叫ぶに任せて狼を追い回し、刀を振り回していた。

まるで、子どものケンカのように。

あの頃のように。ガムシャラに。頭が空っぽになるまで。

 

 

 

 

ガキの頃から俺の周りでは理不尽な命の遣り取りがあった。

弱い町の人間が強い組織に(なぶ)られ、ご機嫌取りが上手な奴もいつかは命乞いをしながら死んでいく。

目の前で悲鳴を上げ、血を流し、発狂するアイツら。

俺は目の前で死んでいくアイツらの姿がとにかく憎たらしかった。

弱い奴は死ぬのが当たり前だとぬかすアイツらのツラが心底、胸糞悪かった。

そんな時、思ったんだ。

 

――――俺が護れば誰も死なねえんじゃねえのか?

 

俺は強かった。例え相手が大人でもケンカでは負けなかったし、武器を持てば一度に多くの大人を殺すこともできた。

けれど、それは俺の思い上がりだった。それを、親父が教えてくれたんだ。

俺は親父を殺そうとしたのに、親父は俺を殺さなかった。

「…テメエ、花は好きか?」

意味が分からなくて、俺はただただドスを握りしめる手から力が抜けないように踏ん張ってた。

だけど親父は今まさに自分を殺そうとしてる奴を目の前にして怒るでもなく、憐れむでもなく、こう言ったんだ。

「花は散る。誰にもそれを止めることはできねえ。それでも、花は好きか?」

桜を見上げて、親父はそう言ったんだ。

 

聞いてた俺はどうしてだか。握りしめていたドスを落としちまってた。

 

親父の下で数年鍛え、俺はさらに強くなった。

そして、俺は()りずに自惚(うぬぼ)れた。

今の俺なら皆を護れる。親父のように。

……そう、思ってた。

ところがどうだ。やっぱり俺は誰も護れなかった。親父も、兄弟も。

俺は怒った。俺には何ができるんだ?俺なんかの刀じゃあ、誰も護れねえのか?

 

俺なんかに花が()くわけがなかったってのかよ。

 

 

 

――――運命?

 

何の因果か。俺はよく分からねえ奴らと(つる)むことになった。

アイツらは俺より弱かった。いや、強い時もあったな。…よく分からねえ。

初め、俺はコイツらを利用する気でいた。コイツらに付いて回りゃいずれ親父たちを殺した奴らを殺せる。

それだけのための「仲間」のつもりだった。

 

でも、サリュ族の村で見せたアイツの涙を見た時、俺はそこに自分を見た気がした。

ジジイの猿知恵を覚えても、俺やイーガみたいに体を鍛えても、それでも護りたい奴は死んでいく。

アイツの打ちひしがれる姿を見て、俺は自分の中の「怒り」がどんなものか見えた気がした。

俺の「怒り」は正しい。でも、強くない。

そして、頭の悪い俺には強くなる方法が分からない。

 

気付けば俺は「胸糞悪さ」に操られて親父の刀を振り回してた。

そうやってアイツの敵を斬り続けることしかすることがなくなってた。

でも、それが俺の全てなのかよ?

 

親父、教えてくれよ。

俺はまだ、花を()けることができんのかよ?




※放蕩三昧(ほうとうざんまい)
お酒や色事に溺れ、好き勝手に振る舞うこと。

※メンチ
「メンチを切る」
関西圏のスラングで「睨み付ける」の意味ですね。主に、不良な人々がおケンカをする前戯として行います。
なんと、「目玉(めんたま)切る」がなまって生まれたそうです。恐いですねえ(^_^;)
関東圏では「ガンを飛ばす」「ガンたれる」と言いますね。

※赤髪の抜刀はまさに目にも留まらぬ早業だった~一本の刃となって延長線上に立ち塞がるクズ鉄たちの首を次々と()ねていく。
原作のトッシュの必殺技「真空斬」のつもりです。

※「時」の狭間の中で、赤髪は三度、刀を振るった~そこに演舞の幕を引くべき赤い花弁は舞わなかった。
原作のトッシュの必殺技「桜花雷爆斬」のつもりです。
「一撃だぜっ!」

※剣線(けんせん)
造語です。刃物の切っ先が描いた軌跡のこと。

※獅子毛(ししげ)
歌舞伎の演者が使用するカツラの一つ。赤、白、黒などがあり、どれも獅子の(たてがみ)を表現するとともに、その力強さや魔除けなどの意味もあるそうです。
とても長毛で剛毛。

これを用いた演目の一つ?”連獅子”には赤と白の獅子毛を用います。
この”連獅子”は「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」の諺をモチーフにしているらしく、演目の最後は赤い獅子毛を被った子と白い獅子毛を被った親が豪快に舞って終わります。

※サリュ族(ネタバレ含みます)
公式の設定にあるアリバーシャ国の部族で、「アークⅠ」のストーリー中、カサドール将軍(アリバーシャ軍の将軍)の爆撃により壊滅させられる。
その行為はアークの目の前で行われ、村に降りたアークはその惨劇に深い悲しみと怒りに囚われました。

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