聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ラッパ吹きの行軍 その十

「この先に大きな牢屋(ろうや)がある。そこに村の連中がいるはずだ。」

修験者(しゅげんじゃ)(たお)した先、俺は(くだ)る階段が左右に()びる一方(いっぽう)()して言った。

差した方から嫌な気配を感じるのが少し気掛かりではあるものの、門衛室(もんえいしつ)で見た図面(ずめん)では(たし)かにこの先に10~20人を収容(しゅうよう)するための雑居房(ざっきょぼう)があるはずだった。

「オい。」

(こわ)れそうで()()()()()()()()チンチクリンが声を掛けてきた。

「…なんだよ。」

思いっきり「相手をしたくない」気怠(けだる)さを表に出しながら聞き返した。すると、ポンコツのくせに思いがけず有用(ゆうよう)な情報を持ってやがった。

「ココヲ左に進めバ、ワシらが城から入ッテキた入り口ニ行ケるぞ?」

「まじか?」

「マヂだ。ワシがたダグウたらと(つか)マってオる(わけ)ガナイダろ。」

さすがにこの状況(じょうきょう)見栄(みえ)のためにウソを()いたりはしないだろう。

それでも、信じられないという顔のポコがさらに聞き返した。

天井(てんじょう)()みを数えてた時も?」

「あレはマア、ソういう儀式(ぎしき)ダ。」

「どうやって。」

()()()()()()()()。」

…その返事自体に不自然さはなかった。けれど俺は、本来そうあってもオカシクないもう一つの可能性を思い出した。

 

「わかった。だけど、先に人質の方に行くぜ。」

「そうだね、皆が心配だもんね。」

「……」

(たと)え、ポンコツの情報が正しかったとしても、そこまで人質を誘導(ゆうどう)できなきゃ意味がない。さっきみたいな手練(てだ)れが出てくるんじゃ、今、二手(ふたて)に分かれる訳にもいかない。

何より、こんなにも人質に近いところまで来てるってのに、やけに(あた)りが静まり返ってる。

そのせいもあってか。今さら階段の一段一段にあのクソ大臣の『黒い息(けはい)』を感じちまってる。

 

複数の人の気配(けはい)を感じ始めたところで足音のうるさいポンコツを待機(たいき)させ、俺とポコだけで先に進んだ。

「…ポコ、トウヴィルの人間で間違いないか?」

無事に目的の牢屋を見つけ、俺たちは中の人間に気付かれないように中を(のぞ)いた。囚人(しゅうじん)たちは希望(きぼう)のない現状(げんじょう)に打ちひしがれてはいるものの、取り乱している奴は一人もなく、思いのほか落ち着いていた。

「うん、大丈夫だよ。皆、村の人たちだよ。」

11人の顔をじっくりと確かめたポコは確信をもって答えた。

「知らねえ奴は()じってねえんだな?」

「うん、皆知ってる人たちだよ。」

…まあ、ここで何を(うたが)うべきなのかもハッキリ断定(だんてい)できねえし。あんまりそっちに気を取られ過ぎるのも良くない。

むざむざ「(わな)」に掛かる形にはなるかもしれねえけど、一先(ひとま)ずはククルの依頼(いらい)達成(たっせい)優先(ゆうせん)べきだ。

一応(いちおう)、その可能性はククルに(つた)えておくつもりだし、もしもそれが現実になっちまったらそれはそれでククルたちに(まか)せるしかねえ。

それにかなりの確率(かくりつ)で他にも「罠」はあるはずなんだ。

ここでモタモタして何もできずに全滅(ぜんめつ)なんてバカするよりはマシだろ。

 

「…誰?」

警戒(けいかい)()いた俺たちに気付いた一人の村人が逆に、身内(みうち)に警戒を呼び掛けるように声を上げた。

「…まあ、俺の名前を言ったって分からねえだろうし。今はアンタらを助けに来た頭のオカシな奴だって思ってくれればいいよ。」

「た、助けに?俺たちを?」

()()()()()()()()?」

「……」

確かに、俺がどこの誰なのかをハッキリ言わなかったのが悪い。なるべく(こわ)がらせないために声の調子を明るくしたのも良くなかったかもしれない。

だけど俺は何も誘導してない。なのに、こんなに簡単にゲロを()くコイツらに不必要な不安を覚えた。

「アンタら、連中にアークの情報を教えちゃいねえだろうな?」

だから今度はしょうもない言い訳をさせないために声を低くして聞いた。

すると、交渉(こうしょう)()れていると言わんばかりの風格(ふうかく)のジイさんが萎縮(いしゅく)する身内を代表して答えた。

「申し訳ない。奴らの拷問(ごうもん)には()えられなんだ…。」

まあ、そりゃそうだ。拷問はママゴトじゃねえ。

連中が、こんな一般人相手に何も聞き出せないようなポンコツなら俺がここまで苦労(くろう)することもなかった。

「しかし、(しゃべ)ったのは(わし)らの村でアークが物資(ぶっし)補給(ほきゅう)していることと、今、何か大きな事を起こそうとしていることくらいだ。むしろ、儂らにはそれくらいのことしか知らされておらんのだよ。」

…本当にそうか?

拷問ってのは、必要な情報を口にしない奴には知っていようがいまいが延々(えんえん)()(かえ)される、実質「処刑(しょけい)」みたいなもんだ。

もしも「アーク」がポコやククルの言うような信頼(しんらい)のおける人間なら、極力(きょくりょく)村人に被害(ひがい)(およ)ばないように敵が興味(きょうみ)を持つ「ゲロ」を仕込(しこ)んでおくんじゃねえか?

それとも……、

 

「村にかけられた結界(けっかい)の抜け方は?」

「…儂らは前村長に連れていかれただけで、儂ら自身は何も知らんのだ。」

…どうやらこのジイさん、思った以上に信頼できる人物らしい。

「まあ、いいや。仕方(しかた)ねえよ。そういうのは特別な訓練(くんれん)なしで()えられるよなもんじゃねえからよ。」

アークたちが補給する物資があの村だけで(まかな)える訳がねえ。そのために村と外を出入りするのがその前村長だけな訳もねえ。

つまりこのジイさんは「俺」の登場もまた、あのクソ大臣の仕込んだ「拷問」の一つじゃねえかって疑ってるんだ。

その判断(はんだん)度胸(どきょう)はなかなか普通の「村人」にできるもんじゃない。

というか、前村長が裏切った時点で大概(たいがい)のことは()れてるはずだ。

だから俺の質問もナンセンスっちゃあナンセンスなんだよな。

 

「これからアンタらをここから出すけど、あんまデカい声は出すなよ。アンタらを護りながらここを脱出するのはなかなか(きび)しいみたいだからよ。」

「わかりました。…(みな)も、いいな。」

前村長に裏切られたばかりだってのによほど信用されてるのか。ジイさんの号令(ごうれい)に対して全員が異論(いろん)(はさ)むこともなく静かに(うなず)いた。

 

「お、俺たち、助かるのか?」

年は俺よりも一つ二つ上に見える男が無駄に希望を見ているような顔で俺に聞いてきた。だから俺は注意喚起(かんき)の意味も込めて若干(じゃっかん)の不安を(あお)ってやったんだ。

「”厳しい”っ()ったろ?まあ、良くて五分五分(ごぶごぶ)ってところだな。」

「そんな…、ぬか喜びさせんなよ!」

「…あ?」

「ウグッ…、」

いくつもの戦場を焼きつけてきた少年の目つきに、(いま)だ現状の把握(はあく)すらできていない身勝手(みがって)な若者は、同じ若者でもそこに深い(へだたり)があることを知り言葉を()くしてしまった。

「ったくよ、助けに来ただけでもありがたく思えよな。」

 

「皆、怖がらないで。僕たちが必ず村まで連れ帰るから。」

「ポコ!?」

一応、「罠」かどうかの判断(はんだん)材料(ざいりょう)として、村人の反応を見るためにポコには少し遅れて顔を出すように言っておいた。

「だから、デカい声出すなって言ったろ?」

「す、すまない…。」

まあ、コイツらにとっちゃあ今、精神的に極限(きょくげん)状態なわけだし、見知った顔が出てくればどうしても気が(ゆる)んじまうのはわかるけどな。

 

「これで全員か?」

「はい。」

牢屋の(かぎ)を焼き切り、俺が長老と村人の状況確認をしていると、何やら(すみ)の方で4、5人の女連中が(ざわ)ついていた。

「リシェーナ、リシェーナ。ポコよ。ポコが助けに来てくれたわよ。」

「ごめん…、私、気分悪いから、ご飯いらない。」

「なにバカなこと言ってんのよ。ポコが来てるって言ってんのよ!」

「……え?!」

「…おい。」

「ご、ごめんなさい。」

着てる服装(ふくそう)から見るに、ククルの神殿(しんでん)で働いてる神官(しんかん)だと思う。

なんだ?ポコの知り合いか?

「遊びじゃねえんだから。マジで真剣に逃げてくれよな?」

「は、はい。」

ポコの先導(せんどう)で他の村人が逃げ始めても、その5人の女官(にょかん)たちだけは(みょう)に落ち着きなく小声で話し込んでいた。

 

「じゃあね、リシェーナ。先に行ってるわよ。」

「ま、待ってよ…!」

「もしかしたら私たち、ここで死んじゃうかもしれないんだよ?だったらせめて()いは残さないようにしなさいよね。」

「せっかく神様がくれたチャンスなんだから。無駄(むだ)にするんじゃないわよ?」

「私、怖い……、」

「何も知ってもらえないまま殺されてもいいの?」

「い、嫌っ!」

「だったら言いなさいよ。」

「どうせ死ぬなら好きな人の心に残っていたいでしょ?」

「…大丈夫、ポコが良い人だってのは私たちもよく知ってるわ。そうでしょ?」

「……」

「ドジで()()けてるアンタにだって、ポコは良くしてくれたじゃない。」

「……」

「大丈夫、少し迷惑(めいわく)をかけちゃうかもしれないけど、分かってもらえるわよ。だって、ポコだもの。」

「知ってもらえるだけでも幸せに()けるわ。きっと。」

「勇気を出しなさい、リシェーナ。打たれ強さだけがアンタの唯一(ゆいいつ)()()でしょ?」

「私たち、最期(さいご)まで一緒(いっしょ)よ。だから、頑張(がんば)んなさい!」

「…みんな……、」

……俺は聞こえないフリをした。

 

「お姉ちゃん、私も先に行くよ?」

一人、また一人牢屋を後にする中、リシェーナは小汚(こきたな)いベッドの上で(ひと)りうな()れていた。

「おい、皆行っちまったぜ?」

「あ、はい!」

…もしかしたら俺はとんでもなく余計(よけい)なことをしてるのかもしれない。

これじゃあまるで、俺自身の手で見たくないものを作り上げているみたいじゃねえか。

「キャッ!」

「おっと、」

長いこと眠っていたのかもしれない。ベッドから()りようとしたリシェーナは足がもつれ、俺が受け留めなかったら頭から床に落ちて大怪我(おおけが)をしてたところだ。

「落ち着けよ。」

「は、はい。」

「…歩けるか?」

「は、はい。ごめんなさい、大丈夫です。」

「……」

俺には彼女を(はげ)ますことができない――――

 

「…おい、」

「え?な、何か?」

「…余計なお世話かもしれねえけどさ、俺たちは誰かのオモチャじゃねえんだ。最後まで(あきら)めんなよ。」

「…そう、ですよね。ありがとうございます。」

笑いながら礼を言うけれど、彼女の顔には少しも()()す様子はない。

…それでも、俺が勇気を出して言った一言は無駄じゃない。そう、思いたかった。

気付けば俺は左(ほお)火傷(やけど)()れていた。

 

「ホントだ、ここ僕たちが捕まった場所だよ。」

「だカらそウ言っトるじャロガ。」

先行(せんこう)したポコたちは合流したヂークの案内(あんない)(したが)い、ヂークの言うパレンシア城に(つな)がる脱出路(だっしゅつろ)まで来ていた。

ピーッ、ピーッ、

「な、何?!何の音?!」

「デカい声ヲ出すな。ジュニアがビビッてしまウだろが。」

「…ジュ、ジュニア?」

(ひか)えめなビープ音を鳴らし、ヒョコヒョコと物陰(ものかげ)から顔を出したのはヂークベックをそのまま手の平大にまで小型化したロボットだった。

「これが、ヂークの言ってた情報の根拠(こんきょ)なの?」

どうやら、アンデルと遭遇(そうぐう)する直前にその小さなヂークを一体設置(せっち)し、本体と交信(こうしん)するという高性能っぷりを発揮(はっき)していたらしいのだが…。

手の平に収まるサイズに(くわ)え、戦闘用ロボットとは思えない粗雑(そざつ)造形(ぞうけい)となればもはや、誰が見ても十人が十人とも「オモチャ」と答えるだろう。

「なんだか可愛いね。」

ポコも、そういう意味を込めて言葉にしたが、ネジの(ゆる)自称(じしょう)”世界最強”の耳にその正しい意味が伝わることはなかった。

「ほぅ、オ前もヨウやくワシの良サがわカッテきたか!」

「どこが。街に落ちてる空き缶かと思ったぜ。」

殿(しんがり)(つと)めるエルクは追い付くなり、ブリキの天敵を(けな)した。

 

俺は、ワンテンポ遅れてまた何もないところで(つまづ)くリシェーナを(ふたた)(ささ)えた。すると、やはり知り合いらしいポコが純粋(じゅんすい)に彼女を心配してか。無造作(むぞうさ)に彼女の顔を覗き込んだ。

「リシェーナ、大丈夫?」

「え!?あ、う、うん!……大丈夫。」

「そう?なら良かった。」

リシェーナは俺の腕の中でモジモジと答え、ポコの笑顔を見るなり(うつむ)いて黙り込んでしまった。

「コイツ、大丈夫か?」

「リシェーナは生まれつき貧血(ひんけつ)になりやすいんだよ。」

「…ふーん。」

ポコはまるで親父(おやじ)か兄弟のようにリシェーナの失態(しったい)(なだ)め、それにリシェーナはただただ顔を赤らめることでしかできないでいた。

 

「出口、完璧(かんぺき)封鎖(ふうさ)されてるじゃねえか。」

村の男たちと協力して、来る時にはなかったコンテナを退()けていくと、現れた扉は溶接(ようせつ)されていて「扉」としての用をなくしていた。

「オい、エルク。」

「あ?」

「ワシに何カ言うコとはなイカ?」

「ねえよ。」

(にべ)もなく答えた。ちょっと役に立ったからって調子に乗るんじゃねえぞ?

「あ~ア、ワシなラコんなペラペラの板、簡単ニ開けられルんダがな―――」

 

ガリガリガリガリ……

 

「す、すごい……。」

エルクの手の平が、打ちたての鉄のように燃え、扉の溶接部分に指先が()()まれると腕力だけでロックされた鉄の扉をこじ開けてしまった。

『炎』の力は勿論(もちろん)のこと、その腕力はもはや少年の体格(たいかく)許容(きょよう)できる範疇(はんちゅう)を完全に超えていた。

「これがアーク一味……。」

唖然(あぜん)とする一同(いちどう)。意に(かい)さない少年。

その構図(こうず)は、「人間」と「化け物」という悲劇の物語を(つづ)るに相応(ふさわ)しい。

法律(ほうりつ)でも科学でも()められない『力』という不平等。自分たちの命を危険に(さら)す『力』という凶器(きょうき)

それはいつだって無条件に「善と悪」を(えが)いていた。

「……」

口にこそしないが、その場にいた村人たちは少年を見て誰もがそれを想像した。

そして、エルク自身もそれを黙って受け入れていた。

 

「ったく、(ねん)を入れすぎだろ。」

こじ開けてはみたものの、扉の向こうにはさらに分厚(ぶあつ)岩盤(がんばん)隙間(すきま)なく道を(ふさ)いでいた。

「…フッフっフ、今度こそワシノ――――、」

バコンッ!

「……」

ボイラーの(ふく)み笑いを余所(よそ)に、小太りのラッパが破城槌(はじょうつい)のごとく見事(みごと)、岩盤を撃ち抜いてみせた。

「これなら行けるぞ!」

「村に帰れるのね!」

「…だからさ、まだ敵陣の中なんだって。あんまり気を抜くんじゃねえよ。」

村人が喜びに騒めく間、エルクとポコが扉の先の安全を確認し、再び脱出を(うなが)した。

「ワシノ出番……」

…”最強伝説”はまだまだ遠い。

 

…いったい、俺の体はどうなってんだ?

少年は自分の『力』に困惑(こんわく)し続けていた。

ここまで手加減(てかげん)なしで(あば)れてきたってのにほとんど疲れを感じない。軽く見積(みつ)もっても一回の仕事で使う体力の半分以上は使ってる。

これもククルの『治療(ちりょう)』のお(かげ)か?それとも、これが『精霊の力』ってやつなのか?それとも…、

 

少年は、分かりきった答えにわざと選択肢(せんたくし)()やし、遠回りを続けた。

少年が危惧(きぐ)する「異変(いへん)」を現実から遠ざけるために。

好調(こうちょう)過ぎる自分の本性(ほんしょう)から逃げ回った。

 

まあ、今さら俺がどんな化け物だろうとやることは変わらねえし、リーザはそんなこと気にしないでいてくれるはずだ。

そんなことよりも、この『力』を今の状況にどれだけ()せるかが「俺」って化け物の力の見せ所じゃねえのかよ?こんな俺でも役に立つってところを見せてみろよ!

俺はこの「異常な体力の正体」にも、この「台本(だいほん)」を臭わせる脱走劇にも苛立(いらだ)っていた。

正直(しょうじき)なところ俺は今、あのクソ大臣(やろう)の顔面に一発喰らわせてやりたい気持ちで一杯(いっぱい)なんだ。

「待てッ」

すると、格好(かっこう)(まと)…もとい、活きの良い軍人(おとこ)どもが雪崩(なだ)()んできた。

十…四、五人ってところか。このくらいなら余裕だな。むしろ、物足(ものた)りないまである。

目に(うつ)るのはどいつもこいつも銃を持ってるだけの「普通の人間」に見えた。これなら2、3割の『力』でも数分で方が付く。

だけど、このまま(ほう)っておいたら追撃(ついげき)の人数は増えていく。だったら、

「ポコ、村人を連れて先に行け。」

弾が村人に当たらないよう『炎』で牽制(けんせい)しつつ村人をコンテナの後ろに隠し、ポコを出口へと促した。

「え?エルクは?」

「村の奴らを連れて追っかけっこしてる方がキツいだろ?俺が足止めしとくから、その間にできるだけ遠くに行け。」

「だったら僕も――、」

「よく考えろ!人の命が掛かってんだろ!」

(げき)を飛ばすとポコはビクリと肩を(すく)ませ、今にも泣き出しそうな顔で俺を見詰めた。

そんな(なさ)けない戦友を(なだ)めるように俺は()()した。

「俺、今、絶好調なんだよ。それに見ろよ。アイツらとさっきの化け物、どっちが手強(てごわ)そうに見えるよ?」

 

言いながら、自分が甘っちょろいことを言ってると気付いていた。

そんな訳ねえだろ。

放っておきゃ勝手に出ていく奴らを追い出すために、わざわざこんな()りぼてみたいな(こま)を用意する訳ねえじゃねか。

(シナリオ)意図(いと)誤魔化(ごまか)すためにしても、これじゃあインパクトもない。

むしろ余計に勘繰(かんぐ)らせるだけだ。

俺と村人を分断(ぶんだん)するためかとチラリと(よぎ)ったけれど、それでも役不足だ。

「…死なないでね。」

「当たり前だろ。俺にはまだやり残したことが山ほどあるんだからな。」

「ワシのとコろに化ケテ出ルなよ。」

「ハハ、戻ったら真っ先にテメエを解体してやるぜ。」

色々と憶測(おくそく)が浮かんでは消えていく。だけど、ここで何か仕掛けてくるのは間違いない。

油断(ゆだん)しないよう自分にも(かつ)を入れ、俺はコンテナの陰から飛び出した。

 

「ウワァァッ!!」

村人を逃がし、身軽(みがる)になった俺はさっそくザコを片付けにかかる。

初見(しょけん)で見立てた通り手応(てごた)えがまるでない―――と思っていた矢先(やさき)のことだ。

「おっと!」

俺の振り下ろした剣に合わせて、(すさ)まじい速さの手刀(しゅとう)が返ってきた。

()退(すさ)る俺に2、3本のナイフで追撃する。『炎』で撃ち落とそうとするも、別の『力』に捻じ曲げられて1本だけ左足に受けてしまった。

「チッ!」

急いで引き抜いて血抜きをするけれど、どうやらその必要はなかったらしい。

「…テメエら、ナメてんのか?」

毒を()っていれば決着はついていたかもしれないのに…。

あそこでわざわざ俺の『炎』をズラしてきたからこそ、それを(ねら)っているものだとばかり思い込んだ。

俺なら間違いなくそうする。だからこそ、連中の生温(なまぬる)い攻撃に腹が立った。

 

「何をそんなに(くや)しがる。」

黒い吐息(といき)が見えた瞬間(しゅんかん)、無意識に体が(こわ)ばった。

数時間前に味わった醜態(しゅうたい)がもう体に()みついちまってやがる。

「自らを犠牲(ぎせい)に仲間を助ける姿は”勇者”らしく、(じつ)(もてあそ)甲斐(がい)もあるが、そんなに死に急いで何になる。」

実質(じっしつ)、現スメリア国の王を気取る悪魔(ちゅうねん)が、自慢(じまん)の『(くさ)い息』を()()らしながら(あらわ)れやがった。

「悪いな。俺は”犠牲”なんてツマらねえものになるつもりはさらさらないぜ。」

なぜだか分からないけど、俺はコイツの『息』に()えられていた。前は立っていることさえできなかったのに。

「それはククルの加護(かご)か?」

「さあな。」

「…(あわ)れな連中だ。足掻(あが)くほどに苦しむだけだというのに。」

その中年の確信(かくしん)めいた言いぐさが、臭い息以上に俺の(かん)(さわ)った。

「なんで村人をわざと逃がした?」

「なんのことかな。」

「俺が気付かねえとでも思ったかよ?」

「ハッキリと言いたまえ。キサマは私に何の言いがかりをつけているのかな。」

まるでヤツの(うす)ら笑いが俺の脳みそにラクガキでもするように、「胸糞(むなくそ)(わる)光景(こうけい)」が頭を(よぎ)った。

「クズ野郎がッ!」

 

(さけ)んだ瞬間、まるで心臓が内側から破裂(はれつ)するような感じがした。気付けば『炎』が全身から(ほとばし)り、周囲(しゅうい)無差別(むさべつ)(おそ)っていた。

けれども例のごとく何らかの魔法が働いているらしく、物は吹き飛ばせても、そこに居合(いあ)わせる悪魔は一匹たりとも()えなかった。

そしてヤツはまた、あの薄ら笑いを浮かべやがる。

「まるで、あの時の小娘の()(ぎわ)を見ているようだな。」

「…なんだって?」

聞き返しながら、また全身がザワつき始めた。

「”白い家”、私もあそこにいたのだよ。アイツは”M”と呼んで()でていたようだが、最後は()()()()()()()手放(てばな)しおった。」

 

――――体が、熱いっ!!

 

(はい)も、(のど)も、手足も。少年の中の何もかもが『炎』を吐き出す。

「…なるほど、確かに面白(おもしろ)い進化を()げよる。」

死に神が、珍妙(ちんみょう)な獣でも見るような目で見詰める先に、一体の『炎』が立っていた。

矢の(ごと)く飛び出した『炎』を、彼に傷を()わせた戦士が()って入り、彼の(こぶし)を受け留めるけれど、悲鳴(ひめい)を上げる間もなく灰に変えてしまった。

(かれ)』は今、現実のどの炎にも真似(まね)のできない非情(ひじょう)な『力』を(ふる)っていた。

「これが奴の言う快楽(かいらく)か。」

死に神は、(ぬる)い世界に突如(とつじょ)として現れた小さな「脅威(きょうい)」をまじまじと見詰め、静かにほくそ笑んだ。




※溝(へだたり)
本来「へだたり」は「隔たり」、「溝」は「みぞ」と読みますが、意味合いと口に出した時のニュアンスがどちらか片方では感じにくかったので思い切って合せました。

※リシェーナ
原作でちょっとした(なご)み役として登場するモブキャラです。
原作では何度もスッ転んで、生身の人間ならとても無事でいられないような派手なSE(環境音)で演出する鋼の肉体を持つ女の子です。
本編ではさすがに凄腕のエルクが見て見ぬフリをする訳にもいかないので補助に入りましたが、彼女の転ぶシーンはなぜかとても感慨深くww忘れられません。

ちなみに、彼女のお友だち(同じグラフィックのキャラ)4人にはそれぞれ名前があるらしく、
ミラルダ、ジーナ、リリー、マーリンというそうです。
……ここで一つ気付いたんですが、シュウの専用装備の一つに「マーリンの書」という「大盗賊マーリンが残した書物(ドロップアイテム発生率上昇)」なるものがあるんですが…、さすがにこの子とは関係ないですよね?
もしもそうなんだとしたら、盗賊家業から足を洗い、トウヴィルで細々と生きる彼女の娘だったりするんでしょうかね?
娘が聖職者なのは母親の罪を償うためとか。

※破城槌(はじょうつい)
「攻城槌(こうじょうつい)」「衝角(しょうかく)」ともいう。
籠城する城の門や壁を破壊して突破するための兵器。丸太状のものを垂直にぶつけて使う。

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