聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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共謀者 その三

ガルアーノはろくな調査もなしにレジスタンスの戦力を事細かに説明した。

それらは全て、現在ロマリア国内で確認されている不審な情報からそうでないものまでを網羅したガルアーノの頭の中で組み立てた憶測でしかない。

けれどもノーアの目にはそれが単なる「憶測」では済ませられない説得力のある数字に見えた。

「今の段階で奴らの侵入経路の予測は立っているのか?」

ガルアーノという男はどこまで見通しているのか。ノーアは自分のやるべきことの幅がどんどんと広がっていくような気がしていた。

 

彼らが構える研究所は、難攻不落として名高い()()()()()の中心にある。

ロマリア市はロマリア城を中心として円形に広がる都市で、その外周をおおよそ50mにもなる城壁がグルリと囲んでいる。

通常、人間の出入りは城壁に設けられた8つの検問所を利用するしかない。

また、城壁には砲台も設置されているため、空からのアプローチも容易ではない。

城壁の内側も(しか)り。警報一つで臨戦態勢をとれる兵士の詰所が、市内にいくつも設置されている。

この防壁に対し、ガルアーノはレジスタンスの侵攻をどこまで許すと予測しているのだろうか。

それによって自分の出番がどこにあるのか見極めなければならない。

ノーアはガルアーノに負けじと地図の上を駆け回った。

 

「いくつかの候補はある。だが9割方、奴らはここを攻めてくるだろうな。」

ガルアーノは地図上で一際(ひときわ)長く太い線を指差した。

それはロマリア城下と近隣都市の物流を支える巨大蒸気機関車ゲバージの、ロマリア国際空港へと繋ぐ路線。

「これだけデカい口を開けていればバカでも入りたくなるというものだ。」

ゲバージは、現在もロマリア国が「世界最強の軍事国家」である所以(ゆえん)であり、それゆえに反政府勢力の目には「ロマリア政府」への嫌悪の象徴に映っていた。

そして、ロマリア市から放射状に伸びる8つの路線の中でも、空港に伸びる一本線は「軍神の矛」とも呼ばれている。ゆえに、反逆者の多くもまた「この悪魔の矛さえ折ってしまえば」という理念の下、この路線を襲撃してきた経歴がある。

 

「…レジスタンスは、そんなに単純な連中なのか?」

()()()()()()()()()ということさ。」

それはつまり、特定の防衛線を突き一時的に戦力を(かたよ)らせようという話らしい。だからこそ、最も多くの人員を配置できるポイントを選ぶのだという。だが、

「アンタの出した数値を頼るなら、レジスタンスに長期的戦略が見込めるほどの余力はないように思えるが。」

「そうでもないさ。モーリスはかなり周到な男だ。ワシらの目の届かない逃げ道、補給路を隠し持っている可能性は大いにある。」

「それも、アンタの勘か?」

「戦争の基本は”勝利”だ。その点で言えば、モーリスは間違いなく優れた参謀といえる。それだけのことよ。そして―――、」

そのレジスタンスの思惑を(くじ)くため、ロマリア市郊外の一つ、通称「クズ鉄の町」に効果的な厳戒態勢を敷く。そんな流れになると思っていた。

 

ところが、ガルアーノが次に広げさせた図面は、ゲバージの搬入口からこの研究施設に続く諸々の見取り図だった。

そして、男の口から出た言葉はさらに俺の意表を突いていた。

「―――、それはあくまで()()()()()()()()()()()。」

言っている意味がいまいち理解できなかった。だが無理やり解釈するのならそれは、

「…アーク一味がレジスタンスを裏切ると?」

「まあ、厳密に言えばそうなるかもしれんな。だがそれも仕方あるまい。レジスタンスと奴らの目的の規模が違う。勇者どもには、こんな小さな拠点を潰すのにチマチマせめぎ合っている暇なんてないのさ。」

ガルアーノはまた意味の分からないことを言い始めている。小さな拠点?

「目の前に”ロマリアの首”があるのにどうして手を抜く必要がある。」

「言っているだろう?戦争の基本は”勝利すること”だ。仮に今、ロマリアを落としたとして、その後はどうなると思う?」

「……」

「どこかの国が”第二のロマリア”を名乗り始めるのさ。」

話が()れている?いいや、逸らされているのか?

「それが、ロマリア四将軍がロマリアに常駐しない理由の一つだ。もしもの時、ロマリアに並ぶ列強国を従え、作戦を引き継げるようにな。」

「まずはその四将軍を落とす必要があると?」

「まあ、そういうことだな。」

俺の正体を知って、揶揄(からか)っているのか?それとも、まさか助言しているのか?

「レジスタンスはアークがつくった組織だろう。なぜわざわざ足並みを崩すような真似を?」

「今、組織を預かっている人間がアーク本人ではないからな。」

「…その男の独断か?」

ガルアーノは唸り声のような笑みを浮かべて肯定した。

「赤毛の猿は表向きは荒ぶっているがその実、内面はひどく甘っちょろい奴だからなあ。」

 

コイツの意図はさて置き、その可能性は俺も考慮していた。だからこそ、俺は独断でこの作戦を実行しているんだ。

「モーリスもバカじゃあない。何かしら勘付いているはずだ。」

「だが”勝利”を視野に入れているなら、表立って揉め事は起こさない。」

「…分かってきたじゃないか。」

それでも、ロマリア政府に踏みにじられてきた彼らの目に、”アーク一味”の行動は「自分たちを踏み台にしているロマリアと同類」に映るはずだ。

協力することを覚えなければ復讐の連鎖は止まらない。そういう意味も含めてアイツに任せたつもりだったんだが……。

「適当に相手した後、アンタは引き上げていく()()()()()()()()()()()巣穴を潰す。」

「その通りだよ。」

…相手の手の内を知ったところで……。俺は、知り過ぎたこの情報をどうすればいい。

果敢にも敵陣に飛び込んだノーアは、想定以上に敵に見透かされている現実に困惑させられていた。

 

そして、その混乱は過酷の一途(いっと)をたどっていく。

 

「…なに?」

ガルアーノの不意の提案にノーアは思わず声を上げた。

「何を驚くことがある。今、ここにおったところでキサマは役に立たんだろう?だから施設内(なか)を視察してこいと言ったんだ。地理を把握し、撃退の手段を講じることこそがお前の仕事、違うか?」

「……」

ノーアもまた、自分の変装が目の前の男に通じていないことを薄々ながらに察していた。

だのに、さっきからわざわざ自分たちの手の内を(さら)すような真似をする男の真意が分からない。やはり、揶揄っているのか?それとも……、

そんな彼を気遣うように、男は(いや)らしい笑みを浮かべて言葉を付け足した。

「心配するな。仮にキサマがここで何を知ろうと、素人が何かを理解できるレベルじゃあない。心置きなく()()()()を楽しめばいい。ククク……。」

…その程度の言葉じゃ判断がつかない。ただただ俺に余計な情報を与えて、この作戦を破綻させようとしているようにも思えてくる。

しかし、この場で作戦を放棄する訳にもいかないノーアはガルアーノの部下を一人付け、言われた通りに施設内を見回るしかなかった。

 

俺の前を行くのはガルアーノの部下の一人…。人相こそ違っているけれど、かもしだす雰囲気はどいつもこいつも同じに感じられた。

「……お前たちはガルアーノの奴隷なのか?」

こんな機会があるとは思ってもみなかった。だから、その質問は予定していたものじゃない。ガルアーノの奔放で感情的な()()()()に調子を狂わされてしまったんだ。

ノーアは、彼らに救いが必要なのか声を掛けずにはいられなくなっていた。

「何が言いたい。」

「…いや、なんでもない。」

しかし、声を聞いた瞬間に自分の過ちを悟った。

犠牲が必要な闘いなのだと肝に銘じていたはず。ここでは「ノーア」を演じきらねばならないと心に決めていたんだ。それなのに、まるで奴の魔力に魅了されてしまったかのように自分を見失っていた。

 

そんな彼を見透かしたかのように、部下が発した一言は自称ノーアに十分な冷や汗と後悔を浴びせかけた。

「…キサマは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あまり調子に乗らないことだな。」

同時に、複雑な想いに駆られた。

彼らがガルアーノに絶対服従であることは間違いない。間違いないのかもしれないが、それが「造られた人形だから」なのか。それとも、「生みだした父への畏敬の現われ」なのか。

どちらであれば救わなければならない。見捨てても良い。これは、そういう話なのだろうか。

「勇者」であれば、どちらを選ぶべきなのだろうか。

未熟で、頼りになる仲間も今は(そば)にいない。今の彼には、それが判断できなかった。

 

そうして最後に連れてこられたのはクローン培養室の一つだった。

そこには、ノーアの訪問を今か今かと待ち構えるガルアーノの姿があった。

「やあ、ようやく来たな。」

「…どこもかしこも悪臭と不細工なツラばかりで吐き気がする。」

吐き気はウソじゃない。だがそれは薬品や素体の体臭のせいであって、醜悪な化け物の姿のせいばかりではない。

そして今、彼は「吐き気」に背中を押され、困惑を極めていた。

敵の様々な言動が彼の理解の外を駆け回り、彼の(かか)げる「正義の塔」が傾いていた。

ノーアは自分の中の「闘い」に白旗を上げたい気持ちで一杯になっていた。

それでも今はまだ、「仲間を束ねるリーダー」としての自分を辛うじて保てている。

 

「素人の目にはそう映るのかもしれんな。だが、ここではそんな軽はずみな暴言も口にできまい。」

円柱の培養槽の中には化け物に限らず、様々な色の髪や肌をしたヒトの姿があった。

異形の化け物ばかりかと思えば、この部屋にはヒトの形をした化け物も多くあった。

容姿の整ったものもある。けれど、中にはやはり不細工なものもある。それなのに…、

「中身は同じ化け物なんだ。だったら他のヤツと何も変わらない。」

そんな、つむじ曲がりな目で見ていたはずなのに…、

そのどれもこれもに、ノーアを惹き付けてやまない「何か」が漂っていた。

「妙な意地を張れば何かが解決するのか?くだらんな。正直になれ。キサマはコイツらを見て何を感じる。」

「……」

さらに驚いたことに―――それが偽物だということは一目で見抜いた彼だが―――、中には”アーク一味”と思われる姿もあった。

だがやはり、ノーアを惹きつけているものは()()()()()()()()()

 

美しいと思わんか?何か語りかけてくると思わんか?もしくは、キサマの中で共鳴するものがあったりはせんか?

 

悪魔の泥だらけの囁き声がノーアの耳を(ねぶ)る。

すると、鼓膜から何者かの悲痛な叫びが聞こえてくる気がした。

悪魔の赤黒く濁った眼がノーアの瞳を覗き込んだ。

すると、拭えない赤黒い斑点が網膜にいくつも浮かび上がってきた気がした。

……今の今まで感じていた悪臭が途端に、とても馴染みやすいものに感じられた。

 

「真に綺麗な人間など、この世に一人としておらん。秘密を抱え、嘘を吐き、自分を(あざむ)いて生きていく。それでも健気に”希望”を護る姿だからこそコイツらは美しい。そうは思わんか?」

「……」

人情などに(かかずら)われず、非道の限りを尽くしてきた悪魔の声が、どうしてこんなにも「真実」に聞こえてしまうのか。ノーアは自分の「理性」を疑った。

「その中でも、ワシの一番のお気に入りだったのがコイツだ。」

悪魔の指さした(プール)は、入室した時からノーアの目を強く惹きつけていた。

幼気(いたいけ)な少女」、端的に言ってしまえばそれで事足りるはずだった。

けれども、見れば見るほどに彼女の内面とも外面とも取れない妖艶さがノーアの語彙を上回り、ノーアを狂わせた。

 

プラチナブロンドのガラス繊維が彼女の素肌を割れ物を扱うよりも丁寧に包んでいた。氷よりも陽に弱い象牙の膜が彼女の内臓を零さないようにと、はち切れそうになりながらも必死に支えていた。

その(はなは)だしいほどに希薄な「命の塊」が「人」と「彫像」の境をさまよっているかのように映った。

「……」

ノーアは黙っていた。口を開く気にもなれなかった。

どんなに悲鳴に彩られた容姿であっても、それは少女であって、少女ではないのだから。

目を背けたくなるほどに穢れきっていても、少しの同情も抱いてはならない。

それは、「悪魔(あくしゅう)」そのものなのだから。

 

「コイツには想いを寄せる男がいてな…。」

動揺するノーアの背中を押すように、唐突な悪魔の語りが始まった。彼の信じる「正義」の、化けの皮を剥ぐようにじっくりと、慎重に。

その穢れた指先を感じていながら、ノーアは耳を傾けずにはいられなかった。

そこに、俺の知るべき「正義の正体」があるのかもしれない。

そんな「疑惑」とも「信念」とも取れない曖昧な自分に突き動かされていた。

 

 

 

――――五年前、あれは二人にとって運命の日だった。

その日、二人は唐突に施設の本性を突き付けられ、恐怖に促されて脱走を図った。しかし、すぐに警備に見つかりズンズンと追い詰められていく。

二人は子どもだった。大人から逃げられるはずもない。

その時、この女は何をしたと思う?

……わざと足にケガを負い、囮になって男を逃がしたのさ。

苦渋の決断だったのだろうな。男を、泣き喚いてまで追い払った。

そして、追い詰める大人に警告するかのように…。いいや、八つ当たりでもするかのように、その半数を殺してみせたよ。

 

その甲斐あって、男は生き延びることができた。

ところが、だ。

 

男は逃げる最中、化け物の花粉(じゅつ)にやられ記憶を失くしてしまった。それがたとえ、意図したことではないとしても、男は”施設の全て”を手放したのだ。

しかしその後、運よく人に拾われ、今では心強い仲間を引き連れて男の()()()()()()()()()を払おうと果敢に挑んでいる。

勇ましくも美しい生き様じゃないか。

 

一方、施設に連れ戻されたコイツはどれだけ負担の大きい改造を重ねても男のことを忘れなかった。

遂には、それが悲鳴なのか。救いを求めて男の名前を叫んでいるのかすら区別がつかんほどにコイツの頭は狂ってしまった。

そのせいで、研究員も他のモルモットも山ほど殺されたよ。

心が壊れ、操り人形になってなお、コイツは男がいつか自分を助けに来るものだと信じ続けていた。

 

 

「アンタは何がしたいんだ。目的は兵力の底上げじゃないのか?」

遂に堪え切れなくなったノーアは口を挟んでしまった。

それに機嫌を良くしたらしい悪魔は、「美しい思い出」を遮られたにも拘わらず、声の調子を上げて答えた。

「兵力?そんなものは大義名分よ。ワシの本懐は”運命”を殺す化け物を造ることだ。」

「運命を殺す、化け物?」

悪魔の言葉の一つひとつが、幼いノーアを揶揄うかのように別の姿をしていた。

「コイツのオリジナルにはアーク一味にも(おく)れを取らん素質があった。…そうだ、そうだとも!仲間さえいれば、機会に恵まれてさえいれば、男を護ることも、平凡な幸せを掴むこともできた。だが、コイツは全てに見放され、最期には男を護るために()()()()。なぜだ?!男の数十倍の苦痛を耐えたというのに!?だのに、運命は男にばかり微笑み、コイツに辛く当たるばかりだ!!なぜだと思う?!」

饒舌(じょうぜつ)だった。ノーアに関係なく、悪魔にとってこの少女が特別なものだということが嫌というほど伝わる。

「ワシはコイツの姿を見てようやく、立ち向かうべき醜悪な悪魔の姿を知ったんだよ。」

「…だがその言い方だと、アンタもその”醜悪な運命(あくま)”の内に入るんじゃないのか?」

「…ククク。」

悪魔は笑うばかりで、その問いには応えなかった。

 

それどころか、話の雰囲気に酔った悪魔は逆にノーアに問い返していた。

「例えば、お前は叶えたい目的のために全てを捻じ伏せることのできる武器を手に入れた。そうして目的を果たしたキサマはその武器をどうする?」

「……」

ノーアは悩んだ。答えるべきなのか。無視すべきなのか。捉え方によっては自分自身のことを指した忠告のようでもあり、ただただ揶揄われているような気がしないでもない。

…しかし、自分には答える「義務」があるような気がしてならない。たとえそこにどんな誘惑(わな)が待ち構えていようと。自分に「()()()()()()()()」がまだあるというのなら…。

 

……ダメだ!!

 

()()()はすんでのところで思い止まることができた。それこそが、悪魔の策略なのだと気付くことができた。

「ククク、乗りの悪いヤツだ。」

ノーアは残った理性でどうにかこうにか平静を保ち、ガルアーノを睨み付けた。

失くしてはならない敵への殺意を内に秘めながら。

その無邪気な様子を十分に楽しみ、悪魔は笑って答えた。

「ワシなら死ぬまでその武器を振るい続けるよ。」

それは、ノーアの答えとは違っていた。

「ワシと関わった以上、ワシはそれを使って人生を楽しまねばならん。楽しむのは”命”を持つ者にとっての義務だ。それで多くの憎しみを買うこともまた、全力で生きるものにとっての喜びの一つだろう。」

()()()()()()()()。けれども、それはノーアの理想とは正反対の世界だった。

だからこそ悪魔はノーアに「新たな世界」を唱え続けた。「正義」の創る世界が正しいのではなく、「()()()()()()()()()()()()」こそが正しい世界なのだと。

「だが、そんな武器を産み出した神々はどうだ?」

その中でも、3000年の時で熟した男の「妄想」は、たかだか十数年を生きた少年ごときが否定できるものではなかった。

「奴らは安易に”最強”を産み落とすばかりで、その”力”に責任を持った試しなど一度もない。それが新たな災いを引き起こせばそれは”使い手”のせいだと(なす)り付けることしか知らん。なぜ遊んだオモチャの面倒を最後までみようとせん?誰のせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

不意に、ノーアの胸が痛んだ。

覚えのある言葉に、「叫び」が吐き出そうになった。

「ワシはそういった自分の都合でしか”運命”を語ることのできん、愚かな”(おや)共”に、復讐の恐ろしさを味あわせてやりたいのよ。」

…知っている。その気持ちは経験したことがある。

吹雪の中、俺は何回もあの人の名前を叫んだんだ。小さな幸せを護るだけで良かったはずの、あの人の名前を。

 

「世界征服はその一環か?」

俺は目の前の男が人間に見えた。

今、この瞬間、俺は闘うことを放棄してしまっていた。

「…そうかもしれんな。」

……俺も、あの人と同じ「裏切り者」だ。

「キサマも見誤るなよ。”運命”に従うだけで良いのなら、”救い”も”絶望”もこの世に必要ない。」

俺はいったい何者なんだ。

「気が変わったら、ワシに言え。責任を持って立派な化け物に改造してやる。」

「願い下げだ。俺には俺の生き方がある。」

「ハハハ、その意見には賛成だ。好きに生き、好きに死ぬといい。」

何者であることを求められているんだ。

 

「あと一つ、ノーア・イース・クライスト、キサマに感謝しておこう。」

「…なに?」

今はもう、不穏な空気だけが俺を取り囲んでいる。不安が喉元に絡み付いて離れない。今の俺にそれを振りほどく勇気なんてこれっぽっちもない。

俺はただ、立ち尽くすことしかできない。

「つい先ほど、気に入りの部下が頑張っていることを知ってな。柄にもなく甘んじて受け入れようとしていたよ。だが、違った。」

それは、じっくり煮込まれるスープのように、舌に乗せれば芯まで染み渡っていることが分かる。

「それでは意味がないのだった。全力で抵抗するワシを捻じ伏せて初めて親子の関係が成り立つというもの。そして…、」

お前は、俺なのか?

俺も…、そんな顔をしているのか?

「ワシもまた、あの人が心の底から憎いのだ。あの人を喰らうのはワシの役目なのだよ。」

その笑顔は、俺の胸を喰らい尽くした。

あの人への疑念が、俺の心臓を舐め回した。




※つむじ曲がりな目
初めは「ひねくれた」というような意味合いで「うがった目」と書いていたんですが、なんとなく意味を調べてみてビックリ!
「うがったものの見方」というのは「本質を捉えた見方」という意味になるそうです!
「うがった」の漢字表記が「穿つ」になり、「物事を深く掘り下げる」という意味を含むためこういう意味になるそうです。
…いやあ、恥ずかしいm(__)m

※拘う(かかずらう)
関係をもつこと。好ましくないことに関わってしまうこと。関わることで制限を負ってしまうこと。

※本懐(ほんかい)
本当の願い。本意。真意。

※アーク・エダ・リコルヌ(Arc Eda Licorne)+α
調べている内にネタになりそうなものを見つけたので、久しぶりに「お名前鑑定」をしてみようと思います。
(アルファベットの(つづ)りは公式設定から引用しています)
(もちろん、ネタバレ含みます!!)

○アーク

●ark:聖櫃
言わずもがな、物語の主軸になっている「聖櫃(せいひつ)」を指しているんだと思います。
聖櫃はモーセの十戒(神様との10の約束)を刻んだ石板を収めた箱のこと。
もしくは、聖体(清められたパン、もしくは徳の高い人の遺体)を収めた箱のこと。

ちなみに
モーセの十戒には
・ヤハウェ以外を神様と呼んではいけません。・神様の名前は大切な時だけ口にしなさい。
・安息日(日曜日)を必ずとり、神様と他人を愛する日に使いなさい。
・両親を敬いなさい。・人を殺してはいけません。
・良くないHはダメです。・人の物を盗んではいけません。
・ウソは良くありません。・よその奥さんに恋してはいけません。
・他人の物で自分の人生を満喫してはいけません。
などがあります。

聖体とは
キリスト様はパンとブドウ酒からできているという教えから、教会で清められたパンは「キリスト様の生まれ変わり」のような扱いをします。


●ark:方舟
旧約聖書で、神様が後の繁栄のために、一対(オスとメス)の人間(ノア)と動物が大洪水から逃れるために用意した特別な船のこと。
ゲーム中の「シルバーノア」のことだと思います。

ついでに、
●ἀρχός(発音が「アーク」なのかな?)
ギリシャ語で「支配者」「導く者」の意味だそうです。


○エダ
おそらくですが、古代アイスランド語で記された北欧神話や英雄伝説、箴言(しんげん)もろもろを指す「エッダ(edda)」からきているんじゃないかと思います。
おおまかに言うと、種類の違う沢山の物語の総称。
(エッダには「古エッダ」と「新エッダ」がありますが、今回はそこには触れません)
この中の神話だけをピックアップしますが、「天地創造」や「神々、巨人たちの争い」、「世界の滅亡」などなどがあります。

また、「edda」の語源は「知識」「大いなる母」じゃないかと言われています。
※箴言(しんげん)
短い句にまとめた教訓や戒めのこと。


○リコルヌ
これはフランス語の「Licorne(ユニコーンの意味)」からきているのではないかと思います。

●とりあえずユニコーンの解説

キリスト教の教えの中に登場するユニコーンには「全ての命を助ける救世主」と「人間を襲う悪魔」という二つの顔があります。
前者は、横たわるゾウの体の下に角を差し入れ、復活させたという話から。
後者は、そもそも人間に悪意を抱いており、角で刺し殺し食べてしまうという話からきています。

どうして人間に悪意を抱いているのか分かりませんでしたが、ユニコーンの角には特別な治癒能力があり、これを目的に乱獲しようとした人間がいたらしいので、そこからきているのかもしれません。

また、ユニコーンは力が強く勇猛果敢であるらしく、そのために自信過剰であったり、高慢ちきな性格をしていたそうです。
その性格が顕著に出ている話が「ノアの方舟」です。

ノアは神様の啓示で世界が洪水で飲み込まれる前に船を造り、全ての動物のつがいを保護しようとしますが、ユニコーンだけが「俺、洪水なんてへっちゃらだし」と言ってこれに反発したらしいです。
結果、洪水に飲まれてしまい、絶滅。現代にユニコーンが存在しない理由にされています。

そんでもってユニコーンを語る上でもう一つ有名な話が「処女好き」です。
獰猛で、人に懐かないユニコーンですが、なぜか処女の懐に抱かれると大人しくなるという性質があります。
このことを好意的に解釈すると「貞潔の象徴」、または聖女マリアの子「キリスト」として解釈されることもあるそうです。
フランスの文学者、啓蒙思想家のヴォルテールはユニコーンを「この世で最も美しい、最も誇り高い、最も恐ろしい、最も優しい動物」と語っているそうです。
(盛りすぎでしょ(笑))

●そこからアークに照らし合わせたら?
救世主としての『力』があり、人間への悪意があるという二つの性質を持ち合せる特徴は、そもそものアーク個人の性格を語っているというよりも、「アークザラッドというゲームの主題」を「アークという主人公」に背負わせたような形になるんじゃないかと思います。

アークⅡでは大人しくなりましたが、アークⅠでのアークは結構、我がままな性格があって、ユニコーンの「高慢ちき」な部分と合致しているように思えますね。
そんでユニコーンの設定から連想される「処女(聖女)」は「ククル」のことなんじゃないかと。

結構考えさせられたのが、「ノアの方舟」を拒絶したユニコーンに対し、アークはスメリア王(人間)から「シルバーノア(方舟)」そのものを譲り受けるところです。
私的には、人間とユニコーン(人間に敵意を持つ救世主)の和解のように思えて感慨深かったです。
また、結果的に救世主として「大災害」を防ぐことができず、世界は海に飲まれてしまいますが、自分とククル(処女)の命と引き換えにその元凶を封印し、残った子どもたち(エルクたち)に未来を託す結末は「ノアの方舟」と「ユニコーン」の見事なコラボレーションだと思いました。
(あくまでアークがユニコーンから由来している場合の話ですが)

ちょっと面白いなと思ったのが、ユニコーンの角にはあらゆる治癒能力があるといった点です。
アークが「回復勇者」なんて言われるような性能(ステータス)になったのはこれが原因なんじゃないかと思ったりします。
ユニコーンの角が「剣」+治癒能力が「トータルヒーリング(精霊魔法)」=「回復勇者」みたいなね。

○ノーア・イース・クライスト
今回、アークの偽名に使った名前ですが、ここまで読んで下さった方ならお気付きかもしれません。
ノーア=ノアの方舟の主人公
イース・クライスト=イエス・キリスト
を文字って付けました。
クライストは、キリストの英語表記「christ」の正しい発音です。
ちなみに、アークのお父さん「ヨシュア」は旧約聖書に出てくるユダヤ人指導者で、モーセの従者です。
「ヨシュア」と「イエス」は言語が違うだけで同じ意味という解説はありましたが、同一人物かとうかまでは分かりませんでした。

以上、お名前鑑定+αのコーナーでしたm(__)m

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