聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ラッパ吹きの行軍 その十三

――――パレンシアタワー上層(じょうそう)、大臣の()、その奥の一室

 

見えざる手に(にぎ)られているかのような圧迫感(あっぱくかん)(ただよ)う中、一羽の悪魔がスメリア国の大臣、アンデル・ヴィト・スキアの前に(ひざまず)いていた。

「…そうか。わかった。」

詳細(しょうさい)を聞くでもなく、獲物(えもの)(わな)に掛かったというだけでアンデルは満足していた。

ところが、全てを傍観(ぼうかん)すべき一枚のガラスが、その(ことわり)から(はず)れ、位相(いそう)()()っすらとスメリアの国章(こくしょう)を浮かべると、部屋を()たす重苦しい空気を(あや)しく波打たせた。

「ご心配には(およ)びません。これも計画の内にございます。」

アンデルは部屋の最奥部(さいおうぶ)にあしらわれた物言わぬ姿見(すがたみ)に向かい、計画の全容(ぜんよう)丁寧(ていねい)(つた)えた。すると鏡はまた妖しく()らめき、(わず)かに彼らの(のど)()めつけた。

心得(こころえ)ております。たとえ我らが落ちようとも、”()の日”を(さまた)げるような真似(まね)(いた)しません。」

大臣が(うやうや)しく(こうべ)()れると、彼らの(あるじ)はそれ以上(かた)ることはなかった。

何事もなかったかのように、鏡裏(きょうり)に浮かんだ国章(しるし)はユックリとその奥底(おくそこ)へ、(しず)むように消えていった。

 

主の姿が消えてもまだアンデルは(あたま)を下げ続け、(かれ)同僚(どうりょう)がもたらしてくれるであろう”運命の日”を心静かに夢想(むそう)した。

そうして夢物語を完結(かんけつ)させた死に神は、胸の内で(つづ)った台本をなぞるべく使い魔に(よう)(あた)えた。

「おそらくエルクは何らかの作戦を(こう)じて空港を利用するだろう。たとえそれに気付いたとしても不自然でない形で見逃(みのが)せ。トウヴィルの村民(そんみん)(たい)しても同様(どうよう)だ。奴らには()の地へと帰ってもらわねばならんからな。」

指示(しじ)を出し終え、蒼白(そうはく)面構(つらがま)えをした死に神が血の(かよ)った大臣の顔へと戻ると、言付(ことづ)かった悪魔は(かれ)らの悲願(ひがん)のために静かに飛び立った。

 

残されたスメリアの大臣は姿見に(うつ)った自分と向き合い、静かに問いかけた。

「世界よ、キサマも主人公の苦しむ姿を見てみたいのだろう?」

だから我々を生んだ。

命を持たない私さえも()きぞえにして……。

キサマもまた、「快楽(かいらく)」を求めている。我々という異端(いたん)(こま)が織りなす活劇(かつげき)への渇望(かつぼう)(あらが)えないでいるのだ。

そしておそらくは今が物語の最終局面(きょくめん)(なが)かった舞台(ぶたい)も終わりを(むか)えようとしている。

そこで(あき)らかになるだろう。

「人」と「悪魔」、いったいどちらがキサマの真に理想の主人公だったのかが……。

「……クックックッ、」

そうさ、今や私さえもこの茶番を楽しんでいる。

()の王のための、意思なき駒でしかなかった私さえも……。

 

彼は誰の目もない(とばり)の中で、静かに、身悶(みもだ)えしていた。

 

 

――――首都パレンシア郊外

 

「それでは、ご無事で。」

「アンタらもな。途中(とちゅう)で化け物に(おそ)われてくれるなよ。」

エルクたちはパレンシア城から十数キロ離れた小さな村でトウヴィルの村人と(わか)れた。

エルクは、先に敵の本拠地(ほんきょち)へ向かったという仲間たちへの加勢(かせい)の方が、村人を救出(きゅうしゅつ)するというククルの依頼(いらい)よりも重要だとポコに言って聞かせ、ポコもそれに同意した。

「ポコ……、」

「大丈夫。僕、これでもアーク一味(いちみ)の一人なんだよ?リシェーナこそ、山道(さんどう)は体にこたえるだろうから休み休みいくんだよ?」

「…わかった。」

エルクは自分が(ひと)りよがりなことをしていると気付いていた。

それでも、今現在、危険な目に()っているかもしれない彼女のことを思うと、二人の情事(じょうじ)に見て見ぬフリをせざるおえなかった

 

「分かってんな?さっき言った通りに動けよ?」

「う、うん。わかった。」

「さッさト行っテコイ。」

パレンシア市の入口に差し掛かったところで、エルクはロマリア国への乗り物(あし)を手に入れるため、ポコとヂークを市の外に置き、一人市内に潜入(せんにゅう)した。

(さいわ)いなことに、過去にパレンシア市を(おとず)れた経験のあるエルクは徘徊(はいかい)する憲兵(けんぺい)の目を()け、最短ルートで目的地へ向かうことができた。

 

「…『アルディアの炎』……、」

エルクは裏口を使い、パレンシア賞金稼ぎギルドに(もぐ)()んでいた。

「テメエ、よくもまあヌケヌケとここに(ツラ)を出せたもんだな。」

(ツラ)(あつ)さは親譲(おやゆず)りなもんでね。」

ギルドは情報に精通(せいつう)している。町で起きた事件、噂話(うわさばなし)から次に舞い込むであろう依頼の予測(よそく)をし、それに合せた下準備をするのも彼らの仕事だからだ。

つまりは数時間前に起こしたエルクとペール・ペールマンによる憲兵への暴行(ぼうこう)も、すでに彼らの耳に届いていた。

政府からの正式な通達(つうたつ)はまだないが、ギルドは二人への警戒(けいかい)を強めていた。エルクが現れたのはそんな矢先(やさき)のことだった。

「…ビビガ、元気にしてるかよ。」

「一緒に来てたらそんな優しいセリフもブッ飛んじまうぜ?」

「それで、何の用だ。まさか俺たちにテメエの片棒(かたぼう)(かつ)げなんて言うつもりじゃあるまいな。」

「船を一隻(いっせき)()してほしい。もしくはペールマンの居場所(いばしょ)を教えてくれ。」

「…(あい)()わらず、賞金稼ぎ(テメエら)の脳みそはブッ飛んでんな。いいか?キサマには(じき)に賞金が()けられる。殺してないとはいえ、テメエが手を掛けたのはあの国家権力(アンデル)の駒だ。そんなヤツにどうして俺たちが助け舟を出してやらにゃならん。」

それはまるで教科書(テキスト)の問題集のように聞こえた。

「安心しろよ。俺はこれからそのトップを殺しにいく。アンタらが責任(せきにん)を問われるようなことはないぜ。」

……カチャリ、

「…そこから先は言葉に気を付けろよ?」

局員(きょくいん)はカウンター下に(しの)ばせた護身(ごしん)用の銃を俺に向けた。それでも俺は完璧(かんぺき)な「答え」を出し続けるだけだ。

「誰を、殺すって?」

()()()()()()()()()()、ガルアーノ・ボリス・クライチェック。ひいてはロマリアを丸ごと(つぶ)す。この国を(くさ)らせてるアンデルもろともな――――」

 

ドンッ!!

 

「っツ!」

俺はそれを(かわ)さなかった。

耳鳴りの直後、激痛が走り左耳を押さえた。それと同時に俺の耳から離れていったものをキャッチした。

続けざまに容赦(ようしゃ)のない銃声が4、5発鳴った。

「…アルディコ連邦(れんぽう)所属(しょぞく)の賞金稼ぎ、エルク・アルノ・ピンガは(とう)ギルドに押し入り飛行船を要求(ようきゅう)。局員数名が迎撃(げいげき)するも、(どう)賞金稼ぎは当局(とうきょく)保有(ほゆう)する飛行船の(かぎ)(うば)逃走(とうそう)。そういうことだ。」

局員は簡単なシナリオを口にしながら銃をカウンターに置いた。

「だからってよ、ギルドのやり方はいっつも手荒(てあら)()ぎなんだよ。」

そして俺は出血し続ける左耳に布を当てながら、キャッチしたものをカウンターの上に置いた。

「逆だな。キサマらのような気狂(きちが)いをこの程度(ていど)代償(だいしょう)見逃(みのが)してやっている我々にもっと感謝(かんしゃ)すべきだ。」

「…まあ、確かにそうかもしれねえな。」

「船一隻」と「治安(ちあん)組織(そしき)としての責任」その代償が「耳たぶ」と特にこだわりのない「耳飾(みみかざ)り」一つ。本当に、(わり)に合わねえ取り引きだ。

「帰る前に適当(てきとう)に炎で()らして帰れよ。」

「悪いな。」

だからこそ、と俺は思う。

どうしてコイツらは無茶ばかりを言う賞金稼ぎ(おれ)たちを見逃してくれるのか。その本音は俺にも分からない。

コネクションを(きず)く切っ掛けだったり、将来的な利益(りえき)がそこにあることもある。でも、今回の(けん)(かん)しては不利益どころか、命だって保証(ほしょう)できない。

ギルドは自分たちの利益や保身(ほしん)を第一にする、慈善(じぜん)献身(けんしん)とは程遠い連中だ。

コイツらの働き一つが多方面の界隈(かいわい)影響(えいきょう)(あた)えるんだから仕方(しかた)がないと言えば仕方がない。

 

だからこそ、今回、コイツらには何の得があるんだ?

俺を生かすことで、もしくは国に引き渡さないことで何かコイツらにメリットがあるのか?

それともコイツらもまた、ガルアーノやマフィアのしがらみから(のが)れたがってたってことなのか?

もしくは…、これもガルアーノの指示の内なのか?

そもそも、ここのセキュリティ程度じゃあ俺は止められない。俺の精神状態によっては今まさに命を落としかねない。

だからこれはただのその場しのぎで、後でしっかり俺を始末(しまつ)するつもりなんじゃないか?

 

……まあ、俺は今、船さえ手に入れば後のことはどうだっていい。

俺は()()()()をしなきゃならないんだ。

 

言われるままギルド内を焼いていると唐突(とうとつ)に、()()りをしていた局員がわざとらしく俺の興味(きょうみ)を引く情報を()らしてきた。

「そういや、つい先日、シュウがここへ来たそうだ。」

「それ、いつのことだよ?!」

思わず声を荒げてしまった俺を鼻で笑い、局員は続けた。

「俺は対応(たいおう)してなかったからな。正確(せいかく)な時間(たい)は知らんが、四日前のことだ。」

四日前…、俺がククルの神殿(しんでん)で目を()ます前の日に、シュウはここに来たんだ。

「なんでも、賞金首の情報を欲しがってたらしい。」

賞金首?移動手段じゃなくて?

「その賞金首は?どこのどいつだ?」

「邪竜ギア。まあ、”精霊の国”なんて呼ばれてたこの国が(かか)える()遺産(いさん)みたいなもんだな。」

竜?そんなもんに何の用があったんだ?

「ところが奇妙(きみょう)なことに、翌日(よくじつ)、竜討伐(とうばつ)報告(ほうこく)はスメリア軍から上がった。」

よく分からねえ。シュウはスメリア軍と何らかの取り引きしたのか?

「…シュウは?」

「確かなことは分からん。分からんが、ペペと接触(せっしょく)していたらしい。同日(どうじつ)、ロマリア軍艦(ぐんかん)密航者(みっこうしゃ)がいたそうだ。…つまりそういうことだ。」

「…そうかよ。」

どうしてギルドがそんなことまで俺に教えるのか()に落ちなかったけど、その一言でなんとなく合点(がてん)がいった。

シュウはアルディコ連邦(アルディア)に帰らなかった。よりにもよって、あのガルアーノ(やろう)を追いかけてロマリア国に入ったんだ。

「あとはまあ、上手(うま)くやるんだな。」

コイツは知ってたんだ。俺がロマリア国に手を出そうとしてたのを。

シュウの情報を漏らしたのは、犯罪者(おれ)たちを一か所に集めることで、ロマリア国に流す情報をより簡潔(かんけつ)にするためだったんだ。

結局(けっきょく)のところ、コイツらは何一つ違反(いはん)(おか)していない。

いつも通り、自分たちの能力をフルに()かして仕事をしていただけなんだ。

 

「エルク、それ、ケガしてるんじゃない?!どうしたの!?」

()()()()()、赤いバンダナのお(かげ)で耳のケガは目立たない程度に隠すことができた。

けれど、そういうのに目敏(めざと)いポコは合流するなり女みたく取り乱した。

「心配すんな。賞金稼ぎにとっちゃあ成人式の一つみたいなもんだからよ。」

俺はポンコツにギルドから教えられた座標(ざひょう)まで案内(あんない)するように指示した。

「ここニ何がアルんじゃ?」

格納庫(かくのうこ)親切(しんせつ)なオッサンたちが飛行船を貸してくれるんだとよ。」

全世界共通の法律で、その国に登録された飛行船は全て国の管轄(かんかつ)する飛行場に収容(しゅうよう)される決まりになっている。

ただし例外的に、職務(しょくむ)上または保有者の立場上、非常時として利用する(さい)、国の飛行場では不都合が(しょう)じるものに関してのみ、国の許可を()た上で任意(にんい)の場所に保管(ほかん)することが(みと)められている。

 

船は町からおおよそ5㎞離れた地点の()()に隠されていた。

「すごいね。言われなかったら、ここに船があるなんて分からなかったよ。」

国には報告してあるものの、その利用目的から一般的には非公開の格納庫になる。そのため、一般人からの通報(つうほう)があれば厳罰(げんばつ)を喰らうこともある。

だから特例をもらった連中は赤字を覚悟(かくご)してでも、これを守るよう努力をしているんだ。

「逆に、お前らはどうやって船を隠してんだよ。」

アーク一味の船、シルバーノアは元スメリア国王所有の船。たとえそこにアークがいようといまいと発見され次第(しだい)接収(せっしゅう)される。

あんな銀色(ギンギラギン)派手(はで)外装(がいそう)の船を人目に(さら)さないなんて、国家予算でようやく可能なくらいだ。

「ゴーゲン、あ、仲間の魔法使いがそういう魔法をかけてくれてるんだよ。」

「……」

常々(つねづね)思う。魔法使いに「人間の法律(ルール)」なんてないようなもんだって。

「準備できたぞ。」

あまり乗り気でないポンコツの号令(ごうれい)に合わせ、俺たちは一気にスメリア国の領空(りょうくう)を抜け出した。

 

 

ロマリア国までの操舵(そうだ)をポンコツに(まか)せ、俺たちは(わず)かな休息(きゅうそく)を取ることにした。

「僕の『力』はね、ひどく不安定なんだよ。」

これから対峙(たいじ)することになるガルアーノ(ラスボス)に不安を感じているのか。ポコは船内に保管されていた缶詰(かんづめ)(つつ)きながら、聞かれるでもなく自分の弱点を語り出した。

奏者(そうしゃ)の僕と聞き手の感情に大きく左右されるんだ。いくら僕が攻撃的な音をぶつけても、相手がそれを不快(ふかい)に感じなかったら少しもダメージを与えられないことだってあるんだよ。」

…確かに不安定だ。それに、かなりハイリスクな『力』だ。

それが本当なら、場合によっては意図(いと)せず味方を瀕死(ひんし)に追い込む可能性もあるってことだ。

「だから僕はどうすれば相手の気持ちが僕の思うように動いてくれるかを見抜かなきゃいけないんだ。」

「戦いながら?」

「そうなんだよ。」

苦笑(にがわら)いでさらっと流そうとしてやがるけど、かなり無茶苦茶なことを言ってやがる。

戦争は常に自分が喰うか喰われるかの瀬戸際(せとぎわ)。そんな時に、相手の動きを読むならまだしも、相手を「思い遣る」ようなことに気を回すなんて、正気(しょうき)沙汰(さた)じゃねえ。

銃を突き付けられながら芸術家(アーティスト)気取りでいるなんて、サメに()(かこ)まれる中で体を焼こうとする漂流者(ひょうりゅうしゃ)よりも(くる)ってやがる。

「よくそれで今まで生きてこれたな。」

「みんな、(たよ)りになる仲間のおかげだよ。」

ポコは悪びれる様子もなく、そう答えた。

「それ、本気で言ってんのか?」

「……そうだよね。もう、そんなこと言ってちゃダメなんだよね。」

また、苦笑いで誤魔化(ごまか)そうとしてやがる。

「そんなんじゃ、すぐに死んじまうぜ?」

「それでも、これが僕の戦い方なんだ。…これで、戦いたいんだよ。」

「…ふーん、そうかよ。」

違う。俺の勘違(かんちが)いだった。

ポコは、仲間に頼りっきりの弱い自分を甘やかしてるんじゃない。その弱点(ハンデ)こそが自分を(ほこ)るものなんだって、()()()()だけなんだ。

 

「それは?」

ポコは内ポケットから取り出した指輪(ゆびわ)を見詰めていた。

「これ?これはね、ニーデルの闘技場(とうぎじょう)に落ちてたのを拾ったんだ。」

「指輪」とは言ってみたものの、ポコの手の中にあるソレは、大人よりもむしろ子どもの指に合わせて作ってあるような小さなものだった。

「こんな物が闘技場に落ちてるなんておかしな話でしょ?でもね、これを見てるとなんだか持ってた人の気持ちが伝わってくるような気がするんだ。」

「…どんな?」

「そうだね、”負けないぞ”とか”頑張(がんば)るぞ”みたいな感じかな。」

「なんだよそれ。それ、持ち主の気持ちとかじゃなくてただのお前の”そうありたい”って願望(がんぼう)だろ。」

もしも今、ティファがここにいたら「デリカシーがない」って頭を(はた)かれてたかもしれない。

それでもイジられ()れてるポコはあまり気にすることもなく笑って聞き流した。

「そうだね。そうかもしれないね。それでも僕は想像するんだよ。耳が()れるくらいの大歓声(だいかんせい)の中で生死をかけて(たたか)う選手を見守ってたこの子のことを。」

苦笑いが、だんだんと自然な笑顔に変わっていく。戦闘や血が苦手なくせに。どうしてそれを見守る子どものことを想うとそんな(おだ)やかな笑顔になれるのか不思議に思えた。

「それに、なんだかこれと向き合った後はいつも以上に演奏が上手くできるんだよ。」

コイツは、とても年上とは思えない(おさな)い顔で笑うんだ。

 

「…それさ、俺にも吹けねえかな?」

俺はポコのラッパを()して言った。

別にこれといった理由はない。純粋(じゅんすい)に、ポコが演奏してる姿を見て俺もやってみたいと思っただけ。(なん)()なしに言ってみただけだった。

だけど、もしかしたら俺は思った以上に面倒(めんどう)なことを口走ってしまったのかもしれない。

「エルク、音楽に興味があるの?!」

口の中のものが残ってるのも(かま)わず、ポコは身を乗り出して聞き返してきた。

「な、なんでそんなに喰いつくんだよ。…まあ、面白(おもしろ)そうかなって思っただけだよ。それに、お前一人でやってるより、セッションした方がお前も楽しいだろ?…とか思ってみただけだよ!」

なぜか今さら気恥(きは)ずかしくなって、終わりの方は語気(ごき)を荒げてしまった。

それなのに、弱虫のくせに、俺の苛立(いらだ)ちなんか気にも()めずグイグイ(せま)ってきやがる。

「ホント!?エルク、僕と一緒に演奏してくれるの?!」

「言っとくけどな、俺、音楽とか、そういうの才能(さいのう)ねえからな!」

「大丈夫、大丈夫。別にコンサートに出る訳でもないし、技術は二の次だから。」

さっきまでの弱音も坑道(こうどう)での死闘も完全に忘れて目をキラキラさせてやがる。まるでオタクじゃねえかよ。

「…そんなに楽しみなのかよ。」

「もちろんだよ!エルクだって、誰かと一緒に何かをするって(すご)くワクワクするでしょ?」

誰かと…、一緒に……、

「そうかもな。…割と、そう思うかも。」

「でしょ、でしょ?」

缶詰の残りを()()み、リスのように頬張(ほおば)ると、ポコはもどかしげに内ポケットからマウスピースケースを取り出した。

……何でも入ってるんだな。そのポケット。

 

「エルクは声も高いし、歯(なら)びも良いからこれとか相性(あいしょう)良いんじゃないかな?」

ポコは数本入ったケースの内から一本を取り出し、俺に差し出してきた。

「…なんか、小振(こぶ)りだな。」

「エルク、肺活量(はいかつりょう)もあるでしょ?多分、問題なく(あつか)えると思うよ。」

吹き方を(おそ)わり、(うなが)されるまま、俺は口を()えて吹いてみた。

 

プーッ

 

「お?」

「すごいよエルク、上手だよ!」

「そ、そうかよ。」

思った以上に楽に音が出せたことに俺は(おどろ)いた。そして、俺以上にポコがはしゃぎ通していた。

「楽シソウだナ……。」

半日後、俺たちは間違いなく死闘(しとう)に身を(とう)じることになる。勝率(しょうりつ)を上げたいなら、ここで少しでも休まなきゃならないのに。

結局(けっきょく)、俺たちは目的地に着くまでずっとラッパの練習をしていた。




※位相の間
「鏡に映った相反するもう一つの世界」的な意味で使いましたが、正しい言葉遣いではないかもしれません。
数学と物理学の間でその意味が違うそうですが、今回はどちらかと言うと物理学側になると思います。

(物理学的)位相=繰り返される現象の一周期内に存在する任意の点(時点、局面、場面)のこと。
また、この点において異なる点が同時に存在する場合、その二つの差を「位相差」といいます。(間違ってたらごめんなさい)

※鏡裏(きょうり)
像を映す鏡の面のこと。この場合の「裏」は「内」という意味になるそうです。「鏡裡(きょうり)」とも書きます。

※言付かる(ことづかる)
他人から用事を任されること。物事を(たく)されること。

※エルク・アルノ・ピンガ
私の話の中ではエルクはビビガの養子という設定になっています。それで、ビビガのフルネームがビビガ・アルノ・ピンガなので、本名を知らない人たちはエルクのことをこのように呼びます。

※正確な時間帯は知らんが、四日前のことだ
……すみません。私自身、正確な日数はカウントしきれていません。だいたいで書いてますm(__;)m

※格納庫
飛行機などの車両、船舶を風雨から護るために避難させる場所。
「ドック」の場合、造船施設の意味も含まれます。

※接収
国が所有物を没収すること。

※おもちゃの指輪
ポコの専用装備。
アイテム鑑定時の説明「一見するとおもちゃの指輪だが、子どもの心を忘れない戦士の指にはめられたとき、大きな作用が現れる。とあるコロシアムに長い間秘蔵されていた。」
装備時の効果はアークⅠとアークⅡで異なります。
●アークⅠ、『向き直りの笛(戦闘中、敵の向きを変える特殊能力)』の効果がMAP全域になる。
●アークⅡ、防御時にMPが回復する。
また、原作での入手方法は、アークⅠのニーデル武闘大会(ストーリー)でポコで出場し優勝することです。

●余談
「ニーデル」と「指輪」…、「ニーデルの指輪」…、どこかで聞き覚えのある言葉だなと思ったら、もしかしたら「ニーベルングの指輪」に寄せてる?…ような気がする。

「ニーベルングの指輪」はドイツの音楽家「リヒャルト・ワーグナー」が北欧神話とジークフリート伝説をもとに作曲したオペラで、「ニーベルング」というのは物語に登場する小人の一族の名前らしいです。
その小人族のアルベリヒという人物が「世界を支配しうる力を持った指輪」を作ります。
紆余曲折あり、指輪は巨人に奪われ、アルベリヒは怒って指輪に「死の呪い」をかけます。
「死の呪い」により巨人たちは殺し合います。
……まあ、その後また色々あって指輪は、原料を手に入れた「ラインの川」に返されることになるんですが、
「小人の指輪」→「オモチャの指輪」
「死の呪い」→「ニーデル武闘大会」
……なーんか、関係ありそうじゃないです?
(ゲーム中の装備効果からは全く想像つきませんがww)


※ティファ(本名、ティファニー・エヴァンス)
エルクと同じくシュウに拾われた東アルディア、インディゴスに住むエルクの幼馴染のようなもの。
原作では名前もなく、ただのシュウのファン。

※エルクとトランペット
……どこかでエルクがトランペットを演奏してるシーンを書いた気がする。気がするのに見つけられない↓
もう、初めてってことでいいや(笑)

吹奏楽はかじってはいましたが、専門知識はまるでないので間違ったことを書いててもご容赦ください。
ちなみに今回のマウスピース選びも、ちょっと調べてみたところ、奏者の声の音域はあまり関係ないのかなと思います。ただ、それっぽい雰囲気を演出したくて書いてみました。

※原作との相違点
原作ではエルクたちもトウヴィル村の人たちと一緒にククルの神殿に戻って、待機していたシルバーノアに乗ってロマリアに向かうことになっています。
ですが、エルクの焦る気持ちや「どうして都合よくシルバーノアがいるの?」という疑問から、ちょっと大筋から離れてみました。
(本当は、神殿で成長したエルクとククルの感動的なシーンの一つでも書こうかと思っていたのですが)

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