聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ラッパ吹きの行軍 その十一

<キメラ研究所第三支部”魔女狩り”からの経過(けいか)報告(ほうこく)

以前(いぜん)にも報告を上げた、我々が一から(つく)()げたモノよりも異能(いのう)の力を持った人間を使って生み出したモノの方が精霊との親和性(しんわせい)が高いことへの確証(かくしょう)()られた。

前回からの経過観察により、それが複雑(ふくざつ)な「人間社会」で得た感情が起因(きいん)していると判明(はんめい)

詳細(しょうさい)別紙(べっし)統計(とうけい)データを参照(さんしょう)

さらに、人間の感情の形成(けいせい)思春期(ししゅんき)がピークであり、訓練(くんれん)による能力向上(こうじょう)(もと)めるのであれば、これよりも(おさな)い個体が最適(さいてき)だという結果に(いた)る。

ついては今後、我々の活動の能率(のうりつ)を上げるものとして――――、

 

以前、ガルアーノの報告書の中にそんな文句(もんく)が書かれていたのを思い出した。

当時の私は、それは(たん)なる奴の野心的(やしんてき)自己(じこ)アピールの一つだとしか(とら)えていなかった。

だが、どうやらそれは間違いだったらしい。

それは奴の()()ちのせいもあるだろう。奴は我々の中でも特に「人間の生態(せいたい)」に固執(こしつ)していた。それが計画の邪魔(じゃま)になることも多々(たた)あったが、「王の復活は()るがない」。

その前提(ぜんてい)があるばかりに、我々は奴の()()ぎた遊びを見逃(みのが)してしまっていた。

そして(つい)に、私までもが奴の言う「快楽(かいらく)」とやらの味を覚えてしまった。

だが、だからこそ、今の私にはわかる。

想像もしない変化を()げるドブネズミどもの姿に異様(いよう)昂揚感(こうようかん)を覚えずにはいられない奴の性分(しょうぶん)を。

目の前にいる一匹もまた、そんな希少(きしょう)価値(かち)の高い「オモチャ」の一つだった。

 

「殺してやる!」

「……」

見る者が見ればこのドブネズミの姿が光を(はな)つ3mの「巨人」に(うつ)るだろう。

しかし、怒りに(くる)ったドブネズミはそんな自分の変化を十分に理解していないようだ。ただただ、今までよりも「強くなった」という自負(じふ)だけで私に(いど)みかかろうとしている。

ここでこの畜生(ちくしょう)の首を()めるのはさほど難しいことではない。

だが、これは()()()()()()()()()()

 

 

アンデルは(おそ)いくる少年の『(こぶし)』を素手(すで)(はら)った。瞬間、少年の『炎』が揺らぎ、無防備(むぼうび)になった少年の首を鷲掴(わしづか)んだ。

「ガハッ!」

世辞(せじ)にも太いとは言えない中年の腕が少年を軽々(かるがる)(つる)()げる。

「…クソがッ!」

消された『炎』を呼び戻し、でたらめに焼こうとするが、アンデルが(たじろ)ぐ様子は微塵(みじん)もない。

炎は確かに敵を(つつ)んでいるにも(かか)わらず、悪魔は表情一つ変えず冷淡(れいたん)に、少年を(にら)み続けた。

 

確か…、ピュルカと言ったか。

アルド大陸(たいりく)分布(ぶんぷ)していた少数民族。実在(じつざい)する『火の精霊』を()()き、『炎の精霊』なる未知(みち)の精霊を偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)し、高まる「信仰心(しんこうしん)」により(つい)にはそれを具現化(ぐげんか)してしまった部族。

そのためか。生まれる子どもの多くが『炎の精霊』を宿(やど)していたらしい。

そして、我々がアレらを絶滅(ぜつめつ)へと追いやった。

その反動が、この小僧(こぞう)(そそ)がれている。この異常な変化はそれが引き金になっているのだろう。

邪魔なものを消すよう指示(しじ)を出したのは私だが――そこに奴の意図(いと)があったのかは(さだ)かではないが――、少なくとも私は意図せず奴の遊びに加担(かたん)させられていたわけだ。

本当に、油断(ゆだん)のならない奴なのだ。

 

…それにしても、と思う。

自分たちの生み出した『精霊』であるとはいえ、「勇者」として『精霊』どもに見初(みそ)められたアークよりも早く、我々にすら()しえない『精霊』との同化をこうも見事(みごと)()()げてしまうとは。

いったいこの小僧のどこにそれだけの(うつわ)があるというのだ。

私の目にはやはり、下水道を()(まわ)(いや)しい獣の一匹にしか見えん。

しかし(げん)に、人間ごときの身で私の『(といき)』に()えている。『聖母(ククル)加護(かご)』も『聖櫃(せいひつ)庇護(ひご)』もなく、己の『力』だけで。

奴の趣向(しゅこう)に合わせてこれを言葉にするのなら、これは「芸術」と呼ぶべきなのかもしれないな。

「とはいえ、そこに理性(りせい)(ともな)わなければそれはやはりただの畜生(ちくしょう)よ。」

私が()でる理由にはならない。

 

少年はとめどなく(あふ)れる『炎』で悪魔を焼き続けた。

高価(こうか)装束(しょうぞく)も、肉も、骨も。それらが()げている様子すら(うかが)えた。

「どうなってやがるっ!」

それでも、()えた先からたちどころに再生していく様子も、目を()らすことのできない真実だった。

骨も、肉も、装束さえも。

「巨人」の剛力(ごうりき)(あば)れても中年の腕はビクともしない。「巨人」が、(はる)かに矮小(わいしょう)な中年の手で人形のように粗雑(そざつ)(あつか)われていた。

 

「どうだ、私は殺せそうか?」

「…ナメやがって!」

(ちゅう)ぶらりんの憎々(にくにく)しい人形を(なが)めながら悪魔は(した)しげな口調(くちょう)(たず)ね、少年は中年の腕の中で(おど)らされていた。

「やはりキサマらはどう足掻(あが)こうと(ほろ)びる運命なのよ。あの小娘のようにな。」

「…クソがッ!!」

エルクはありったけの『炎』を中年の顔に(たた)きつけた。

「…それでキサマは満足か?私はキサマの陳腐(ちんぷ)な悲劇に()いた。心配するな、後はコイツらに相手をしてもらうといい。」

アンデルは正気(しょうき)に戻りつつある少年を確認すると壁に叩きつけ、残された3人の兵士に指示を出した。

 

兵士らは()()しみをすることなく自らの()けの皮を()ぎ始めていた。

「まあ、私の()わりとしては物足(ものた)りんかもしれんが。その『(ちから)』を()らすには丁度(ちょうど)良い手合(てあ)いだろう?」

「……」

エルク自身、新しい『力』に慣れていない自覚(じかく)はあった。けれども、どう向き合うべきなのかサッパリわからないでいた。

「ああ、そうだ。一つ、キサマの耳に入れておきたいことがあったんだった。」

()(ぎわ)、アンデルはちょっとした悪戯(いたずら)を思いついた。それが腹立(はらだ)たしい同僚(どうりょう)の手助けになることも、今度はキチンと理解した上で。

「キサマの仲間たちは今、ガルアーノの研究所を(つぶ)そうとしているらしいが…、」

いかにも挑発的(ちょうはつてき)()を置き、

無事(ぶじ)だといいな。」

「な…っ、待て!それはどういう意味だ!?」

”白い家”の『悪夢』を連想させるような(きたな)らしい笑みを浮かべ、死に神は去っていった。

 

 

 

――――同刻(どうこく)、パレンシア城へと続く地下通路の道中

 

 

「…まいったなぁ。」

地下通路はアンデルの部下によって大がかりな細工(さいく)がされていた。行きに使った道が爆薬か何かで落盤(らくばん)し、完全に封鎖(ふうさ)されていた。

「コッちの道ハ使えルゾ。」

()わりにヂークが偵察(ていさつ)()みの分かれ道を使うことになり、ポコは未知の道にいくらかの不安を覚えていた。

「本当に大丈夫なの?」

「信用しロ、馬鹿者。」

いつの間にか舗装(ほそう)された地面は途切(とぎ)れ、一行(いっこう)放棄(ほうき)された採掘場(さいくつじょ)と思われる坑道(こうどう)を歩いていた。

最近まで利用(りよう)されていたためか。設置(せっち)されている照明(しょうめい)は通電しており、先を見通すことができるのは彼らにとって何よりありがたいことだった。

「の、(のど)(かわ)いた。」

十分な準備もない、見込(みこ)みもない脱出劇(だっしゅつげき)に一人の少年が思わず根を上げた。

「バカ。今、そんなこと言ってる場合かよ!」

「ご、ごめん……。」

「…ごめんね、トト。せめてこの洞窟(どうくつ)()けられたら飲み物を探してくるから。もう少しだけ頑張ってくれる?」

気を(つか)うのは楽士の性分で、そもそも彼に裏の顔はない。

それを立証(りっしょう)するかのような()(とお)った中音域の声(アルト)が、少年に楽士の気持ちを十二分(じゅうにぶん)(つた)えていた。

「…ごめんなさい。」

(あやま)ることなんてないよ。あんな所に閉じ込められてたんだもん。誰だって疲れちゃうよ。」

「…うん。」

どうしてだか、楽士の声色は無条件に少年、トトの心を(あたた)めた。

 

トトは先を行くポコの、なけなしの勇気を()()けた顔を見上げ、自分よりも(おさな)く見える手に無性(むしょう)()かれた。

「…え?」

急に何かが()れる感覚に(うなが)されて振り返るとそこには、歯を食いしばり、自分の手を(にぎ)りしめながら一所懸命(いっしょけんめい)に前を見詰めるトトの顔があった。

「……」

「……」

トトもポコも言葉は()わさなかった。それでも、「一緒(いっしょ)に足りないものを育てよう」という瞳の(かがや)きを、ポコはしっかりと見届(みとど)けた。

「頑張ろうね。」

「…うん。」

トトの決意を見たポコの顔に、「勇気」とは別の(かがや)きが宿(やど)っていた。

 

「出口、モうスグだぞ?」

「ホ、ホント!?」

唐突(とうとつ)なボイラーのアナウンスに、気を張るポコは思わず――声を(おさ)えながらも――誰よりも先に歓喜(かんき)の声を上げずにはいられなかった。

ピエロのような笑顔で村人たちを見回した。

「もうスぐなンダガ…、」

その後に続く、自称(じしょう)”世界最強”のお茶目なジョークが飛び出すまでは。

「ちョットした猛獣(モうじゅウ)ショーが始マりそウだぞ?」

「…え?」

 

不穏(ふおん)な言葉に促され、ポコは物陰(ものかげ)から恐る恐る行く先を(のぞ)くとそこには…、

「…え、ちょ、ちょっとストップ!」

ジリジリとフィラメントの()げる音が(ひび)く中、そこにいるはずもない数匹の奇怪(きかい)な怪物たちが、まるで財宝を護る番人のように眠りに()いていた。

「どうされた。」

その異常な様子からボイラーのジョークが真実であると察知(さっち)した長老もまた、ポコと同じものを目にし、()いた息を飲み込んでしまっていた。

「これは……、」

金色(こんじき)に輝く毛並(けな)みに、(かんむり)(いただ)くかのように雄々(おお)しい(たてがみ)。そして、その巨体を(おお)い隠してしまうほどの竜翼(りゅうよく)(たずさ)えた獅子(しし)

これの使い魔であるかのように()()うコウモリもまた、竜と呼んで()(つか)えない体躯(たいく)をしていた。

こられが3組、無慈悲(むじひ)にも彼らの進まなければならない道の上に等間隔(とうかんかく)縄張(なわば)りを()いていた。

「奴らはこんなものまで(つく)ってしまうのか…。」

これらの怪物はスメリア国の伝承(でんしょう)にすらない、どちらかと言えば中東(ちゅうとう)の砂漠地帯(ちたい)で聞く伝説の生き物だった。

 

「ど、どうしよう……。」

「どうッて、行クシカナいジゃろ。」

最強のボイラーはまるで他人事(たにんごと)のように答えた。

「え、あの中を?!」

「道は他ニナいんダゾ?そレとも、アレがワシらに気付かズニドっかニ行くのヲ待つノか?アり得ンアリ得ん。」

「…そうですね。追手(おって)を押さえてくれているエルク君のことも思えば、今ここで立ち止まっている訳にもいきません。」

ポコは(おどろ)いた。長老の(きも)()わり方が異常に思えた。

あの怪物1組でも命を()けて(いど)むような相手なのに、さらにそれらが2組増えた状況でどうしてそんなことが言えるのか。彼の正気を(うたが)う他、自分の理性を(たも)てないような気がした。

 

そうして次の一言(ひとこと)がでないポコの(そで)を、誰かが引っ張った気がした。

「トト……、」

その顔には見たことのない化け物の姿への恐怖がありありと浮かんでいた。

「…ねえ、ヂーク。出口まであとどれくらいあるの?」

距離(キョり)か?ざット200mだな。」

「200mか…。」

(ひと)()ちながら、弱虫は武者震(むしゃぶる)いを味方につけ、一大(いちだい)決心(けっしん)をしようとしていた。

振り返り、かつての情景(じょうけい)を頭に浮かべながら、その決意を伝えるべき人に向かって口にした。

「トト、僕が先に行ってみるよ。」

「え、ポコ、大丈夫なの?」

「わからない。でも、だからこそ僕が先に行くんだ。これは僕たちの戦いなんだからね。」

震える(ほお)で無理に笑顔をつくり、ポコは自分とトトに言い聞かせた。

「トトは長老(カーグ)さんと一緒に来るんだ。長老(ちょうろう)はもうお(とし)だからトトがしっかり(ささ)えてあげなきゃいけないよ。…いいね?」

「…うん。」

かつて、荒野(こうや)でゾンビーに襲われ、死ぬしかないと震えて(ちぢ)こまっているポコを彼が叱咤(しった)した。

「戦うしかないだろ?!」

そう言って(わた)された剣を、ポコは今でも肌身(はだみ)(はな)さず(こし)に下げている。

 

彼に出会わなかったら僕はあそこから生きて帰れなかった。あそこで彼に(しか)られなかったら、僕はきっと今も誰の目にもつかない場所で(ひと)り震えているんだ。

だからトト、前を見て進むんだ!

 

(いま)だに震えの止まらない足を叩き、剣の(つか)を握りしめ、ポコは村の皆に振り返った。

「…長老も、皆も、それでいいよね?」

「…わかった。ポコ、(たの)んだぞ。」

「大丈夫、へっちゃらだよ。」

そう言って笑う彼の奥歯が(かす)かに鳴っていた。

「オイ、」

見かねたボイラーがしようがないと上から口調でポコを(なだ)めた。

「コれデモ食って少シ落ち着け。」

「えっと、これ、ガム?」

最強のお手々(てて)器用(きよう)に指先に(はさ)んでいるのは、なにと一緒に保管されていたかも分からないペラペラの加工食品だった。

「ワシの大事な精神安定剤ダ。感謝しろ。…あア、でも音ハ立てルナヨ。」

「ありがとう。…それでね、ヂークには申し訳ないんだけど…、」

足音に(なん)のあるヂークベックにはどうしてもこの()()()()()()()()という慎重(しんちょう)さを求められる作戦が向いていないように思えた。

だから皆が無事に怪物たちの縄張りから出た後に脱出して欲しい。無慈悲(むじひ)にもポコはそう伝えた。

「フン、まあ殿(しンがリ)はワシにシか(つと)マランダロうかラな。仕方がなイ。引き受けテやろう。」

「ハハ、頼もしいや。」

実際(じっさい)、彼の根拠(こんきょ)のない強気な発言は、「根拠」に(おび)える村人たちの恐怖を幾分(いくぶん)(やわ)らげてくれた。

「それじゃあ、行ってくるね。」

「おう、行っテコい。」

 

”最強”に見送られ、幾分(いくぶん)か軽くなった足でポコたちは怪物たちから絶妙(ぜつみょう)に離れた岩陰(いわかげ)へと移動(いどう)することに難なく成功する。

「よく頑張ったね、トト…。」

少しずつ、少しずつ。次の物陰へ、次の物陰へ。彼らは着実(ちゃくじつ)に出口に近付いていた。

それはとても喜ばしいことのはずなのに、ポコはなんだかそこに(ぬぐ)えない違和感があるように思えてしかたがなかった。

番人たちが僕らに気付かないのは、運が僕たちに味方しているからだ。そう思うより(ほか)になかった。それなのに――――、

そして、その()()(つか)()

「あ…、」

「あっ!!」

(こと)が起きて初めて、その場の全員が彼女を気に掛けてやれなかったことを()いた。自分たちの命が助かるかどうかの瀬戸際(せとぎわ)で、あと一歩の慎重さに()けていた。

彼女に(かん)しては、獣たちの縄張りを抜ける緊張(きんちょう)と、愛する人に想いを()げなければという緊張がそれを後押ししてしまっていた。

 

ガラガラガラッ!

 

全員が見守る中、リシェーナはとうとう貧血(ひんけつ)を起こし、支えるものもなく転倒(てんとう)(あた)りの岩で派手(はで)に音を立ててしまった。

 

『ゴォォウッ!』

番人たちの、吸血鬼の(くちびる)のように真っ赤な双眸(そうぼう)が開き、彼らの逆鱗(げきりん)()れた者たちに向けた咆哮(ほうこう)が坑道内を隅々(すみずみ)まで()たした。

「リシェーナッ、早くこっちに!」

番人の咆哮に地盤(じばん)(わず)かに(きし)む中、ポコはリシェーナの手を引き、彼女を物陰へと隠した。

「いいかい?ここでジッとしてるんだよ!」

一行は三つに分断(ぶんだん)された。

先頭をいくポコとリシェーナたちを(ふく)む7人。中間地点に()()りにされた村人5人。そして、最後尾のヂークベック。

「バカっ!」「ドジっ!」「マヌケっ!」「アンポンタンっ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「ちょ、ちょっと、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ!」

(かしま)し娘たちがここ一番で転んだリシェーナを()め、ポコがその無益(むえき)(あらそ)いを(いさ)めた。

『……』

そんなことは分かっていた。むしろ、たった今、口にした罵倒(ばとう)は全部、自分たちに向けられたものだった。

村の中で一番親しい友達だと思っていただけに、彼女たちの後悔(こうかい)は大きかった。

 

「後ロは任せロ!」

ヂークベックは得意の機関銃(きかんじゅう)後方(こうほう)の4匹の注意を引きつけた。

「お、俺だって…、」

「止めなさい!」

中間地点の物陰に隠れた村人の一人が(いた)んで()れた坑木(こうぼく)を手に取り、ヂークと交戦(こうせん)する獅子の背後から(なぐ)りかかろうとするところを長老たちが取り押さえた。

「離せよ、俺たちだって、アークに護られてばかりはいられないだろ!?」

「状況を考えるんだ!私たちが手を出して、(かえ)って彼らの邪魔になってしまったらどうする!」

「やってみなきゃ分からないだろ?!」

「いイや、ソコのジイさんの言う通リダぞ。」

「!?」

化け物たちの注意を引きつけつつ、長老たちと合流(ごうりゅう)したヂークは慣れない戦場へ果敢(かかん)に挑もうとする若者を突き放した。

「キサマ、アレと一対一デ戦エルカ?でキないナらワシにハタだの()(ごま)にしカ見えんぞ。」

乱暴(らんぼう)な言い方ではあるが、間違ったことは言ってない。それでも、彼は自分が何かの役に立つことを証明(しょうめい)したかった。小さなトトでさえアレらに立ち向かう「勇気」を得たように。

「クソッ、俺だって武器さえ持ってりゃ!」

「アレク、落ち着くんだ。何も戦場だけが戦争の全てじゃあない。(わし)らには儂らにしかできん(たたか)(かた)があるじゃないか。」

「さスガはジジイ、良イコト言う。…いいヤ、実はワシもそレが言いたかッタんだけどな。」

「……」

納得(なっとく)がいかなくとも、羽交(はが)()めにされている彼は戦況(せんきょう)を見守ることしかできない。

けれども()ぐに、自分がいかに無謀(むぼう)なことを口走っていたのか。彼は嫌でも(みと)めざる()えなくなってしまう。

 

一見(いっけん)、ただただ銃を乱射(らんしゃ)しているだけに見える奇天烈(きてれつ)な形のロボットは、魔法のような『力』で()らばる小石や岩を意図的に(あやつ)って化け物の急所(きゅうしょ)(ねら)ったり、つむじ風を()()こしてコウモリの動きを撹乱(かくらん)していた。

ただの弱虫だと思っていたポコも、自分の弱さに(あらが)うような顔つきで、ラッパや警笛(けいてき)を使って摩訶不思議(まかふしぎ)な戦闘を()(ひろ)げている。

…俺には、天地がひっくり返ったって、そんなことできやしない。

ついさっき、眠る怪物たちから(ただよ)う「確実(かくじつ)な死」に覚えた絶望を(ぬぐ)ったかと思いきや、今度は「戦場」という人間の専売特許(せんばいとっきょ)のような世界においてさえ自分は何の価値もないのだと絶望していた。

 

腕の中で気を落とす若者に、かつて同じ(なや)みで苦しんでいた長老は大切な同胞(どうほう)にヒントを与えた。

「若いお前はまだ自覚(じかく)していないのかもしれんが、儂らは十分に彼らと一緒に闘っているんだぞ?あの小さな村で、彼らの命を支えているのは他ならぬ儂らなんだ。」

誰しもが彼らのような「特別」ではいられない。

「特別」であることで与えられる悲劇も彼は見守ってきた。「特別」でないことに感謝した日もあった。

しかし、それらの(じょう)()いた想いを(いだ)くこともまた、彼を悩ませる種になった。

けれども、

「それが儂らにできる唯一(ゆいいつ)の闘い方で、今の儂らにしかできない闘い方だ。」

「特別」な彼らと(せっ)している内に私は気付いたのだ。

私もまた、彼らのような「特別」になりたいのだと。そして、彼らは私に言ってくれた。「共に闘おう」と。

…そうだ、そうなのだ。苦難を前に立ち上がるものは皆、「特別」なのだ。

彼らがそれに気付かせてくれた。だから私はこの「特別」を手放さない。大切な仲間と共に最後まで生き続けるのだ。

……あの村で。




※金色に輝く毛並みに~竜翼の獅子→原作の「マンティコア」のことです。
※使い魔であるかのように寄り添うコウモリ→原作の「ジャイアントバット」のことです。

※トト
原作にない、私が勝手につくったキャラです。

※竜翼(りゅうよく)
造語です。竜のような翼という意味なのですが、さらにたちの悪い事に、原作のマンティコアの羽はどちらかというとコウモリ寄りです(笑)
なんと言うか…、某ゲームのリオレ○スみたいな鱗付きではなく、プテラノドンみたいな感じです。

※200m
学校の規模にもよりますが、だいたいグラウンドに敷かれたトラック一週分ですね。

※トウヴィル村の長老、カーグ
いつも通り、私の創作モブです。

※坑木(こうぼく)
坑道を掘り進める際、地盤を支えるために用いられる木材。

※アレク
名前を考えるのが面倒になったんですかね(笑)
一応、この作品はアークⅡまでを扱った話なので、同じ名前でも原作の続編のキャラクター、ストーリーとは関係ありません。

※ホンマの後書き
後半、原作に出てくるモンスターと違っている部分がありますが、その点は次話で補っていますので流してください。

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