聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ラッパ吹きの行軍 その十二

――――パレンシアタワー地下、脱出路前

 

…どうやらこの俺の知らねえ『炎』は指輪が引き金になっているらしい。

確かな根拠(こんきょ)はない。指輪の文字がこの『炎』に反応するように強く光るからってだけの話なんだけど。

それだけだとしても、俺にはどうしても無関係には思えなかった。

何かが(つな)がっている気がした。

俺にとって大事な、何かが。

 

そんな(なや)ましい考察(こうさつ)余所(よそ)に、白装束(しろしょうぞく)(しの)び一人と炎を(まと)った尾長(おなが)怪鳥(かいちょう)二羽は15歳の巨人にいいようにあしらわれていた。

白装束は持ち前の素早(すばや)さで巨人を翻弄(ほんろう)していたにも(かか)わらず、()()(やいば)一太刀(ひとたち)たりとも巨人を傷つけることができないでいた。

怪鳥は巨人の腕が忍びを(とら)えないように『炎』で撹乱(かくらん)するも、まさか『炎』を(あやつ)ることにおいて巨人に(まさ)(わけ)もなく、皮肉(ひにく)にも「火の鳥」は『巨人の腕』に(つか)まれ『炎』に()かれて()()きてしまう。

そして素早い動きに()れ始めた巨人の一撃が(つい)には忍びまでも(とら)えてしまう。

「焼き払え!」

『巨人の一言(こぶし)』が、重い一撃で(ひる)んだ忍びに容赦(ようしゃ)なく振り下ろされた。

ズドンッ!

瞬間的に加熱された一帯(いったい)の空気が忍びもろとも破裂(はれつ)し、爆風を()()らす。そうして爆音の残響(ざんきょう)(おさ)まる(ころ)、忍びは床に積もる(ちり)となっていた。

 

「……」

纏っていた『炎』を()き、もとの少年の姿に戻ったエルクは自身がもたらした光景にしばし呆然(ぼうぜん)としていた。

「エルクはアークを殺しちゃうかもしれない…」

ポコの言うように、かなり凶悪(きょうあく)な『力』に思えた。

なにせ、『巨人の炎』を纏っている間はどんな攻撃も受け付けなかったんだ。刃物も、魔法も、体当たりの(たぐい)の物理的衝撃(しょうげき)すら風船に()れるぐらいの感覚しかなかった。

それでも『巨人の憑依(ひょうい)』によってもっていかれる体力、精神力はそれなりに大きい。

アンデルの『黒い息』にも()えられていたことを考えると、奴が(あらわ)れた時から無意識(むいしき)に使っていたんだと思う。するとその(かん)、おおよそ4、5分くらいのことのはずだ。

そんな短時間のことだったのに、『巨人』を解いた瞬間に(おそ)う疲労感は3日間寝ずに動いていた時に匹敵(ひってき)する。

けれど不思議と「動けなくなる」ってことはならなかった。

味わったことのない感覚だからか。その重々(おもおも)しい疲労はどこか「命を(けず)ってるんじゃないか」とさえ思わせた。

 

そんなデカい代償(だいしょう)の『力』をもってしても、アンデルには手も足も出なかった。『(きょじん)』を()()された瞬間さえあった。

『黒い息』は(ふせ)げたけれど、攻撃に関しては何一つダメージを(あた)えることができなかった。

「無敵」にも「最強」にも程遠(ほどとお)い。

…そういや……、

(あらた)めて左手の指輪を観察(かんさつ)してみるけれど、これといって細工(さいく)(ほどこ)されているようには見えなかった。

ただ、俺が『巨人』を思い浮かべると(わず)かながら指輪が『(ざわ)つく』ように感じられた。

それと同時に()っすらと俺の意識に『誰か』が侵入(しんにゅう)してくるような違和感もある。

 

…そうなんだ。この『炎』を纏っていると自分が自分じゃないみたいだった。

まるで二人羽織(ににんばおり)で操られているみたいで、全身の筋肉という筋肉を使っていないような身軽さなんだ。

それでいてその力は普段(ふだん)の何倍もの威力(いりょく)がある。

普段でさえ『炎の力』で常人(じょうじん)の何倍も力があるってのに……。

この感覚に慣れてしまった瞬間が、「エルク」がこの世から消える瞬間なんじゃないかと俺には思えた。

 

「その『(ちから)』を慣らすにはちょうど良い相手だろう?」

 

もしかするとアンデルはそれも見越(みこ)して、こんな余興(よきょう)()みた戦いをさせたのかもしれない。

なるべくこの『巨人の炎(ちから)』は使わない。意識すればできるはずだ。もしくは指輪を(はず)していればいい。

…だったら指輪を捨てればいいだけの話なのに、それだけは俺にはできないように思えた。

それは「指輪に操られてる」とかじゃなくて、この指輪が俺にとって本当に「大切なもの」なんだと思うから……。

 

運命は15歳の少年に次々と引き返すことのできない選択(せんたく)(せま)る。

それは必ずしも「非情(ひじょう)」とは言えない。むしろ15歳の少年が無意識にそれを(もと)めていた。

この世界で「大人になる」と口にしたその時から。

そしてそれは一つとして彼を裏切らない。彼が少年でなくなった時、それらは全て少年の力になる。

左手の指輪は、その(ちか)いの(あかし)でもあった。

そのことも、今の少年には知る(よし)もない。

 

 

――――パレンシアタワー地下からパレンシア城へと続く地下通路

 

「僕が注意を引きつけるから皆はその(すき)に出口へ!」

156㎝という小柄(こがら)楽士(がくし)は、自分の3倍近くある怪物を相手に必死に戦っていた。

一度でも捕まってしまったなら軽く(ひね)(つぶ)されてしまうような前足が、彼の目の前に何度も振り下ろされる。

得意の『ラッパ』で獅子(しし)の足や腹を打ってダメージを与えてはいるものの、使い魔が同じく『超音波』で『ラッパの弾』の威力(いりょく)()いでしまうために必殺の一撃には(およ)ばない。

さらには獅子もまた麻痺性(まひせい)のある息を()くために――ポコは自身の『力』で(あらが)ってはいるものの――、少しずつポコの動きも(にぶ)り始めていた。

 

そのさらに後方(こうほう)では、その倍の数の怪物に(から)くも勝利したはずの家庭用ボイラーが悲鳴(ひめい)を上げていた。

「どうなっとるんだ?!」

銃弾で心臓を(つらぬ)いたはずの怪物たちは一度は地に()して息を引き取ったにも拘わらず、ゾンビーのごとくノソリノソリと立ち上がると、ソレらは生前(せいぜん)遜色(そんしょく)のない力で(ふたた)び目の前の獲物(えもの)たちに襲い掛かった。

もはや死体であるためか。銃弾も魔法も()きが悪く、防御(ぼうぎょ)を忘れてしまった怪物たちは()(つづ)ける。

そこに(すく)いがあったとすれば、機械(ボイラー)であるがゆえに獅子やコウモリの『吐息(といき)』の効果(こうか)が現れなかったこと。その効果が現れるよりも早く、村人たちが怪物の縄張(なわば)りを抜け出していたことくらいだろう。

しかし、それも決定的な解決の糸口(いとぐち)にはならない。

「ジリ(ひン)じゃ~!」

ボイラーの『力』は多彩(たさい)(きわ)めていたが、どれも怪物の活動を停止させるまでには(いた)らない。

怪物たちをほんの少し足止めする程度(ていど)

さらに、機械(ボイラー)であるがゆえに連続的に稼働(かどう)できるエネルギー量は限られていた。

今まさに、その限界量を(むか)えようとしていた。

「悪夢ジゃ~!」

一匹の獅子がその大木(たいぼく)のような(こぶし)を小さな、小さなブリキの人形に振り下ろそうとした、まさにその時だった。

 

ゴスッ!

 

 

「…どうだよ。テメエの分相応(ぶんそうおう)ってのが少しは分かったかよ?」

あろうことか、ブリキの人形とそう変わらない小さな拳が獅子の巨躯(きょく)(なぐ)()ばしてしまっていた。

「えルク~~ッ!!」

「エルク?!」

残された二人は涙目になりながら、ようやく現れた戦友(ヒーロー)の名前を声を()らして(さけ)んだ。

その間にもヒーローは二匹の怪物を消し炭に変えてしまった。

「だいたいよ、村の連中は逃がしたんだろ?なんで律儀(りちぎ)に戦ってんだ?戦うのは俺の仕事で、お前らは連中の面倒(めんどう)をみるって役割(やくわり)分担(ぶんたん)じゃなかったのかよ。」

坑道(こうどう)の先に、こちらを(うかが)う村人たちの姿があった。どうやら、その先に敵はいないらしい。

当然(とうぜん)、エルクはそれを確認しているからこそ、こんなにも悠長(ゆうちょう)説教(せっきょう)掃除(そうじ)をする気になっていた。

「…それは、エルクみたく追手(おって)がかからないように、ここで(たお)した方が良いのかなって思って……、」

言い終わる間にさらに二匹が呆気(あっけ)なく燃えた。

「すぐに気付けよ。相性(あいしょう)が悪いんだよ。お前らとは。それに、アイツらの行った先に別の化け物がいたらどうするんだよ。」

「それは……、」

そうして残りの二匹も断末魔(だんまつま)とともに消えていった。

 

「お前に勇気があるのは分かったよ。でも、その勇気で(まわ)りが見えなくなっちまったら、ただのマヌケなんだぜ?」

「…うん。」

「お前もお前だよ。何が”最強”だ。ロボットのくせに、なに(あせ)ってんだよ。」

「は?何ノこトだ?ワシが”最強”デ何がオカシい。ムしろ、ワシは遅刻しタオ前ヲ尋問(じんモん)しタい気持ちでいッパいだゾ?」

「…ハア、そりゃあ悪かったな。」

どうやったらコイツを上手(うま)く使えるんだろうか。少年は、思い通りにいかない管理職(かんりしょく)のように頭を(かか)えた。

「ご、ごめん、エルク。じ、実は、さっきの戦闘でリーフの(たま)(こわ)れちゃったんだ。…僕、やっぱり一人じゃ何にもできないのかも…。」

エルクはポカリとポコの頭を小突(こづ)いた。

「なに勝手(かって)にイジケてんだよ。」

「え、だって……、」

過程(かてい)はどうあれ、ここまで村の連中を無事(ぶじ)に生かしたのはお前だろ?それだけでも(むね)()れよ。」

「ワシもおルダロガ!」という雑音(ノイズ)無視(むし)し、エルクは年上の戦友に親身(しんみ)なアドバイスを続けた。

「一人で作戦に()いたのも初めてなんだろ?失敗して当たり前だろうが。だったらクヨクヨするより反省(はんせい)しろよな。そうじゃなきゃ、それこそこの先お前は少しも変わらないぜ?」

 

もちろん、アークの(そば)にいた時も仲間たちは戦士として未熟(みじゅく)な彼を何度も(ささ)えてきた。()りないものを(おぎな)()える完璧(かんぺき)信頼(しんらい)関係があった。

けれども「完璧」であるがゆえに、自分の成長する必要性を見出(みいだ)せないでいた。

成長の方向性が分からないでいた。

彼らと(とも)にいる自分には確立(かくりつ)した役割(やくわり)があり、彼はそれを完璧に(まっと)うしてしまっていたから。

だからこそ、(ひと)()ちを(うなが)してくれるエルクに、彼らとは違う(たの)もしさを(おぼ)えていた。

どこか自分と同じ、戦場にはそぐわない「(おさな)さ」を残しているように思え、「戦友」というよりも「兄弟」のように感じられた。

だからという訳ではないのかもしれないけれど、そんなエルクからの言葉だからこそ、(なら)んで歩く「兄弟」のように、より(ちか)しい信頼の形として受け入れることができた。

「…ありがとね、エルク。」

「はぁ?」

言われて初めてエルクは自分が「親切(しんせつ)な先輩」を(えん)じていることに気付いた。

そもそも教えたり、(はげ)ましたりは彼の性分(しょうぶん)じゃない。しかも、(やろう)相手に。

ほんの少し前まで、彼の周りには血気(けっき)(さか)んな(バカ)しかいなかった。だから、こんなにも弱気になる人間はいなかったし、強くなるかどうかはソイツらがいかに強い奴らから盗めるかにかかっていた。

「やっぱりエルクは(たよ)りになるね!」

だからこそ、男からこんなにも()()ぐに頼られることに、エルクは自分のしていることへの寒気(さむけ)とそんな自分が(みと)められている気恥(きは)ずかしさを感じてしまっていた。

「う、うるせえな!次は助けねえからな!」

 

突然ポコが俺のリズムを(くる)わせるようなことを言うから……。

「失礼だが……、」と先で待機(たいき)していた長老が催促(さいそく)してくるまで作戦のことなんかスッカリ頭から抜けちまってた。

「マッタく、コのクソ忙しイ時に何ヲ(じゃ)()とルンダ。…あイタ!?」

テメエもテメエでそのツッコミをなんでもっと早く入れねえんだよ。本当に使えねえな!

 

その後は戦闘もなく、呆気(あっけ)なく城の跡地(あとち)まで辿(たど)りつくことができた。

「やった、やったぞ!出られたんだ、あの恐ろしい場所から逃げ出せたんだ!」

俺とポコが地下通路の出入り口を(ふさ)いでいる背後で、村人たちは思い思いに喜び、(さけ)んでいた。

「まだ村に帰り着いてねえってのに呑気(のんき)な連中だな。家に帰るまでが脱獄(だつごく)ですって学校の先公(せんこう)に教わらなかったのかよ。まったく…。」

牢屋(ろうや)にぶち込まれてた連中の気持ちはよく分かる。それでも、(かたわ)らで作業してる俺としては文句(もんく)の一つも言いたい気持ちだった。

それに正直(しょうじき)、ここでも()()せされてると俺は予想(よそう)してた。それなのに、こんなにアッサリ手放(てばな)されちまうとさらに調子が狂っちまう。

 

「エルク…、」

なんか、坑道での一件があってからポコの声色が微妙(びみょう)に変わっちまって、聞いてるこっちはなんだか背中がムズ(がゆ)くなっちまう。

「本当に、ありがとね。僕一人だったら皆を助けられなかったよ。」

「ああ、わかったから。もうイイって、そういうのはよ。」

嫌とかではないけど、なんかやりにくい。

「それによ、まだ終わってねえって言ってんだろ?この浮かれポンチどもを村に(とど)けるまでが俺らの遠足だろ?」

「うん、そうだね!」

なにがそんなに嬉しいのか。ムダに元気な返事をしやがる。

 

俺はといえば、そんなに乗り気にはなれなかった。

リーフの珠がない今、村人(コイツ)らを公共交通機関を使わずにトウヴィル村まで護衛(ごえい)しなきゃならない。

内容(ないよう)自体はこれまでのことに(くら)べればそう(むずか)しいことじゃない。難しくはないんだけど、そうなると少なくとも2、3日かかる見積(みつ)もりだ。

護衛のどうのこうのというより、(つい)やす日数が俺には()しかった。

「…ポコは仲間が今どうなってんのか知ってたりすんのか?」

食料を調達(ちょうたつ)しにいくための変装(へんそう)しながら、俺はポコにそれとなく(たず)ねてみた。

 

「キサマの仲間たちは今、ガルアーノの研究所を潰そうとしているらしいが…、」アンデルはそう言ったんだ。

十中八九、その中にはリーザもいるはずだ。

「僕は直接連絡できないけど、何人かはククルと連絡を取り合ってるよ。まあ、それも逐一(ちくいち)ってわけにはいかないけれどね。」

そのククルが俺に何も言ってこなかったってことは、今のところ誰かが()られてるってこともなさそう、なんだが…。

 

俺たちが真面目(まじめ)()()りをしていると、リシェーナがおずおずと近付いてきた。

「…ポコ、少し、お話できない?」

「え?…えーっと、」

ポコがバツの悪そうな表情をしながら横目で俺をチラリと見遣(みや)った。

「気にすんな。俺も少し準備することがあるし、しばらくはここを動かねえよ。」

「ご、ゴメンね!」

…本当はこれといって準備することなんかねえんだけど。

「……」

そそくさと輪から離れ、物陰(ものかげ)へと消えていく二人。俺はそんなポコの背中を見送っていた。

…アイツ、どこまで知ってるんだろうな。

俺だって全部を知ってる訳じゃないし、それが正しいのかも分からない。だけど、この複雑(ふくざつ)な気持ちはどうにも見て見ぬフリができない。

もちろん「お幸せに」という素直(すなお)な気持ちはある。だけどその傍ら、万が一にもこれが「悲劇」になってしまったら、アイツは……、

それは、アイツらが解決することなんだと思う。だって、アイツらの人生なんだから。

…それでも、もしも俺が何か手助けできることがあるなら…、もしもアイツらがハッピーエンドで終われるなら……、

「……」

()らず()らず、俺は泣いているらしかった。

 

「エルクさん、ここまでありがとうございました。」

「あ?」

目を(こす)る俺の前に、あのジイさんがやって来た。

不躾(ぶしつけ)ですが話は聞かせてもらいました。あとは我々だけでなんとかしようと思います。貴方がたはアークの下へ向かってください。」

ジイさんは落ち着き払っていた。まるで、もう安全だと言わんばかりに。

「お前ら連中をナメてんのか?アイツらがその気になればお前ら素人(しろうと)なんかアッという間に牢屋に逆戻りだぜ?」

国家規模(きぼ)人員(じんいん)情報網(じょうほうもう)。素人だけで何をどうすれば切り抜けられるって状況(じょうきょう)じゃあない。

「それでも奴らにはもう、その気などない。…違いますか?」

「……」

このジイさんはやっぱり「一般人(いっぱんじん)」とは少し違ったものの見方をしていやがった。

「もしも奴らがその気であるのなら、ここでも待ち伏せをされていてもおかしくなかった。」

「…ジイさん、元軍人か?」

「恥ずかしながら。」

確かにジイさんは頭が切れる。俺もジイさんと同意見だった。

それでも俺にはそれに賛同(さんどう)できない「不安」があったんだ。

 

「一つ、聞いておきたいんだけど、」

俺はジイさんの目を凝視(ぎょうし)しながら聞いた。どんな小さな反応も見逃さないように。

「アンタらは、大丈夫なんだな?」

「…大丈夫ともうしますと?」

ジイさんの返答は実に慎重(しんちょう)だった。迂闊(うかつ)な言葉で誤解(ごかい)(まね)かないようにと気を(くば)っていた。

だからこそ、俺はその「慎重さ」の内側を見るために、なんだったら打ち返せないくらいに重い球を投げ返した。

「俺は親友を殺した。そうするしかなかったんだ。」

「……」

「アンタなら俺の言ってる意味、分かるだろ?」

ジイさんは分かりやすいくらいに(けわ)しい表情で俺を見た。もうひと押しすれば、ここで問題が解決してしまうんじゃないかと思えるくらいに。

「…アナタの(おっしゃ)りたいことは理解できました。ですがどうか我々を信用してください。我々は誓って貴方がたに(がい)()すようなものではありません。」

 

二人の間に危険な沈黙(ちんもく)が流れた。そして――――、

 

「…分かった、ジイさんを信用するよ。」

俺はとんでもないアマちゃんなんじゃないかと自分を(うたぐ)った。アイツらの腕なら、人間の記憶なんざどうとでもなる。感情や行動だって。ミリルがそうだったじゃねえか。

それでも……、

本当は、俺が今回のアレコレをククルに(つた)えるまではコイツらの(そば)を離れるつもりはなかったんだ。

それでも俺は、天秤(てんびん)に掛けちまった。

一刻(いっこく)でも早くリーザに会いたくて…。

「…本当に、ありがとう。」

深々(ふかぶか)と頭を下げるジイさんの姿を見ちまったら、もう「やっぱり…」なんて言えねえ。

「ジイさん、名前は?」

「カーグです。」

「じゃあ、カーグのジイさん、皆を頼んだぜ。」

()わした握手(あくしゅ)にはまだ人の(ぬく)もりがあった。

もう何が「人間」である証明(しょうめい)なのか俺には分からねえ。それでも俺は、このジイさんの温もりを信じることにした。

そう言い聞かせるしかなかった。

 

 

――――エルクと長老が方針を固めている頃、ポコとリシェーナは、

 

途中(とちゅう)、リシェーナは城の瓦礫(がれき)(つまづ)いた。

僕が間一髪(かんいっぱつ)で彼女を()()めると、彼女は僕の腕の中でうな()れたまま顔を上げない。

「リシェーナ、どうしたの?牢屋を出る時から様子が変だったけど。」

様子がオカシイことには気付いてはいたけれど、皆のいる前ではなかなか聞きにくかった。どこか、聞いちゃいけないような雰囲気(ふんいき)もあったから。

 

すると、彼女は(うつむ)いたまま()()くような声で(あやま)り始めた。

「…本当に、ごめんなさい。」

「な、なんでリシェーナが謝るの?」

「皆、必死だったのに、私、あんなところで転んで、私のせいで皆を危険な目に()わせちゃった…。私なんて…。」

「リシェーナ……、」

昔は僕も皆の足を引っ張ってた。僕が弱虫だから、部隊が全滅(ぜんめつ)するのを物陰(ものかげ)からただ震えて見てた時もあった。

僕は間接的(かんせつてき)に皆の「死」を呼び込んでたんだ。今は護られてるからそれが目立たないだけで…。

だからリシェーナ…、

一緒(いっしょ)に生きようよ。」

「え?」

上手(うま)く言えないけど、弱くても良いんだよ。ううん、強くなる努力は必要かもしれないけれど。…それでも、僕たちだって生きてるんだ。」

 

もたれかかるリシェーナを起こし、彼女の肩に手を置いてポコは力強く語りかけた。

「考えてもみてよ。もしも僕たちがこの世界に本当に必要ないのなら、そもそも生まれてきてないはずでしょ?」

それは、(つるぎ)をくれた彼から(まな)んだこと。

敵を殺し、()()びて学んだこと。

「僕だって皆の足を引っ張るよ?命に(かか)わるミスをしたことだってあるさ。」

彼女が自分のせいだと謝っていた戦闘も、自分たちがもっと気を配っていれば起きなかった。

あまつさえ、戦闘さえもエルクに(たよ)り、自分たちは彼がやって来るまでの時間(かせ)ぎをしたに()ぎなかった。

もしもエルクが来なかったら、怪物たちは村人を追って彼らを皆殺しにしただろう。

そう思うと、寒気(さむけ)が全身を()()ける。

「それでもね、」

他人が死んでいくのを横目に、他人の血を(かぶ)りながら剣を振るう罪人(じぶん)見詰(みつ)め、それでも彼の心にあるたった一つの想いが彼を突き動かし続けていた。

「僕は生きたいんだよ。皆と一緒に。」

そう告白する彼の瞳は、友軍(ゆうぐん)を勝利へと(いざな)う金管のように光に満ちていた。

 

 

アーク一味(いちみ)がトウヴィル村を拠点(きょてん)にし始めた(ころ)遠征(えんせい)負傷(ふしょう)したポコたちが村に戻ると、リシェーナは率先(そっせん)して彼の手当てをした。

初めはただの偶然(ぐうぜん)だった。

けれども手当てをすると彼は決まって彼女に「ありがとう」と微笑(ほほえ)みかけた。どこか女性らしささえ感じるとても(やわ)らかな笑顔。

そんな笑顔を持つ彼に魅了(みりょう)されるのにそう時間は掛からなかった。

会話も()え、自分たちが()たような性格だと知ると、彼女はますます彼のことを想うようになった。

体が弱く、ドジで間の抜けていた自分でも、彼の前にいる時だけは真面(まとも)な人間でいられる気がした。

それが彼女にとって、この上なく幸せな時間だった。

 

けれども、彼女はそれが一方通行な想いだということに気付いていた。

彼に、その気はない。彼は、ただ、皆に優しいだけ。

…それがとても悲しかった。

 

「…ポコは、強いね。」

「…?それはリシェーナもでしょ?」

「……え?」

「僕にはわかるよ。だって、リシェーナにも護りたい人がいるでしょ?」

「え?」

彼に他意(たい)はなく、純粋(じゅんすい)に村の(きずな)を語りたかっただけなのだけれど。彼の口からポロリと(こぼ)()た言葉は、彼女の乙女(おとめ)(ごころ)に小さな火を(とも)した。

さらに追い打ちをかけるように、彼は自責(じせき)恋慕(れんぼ)の間で()(うご)く彼女の心を強く()(みだ)していく。

「僕はリシェーナを護りたいよ。」

「え?」

「だって、()()リシェーナが好きだもん。」

「ええっ!?」

一気に視界がぼやけ、頭が()でダコのようにグニャグニャになっていくような感じがした。

なんだか世界が別の意味で崩壊(ほうかい)していくような感じさえした。

「…?…あっ!!」

彼女の様子から無知の罪を自覚(じかく)した彼もまた、(またた)()に彼女と同じような赤面(せきめん)になり、(あわ)てふためいた。

 

「こ、これは、違うんだよっ!そ、その…!違わないけど……!」

初心(うぶ)な彼に()(つくろ)うことなんかできるはずもなく、彼もまた、無自覚に彼女を想っていたことに気付き始めていた。

「ポ、ポコ……、」

彼女は自分の想いを生涯(しょうがい)、殺し続けるつもりでいた。

彼は「兵士」。それも世界を救うかもしれない「(とうと)い人」。それが自分のような平民風情(ふぜい)が彼の心を(まど)わすようなことをしてはいけないのだと。

けれども今、彼女は自分の目がどうしようもなく熱を持っていて、どうしようもなく(うる)んでいるのが手に取るように分かった。

 

私は、彼が好きなんだ。

 

もはや、それを彼女には止めることができなかった。

「ポコ……、」

名前を呼ぶだけで崩壊したはずの世界が楽園に染まっていく。ハッキリと感じて取れた。

これが、”幸せ”なんだと。

「ハワワワワ…、」

ポコは取り乱したまま()(なお)れず、どう収拾(しゅうしゅう)をつけようかと錯乱(さくらん)した頭で考えていた。

けれども――――、

 

 

「だらしない兵隊だな……」

「やればできるじゃないか!」

 

 

「……」

今の彼はいつだって親友の言葉に(ささ)えられていた。弱虫だと(さげす)まれていた自分に自信をくれた。

「ここだけの話ね、僕、何度も逃げようと思ったんだ。僕がアークたちの(そば)にいたら、僕のせいで皆が死んじゃうかもしれないって思えて。」

「……」

「でもね、アークはそんな僕を捕まえてこう言ったんだ。」

「……」

「『だったらお前が大切にしている人をどうやって護るつもりなんだ。』って。『お前の護りたいものはお前にしか護れない。戦えないことを()じる必要はない。だけど、闘わないことはお前の人生で一番の恥だよ。』…って……。」

「……」

「だからリシェーナ、僕と一緒に生きていようよ。これからも、ずっと……。」

「…うん。」

ポコは見詰める彼女に微笑み、リシェーナは止めどなく流れる涙に手を()えながら温かな彼の手を握りしめ、微笑み返した。




※左手の指輪
原作の装備アイテム「マジックキャンセラー」のつもりです。
エルクの専用装備で、本来なら「魔法防御力が上昇する」だけのアクセサリーでしたが、本編では、「炎の精霊」との一体化を助けるための道具とします。
「炎の精霊」を憑依させる行動は、エルクの特殊能力「インビシブル(あらゆるダメージ無効)」、「エクスプロージョン(炎属性の魔法攻撃)」を発動させる鍵になることにします。

私の話ではククルの神殿でエルクが病床から目覚めると握りしめていたという設定にしていましたが、
原作での入手場所はこのパレンシアタワーになります。

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