聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ラッパ吹きの行軍 その八

「起きて、ヂーク。起きて、エルクだよ。助けに来てくれたんだよ。」

必死に()するポコに対し、「もう食べられん」なんてお決まりのボケをする粗大(そだい)ゴミ。

「…ンがっ?!……オォ、エルクか。意外(いガい)ト早かッタナ。サあ、イッちょ村人でモ助ケニ行くか?」

この野郎…。そのお粗末(そまつ)顔面(がんめん)ぶち抜いて鳥の巣箱(すばこ)にでもしてやるか?

「ヂーク、こういう時はありがとうって言うんだよ。」

「あア、そウいや忘レトッた。ソんナコトヨりエルク、そコの箱開けてミ。」

ポコの言葉をバッサリ斬り捨て、ポンコツは独房の中に不自然に設置(せっち)された備品箱(びひんばこ)()して言った。

「……」

いちいち突っかかるのも面倒(めんどう)で、()()えず言われるままに開けてみる。中身は…、綺麗(きれい)サッパリ、何も入ってなかった。

「ヤーい、ヤーい、引ッ掛かりオッた!」

「……」

「は、初め、鍵が掛かってたんだよ。それでヂークが、”絶対に良いものが入ってる”って意気込んで開けたんだ。だけど…、」

「スカじゃ!コノ気持チ、今のお前ナら分かッテクレルじゃロ?!」

俺はプロだ。どんな状況(じょうきょう)でも仕事に支障(ししょう)をきたすような真似(まね)はしない。

だけど商売の神様、一生に一回くらい目をつぶってくれてもいいだろ?

「ア痛っ!!」

外装(がいそう)(へこ)むのも(かま)わず、音が(ひび)くのも構わず俺はポンコツを思い切り(なぐ)りつけた。

「ナンじゃナンじゃ、人ノ頭をポカポカ(たタ)キおって!動物愛護(あいご)団体に言いツケるぞ!」

「勝手にしろよ。だけどその前にせめて全身に生肉巻きつけとけよ。じゃねえとテメエみたいな鉄クズなんか門前で袋叩き(リンチ)だぜ?」

 

まあ、潜入(せんにゅう)してから4、50分くらい()ってる。音信不通の門衛(もんえい)襲撃(しゅうげき)を受けたことも発覚(はっかく)してたっておかしくない。

だから、(たと)えこの音で敵が俺たちの居場所(いばしょ)察知(さっち)したとしても、100%この(こぶし)が悪いってことはないだろ?

「エ、エルク、落ち着いてよ。」

「ん?ああ。別に怒っちゃいねえよ。」

怒る怒らないというか。コイツの言うことに対して、深く考えるのを止めた。ただそれだけだ。

(なぐ)りたい時に殴るし、無視(シカト)したい時に無視(シカト)する。それくらいが丁度(ちょうど)良いんだとようやく気が付けただけ。

むしろ気付くのが遅れて、今までの気疲れを思うと(むな)しさが押し寄せてくる。

 

「おい、キサマら、そこで何をしている!」

そして、一連(いちれん)のシナリオのように、恰幅(かっぷく)のいい将校(しょうこう)がゾロゾロと部下を引き連れて俺たちの前に(あらわ)れた。

「キサマ、我が軍の兵じゃないな?!」

「ホれ、見ツかっタジャなイか。」

「…その凹み、風穴(かざあな)に変えてやろうか?」

「だからエルク、そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く逃げよう!」

ポコは俺の(そで)()()り、将校たちの現れた方向とは逆を指した。

「逃がすものか!」

将校の号令(ごうれい)に合わせ、おおよそ10本のライフル銃が一斉(いっせい)に火を()いた。

「…なぜだ、なぜ当たらん!?クソッ!」

「バーカ、バーカ。」

けれども逃げ去る俺たちの背後で、ヂークが発生させた磁場(じば)の壁的なものが飛んできた鉛玉(なまりだま)減速(げんそく)させ、俺たちにまで(とど)くことなく落ちていく。

「クソ、逃がすな!射殺(しゃさつ)して構わん、タワーの外に出すな!」

 

そうして背後を牽制(けんせい)しつつ走り続けること数分、俺たちはあっさりと追っ手を振り切った。

…いいや、これは振り切ったんじゃない。()()()()()()()

監視(かんし)カメラで追えば、先回りして俺たちを()()せすることだってできた。なのに後方の追手以外、俺たちを(ねら)う敵は現れない。

まるで俺たちの「逃げ場」を律儀(りちぎ)に用意してくれてるみたいじゃねえか。

…間違いない。これは仕組(しく)まれた脱出劇(だっしゅつげき)だ。

「エルク、早く皆を助けないと!」

()()()

俺たちのここでの目的は一つしかない。敵はそれを知ってる。

その舞台(ぶたい)設定(せってい)を、敵は利用してる。俺たちを使って「(もと)」を()とうとしてやがるんだ。まるで毒と知らずに腹を満たして巣に持ち帰るゴキブリみたいに。

「エルク、早く行かないと!」

「……」

「ど、どうしたの?そんな恐い顔しないでよ。」

俺はポコの(あわ)てぶりに違和感(いわかん)を覚えた。余裕(よゆう)がないのはいつものことだけど、(あき)らかに何かに(おび)えてる。俺がいなくなった後に起きたこと、もしくは知ったことに対して。

「ポコ、何か俺に隠してることがあるんじゃねえか?」

「え…?」

すると、ポコは車に()かれそうな猫みたく、全身を(こわ)ばらせた。

「俺はこの先に罠があると思ってる。アイツらが無抵抗(むていこう)に人質を手放したりするもんか。お前はそのことで何か知ってんじゃねえのか?」

視線を()らし、唇と、合せた両手が(ふる)えてる。

「別にお前を(うたぐ)っちゃいねえよ。だけどお前ら、牢屋(ろうや)にぶち込まれたってのに丸腰にされてねえのはさすがにオカシイだろ。」

その言い方はもう、助けにきた俺を「(おそ)ってください」って言ってるようなもんだけど、ポコに限ってさすがにそれはない。

…もしもそれが真実だったとしたら、(あき)らかにタイミングを(のが)してる。

 

「言えねえのか?」

さっきまで(かん)(さわ)るくらいに五月蝿(うるさ)かったポンコツも意味深に沈黙をきめてやがる。

「エルク、(じつ)はね…、」

ようやく、重たい口を開き、独房(どくぼう)でアンデルに(そそのか)された「裏切り」のことを俺に打ち明けた。

それはそれで驚いたけど、俺はなんだか肩スカしを喰らった気分になった。

まあ、丸腰じゃない理由はわかったけれど…。

あの陰湿な嫌がらせが趣味のようなツラをしてるやつが、そんな囚われのお姫様にするママゴト程度の悪戯しかしていないなんて…。何考えてんだ?

「それだけか?」

「うん、ホントだよ。何も隠してないよ!僕、皆を裏切ったりしないからっ!」

「わかった、わかった。分かったから、そんなに興奮(こうふん)すんなよ。疑っちゃいねえって言ってんだろ?」

「…うん。」

付き合って二日と()ってないけど、コイツに誰かを(だま)すなんて殊勝(しゅしょう)真似(まね)ができるはずもねえ。「アーク」を裏切るだなんてもっての(ほか)、疑うだけ時間の無駄だ。

アンデルだってそれくらい分かってる。

だからもしも、それが「ママゴト」じゃねえってんなら、その「脅迫(きょうはく)」には別の(ねら)いがあるはずだ。

 

武器を持たせておけばそれだけ人質の救出(きゅうしゅつ)(りつ)は高まる。

そう、「人質の救出」自体が罠なんじゃねえかと俺は(にら)んでる。いいや、もっと言えば「()()()()なんじゃねえかと思ってる。

アイツらは()()()()()()奴らなんだ。

「それで?人質とアーク、お前の中で答えはを出たのかよ。」

そこに行き着いた俺は、これまでウンザリするほど経験してきた「悪夢」がまた、性懲(しょうこ)りもなく俺たちを笑いに来ているように思えて胸がムカついてきていた。

「…僕には選べないよ。だって、僕のせいで誰かが死んじゃうなんて。考えるだけで頭が痛くなるんだもん。」

「だろうな。」

「え?」

アイツらはそれをゲーム感覚でやってやがる。だから増々(ますます)ムカつくんだ。

「アンデルは、どうしてわざわざお前を(さそ)ったんだと思う?」

「え?」

ポコは(きつね)につままれたような顔で、(しぼ)んだ風船みたいな()()けた返事を()(かえ)した。

「コイツを使えば説得(せっとく)なんてまどろっこしいことしないで自然にスパイを仕込(しこ)めたのによ。」

俺は、俺の「手形(てがた)」の付いたポンコツの頭をコンコンと(たた)きながら言った。

「ばカもん!ワシは最強ダぞ?」

「こういうヤツだろ?データを()()えることくらい簡単にできそうじゃねえか。」

「…じゃあ、なんで?」

揶揄(からか)われたんだよ、アンデルにな。もともとお前がメインターゲットじゃなかったのさ。多分、アークを()るための(えさ)ぐらいにしか思ってなかったんじゃねえの?」

「そんな…。」

当たりをつけた「罠」のことは言わなかった。

本当なら俺がポコを()()めたように、すぐにでも可能性を共有(きょうゆう)しておいた方が良いんだろうけど、少なくとも今、コイツをこれ以上不安にさせるのは良くないような気がしたんだ。

 

「良かったじゃねえか。結果的(けっかてき)にアークの手を焼かせなかったんだからよ。これで人質も助けられれれば、あのクソ大臣にも一泡(ひとあわ)吹かせてやれるんだぜ?」

「できるのかな。もう、皆やられてたりしないかな…。」

昔、俺がビビガにそうされたように、ポコの背中を犬をあやすように優しく叩いた。

「心配すんな。あのクソ大臣(やろう)のことだ。無駄に人質を殺したりはしねえよ。俺たちの前に(さら)して俺たちを(つか)まえる道具にするに決まってる。」

「…確かに、そうかも。なんだか、エルクの方がアイツのことをよく知ってるみたいだね。」

「ハハッ、ああいう(くさ)った連中はみんな行き着くところが()てくるんだよ。どいつもこいつも獲物(えもの)をどうやって(くる)わせて遊ぼうかってことしか頭にねえんだ。」

俺はフォローしたつもりだった。ただ、人質は大丈夫だって気休めを言ってやりたかっただけだったんだ。

けれど、当たり前だけど、俺とポコは日頃(ひごろ)から考えてることが違う。

俺の何気なく選んだ言葉は違う視点からポコを追い詰めてしまっていた。

「…僕も薄々(うすうす)思ってたんだ。この世界にはアンデルみたいな人が沢山(たくさん)いるってことでしょ?人間も悪魔も変わらないって。それってすごく悲しいよね。」

「……」

「何がいけないんだろうね…。」

 

…俺は、その目に覚えがあった。

 

これもまた随分(ずいぶん)昔のことだ。仕事で(もぐ)った下水道で(ひろ)った仔犬がこんな顔をしてた。

信じてた人が(そば)にいなくて、流れに身を(まか)せることしかできない不安な世界。自分では何も変えられない世界。

俺だって、できるだけ優しく(せっ)するように頑張(がんば)ったけれど、アイツは俺がいつ、あの下水道の化け物と同じように自分を攻撃してくるか分からない。

アイツの目はいつも()れてた。

あの時の俺はまだまだ賞金稼ぎとして未熟(みじゅく)で、()()きで引き取ることになったアイツのことを「面倒(めんどう)だ」とか思うばかりでアイツのことを考えてやれる余裕(よゆう)がなかった。

だけどミーナがくれたアドバイスのおかげで、俺はアイツの(そば)にいたいと思えるようになった。

 

俺はまだ自分の『悪夢』にすら打ち勝ってない。だから(たい)したことは言えない。

だけど…、

「アークは?」

違うんだ。

「…え?」

「アークも、今のお前みたいに”人間なんて助ける価値(かち)がないかもしれない”なんて考えてるのかよ。」

答えが分からないからって途方(とほう)()れちまってたらあの時の(ガキ)と何も変わらねえ。

…俺はもう、ガキのままじゃいられないんだ。…護る人ができたんだ。

お前だってそうだろ?大切な人にそう教えてもらったんじゃねえのかよ?

「アークは絶対にそんなこと言わない。」

弱い自分を(ささ)える「答え」は大事だ。だけど、俺たちには「答え」よりも大切な人がいる。

今、ポコの目に宿ってる光が物語ってる。

「どんな時だって、少しも疑わないよ。皆を助けることだけを考えてる。」

俺たちはもう、大切な人の泣く姿なんて見たくない。

俺は、彼女を愛してる。

 

 

「ねえ、エルク。その服、()がないの?」

さっきの()()りで(がら)にもなく熱くなってしまったからか。頭の中の地図が少し曖昧(あいまい)になってしまっていた。

さらには前方の変化にばかり注意を払っていたから、ポコが頭のオカシクなことを言い始めたのかと思った。

「…ああ、俺もこんなダセェ服は早く脱ぎたいけどよ。一応(いちおう)、この先、何が起こるか分からねえしな。」

作戦に集中しすぎて自分がまだ「兵隊ごっこ」をしてるってすっかり忘れちまってた。

実際(じっさい)、いつもの服と(くら)べるとどうしても動きにくさが目立って邪魔に感じることはあるし、すでに俺の正体なんかバレてるんだろうけど。それでも、いざって時に「スメリア兵」であるかないかは生きるか死ぬかの重要な分かれ道になる。

だから、もう少しだけこのままでいるに()したことはない。

「もシも()てルナらワシにくれ。」

「はあ?」

今度こそ、間違いなく、このポンコツが言ってることは「オカシなこと」だと断言(だんげん)できた。

「テメエ、そりゃあテメエと俺の体格(たいかく)が同じだって言いてえのかよ。」

「ばカタレ、ワシの方がヨッぽどスリムボディじゃ。ソのワシが着ルなラソのイカした服もサラニ()エるっちュウモんだロ。」

考えたら負け。考えたら負け。考えたら負け……、

「戻ったらイの一番にテメエのその開いてるかどうかも分からねえ目ん玉を()()けてやる。」

「アホか!イケメンは”歯ガ命”ナンだゾ!?」

「…なら別に(かま)わねえじゃねえかよ。ついでに言っておいてやるけど、テメエに”歯”なんか一本も()えちゃいねえぜ?」

「……アレ?」

(となり)でポコがクスクスと笑ってやがる。…まあ、さっきみたいに落ち込んでる顔よりよっぽどマシだけどな。

 

途中(とちゅう)通路(つうろ)素材(そざい)擬態(ぎたい)した化け物に襲われることはあったけど、大したレベルじゃなかった。

(つか)える様子もなく、殺す気概(きがい)も感じられない。中途半端(ちゅうとはんぱ)な攻撃は俺の考える「罠」の可能性を増々強くしていった。

 

ガコンッ

「!?」

不意(ふい)に、(ゆか)(しず)むような感覚に襲われ咄嗟(とっさ)()退()いた。足元を見ると、さっきまで確かにあった通路の一部が跡形(あとかた)もなく消えていた。

「ポコ?!」

―――こんなブービートラップにポコが対応(たいおう)できるはずがない!

振り返って手を()ばすけれど、すでにそこにポコの姿はなく、俺の視線よりも(はる)か下にまで落ちていた。

「エ、エルク……」

まるで走馬灯(そうまとう)を見ているかのように悲愴(ひそう)()まった仲間の顔がユックリと遠ざかっていく。

落とし穴の底が見えない。頭から落ちたら確実に即死(そくし)だ。もしもポコが正気(しょうき)なら『(ラッパ)』を使って一命(いちめい)()()めるかもしれない。

だけど、あの顔が理性を残してるとはとても思えない。

「クソッ!」

床を()り、(いきお)いをつけて落下するポコに追い付く。

「エルク、なんで?!」

「テメエが世話(せわ)の焼ける仲間だからだよ!」

(こわ)ばる仔豚を抱き寄せ、俺は暗い暗い穴の底を睨みつけた。

 

「…イタタタ……、」

「平気か?」

…どうにか二人とも生き伸びてるらしい。

俺の『炎』で着地(ちゃくち)衝撃(しょうげき)(やわ)らげたけれど、ポコの体重が思ったよりも重く、完全にノーダメージとまではいかなかった。

もしも落ちた先に針が()()められてたら俺はまだしも、ポコはアウトだったと思う。

俺が安否(あんぴ)(たず)ねると、ポコは力なく(うなず)いた。

「…ねえ、エルク。」

落ちた先はおそらく「()()()()()」、もしくは逃げ出した囚人(しゅうじん)を一時的に収容(しゅうよう)しておく場所のようだった。

腐臭(ふしゅう)こそあまりしないものの、そこには何十人、何百人もの「死」が見え隠れする遺物(いぶつ)散乱(さんらん)していた。

現状(げんじょう)把握(はあく)もそこそこに、ポコは穴に落ちた時と同じテンションで聞いてきた。

「僕を助けてくれた時、エルク、なんて言ったの?」

「は?」

「い、いや、なんかよく聞き取れなかったから…。ちょっと気になっただけなんだよ。」

俺は、ポコに言われて初めて自分の言ったことを思い返し、意識(いしき)した。

「…憶えてねえよ。」

「そ、そう。そうだよね。」

別に、今言う必要なんかない。そんなの、これから嫌ってくらい耳にするんだ。

そう思えば、これくらいの意地の悪さは目を(つむ)れる範疇(はんちゅう)だと自分に言い聞かせた。

 

門衛(もんえい)詰所(つめしょ)に、こんな地下監獄(おとしあな)の情報はなかった。

「これ、出口ってまさかあの穴だけってことないよね?」

「それはそれでオモシロそうだけどな。まあ、その可能性は低いだろうよ。」

侵入者(しんにゅうしゃ)対策(たいさく)のためか。それとも身内(みうち)も知らされてないことなのか。何にしても、この場所の機密性(きみつせい)のレベルによってここから脱出する難易度(なんいど)が決まる。

「なんで?」

「もしもここが外から出入りできないような密閉(みっぺい)された場所だとしたら、連中の活動区画(くかく)ともっと(はな)しておかなきゃならねえからだよ。」

死体は(くさ)るし、腐った肉は疫病(えきびょう)母体(ぼたい)になりやすい。

基本的に病原菌(びょうげんきん)は風に乗ったり、生きた動物を媒体(ばいたい)にして広まる。そういう意味では十分な深さの穴だとは思う。…ってのは素人(しろうと)の落とし穴だ。

虫ってのはどこにでも()く。アイツらは小さいし、羽や(かぎ)のついた足でどこでも簡単に()()する。

そこら(へん)対処(たいしょ)を考えるより、そもそも病巣(びょうそう)にしないことの方が何倍も楽なんだ。

(げん)に、ここには沢山(たくさん)の囚人が落とされたはずだろうに、それに見合った(むご)たらしい描写(びょうしゃ)がほとんどない。

「だから定期的(ていきてき)清掃(せいそう)できるよう”従業員専用(スタッフオンリー)”の出入り口がどこかにあるはずなんだよ。」

 

だけど、こんだけ大掛(おおが)かりな(おり)なんだ。(たと)え出口が見つけられたとしても、俺の『炎』でどうこうできるかは五分五分(ごぶごぶ)ってところだな。囚人(おれたち)(がわ)から操作(そうさ)できるとも思えねえし…。

そういう意味で唯一(ゆいいつ)の救いと言えば、ウチの粗大(そだい)ゴミが一緒(いっしょ)に落ちてこなかったことだな。

…まあ、アイツが俺たちを助けられるような上等(じょうとう)な働きをみせられるかってツッコまれると、泣いて(あやま)るしかねえけどな。

 

どうにか開けられる扉を開けながら周囲(しゅうい)探索(たんさく)していると気付かなくてもいいことに気付いてしまった。

「なんだかここ、変な(つく)りだね。」

そう、この地下監獄は牢屋と牢屋が碁盤(ごばん)目状(めじょう)(つな)()わせてあった。

まるで何かの実験…いいや、十中八九(じゅっちゅうはっく)(つく)ったキメラの性能(せいのう)(ため)す目的でお(たが)いを戦わせるため、もしくは一杯(いっぱい)になった監獄の「整理(せいり)」をする目的で共食(ともぐ)いをさせるために囚人同士を向かい合わせてあるんだ。

「どこまでもサイコな連中だぜ…。」

連中の「仕事」を頭に浮かべるだけで胸糞(むなくそ)悪さが止まらねえ。

 

そういう目的のためか。一見(いっけん)、この「ゴミ捨て場」は完全に密封(みっぷう)されているように見えた。

だけど、牢屋の一つを(くま)なく見ていると壁の接地面(せっちめん)に、不自然に(けず)れた(あと)を見つけることができた。

「…これ、動くな。」

「え?どうやって?」

(あた)りを(さぐ)ってみるけれど当然、それらしい操作盤(そうさばん)は見つからない。

「ちょっと退()がってな。」

壁を()かそうと、ありったけの『炎』をぶつけてみた。

だけど、さすがに『炎』はダイナマイトの()わりにはならない。そもそも、相手が(ふねんぶつ)ってのが相性(あいしょう)が悪い。

ポコのラッパも試させたけど、大きく凹むだけで穴は開けられない。

耳を当てて向こう側の気配を探ってみるけれど、(まった)く分からねえ。たぶんこの壁、想像以上に分厚(ぶあつ)いな。

(みと)めたくはねえけど、こっち側からはどうにもできねえよ。」

そもそも、この壁が動くからといって、これが「出口」だとは限らねえ。

 

ただ、不幸中の(さいわ)いというか。この仕掛けがどうやら「精密(せいみつ)機械」じゃねえってところが救いだった。

俺たちが勝手(かって)にバカスカ殴って(こわ)れちまってたら目も当てられねえ。

「どうするの?」

「…あの穴、(のぼ)れんのかよ。」

「ううん。」

「…じゃあ、待つしかねえんじゃねえの?」

「何を?」

「…言いたくないね。」

不思議と(あせ)りはなかった。こんなにも時間が限られてるってのに。潜入(せんにゅう)した時はあんなに不安を感じてたのに。今は何だか、なんとかなる気がしていた。

だから今はその期待(きたい)が裏切られないことを目一杯(めいっぱい)(いの)って、俺の出番がくるまで体力を温存(おんぞん)しておけばいい。そう、思うことができた。

 

そしてソイツは、俺の期待(きたい)(はる)かに上回(うわまわ)る働きをしてみせた。

「まっタク、ワシを(ひと)リボっちにシよって。」

「…やるじゃねえか、このクソポンコツ。」

壁にもたれて休息(きゅうそく)を取り始めることおおよそ10分、対面(たいめん)の壁が騒音(そうおん)(とも)に動き出した。

「ヂークっ!」

「オウ?」

「こんなに早く助けてくれるなんて!スゴイやありがとう!」

「イチイち(サわ)ガしい奴ダナ。当然じャロ。ワシは最強だぞ?」

確かに、敵の陣地(じんち)で身を隠しながら俺たちの位置(いち)把握(はあく)するだけでもかなりの手間(てま)なのに。これだけ素早(すばや)的確(てきかく)にロックされた扉を開けるとなると、その手のプロにだってかなり()の重い作業になるはずなのに…。

少なくとも俺には真似(まね)できそうにない。それだけのことを、このポンコツはあっさりとやってのけた。

ヤゴス島の遺跡(いせき)()()こした時のコイツの前身(ぜんしん)はただの戦闘兵器にしか見えなかったのに。

今はただの不燃(ふねん)ゴミにしか見えないのに。

本当に、コイツの能力は未知数だと実感させられた瞬間だった。

 

「こレは?」

ヂークは監獄内で息絶(いきた)え、白骨化(はっこつか)した囚人の傍にある手帳(てちょう)を拾い上げた。

「やめとけ。ただの日記(にっき)だよ。」

「ホウ、日記カ!」

「他人の日記を勝手に読むもんじゃねえよ。しかも死んだ奴のなら尚更(なおさら)だろ。(ばち)が当たるぜ?」

「お前ハ見タンダろ?」

「…何か情報がないかと思ってな。」

「じャア、ワシも見ル。」

「…勝手にしろ。」

そこにはトム・ウェイソンという名の被害者(ひがいしゃ)悲痛(ひつう)後悔(こうかい)が書かれていた。

事細(ことこま)かに、生々(なまなま)しく……。

「だから言っただろうがよ。」

数ページ読んだヂークの手が動かなくなっていた。

「別に同情(ドウジょう)はシトらん。コイツは悪人だカらな。」

「お前はコイツの何を知ってんだよ。」

「……」

他にも、壁や衣類(いるい)にメッセージを残している囚人たちもいた。けれど、どれもこれも内容は変わらない。

自分たちの「不運」、そして連中への「(にく)しみ」がそこに()()んでいる。

(むく)われることのない囚人たちの心に()れ、ポンコツは一言だけポツリとこぼした。

(オロ)カダ。」

「…そうかもな。」

半分は確かにコイツらの自業自得(じごうじとく)だ。だけど、もう半分は間違いなく「被害者」だった。

本当に、ヂークの言う通りだった。捕まる人間も、捕まえる人間も……。

「先を急ごうよ。こんな人たちを増やさないためにもさ。」

「…ほら、行くぞ。」

俺は動かなくなった最強のボイラーの煙突(えんとつ)部分を(つか)み、()()った。

しばらくして「自分デ歩けル」と言うまで。




※ヂークが発生させた磁場の壁的なもの
原作のヂークの装備品(パワーユニット)、Pブラストを装備した時に得られる特殊能力「サンダーストーム」の応用技だと思ってください。
サンダーストームは「雷を落とす風属性の攻撃魔法」です。

※殊勝(しゅしょう)
意気込み、行いが褒めれらるさま。健気なさま。とりわけ優れているさま。
ここではエルクなりに皮肉(ジョーク)を言っているつもりです。

※ミーナ
東アルディア、プロディアス市に住むエルクの義理の姉?母?的な人です。
「義理の姉」という設定は私がつくったものですが、「ミーナ」という名前のキャラクターは原作のプロディアスの酒場にいます。

※前身(ぜんしん)
境遇や性格がすっかり変わってしまう前の身の上。素性。
変化する前の物の状態。

※トム・ウェイソンの日記
私は、「班長P」様という方のサイトで原作のセリフの確認などをしています。
その中で、原作では使用されず没になったであろうセリフも掲載されています。
その一つがこの「トム・ウェイソンの日記」の下りです。
厳密にはエルクたちが落ちた牢屋からまた少し先に進んだ場所で見つけるものですが、今回は流れ的にこの場所で使わせていただきました。

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