聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ラッパ吹きの行軍 その七

――――パレンシアタワー、AM1時

 

タワーへ向かう途中(とちゅう)、2、3(そう)の軍船とすれ違ったけれど、管制塔(かんせいとう)の時と同じくペールマンから指示(しじ)された識別(しきべつ)信号のお(かげ)何事(なにごと)もなくやり()ごせた。

(おどろ)いたことに、埠頭(ふとう)には照明(しょうめい)がいくつか立てられているだけで、そこを管理(かんり)する人間は一人もいなかった。

時間帯(じかんたい)のせいか?それとも人手が()りてないのか?

…いやいや、アホか。ついさっき俺とポコが侵入(しんにゅう)しようとしたばかりだぞ?あの大臣に限ってそんなことはある訳ねえだろ。

それを言うならペールマンのメモだけでここまで来れたことも十分に異常だ。

だけど…、

今は()(しず)んでいて、見通しが悪い。(わな)仕掛(しか)ける(がわ)にはもちろん、侵入者(おれたち)の側にだって都合(つごう)の良い環境には違いない。

そして、おおよそ2、3時間後にはもう陽が(のぼ)(はじ)める。

…それが、俺の答えだった。

 

「敵はそんなに強かったのか?」

とはいえ、ある程度(ていど)は管制塔に報告(ほうこく)した「補給兵(ほきゅうへい)」を(えん)じてないと、すぐに(あや)しまれてしまう。ポコと人質(ひとじち)(とら)われている間はなるべく警戒(けいかい)態勢(たいせい)を取られるわけにはいかない。

帰りの船だって調達(ちょうたつ)しにくくなる。

俺は門衛室(もんえいしつ)待機(たいき)してる男に簡単な報告をした。

「ああ、こっちの攻撃がまるで通じないんだ。あのまま戦ってたら全滅(ぜんめつ)してた。」

「…お前はなぜ無傷(むきず)なんだ?」

「分からない。意図(いと)は分からないが、手加減(てかげん)をされたのは間違いない。ただ…、」

スメリア軍の階級(かいきゅう)は理解してる。徽章(きしょう)を見る限り俺はコイツと同じ階級だ。

だからなんとなく、雰囲気(ふんいき)でタメ(ぐち)()いてるけど、「軍隊」って敷地内(しきちない)でこんなくだけた話し方をしていいんだったっけ?

俺はどちらかと言えば「奇襲(きしゅう)」とか「突撃(とつげき)」が専門(せんもん)で、「変装(へんそう)」とか「隠密(おんみつ)」になると変な汗が出てしかたねえ。

 

「ただ、奴は私兵(しへい)と別行動を取っているようだった。」

これはペールマンが俺に渡したメモにある設定だった。

理由までは書いてないけど、おそらくはスメリア軍のペールマン個人への警戒心(けいかいしん)を少しでも(ゆる)めておきたいんだと思う。その方が罠も掛けやすいから。

「町にいた時はただのアル(ちゅう)かと思っていたが。…不気味な奴だ。」

「ムカつく奴だったよ。ヒトを(いら)つかせることに人生をかけてるようだった。」

「アイツは博奕(ばくち)も好きだったからな―――っ!?」

会話に違和感がなかったから危うく見逃(みのが)すところだった。

そもそも変装(へんそう)に自信はなかったけど、俺はどこかでミスをしたんだ。

それで俺が「偽物(にせもの)」だと気付いた門衛は、机の下にあるボタンに手を伸ばしていてやがった。咄嗟(とっさ)気絶(きぜつ)させてどうにかピンチは回避(かいひ)できたけれど。

記憶に残るかもしれないけど不審(ふしん)な動きはできないからと視線を(はず)しすぎないでいて良かった。

「だけど……、」

ここ、入り口なんだよな。

外部から襲われやすい場所なだけに定期連絡が義務(ぎむ)付けられてるかもしれないし、何より…目につく。

一応(いちおう)拘束(こうそく)して部屋の奥に突っ込んでおいたけど、見つかるのはもう時間の問題だ。

それに、こんな短時間で見破(みやぶ)られてしまうんだ。中に入ったら今以上に気を付けないと、ますます自分の首を()めちまう。

 

シュウの教育がなかったらこの時点でパニックになってるだろうな。

自分でタイムリミットをつくっちまったのは痛いけど、ミスなく動けばまだなんとかなるレベルだと思う。

…そう、(あせ)らなきゃいいんだ。

表面上はそう(よそお)いつつも、胸の内では(ざわ)つきが(おさ)えられなかった。

もしかしたら間に合わないかもしれない。

また、俺のせいで助けられる人を見殺しにしてしまうかもしれない。

「……いいや、ダメだ。」

もう、ダメなんだ。これ以上、俺のせいで誰かが死ぬなら、俺は…。

「落ち着け…。」

今さら何をそんなに焦ってやがるんだ!

「誰かを助けられる人間になる」そのために俺は今も、()()()()()()()()()

 

敵の陣地(じんち)でも肺に入る空気の味はあまり変わらない。肺の隅々(すみずみ)にまで()(わた)らせた夜の空気は(ほど)よく冷たく青臭(あおくさ)さと(しお)(かお)りがいい気付(きつ)(ぐすり)になった。

「…よし。」

 

手始めに門衛室に設置(せっち)されたモニターからタワー周辺(しゅうへん)監視(かんし)カメラの位置を確認した。

「…これ、夜は意味ねえじゃねえか。」

暗視(あんし)」の技術はあるものの、カメラそのものの解像度(かいぞうど)が低く、よほど派手(はで)服装(ふくそう)でないと人間と獣の区別(くべつ)もつかない。ともすれば人影(ひとかげ)そのものを見逃すかもしれない。

これなら安全な船さえ用意できれば最悪、正面玄関から脱出できるかもしれない。

「……!?」

他にタワー内部の情報がないか探っていると、タワー(がわ)から武装(ぶそう)した人間の気配が近付いてきた。

「おい、ハロード、交代(こうたい)の…!?」

顔見知りの同僚(どうりょう)とは俺も運がねえ。

粗方(あらかた)、門衛室での情報収集を終えると、俺は不運な交代野郎を「ハロード」と同じ場所に()()んで堂々(どうどう)と正面玄関から乗り込んだ。

 

運が良いか悪いか微妙(びみょう)なとこだが、「今」交代が来たってことは少なくとも「次」が来るのはだいぶ後になるはずだ。

それに、門衛室でタワー内の構造(こうぞう)はだいたい記憶した。

今のところ障害(しょうがい)になりそうなのは、タワー内の要所々々(ようしょようしょ)の扉を開けるカードキーがないことくらいだ。

タワー内でも()()りできる場所はなく、「交代野郎」もそれを持ってなかった。その代わりに二人分のID番号は手に入れた。

少し右往左往(うおうさおう)することにはなるけれど、IDだけでも通れる通路があり、問題なく目的地には辿(たど)りつけるはずだ。

あとは…、この変装がいつまでもつかだな。

 

目指す場所は二か所ある。

独房(どくぼう)雑居房(ざっきょぼう)だ。十中八九、(トウヴィル)の連中は雑居房にいる。そして、もしもポコがまだ生かされてるなら独房に入れられてるはずだ。

 

タワーの構造は侵入者(しんにゅうしゃ)の方向感覚を(うば)うように()()んでいて、通過(つうか)するためだけにID番号を要求(ようきゅう)する場所が(いた)るところにある。扉もかなり分厚(ぶあつ)く、大砲(たいほう)でもなけりゃこじ開けられないような(つく)りになっている。

行政(ぎょうせい)機関(きかん)というよりも陰気(いんき)な軍事機関というような物々(ものもの)しさがあった。

(よう)は、”白い家(あそこ)”に()てるんだ。

 

門衛でのことがあっただけになるべく気を配って進んでいたってのに、中の連中は不自然なほどに警戒心が(うす)かった。

今が深夜帯(しんやたい)とはいえ、配置(はいち)されてる人間も少な過ぎる。罠にハメてやろうって臭いがプンプンとする。

「あんなのが全世界に指名手配されるほどの犯罪者とはな。顔を見た時は思わず女かと思ったぜ。」

連中の世間話が手軽(てがる)に聞けてしうほどに。

滅多(めった)なことは言わない方がいい。うっかり口を(すべ)らせたなら味方がお前の首を()ねに来るぞ。」

「ハハッ、万が一にもそんなことにゃあならねえよ。なんせ、口を滑らせるような秘密なんざ一つも持っちゃいねえんだからよ。」

おそらく「アーク一味」の話だ。だとすれば「女」と間違われた世界的犯罪者は「ポコ」のことで間違いない。

さすがにここで「無事(ぶじ)かどうか」なんて(たず)ねる訳にもいかない。

「とにかく、その首を(つな)いでいたければこの話題は止めておけ。」

「へいへい。案外(あんがい)(かた)いんだな。」

だけどもし、すでに殺されてるってんなら話の切り口にはもっと嫌な言葉が(なら)んでたはずだ。

大丈夫、まだ間に合う。

顔の筋肉が(こわ)ばるのを必死に(こら)え、早足になるのも抑え、俺は頭に叩き込んだ地図の上を淡々(たんたん)と進んだ。

 

 

――――パレンシアタワー、上層

 

大臣のために(しつら)えられた質素(しっそ)執務室(しつむしつ)。そのさらに(おく)、そこに人には()(がた)過酷(かこく)な部屋があった。

照明(しょうめい)であるべき青い炎が闇を(たた)え、闇で満たされた部屋には深海を思わせる重く冷え切った空気が侵入者の体を(まさぐ)るように泳ぎ回っている。

目を(つぶ)し、肺を潰してなお世界を見る目を持ち、肺を(うるお)せるものだけがそこに立つことができた。

正しくは、その()()()()……。

「勇者ポコを(とら)えました。」

限られたものへの「青い炎(おんけい)」で満たされる中、萌葱色(もえぎいろ)装束(しょうぞく)に身を(つつ)んだ男は、神殿式(ドーリスしき)の柱と(つや)やかに波打つカーテン、二体の石像(ガーゴイル)(まつ)()げられた一枚の(すがたみ)に向かい、言葉を投げかけていた。

依然(いぜん)、”審判(しんぱん)の日”は(とどこお)りなく進んでおります。次の春を待つことなく世界は貴方(あなた)歓迎(かんげい)することでしょう。」

それは(まぎ)れもなく「鏡」だった。

だのに、そこに向かい合う男の姿は(うつ)っていない。()わりに、彼が見下(みくだ)す人間から(うば)ったスメリア国の赤い国章(こくしょう)()っすらと浮かび上がっていた。

 

萌葱色の男が(ひと)()ちる中、何人(なんぴと)にも(おか)しがたい暗闇(さいだん)に一羽の兵士が現れ、(ささや)いた。

「エルクの侵入を確認しました。」

「…一人か?」

「はい。」

面白(おもしろ)くない。この「役目」はぜひともアークにやって欲しかったのだがな。

「…はい。以前(いぜん)、ガルアーノの研究所を破壊した(ぞく)の一人です。」

萌葱色の男は鏡に振り返り、()()()

「問題ございません。アレもまた精霊の(つか)わした使者のようですが、アークに(くら)ぶればまだほんの子ども。”白い家”の破壊はガルアーノの(たわむ)れでもあります。(いま)だ彼らの中に、一人としてかつての”勇者”に(およ)ぶ者はおりません。」

(わず)かに、鏡に映ったスメリア国の象徴(しょうちょう)()らいだ。

左様(さよう)です。かの大魔術師もまた、中身を()()えた、ただの人間でありますれば。」

冷え切った無音(ただよ)う中、男は「相槌(あいづち)」をする。

「お(まか)せください。必ずやご満足(まんぞく)いただける玉座(ぎょくざ)を用意いたします。」

男が深々(ふかぶか)(こうべ)()れると赤いスメリア国章が鏡の奥底へと(しず)んでゆき、闇の世界(しんかい)の水圧が心ばかりか(やわ)らいだ。

兵士に向き直った男の顔は―――抑圧(よくあつ)から解放されたにも(かか)わらず―――血の気がなく、まるで皮の下に(ひそ)むもう一つの素顔(すがお)(さら)()しているように見えた。

それこそが彼の本性(ほんしょう)だとでも言うように。

「一人も殺すな。(つた)えた通りに誘導(ゆうどう)しろ。仕上げは私がする。」

男は兵士を飛ばし、男は(あら)わになった自分の顔を(かお)扇子(せんす)(おお)(かく)した。

 

 

 

――――パレンシアタワー、下層

 

バレたい訳じゃない。

だけど、こうも自由に構内(こうない)を歩き回れている状態(じょうたい)が逆に俺を追い込んでいるように思えた。

他の兵とすれ違っても定型(ていけい)挨拶(あいさつ)さえしていれば目を着けられることはない。

(じつ)はもう全ては終わっていて、何も知らない俺は今、ただただ絶望(ぜつぼう)を求めて彷徨(さまよ)っているだけなのかもしれない。

それでも、一歩進むごとにカンカンと甲高(かんだか)い声で()(ひび)く階段を上り下りし、無感動にニセのIDを受け入れる扉を(くぐ)り、どうにか格子戸(こうしど)(なら)ぶ部屋ににまで辿(たど)りついた。

そこに、俺を嘲笑(あざわら)うような気配はない。…なんだよ、ただの()()苦労(ぐろう)じゃねえか。そう思った矢先(やさき)―――、

 

「誰だ、キサマ。何の用だ。」

牢屋(ろうや)前室(ぜんしつ)事務(じむ)仕事をしていた若い看守(かんしゅ)が俺を(にら)()けた。俺よりも階級が高いせいか。言動(げんどう)物腰(ものごし)高圧的(こうあつてき)だ。

「はい。今日付けで配属(はいぞく)されたスルト二等兵です。」

「新人か。どうりで見たことのない(つら)だ。それで、指導員(しどういん)はどうした。まさかキサマ一人じゃあるまいな。」

「すぐに来るとのことで、私だけ先に来ました。」

「……っ!?」

俺を泳がせる芝居(しばい)はここまでなのかもしれない。門衛の時と同じく数秒で見抜かれてしまった。

(かべ)設置(せっち)された警報器(けいほうき)()ばす左手を『炎』で(はじ)くと、看守は見事(みごと)な身のこなしで銃を抜いたが、俺は抜いた右手も『炎』で焼いた。

(おどろ)いたことに、焼けた瞬間こそ苦痛に顔を(ゆが)めたが、それ以降(いこう)眉間(みけん)(しわ)を寄せるばかりで特に焼けた両手を(かば)うような素振(そぶ)りは見せなかった。

かなり忍耐強(にんたいづよ)い奴なのか。それとも単に「化け物」だからなのか。

「”アーク一味”か?」

「さあな。」

「グァッ!?」

何か次の行動を起こされるよりも先に俺は看守の(ふところ)に入り、気絶(きぜつ)させた。この時見せた咄嗟(とっさ)の反応も、コイツがかなりの熟練者(じゅくれんしゃ)だってことを物語っていた。

単純(たんじゅん)格闘(かくとう)だけで勝負していたら眠らされたのは俺の方だったかもしれない。

それでも看守はすぐに大人しくなり、それ以上何か仕掛けてくる様子もない。どうやら普通の人間だったらしい。

 

(しば)()げ、一番奥の牢屋にぶち込もうとしたその時、

「エルク?エルクなの!?」

……その(なさ)けない声を聞いてようやく、俺は息の()まるような苛立(いらだ)ちから解放された。

安らぎとは言わないまでも、いつもの調子が取り戻せたような気がした。

「おい、敵のど真ん中なんだぞ?あんまデカい声出すなよ。」

「ご、ごめん。でも、エルクが無事で安心したんだ。」

「っつーか、よく俺だって分かったな。」

「だって、エルクの声がしたんだもん。」

「…まったく……、」

コイツも俺も、つい先日知り合ったばっかりだってのに何をそんなに気にしてんだか。

 

(かぎ)は看守が持ってるはずだよ。」

「いらねえよ。」

俺は牢屋の鍵を(にぎ)りしめ、『炎』で焼き切った。

(すご)いね、エルク。泥棒(どろぼう)に向いてるかもしれないね。」

「あ?」

「あ、いや、なんでもないよ!」

「…ってかソイツ、もしかして寝てんのか?」

(せま)い独房の中には、まるで(とら)われのお姫様みたいに俺を見詰めるポコと、()っぱらった中年のように大の字で寝転がる産業(さんぎょう)廃棄物(はいきぶつ)がいた。

「うん。なんか、注意できなくて。」

ロボットのくせにご立派(りっぱ)なイビキまでかいてやがる。どこまで芸が(こま)かいんだ。

いつもなら思いっきり()()ばして起こすところだけど、ポコの苦労性(くろうしょう)苦笑(にがわら)いを見るとそんな気分でもなくなった。




※埠頭(ふとう)
港で船を停泊させ、客の乗り降りや貨物の積み込み積み下ろしをする場所。

※ハロード
自作のモブです。もう出ません(笑)

※軍の階級
簡単に説明すると、
一等兵<二等兵<上等兵<伍長<軍曹<……
と続きます。分かりやすくするために拝借しただけなので、何か間違ってても追及しないでください。
(なぜかというと、ほとんど調べてないからwww)

※アル中
「アルコール中毒者」の略です。一応ね。

※IDだけでも通れる通路
原作で置き換えて言うと、スイッチで空けられる扉のことです。
原作でもスメリア兵のセリフから「カードキー」を持っていないの?だったらスイッチを切り替えて進むしかないねと親切に教えてもらえます。

※雑居房
一人用の牢屋である独房(正式には独居房)に対し、複数人数(6~10人)用の牢屋を雑居房と言います。

※アンデルの部屋
原作ではカーテンの内側に燭台らしきものが照明として設置されていましたが、このお話ではないものとします。

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