聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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共謀者 その一

ロマリア城、王の間にて円卓を終えた、おおよそ「将軍」の名に似つかわしくない服装の男はほくそ笑み、肩を震わせながら自分の穴倉へと向かっていた。

 

あの猿、今回はやけに目敏(めざと)かった。

ヂークはまだしも、母のことまで見破られるとは、リーザはまだ囮として弱かったということか。

だが、その二つ、さらにはシュウの情報を囮にすることでエルクとアクラの存在は誤魔化せたはずだ。

奴らの、「危険」と知るとすぐに消したがる癖さえなければ、もう少しこの楽しみを分かち合えたのかもしれんのだがな。

…いいや、私が自分の(たの)しみを他人に分け与えると思うか?…ククク、我ながらバカなことを言っている。

だが、ヤグンに襲い掛かったのはやり過ぎだったか?逆に奴らを勘繰らせたかもしれん。

「違う!」

肉食の雄叫びと、ガルアーノの拳が城の通路に木霊した。

堅固な城の石壁に、悪魔の大きな(てのひら)が描かれるかのごとく深い亀裂が上下一杯に走った。

「……」

キサマは、母を危険に晒して平然としていられるのか!?いいや、あの場での決定は必ず執行されるだろう。そうなれば、その「危険」はすぐに現実になる。どうするつもりだ!?

そう熱くなるな。彼女が何者なのか。他ならぬ私が、それを理解していない訳でもあるまい?

「……」

彼女に限って、あの木偶の坊どもに(おく)れを取ったりはせんさ。

……そうであればいいがな。

「…まったく、ようやく乳離れをしたかと思えばこれだ。手間が掛かって敵わん。」

ガルアーノは血が(にじ)むほど額に爪を立て、脂汗をかいていた。

 

「…しかし、”ペペ”か。どこかで……、」

「相も変わらず、危ない橋ばかりを選び楽しんでいるようだな。」

「!?」

振り返ると、そこには萌葱(もえぎ)色の同僚が立っていた。

「フン、周りが見えなくなるとは珍しい。さすがに疲れたか?」

「バカを言うな。猿回しは大の得意よ。たとえ死の淵に立っていたとしてもスタンディングオベーションは必至よ。」

「そうか?だが、その割には()()()が随分と(はかど)っていたようだが?」

「……」

面白くない…。ガルアーノはプライベートを辱められたことに対し、素直に不快の意を表に出した。

「楽しむのは一向に構わんが、道半ばで倒れてくれるなよ。キサマにはまだ私を籠絡(ろうらく)した罪を償ってもらってないのだからな。」

「…心配するな。この借りは倍に返してやるさ。」

「……」

あくまでも揺るぎない「強者」の椅子を握りしめるガルアーノに、アンデルは若干の不安を覚えた。

「なんだ、まだ何か面白い冗談でも思いついたか?」

「いいや。余計なことかとは思うが、一つ、キサマに忠告しておこうと思ってな。」

「…なんだ。」

「エルク…、」

その名を口にした瞬間、葡萄酒色の男の気配が一変する。

それはミルマーナ元帥を殴り倒した時と同じ、禍々(まがまが)しい表情だった。しかし、それこそが彼の本性であり、正常な姿だと知るアンデルは安堵した。

「アレは、早めに手を着けておいた方がいい。キサマがアレを()()()()()()喰らいたいというのであればな。」

核心に迫る言葉こそ伏せてあるものの、その意図は寸分違わず伝わっていた。なぜなら、それもまた彼の予定の内なのだから。

だからこそ葡萄酒色の悪魔は親切な同僚に不適切な笑みで返した。

「エルクはそんなにヤワじゃない。アレは必ずワシの満足いく姿でワシの前に現れてくれるさ。」

「…そうか。それならばいいがな。」

唯一、趣味を分かち合える仲間。しかし、傍観主義の同僚は彼を擁護(ようご)することもないだろう。

だが、それは彼の望むところでもあった。余計な横槍は彼の「芸術(あい)」を(けが)す。

だからこそ、貴重な手札を切って猿を殴り、頭でっかちなリーダーを(だま)した。

その点、()()()()()は、彼にとって丁度いい友人と言えた。

 

 

 

――――ロマリア市内、キメラ研究所本部

 

ロマリア城に隣接して設けられた施設、阿鼻叫喚を煮詰める場所。それが彼の帰る場所だった。

巣穴の主人であるガルアーノ・ボリス・クライチェック。彼は先進国の市長という重責を(こな)しつつ、未知の科学を次々に解明する奇才をもつ。それでも彼の全てを語ったとは言えない。

一つの大陸を牛耳るマフィアのボスであり、軍事国家ロマリアの将軍の一人でもある。隣国アミーグの世界遺産とも呼べる保護文化財の管理者さえも担っている。

他にも、挙げていけば切りのない彼の職務の数々。

忙殺される日々。余暇のない毎日。

しかし彼は今、多少の衝突にも目を瞑ることのできる、最高に充実した時を満喫していた。

この場所が彼のために、「不快」を圧し潰す夢のような「幸福」を産み出し続けていた。

山ほどの醜いオモチャが手元にあり、彼を心から愛する理想の家族に囲まれた環境。

かつての、深い穴の底で蜷局(とぐろ)を巻くばかりの「孤独」しか()(どころ)のなかった自分を思えば、それは奇跡としか言いようのない変化だった。

 

そう遠くない未来、彼は勇者らによってもたらされる「死」に喰い尽くされるだろう。

彼もそれに気付いている。

だがしかし、彼は(またた)いて消えるその瞬間まで、この醜悪な巣を力の限り護り抜くだろう。

つまりは、他人を(おとし)めて遊ぶ悪魔にとってこの(おぞ)ましい施設(くうかん)は、何ものにも代えがたい「愛」に満ちているということだ。

 

 

施設内は研究内容のためか。照明が極端に弱く、モニターと各種非常灯が必要以上に辺りを照らしている。

その薄暗い世界の下、色とりどりの悲鳴、咀嚼(そしゃく)音、騒音が歓喜に(むぜ)び、鳴り響いている。

「研究所」にあるべき清潔感はなく、所々で悪臭が這いずっている。殺気や腹の虫が互いに祈りを捧げ合っている。

吐き気を(もよお)すほどの気配(いのち)が、施設に満ち満ちていた。

それらを管理する施設の機器を操作する人間全てが「研究者」の象徴である白衣ではなく、「悪の組織」さながらの黒スーツに身を包み、黒のボルサリーノを目深に被っている。

この異様な光景の中、彼らの頂点に立つ葡萄酒色の男が紙面やモニターに映った数字に目を配りながらあれこれと部下に細かな指示を出していた。

 

その敏腕に恥じぬ行動力でもって、先ほどの円卓で感じた疑問の答えを早くも手に入れていた。

「ワシの影が?」

「ハイ、同一人物かは判断しかねますが。クライチェック様が以前、取り引きをしていた者の中にペール・ペールマンなる男がいたのをハッキリと憶えています。」

ガルアーノ・ボリス・クライチェック、彼には同姓同名を与えた影武者がいた。

主人の業務全てを引き受ける能力を兼ね備え、ガルアーノの暗躍を大きく助けた。しかし、彼は東アルディアの邸宅でシュウの手により命を落とした。

ガルアーノの嗜好を誰よりも理解し、永遠の忠誠を誓った怪物は、最後まで主人を死に追いやることだけを考えて逝った。

ところが、用心深い彼はそれらの罠を主人の目の届かない場所にバラ撒いていた。

自分が死んで油断している瞬間を襲えるように。

「そうか、やけに大人しいと思っておれば。こんな所におったのか。…クククッ、」

「クライチェック様がペール・ペールマンと出会ったのはおおよそ8年前かと…。」

それ以降、数回の取り引きでペペの才能を見出した影は奴に教育係を付け、裏の社会での立ち回り方を叩き込んだらしい。

…そうなると、ワシらの内部情報を漏らしている可能性もあるな。

東アルディアの拠点にも連絡を取ったらしいが、奴の行動を読み取れそうな書類は全て処分されていた。

ただ、ある時期の決算書の矛盾を見つけ、支出額が捏造(ねつぞう)してあることだけは分かった。その総額、おおよそ30億G(ゴッズ)

どうすればそれだけの額を隠せるのか、本人に聞いてみたいところだが。そんなことよりも、それだけの金があれば、レジスタンスもかなり小回りの利く作戦を練られるはずだ。

「…クククッ……、」

イイ、イイじゃないかっ!それでこそワシの見込んだ男だ!!

 

だが、そうなると、ワシはどう立ち回るべきか…。

レジスタンスの行動にもできるだけ受けの姿勢でいるつもりだったが、多少なりともこちらからアプローチをかけるべきか?

…アルディアで小さいながらクーデターを起こそうとしている動きもある。これにももっと注意を払うべきか?

悪魔は興奮し、あれやこれやと思索に没頭し始めていた。

 

そんな、葡萄酒色のスーツで科学者を名乗る不敬な悪魔の下に、さらなる吉報が舞い込んできた。

「ガルアーノ様、たった今、賞金稼ぎ組合(ギルド)からアーク一味の構成員、イーガ・ラマダギアを捕えたとの報告が入りました。」

「何?!」

それは、彼にとってまったく予想外の事態だった。

彼らへの懸賞金は、あくまで兵糧(ひょうろう)()めに重きを置いた一味への嫌がらせ程度のつもりでしかなかったからだ。

「詳細は不明ですが、ロマリア市郊外、第三区画に潜伏していたイーガ・ラマダギアを賞金稼ぎが捕えたとのことです。」

「…ソイツらの素性は?」

「ノーア・イース・クライスト、スメリア国パレンシア出身の男です。単独での仕事を好み、目立った功績こそ残していませんが、組合(ギルド)の評価はA+とあります。」

その後もノーアという名の賞金稼ぎのプロフィールのみが延々と報告されたが、ガルアーノが注目した点はただ一つだけだった。

「単独?今回もか?」

「はい。」

…信じ難いな。

確かに奴らを()()()()()なら手段はいくらかあるのかもしれない。

だが、少なくとも奴らの戦闘力は常人にどうこうできるレベルじゃない。真正面から向かって勝てるような賞金稼ぎ(やつ)なら、そもそもワシの耳に入ってない訳がない。

だからといって、自分たちの使命の重さを知っている勇者どもが、正体を見破られ、あまつさえ騙し討ちに遭うような間抜けだとも思えん。

 

ヤグンの嫌がらせか?いや、それならそのまま奴の手柄にするはずだ。奴にそんな頭を使った作戦を練られるはずがない。部下の進言だったとしても奴はそれを受け入れんだろう。

 

……いいや、「聖櫃(せいひつ)の試練」を乗り越えられるような連中が()()()などするものか。

 

まさか、これも「影」の仕業か?…いやいや、どうした。気に留めすぎだ。いったん奴のことは忘れろ。

 

予想外の贈り物を続けて手にしたガルアーノは僅かに錯乱していた。

「ソイツは今、どこにいる。」

「ハッ、現在、第三ギルド支部にて一時拘留してあります。」

「…奴はそれに応じたのか?」

「は?…その、おっしゃる意図がよく理解できません。」

「その無法者は他人の指図で大人しく捕まっているのかと聞いているんだ。」

賞金稼ぎは職業柄、プライドの高い者が多い。

ましてや、「高額な賞金首(イーガ)」を一人で仕留めてしまうような奴だ。独占欲が強く、不必要な周囲から干渉は拒むと思うのだが。

そんな奴が大金(リスク)を抱えたまま一か所に留まることを良しとするか?

「は、ハイ、国際手配犯のため確認手続きなどの処理に時間が掛かっていると伝えたところ、一日を限度に当支部での待機を承諾したそうです。」

()()?ますます怪しい。おこぼれを狙う同業者の襲撃など恐くないとでも言うのか?

……あれこれ考えるよりも一度ソイツの顔を拝んでみるか。

もしも都合よくレジスタンスのスパイだったなら、喰ってしまえばいい。

「イーガとその賞金稼ぎをここへ連れてこい。抵抗するようなら賞金を上乗せするとでも伝えろ。」

 

 

――――数時間後、

 

「ガルアーノ様、手配犯”イーガ・ラマダギア”と賞金稼ぎ”ノーア・イース・クライスト”が到着いたしました。」

「ここに寄越せ。」

「ハッ。」

グレイシーヌ国のラマダ僧兵。戦争中毒のヤグンでさえも出兵を躊躇(ちゅうちょ)する武装集団のリーダー。

その打倒。それを、たった一人の人間にそんなことができるものなのか?

しかし、突き出された男は確かにイーガ・ラマダギアで、現れた男の気配は只者では――――!?

 

「ッ!?ゴホッゴホッ!」

精密機器への配慮などなく、気分を落ちつけるために葉巻を(くわ)えていたことを、悪魔は心から後悔した。

現れた好奇心の対象を目にした途端、完全に虚を突かれた悪魔は迂闊にも「苦味の塊」を呑み込んでしまった。

逆流する毒素は無数の本能を刺激し悪魔を無様に咳き込ませた。悪魔の脳を容赦なく、完膚なきまでに叩きのめした。

それでも、悪魔は混濁する思考と明滅する視界でもって何度も、()()()()()()()()()()()()

 

そこに、育ちの悪さを象徴するような薄汚れた出で立ちの男が立っていた。

モスグリーンを基調としたハンチング帽と地味な上下。そして、皮をなめしたような茶色のマント。

グレイシーヌ国を連想させる刀身に幅のある曲刀を抜身(ぬきみ)のまま腰に下げている。コートで隠してはいるものの、その挙動から内側にはナイフを数本、忍ばせていることがわかる。

屈強とは程遠い一般的な成人男性の体格とその出で立ちからはとても高ランクの賞金首を一人で仕留められる腕前があるようには思えない。

だが、そんな印象など、どうでもいい!

悪魔は自分の目に映っているものがどうしても信じられなかった。

 

…まさか、そんなはずはない。

 

彼の理性が目の前の幻覚を正そうと叫び続けた。だが…、

「…アンタ、アルディコ連邦のガルアーノ市長か?」

名指しされた悪魔は未だ真実を受け入れられず、咳き込み続けている。

「どうした、それはアンタなりのジョークか?アルディア全土のマフィアを牛耳る男とは思えん醜態だな。」

幻覚は彼の肺を殴り続ける。……間違いない。悪魔は確信した。確信した上で目玉を泳がせ、辺りを確認した。

 

()()()()()()()()?!

 

再び、悪魔は困惑した。

キサマら全員、頭を打って記憶喪失にでもなったつもりか?!

もちろん、彼の「頭」は可能性としてそれを候補に挙げていた。だが…、

キサマら、今までその顔に幾度となく辛酸を舐めさせられたのではないのか?!

それはあまりヒドい、博奕(ばくち)染みた手段だった。()()()()()()()()()()の取る行動とは到底、思うことができなかった。

 

……そこにいるのは紛れもない…、()()()()()()()()()ではないかっ!

 

拠り所のない叫びと同時に、悪魔の脳内では突発的に繰り広げられる戦闘のシュミレーションが止めどなく展開されていた。

予備動作のない無数の思考が逆に悪魔の体を硬直させ、内出血を起こしそうなほどに極度に興奮した脳が息を整えることも忘れ、ドラゴンのような荒い鼻息で何よりもまず、より多くの酸素を欲した。

 

「どうした。何か俺に聞きたいことがあったんじゃないのか?」

……いいや、もはや認めるしかあるまい。

言い聞かせ、ようやく「呼吸」を思い出した悪魔は落ち着きを取り戻すことに成功した。

それでも困惑の表情は拭えない。

対して、人相の悪い賞金稼ぎは目付きを一層鋭くし、腰の得物に手を伸ばした。

「それとも…、口封じか?」

困惑しながら、彼の「頭」は現実への対処を話し合った。

 

…改めて見遣ると、ワシの部下はいくらか不審に思ってはいるが確証はない、といった様子だった。これもあのジジイの『幻覚(まほう)』なのか?

「…キサマ、ノーアと言ったか。」

「ああ。」

賞金稼ぎは不穏の尽きない状況に殺気を放ったまま答えた。

「キサマはどうやってこの男を捕えた。」

悪魔は足元に転がる大男の頭を足で小突き、意識を確認した。

…息はある。だが、間違いなく気絶しているようだ。負傷の具合も(かんが)みて、これから「二人でひと暴れしよう」などというような茶番劇を繰り広げる様子でもない。

「それをアンタに報告する義務がどこにある。俺は”アーク一味”の一人を生け捕りにし、依頼人の下まで護送までした。これ以上の詮索は契約違反じゃないのか?」

…ようやく理解したぞ。これは、ヘモジー種の『変身(モンタージュ)』だ。だが、それにしては術式が複雑過ぎる。よほど知能の高い……、そうか。連中にはあの遺跡から掘り起こした『壺』があったのだった。

あの『壺』の中に飼われていた化け物であればそれも可能なのかもしれん。

とにもかくにも今は、粋がって敵陣の直中(ただなか)に乗り込んできたこのバカをどうにかせねば…。

 

…だが、どうしたことだ……

 

アーク一味の一人、鎧のような筋肉を(まと)った屈強な男が今、意識を失い、無防備な姿で二人の間にぐったりと横たわっていた。

眠りこける(にく)達磨(だるま)を見下ろしながら、悪魔は奥底から迫りくる未知の鼓動に鳥肌の立つ怖気(おぞけ)を覚えていた。

「もっともだな。だが、キサマも(うわさ)ぐらいは耳にしているだろう?ワシは力ある人間を改造し、ロマリア軍の世界征服に貢献していることを。」

「後者は初耳だな。」

驚くべきことに、この「一触即発」すらも矛先を見失うような無数の地雷(ひそ)む状況の中、賞金稼ぎの表情には一片の「恐怖」も浮かんでこなかった。

敵陣のど真ん中、無防備な仲間を敵の前に晒し、一人では敵うはずもない強大な敵を前にして、「青年」は平静を崩さず答え続けた。

その称賛(しょうさん)せずにはいられない「勇者の(たたず)まい」が、またしても悪魔を「興奮の渦」に引きずり込んでいく。

「ハッハッハ、そうか!だが、真実だ。質実剛健のプロディアス市長も冷酷無比なマフィアの元締めも全ては仮初(かりそ)め。その正体は、ロマリアを世界にただ一つの帝国にせんとする四将軍の一人よ。」

 

なんなんだ…。この…、得体の知れない高鳴りはなんなんだ!?

 

幾千、幾万の「命」を欲望のままに愛でてきた悪魔の脳細胞が、正体不明な何かに(もてあそ)ばれていた。

不安、狂気、歓喜、あらゆる感情が、ワシの知らぬ色とりどりの感情が「頭」の中でとりとめもない火花を散らしおる!

 

 

…ああ、そうか。…そうなのか。……フ…、フハハハ…、フハハハハハッ!

 

ああ、なぜ気付かなんだ!?なぜ(とぼ)けたフリをするのだ!?

これは、あの時、白い家でワシが「M」を壊したものと同じではないか!

そう、これは「愛」だ!!

全ての命を喰い物にする「悪魔の感情」じゃないかッ!!

 

 

アーク・エダ・リコルヌ、ワシは今、キサマに最大限の感謝の意を表明しよう!

こんな奇跡のような異常事態が他にあるか?!

勇者が今、この世で唯一、王に対抗する(すべ)を持った男が単身、ワシの下に現れおったのだぞ?!

おそらくワシの挙動からキサマも状況は(さっ)しているのだろう?

つまり、ワシとキサマだけがこの舞台の設定を知っている。

こんなにも(そそ)る配役が他にあるか?!

 

ああ、間違いない。今、この瞬間において、我々が世界の中心だ!

王の御座(おわ)す「謁見の間」でもない。世界を傍観する精霊どもの視界の中にもない。

今、この瞬間、世界の存在を最も揺るがしているのはワシとお前の他におらんよ!

ワシらは今、「運命」そのものと言っても過言ではない!

ああ、これほどまでに唆られる配役が他にあるか?!

 

 

……ワシは3000年を生きた。

だが未だかつて、こんな意味の分からん大博奕を張ったバカは一人としておらんかった。

知略を巡らせ、綿密な作戦の下、()()()()()()()()()()()()()()()()()と勇気をもって挑んだ愚か者なら山ほど喰らってきた。

だがコイツはどうだ!?

唯一の仲間は満身創痍。たとえ、回復したとしてもたかが二人。

ワシを含め、一個大隊を軽く捻り潰す化け物どもが取り囲む中、キサマは何をどう立ち回ろうと言うのだ!?

「勇気」など通り越して「バカ」と言う以外にどう言い表せばいい!?

それでいてこの「勝機を確信する目」を前にして、ワシは何と声を掛けてやればいいというのだ!?

 

ザルバド、アンデルに報告するか?

…なんだと?バカな!キサマは何を考えている!?そんな面白みの欠片もない「運命(けつまつ)」に手を貸し、ワシは何を楽しめばいい?!

違う、断じて違う!ワシは、そんなものは断じて認めん!

…ああ、頼む、誰か教えてくれ!

もしも、この状況に最適の解があるのなら、ワシを最も楽しませてくれるたった一つの解があるというのならワシは恥を忍んで耳を傾けよう!

 

……だがもしも、今ここでキサマの本性を晒したなら、キサマはいったいどんな行動に出るのかな。

潜入した矢先、絶体絶命に追い込まれる勇者。

ああ、そんなシチュエーションもまた捨てがたいじゃないか!

 

……キサマはあのジジイに見初められた男だ。

賢明な人間のはずだ。この状況が理解できているはずだ。『変装』も完璧でないと自覚しているはずだ。

だというのに、なぜそんな平然としていられる?!恐怖はないのか?!足は(すく)まないのか?!

キサマは未だ16の小僧なのだぞ?!

キサマの数十倍を生きたあのヤグン(さる)でさえ、自分の優位を確保しないことにはそこまで落ち着いておれんだろうよ!

 

ああ、なぜだ!?アーク・エダ・リコルヌ、ワシはキサマの蛮勇を愛さずにはおれん!

今すぐにでも殺してしまいたい!!

…だが、口惜しいかな。キサマの命はワシの数少ない()()のもの。つい先ほど念を押されたばかりなのだ。その約束だけは守らねば。

なればこそよっ!

ワシはこの一世一代の大舞台のために何をすればいい?!

息が詰まる!頭が破裂しそうだ!

ああ、何も感じない!この不可解な動悸だけがワシを乗っ取り、オカシクする!

ああ、ああ、頼む、教えてくれ……。神よ、教えてくれ!!

 

 

――――ガルアーノは生まれて初めて、眩暈(めまい)を覚えるほどの感情の爆発に巻き込まれ、独り狂っていた。

そんな憐れな化け物の困惑を知ってか知らずか。舞台の主人公である賞金稼ぎは化け物の脇腹を小突いた。

「それで、アンタの古臭い野望が俺の仕事内容に何の関係がある。」

「大有りよ!」

興奮のあまり力の限り張り上げた『雄叫び』は、部下も施設も、施設に(とら)われた「命」も残らず動揺させた。




※ボルサリーノ
帽子の一種。マフィア屋さんがよく被っている頭頂の凹んだ帽子のことです。

※ノーア・イース・クライスト
創作です。原作では賞金稼ぎとして潜入したアークに偽名がなかったので。
……これについての注釈はまた後ほどm(__)m

※ヘモジー種の『変身(モンタージュ)
原作のモンスター、ヘモジーの特殊能力の一つ「ヘモジー化」を単純な「変身能力」にアレンジしたものだと思ってください。

※「M」
忘れた人のために、
「M」は、ガルアーノが白い家でキメラを管理するために用いていた「ミリル」の識別名、コードネームです。

※原作との相違
原作ではイーガを捕まえたアークが自ら研究所本部にガルアーノを訪ねてきますが、あまりにガルアーノへのアクセスが簡単過ぎるので間にギルドをかましてみました。

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