自分でも無防備な突入だとは思ったが、あの夢の後は少し無茶をしたくなる。文字通り『憂さ晴らし』なのだから、むしろこれくらいがちょうど良かった。
一先ず現場に立つことはできた。だが、完全に間に合ったとまでは言えないようだった。空港内の荒れ果てた姿が、すでに一悶着終えた後であることを告げていた。
ざっと辺りを見回す。焦げた掲示板や溶けたテーブル、30人近い警官全てが床に転がっている。それに、突入の際に俺の力と衝突した敵の能力。それだけの情報があれば、相手のだいたいの力量が計れた。
まあ、2時間も経ってこの犯人を相手にこの程度ならマシな方か。
ターミナル内はおおよそギルドが提供した情報と一致していたが、外のことを含めればビビガの予感の方が当たっていたようだ。
一度だけ、ターミナル付近上空を周回してみたところ、5番線に着岸している飛行船に不審な動きをする人影がチラホラと見られた。
それが今回の件と直結しているかまでは分からないが、深夜に黒づくめが10人弱。単なる乗客や整備士でないことは間違いない。
関係のあるなしの判断をしかねるのは、当の犯人が人質を小脇に抱えたまま、たった一人の賞金稼ぎを前に目を白黒させているからだ。
まあいい。コイツを絞め上げてからさっきの黒づくめを叩きに行けば良いだけの話だ。もし今回の件と関係がないなら、事前対処の報酬が上乗せされるかもしれない。
そうなればしばらくは、あのクソ中年に穏やかな夜を邪魔されることもなくなるだろう。
「なんだテメエ。」
月並みなセリフだ。
「賞金稼ぎだ。お前が呼んだんだろ?『警官たちに囲まれて困ってます』ってな。」
犯人は、憂さ晴らしの相手としてはもってこいの、頭の悪そうな顔をしていた。顔というよりも、丸々頭一個分、『私はバカです』と主張しているように見えた。
仕事柄、目立たない灰色の装束で身を固めるのは分かる。だったら、その目立ち過ぎる緑色の髪の毛は何なんだ。しかもブリーチでツンツンに、ガチガチに固めて。ビジュアル系バンドにありがちなパンクな頭よりも出来が悪い。
それに、ビビガには同年代だと聞いていたのにコイツ、同じ15歳にしては顔が老け過ぎているだろう。10は年上に見える。
だが、どうやら力だけは本物のようだ。そんじょそこらの賞金首とはレベルが違う。
コイツが本気を出せば戦車も役に立たないだろう。身を隠す場所がなかったらシュウでも手こずるかもしれない。
ただし、戦場での知恵も弱いし、殺気にも斑がある。焦ってんのか、ただ忍耐が足らねえのか分からねえが、あまり訓練はされてないようだ。
それなのに、この力。身に付けている装備も悪いものじゃない。ビビガの言うように何かの組織に属している線も十分にあり得――――
「この人質が見えねえのか?」
……さっきからコイツ、素人なのか?緊急時の対処法もないようだし、組織に属しているというよりは、ヤンチャなガキが『闇市の薬に手を出してしまいました』というような印象に変わった。
俺は、自分の勘違いに初めは安堵した。
組織の人間が襲ってきたかと思いきや、窓を割って飛び込んできたのは俺と年齢的に変わらないガキだったからだ。
おまけに真っ赤なバンダナを額に巻いて髪を逆立て、似合わない銀の耳飾りをした姿は正義のヒーローごっこのように見えて可笑しかった。
こんな奴が組織の人間な訳がない。
だが、そんな幼い見た目に安心したのは、ほんの1、2分だった。
経験の浅い俺にも分かる玄人の物腰。それは緊急事態における間に合わせなんてレベルじゃない。それ以前にコイツは、俺の雷を受けて平然としていやがる。髪にも服にも、焦げ跡なんてどこにもない。
それはつまり、そういうことだ。
賞金稼ぎという人種を知らなかった訳じゃないが、これ程とは思わなかった。
切り札はあるが、もしもさっきの力が偶然じゃないなら、それでもコイツを撃退するまでにはいかないに違いない。
とにかく、『切り札』を使えば混乱はできる。その混乱に乗じてできるだけ遠くに逃げるしかない。
結局俺は『逃げる』ことしかできない。
だが、これで良い。
姉さんを逃がすまでは俺は死ねない。
「さあ、そろそろブタ箱に入る心の準備はイイか?」
ガキは悠然と得物の矛先を俺に向けた。それに合わせて俺は再度、女を突き付ける。
「この女がみえねえのか――――」
パァンッ
瞬間、全ての音が消えたかと思うほどに、それは刹那的で曇り一つない破裂音だった。
ガキが掌で空気を叩いたかと思うと、その破裂音と熱風が場を一瞬にして飲み込んだ。
驚いた拍子に呼吸を忘れてしまった。いざ整えようとすると辺りの空気が薄くなっていることに気づく。『どうなっているんだ!』困惑しているとガキは目の前まで迫ってきていた。車道で硬直する猫のように、全身の筋肉は怯え、ガキがすることを見守ることしかきなかった。
ガキは流れるような動きで俺の左腕を捻ったかと思えば、女を奪い取り、離れざまに脇腹に強烈な蹴りを入れていきやがった。
その蹴りはもはや人間のものとは思えない。50kgあるかどうかも怪しいような体格からは想像できないほどに重く、俺は数mを揉んどりうって息を詰まらせてしまう。まるで何十キロもある鉄球を高速でぶつけられたかのようだった。
視界がグルグルと回り、意識が混濁し、全身が痺れて思うように動かない。その間にも警察からの銃弾が襲ってくる。胃酸が逆流する中、狙い打ちされないためだけに地面を転がり続けた。
コイツの強さは何なんだ。猿のような身のこなしと熊のような一撃は何なんだ。
『興奮』と『痛み』が考え事を切り刻んで次の動きを鈍らせる。
ただ、地面を転がりつつ、俺は無意識に全身からデタラメな放電を繰り返していた。
お陰で発砲は止み、どうにか物陰に逃げ込むことができた。
「チッ!」
ガキは寸前で俺の力に気づき、人質の女を警官の群れの中へと投げ飛ばし、物陰に隠れると同時に槍を投げてきた。
俺の雷は槍に邪魔され、ガキの右腕を少し焼くだけにとどまった。
それにしても、ガキが空港内に飛び込んできてからここまでがあっという間の出来事。まるでフィクション映画のような考えられない展開だった。
俺の頭じゃあコイツの動きについていけない。コイツからは逃げられない。コイツには敵わない。俺は本能的に悟った。
結果は変わらない。だが、この力を楽しむか否かは選べた。俺はまた、『興奮』と『痛み』に身を任せて……いいや、違う。逃げなきゃ。逃げなきゃならない。何がなんでも。
姉さんのところまでは――――。