聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ラッパ吹きの行軍 その三

楽士(がくし)は弱い人間だった。

「力」に立ち向かうことができず、周囲(しゅうい)抑圧(よくあつ)(あま)んじる日陰者(ひかげもの)だった。

「弱い世界」でしか息ができず、理想を(くう)(えが)くことしかできない子どもだった。

 

そんな彼の前に、「太陽」は唐突(とうとつ)(あらわ)れた。

(おさな)くも歴戦(れきせん)(しょう)のように凛々(りり)しい顔立ち。振り上げる(つるぎ)は神々を宿(やど)しているかのような清廉(せいれん)な光を(はな)つ。

 

「太陽」は彼に命令する。「(たたか)え」と。

それまでも彼を(けしか)ける人間は多くいたが、絶体絶命の、死の瀬戸際(せとぎわ)に現れた「日の丸」はソレらとは(あき)らかに違っていた。

敵を斬ってはその瞳に雄々(おお)しい青空を(うつ)し、()()す一歩一歩には星の鼓動(こどう)を感じさせた。

 

 

「太陽」の鼓舞(こぶ)が彼の耳に(ひび)いた瞬間(しゅんかん)不思議(ふしぎ)な『力』が彼を()たしていく。

彼は初めて自分の内に眠る『力』に気付く。

太陽(かれ)」を待っていたことに気付く。

その『力』は、敵の命を(うば)っているというのに一つとして「(にく)しみ」を生まない。

初めはその(あや)しい『力』に戸惑(とまど)いを(おぼ)えていた彼だが、「太陽」の(かたわら)に立ち続ける内に彼はもう一つ、理解すべき「力」があることを知る。

世界(かぞく)を護る」という、「子ども」たちが初めに()るべき「(ちから)」を。

 

 

 

――――パレンシア城、地下

 

「それで、どうだったよ?」

先を行くポコの後ろで、俺はポンコツに(たず)ねた。

「楽器ニ細工(さいく)はナイし、アの仔豚(こぶた)自身にも特別ナ『力』ハない。」

「は?本人にもか?」

俺はさっきの戦闘でヂークにポコの『力』を分析(ぶんせき)させた。

別に、ポコの情報を賞金稼ぎ組合(ギルド)に売ろうとかそんなつもりはない。

ただ、なんでもいいから判断(はんだん)材料(ざいりょう)が欲しかったんだ。「アーク一味(いちみ)」がどういう集団なのかを知るための。一緒(いっしょ)に行動しても後悔(こうかい)しない連中なのかどうかを。

「あレハ(ぞく)にいう『精霊の力』ダろうな。」

「…それだけ?」

「そレだけ。」

「それで”なるほどな”とはならねえよ。あんな意味分からねえ『力』見せつけられて…。精霊ってのは何でもありの代名詞(だいめいし)かなんかかよ。」

俺だって『精霊の力』は()りてるけど、俺のは「『炎』で敵を焼く」。誰でも理解できる。

なのにアイツときたら、『音』を使って除霊師(じょれいし)みたく霊を追い払ってみせたり、プレス()みたく虫を()(つぶ)してみせたり…。

いったいどういう理屈(りくつ)用意(ようい)すればそんなことができんだよ。

仕掛(しか)け」の一つや二つねえと納得(なっとく)いかねえだろ。

 

「精霊はコの世界デ起キトル動的(どウてキ)事象(ジしょう)全ての根源(コンゲん)だぞ?ナんでもアリに決マッとルダロ。」

「…じゃあ、お前も?今、お前が動いてんのもその精霊様のお(かげ)だって言えんのかよ?」

その機械々々(きかいきかい)した「科学の(かたまり)」の口から、今もハッキリと証明(しょうめい)されていない「精霊」なんてボンヤリとした存在(そんざい)力説(りきせつ)されても納得できねえんだよな。

「当タり前の(スケ)じゃ。ムしろ、人ノ力だケデ動かセルモノナんぞ、この世にハ一ツとしテナいわ。」

「…あっそ。」

俺だって『精霊の力』がどれほど有能(ゆうのう)か知らない訳じゃない。

ただ、「この世の全て」なんて言われると…、納得いかねえじゃねえか。

だったら俺たちは何のために存在してんだよって思っちまうんじゃねえか。

俺がギルドで手に入れた二つ名は、全部『精霊』のお陰だっていうのかよ?俺一人じゃ、何もできないってのかよ?

 

…いや、まあ、そう、なんだろうけど……

 

俺が(しぶ)った表情を()()けていると、仕方なしといった感じにヂークは続けた。

()いテ本人に能力がアるトスるナら『精神感応(かんのウ)』かもしレンな。」

「『精神感応』?…『サイコキネシス』ってやつか?」

ってか、やっぱり何かあるんじゃねえか。勿体(もったい)ぶりやがって。

「チゃウチゃう、『テレパシー』だ。リーザの『力』ト()とルト言えばわカるカ?」

「…リーザと?」

その(たと)えは俺を複雑(ふくざつ)な気分にさせた。「彼女の理解者は俺一人でいいはずなのに」なんて気持ちのワリぃことを考えてる俺がそこにいた。

「ポコの場合、”会話”じゃなく”音”で相手の感情を共振(きょうしん)させているようだがな。」

「…つまり?」

「…オ前、もッと勉強しロ―――、あイタッ!」

俺は調子(ちょうし)の悪いテレビに()()たりするようにポンコツの頭を(なぐ)った。

「…昔かラ”(ヤマい)()カラ”と言ウダろ?そノ要領(ようりョう)ダ。相手の感情ヲ増幅(ぞうふく)さセテ相手の体ニ摩訶不思議(まかフしぎ)現象(ゲんしョウ)を引キ起こしテイるんダろ。」

「圧し潰したり、体を(つらぬ)いたりすんのもか?」

「言っトるだロ?切っ掛ケサえ(あた)エテシマえば、なんでもアリだ。”心”と”体”は切リ離せン。”心”が覚えたもノハ”体”に(きザ)マれる。相手に圧迫感(あッパくかん)を覚エサセれば圧し潰スことモでキルシ、快感を与エれば傷ヲ(いや)スコともでキる。ナ~んでもアリだ。」

まるで神様だな。…気に喰わねえ。

 

「たダ、ソノ『力』ヲあんナにもハッキリと発現(はツゲン)さセられルノは、あのポコとカいうデブの人間離れシタ演奏技術のオ陰なんダロウがな。」

それは理解するまでもない。見ればわかる。聞けば嫌でも感じる。

あの、たった一本のラッパが、俺の知らない音色を次々に産み出していた。

ラッパはその音色の数だけ俺の感情を刺激(しげき)した。息をするように俺の五感を(くる)わせた。

その『力』が、あの”幽霊(レイス)”たちの未練(みれん)を、心を満たした。

 

肉体と同じように感情だって(きた)えられる。

どんな過酷(かこく)拷問(ごうもん)にも悲鳴(ひめい)一つ上げない精神力だって身に付けられる。

だけど、どう足掻(あが)こうと「人間」は「人間」でしかない。

閉ざした扉の内側に”心”は必ずある。”心”だけを殺すことはできない。それは呪術師(じゅじゅつし)(あやつ)られていたって変わらない。”体”が反応を拒絶(きょぜつ)しても”心”はそこにいる。

だからこそ、コイツの『力』はこんなにも異常(いじょう)効果(こうか)発揮(はっき)するんだ。

そう考えると、俺はコイツに「リーザ」の時に覚えた「恐ろしい景色(けしき)」を(かさ)ねた。

 

一度でもその『音』を耳にしてしまったら、戦場はこの音楽家(どくさいしゃ)(おか)される。悪魔も勇者も関係ない。

『力』の強弱なんて意味を()くして、「幸せにしたい」って『感情(きもち)』が「敵を殺す」。

…それが俺には受け入れられない。

 

「ねえねえ、ところでエルクたちは何処(どこ)出身(しゅっしん)なの?」

緊張感(きんちょうかん)のない兵隊は遠足気分で(たず)ねてきた。

「あ?…東アルディア、プロディアス市だよ。」

「へえ、プロディアスかあ。あそこって(にぎ)やかだよね。食べ物も美味(おい)しいし。色んなお店もあって、住んでる人たちも楽しそうだったし。」

呑気(のんき)世間話(せけんばなし)か?ってか、大都市だろうとお(かま)いなく観光(かんこう)かよ。指名手配犯のくせに。

「ところでお前、どうしてアークの仲間をやってんだ?」

「え?どうしてって…、だってアークは世界を(すく)おうとしてるんだよ?こんな僕で役に立つなら手伝わないといけないんじゃない?」

「…スメリア王を殺してまで?」

「違うよ!王様を殺したのはアークじゃない、アンデルさ!」

俺を信用しきってるその態度(たいど)が気に入らなくて、俺はコイツの大事なものを傷つけてみた。すると(あん)(じょう)、ポコは血相(けっそう)を変えて(さけ)んだ。

「あ、ご、ごめんよ。だけど、それだけは間違えて欲しくないんだよ。」

「……」

アンデルってのはスメリア国の政治を一括(いっかつ)して(にな)う大臣で、現スメリア国の最高指導者(しどうしゃ)のことだ。

「じゃあ、アンタは軍人として死んだ王様の無念(むねん)を晴らすために、アークに付いてるのか?」

「…それもそうだけど、」

ポコは俺の尋問(じんもん)(うつむ)きながら答えた。その心中(しんちゅう)はよく(つか)めない。

「前スメリア王」への忠誠(ちゅうせい)があるのかどうかも(あや)しい。どちらかといえばそれは「アーク」に向けられてるように思える。

…いいや、「アーク一味(いちみ)」に(くく)られた上で「スメリア国(そこく)」も「世界」も敵に回しちまうくらいだ。

完全に「アーク」の思想(しそう)理想(りそう)()()かれていて間違いないと思う。

 

「世界を救うとかデカいことはいくらでも言えるだろうよ。」

ククルもそう言っていた。

どうしてだか、俺は彼女の言葉は信じられた。

「だけどよ、結局(けっきょく)のところ、お前らは具体的(ぐたいてき)に何がしたいんだ?」

でも、今、この()()()()()()を目の前にして、俺の気持ちが()らいじまってる。

「え?そりゃあ、世界中にいる悪魔たちを皆、やっつけるんだと思うけど。」

やっぱりそうだ。コイツはただの「アーク(きんぎょ)(ふん)」で、コイツ自身に確固(かっこ)たる思想理想はないんだ。

 

「簡単に言いやがるぜ。世の中にどれだけの悪魔がいると思ってやがんだよ。悪魔だけじゃねえ。()()()()()()()()だって巨万(ごまん)といるんだぜ?その全部を始末(しまつ)しようってのか?できる(わけ)ねえだろ、バカなんじゃねえの?」

気付けば俺は必要以上に攻撃的になっていた。

イラつくんだ。

弱いくせに、自分でも分かってるくせに「危険」に飛び込んでいこうって姿が無性(むしょう)に…。

「それでもアークはやろうとしてるんだ。悪魔たちを(たお)して、世界から戦争をなくそうとしてるんだ。」

「戦争をなくす?それこそどうかしてるぜ。アークは世界征服(せいふく)でもするつもりかよ。」

「アーク」を非難(ひなん)すればするほど、ポコの表情は(けわ)しくなっていく。

もしも、ククルに同じことを言ったら、彼女も同じ顔をしただろうか。

「違うよ、アークはそんなことしない!…皆、お(たが)いを大切に想う心さえあれば世界は平和になるんだよ。戦争が始まる前は皆、そうだったんだ。」

「戦争が始まる前は?麻薬(クスリ)のやり()ぎで”夢”と現実の区別(くべつ)もなくしたかよ?俺とアンタ、そんなに年、離れてねぇだろ。俺がチビだった時から戦争はあったぜ?」

「違うよ。僕が言いたいのは…、上手(うま)く言えないけれど、僕たち、戦争を()()()()()()(まわ)りにもっと大切な物があるって知ってたはずだよ。戦わなくても護れるものがあるって知ってたはずなんだよ。」

…多分、家族の愛しか知らない「純粋(じゅんすい)無垢(むく)な子ども」が人の死や悪意を見て「(よご)れた大人」になる、みたいなことを言いたいんだろうけど、だったらどうすれば良いってんだ?

人の成長なんて止められないし、「戦場」に立たないと「戦争」は止められない。

「アーク」だってそうだろ?それともなんだ?「アーク」は人を殺しながら、それでも「世界」を愛してるとか言うつもりかよ?だったら、いよいよイカれてるぜ。

俺の「新興(しんこう)宗教(しゅうきょう)」って例えもあながち間違いじゃねえじゃねえか。

 

「難しいのは分かってるよ。でも、誰かがやらなきゃいけないんだ。」

そりゃあ、つまり自己(じこ)犠牲(ぎせい)か?「アーク」は自分を汚してでも、次に育つ子どもたちのために「世界中の(あくま)」を根絶(ねだ)やしにするってのか?

…何にしてもそれが「できる」って思ってる時点(じてん)でトチ狂ってることには変わりないぜ。バルバラード国の過激派(かげきは)どもと変わらねえよ。

 

「で、アンデルって悪魔側のボスはロマリア国と(つな)がってんのか?」

「うん、そうだよ。よく知ってるね。アンデルはね、僕たちが見つけた”聖櫃(せいひつ)”を(うば)っていったんだ。」

「…聖ヒツ?」

何だそりゃ。コイツらにとっての聖典(せいてん)か何かか?

「聞いたことない?聖櫃は世界の滅亡(めつぼう)(ふせ)ぐための『力』が宿(やど)ったすごい(ひつぎ)なんだよ。」

「なんだそのテレビゲームみたいなご都合(つごう)アイテムはよ。」

「そんなこと言ったって、”精霊”たちがそう言ってたんだよ。」

そういやコイツら、精霊とも繋がってるんだったな。

ヂークは精霊がこの世の全てを取り仕切(しき)ってるみたいな言い方してたし、その「聖ヒツ」ってのが「精霊」に影響(えいきょう)を与えるもんだとしたら、その話もあながちデタラメじゃねえのかもな。

「それに僕たち、”聖櫃”の試練(しれん)に打ち勝ったんだ。アークもククルも”聖櫃”に(みと)められたんだよ?」

「認められたって、なんかスゲエ『力』でも(もら)ったのか?」

「よくは分からないけど、あの時、アークは変わったんだ。本物の”勇者”になったんだ。」

…なんか、胡散(うさん)(くせ)えっつうか。

それって、「アーク」の()()()()えられたりしてねえだろうな。

 

俺は精霊と言葉なんか()わしたことねえし、だから信用もしてねえ。

聞いてる限り「正義」っぽい立ち回りをしてるみてえだけど、神だろうと悪魔だろうと「力のあるヤツら」の本心なんか知れたもんじゃねえ。

人間を「人間」として見てねえ可能性だって十分にあるんだ。

連中の見てる「世界平和」の形によってはガルアーノたちより(たち)が悪いかもしれねえ。

…そうだ。ガルアーノを倒したら次は「アーク」が俺の敵になるかもしれねえんだ。

正真正銘(しょうしんしょうめい)、「世界の敵」として。

 

…でも、俺はククルの目を忘れられない。

あの目は誰かを蹴落(けお)として笑うような目じゃなかった。()うものを見捨てない。見る者を強くしてくれる、そんな俺たちの手じゃ掴めない()んだ青空のような目をしていた。

 

……分からねえ。信じるべきなのか。そうじゃねえのか。

 

 

 

――――ポコが石のダンゴ虫たちを倒した場所から数分歩いた。

 

ポンコツの足音が今まで以上に(ひび)(わた)る。

伝統(でんとう)(おも)んじるスメリア国の城とは思えない近代的な鉄製の廊下(ろうか)が、俺たちを歓迎(かんげい)しているように聞こえた。

「なあ、アンタはここが何なのか知ってんのか?」

するとポコは(まゆ)(ひそ)めながら不機嫌(ふきげん)な調子で答えた。

「アンデルが王様に内緒(ないしょ)で実験施設(しせつ)(つく)ったのさ。」

「これを?全部?内緒で?」

全体(ぞう)は分かんねえけど、ビビガのアパートの5倍以上はあるんじゃねえか?

理解できねえな。王様ってのは自分ん()の地下にこんなバカデカい施設を造られても気付かないもんなのか?

「それで、何の実験施設なんだ?」

(つか)まえた精霊の『力』を()()って、国の電力に変えるんだよ。そのお陰でスメリアは開国して間もないのに、こんなに早く発展(はってん)したんだよ。」

確かに。スメリア国は鎖国(さこく)解除(かいじょ)してたかが20年程度(ていど)で、ロマリア国、アルディコ連邦(れんぽう)なんかの大国に続く科学と技術の発展を()げている。

 

「…おい、ポコ。」

「なに?」

一応(いちおう)、聞いときたいんだけどよ。お前らの中に内通者(ないつうしゃ)なんていねえだろうな。」

俺が得物(えもの)を構えると、ポコとポンコツはキョロキョロと(あた)りに目を(くば)り、狼狽(うろた)え始めた。

「え、なんで?どうしたのさ、急に。」

「なンだ、マタ敵か?」

「……」

ポンコツはさて置き、ポコも音以外の気配には(にぶ)いらしい。

「ご丁寧(ていねい)に俺たちを出迎(でむか)えてくれてる連中がそこにいるって言ってんだよ。」

天井(てんじょう)両脇(りょうわき)等間隔(とうかんかく)(なら)ぶ悪魔の石像、その中の一体が不自然に俺たちを見下ろしていた。

 

()りてこいよ。」

俺が指差(ゆびさ)すと石像は(いや)らしい笑みを浮かべ、みるみる()(はだ)の色を変えていく。

「まさか本当に(あらわ)れるとは思わなかったぞ。施設を破壊(はかい)したお前らが今さら何の用でここに現れる?」

精気(せいき)のない灰色の石像は銀色の瞳をギラつかせ、ジャングルさえ見劣(みおと)りする暗緑色(ダークグリーン)の肌を脈打(みゃくう)たせる。

体の倍はある葡萄色(ボルドー)皮翼(ひよく)を広げ、ソイツは降りてきた。

羽ばたきに合わせて皮膜(ひまく)から血の色の羽根(はね)が落ちたかと思うと、それは(うな)(ごえ)(とも)四肢(しし)()やし、凶悪(きょうあく)な牙をもって炎を(まと)う狼になった。

「うわぁっ!なんなの、アレ!?」

「見て分かるだろ?俺たちは()()せを喰らったんだよ。そのアンデルって奴のな。」

(にく)たらしいことに石像だった悪魔は、俺よりも立派(りっぱ)な、長く(するど)(やり)を持ってやがる。

 

二匹の狼を(したが)え、悪魔は紙やすり(サンドペーパー)(こす)るようなザラついた声でポコに問いかけた。

「トウヴィルの人間を助けるつもりか?」

「そ、そうだよ!村の人は何もしてないでしょ?返してよ!」

「…目的は地下通路か。」

ああ、バレちまった。黙ってりゃいいのに、バカ正直(しょうじき)に答えやがって。

「人間に(つみ)がない?罪がなければ何者からも護られる権利があるとでも?」

「だって、そうじゃない。何も悪いことしてないのに傷つけられるなんて、オカシイよ!」

暗緑色(ダークグリーン)の悪魔は目を細め、ポコの瞳を(のぞ)()むとまた薄く笑った。

早速(さっそく)、なんか仕掛けるつもりだな。

俺はとばっちりを喰らわないように()()()()()()()()()

 

「それは、村人を想って言っているつもりか?いいや、キサマはその(じつ)、自身の弱さを直隠(ひたかく)しにしたいがために口にしているに過ぎない。」

「え?」

(あき)らかに口調(くちょう)が変わった。何かに()りつかれたかのように、(なめ)らかで嫌らしい声だ。

言葉と声色に動揺(どうよう)し、ポコは目を見開いて言葉を(うしな)っていた。どうやらポコは敵の術にまんまとかかってしまったらしい。

俺は助け舟を出さず、その()()りを見守った。

「キサマは弱者だった。軍でも、友人の間でも、家族の中でさえ。(つね)に。いかなる時も。」

「……」

炎を纏う狼たちも、腹に響く静かな唸り声を吐き、悪魔の言葉を(いろど)っている。

「キサマは自分よりも弱い人間を助けることで、弱い自分を護っているのだろう?」

「……」

悪魔は自慢(じまん)の槍で鉄の床を(はげ)しく打ち、勿体ぶった呪文(えいしょう)()めくくる。

「だが、それも最早(もはや)(かな)うことはない。(はかな)い夢と消える。何故(なぜ)ならキサマは弱く、我々は強いからだ!」

悪魔が叫ぶと奇妙(きみょう)(けむり)がポコの足元に纏わりつき、炎を纏う狼が襲い掛かってきた。

俺には(それ)が何か(さっ)しがついていた。けれども、手は出さない。

出す、必要がなかった。

 

「無駄だよ。」

 

狼の奇襲(きしゅう)をポコは(なん)なく(いな)し、鈍色(にびいろ)(あや)しい煙はそのふくよかな首に届く前に霧散(むさん)していく。

「…何?」

そして俺は、そこにある仔豚(こぶた)の瞳を見てまた、「アーク一味」の評価(ひょうか)(あらた)める。

「僕にはアークが付いてる。アークが僕に”闘うこと”を(のぞ)んでる限り、僕はお前たちを怖がったりしないんだ。」

仔豚は使い込まれたラッパを口に当てると、その瞳の(かがや)きにも(おと)らない鋭い音色で「弱い悪魔たち」を残らず貫いた。

「…キサマらはなぜ、そうまでして人間を護ろうとする……」

(くず)()ちる悪魔の耳にもう言葉は届かない。

「僕は今も昔も、どうしようもない弱虫だけど、アークがくれた剣が僕に力を分けてくれたんだ。」

それでも仔豚は(きら)めく金管を(にぎ)りしめ、その()()()()()()悪魔たちの誘惑(ゆうわく)を振り払う。

「だから僕は、僕の楽器(けん)で皆に力を分けてあげなきゃいけないんだ。」

 

弱いくせに強がってみせるのも、バカなくせに前を歩こうとするのも、ポコの人生を狂わせてきた「自分自身(よわさ)」を克服(こくふく)しようって心の現われだった。

俺はその姿に強く共感してしまった。せずにはいられなかった。

その姿を憎らしく思わずにはいられなかった。

…俺は、護れなかったから。

 

ポコの、草臥(くたび)れたシャコー(ぼう)がやけに明るく輝いて見えた。




※炎を纏う狼→原作のモンスター「ヘルハウンド」のことです。
※暗緑色の悪魔→原作のモンスター「スペランカー」(ガーゴイル系)のことです。
原作のこのシーンでは、指名手配犯「ディロス」という名前で登場していました。
そんで、「スペランカー」をググったところ、「無謀な洞窟探検家」を意味するらしいです。
他のガーゴイル系統が「ガーゴイル」とか「デーモン」とか「悪魔」的な意味の名前がついているのに、このモンスターだけ「人間」を指すような名前になってるのは何か意図があるのかな?
今回は特に設定を設けませんでしたけれど、今後「スペランカー」が出てきた時にはもう少し注意して考察しようと思います。

※識る(しる)
物事の道理を見聞きすること。また、それらへの心の働き。

※サイコキネシスとテレパシー
サイコキネシスは、「念動力」のことですね。手を触れずに物体を動かす力です。
対してテレパシーは、「精神感応」。表情、言葉など五感を使った伝達手段に頼らずに相手の心理、思考を読み取ること。または、自分の考えを伝えること。

※バルバラード国
アークの世界にある国の一つです。
私たちの世界でいう「サウジアラビア」や「イラク」などのある中東の国だと思ってください。

※挿げ替える(すげかえる)
別の物(新しいもの)と取り換えること。ある者の地位に別の人物を置き換えること。

※暗緑色(ダークグリーン)
「ダークグリーン」を検索してみたんですが、なかなかちゃんとした解説っぽいのが見つかりませんでした。(色味のサンプル画像はでるんですが)
もしかしたら「ダークグリーン」は正式な「色」として扱われていないのかもしれません。
「暗緑色(あんりょくしょく)」も当て字です。

※葡萄色(ボルドー)
「ボルドー」、フランスのボルドー地方でつくられる赤ワインの色が由来です。
ワインレッドよりも暗く、紫に近い赤です。
和名がなかったので、近しい「葡萄色」を当てました。

※暗緑色の悪魔は目を細め、ポコの瞳を覗き込むとまた薄く笑った。
ディロスがポコをイジメるシーン。
ガーゴイル系のモンスターの「追加能力(マザークレアから付与される魔法)」に「天の裁き」というものがあります。
確定はさせませんが、対象者の「罪」や「負い目」を明らかにする『力』、それらを罰する『力』があることにします。
原作では光のレーザー的なものが敵に降り注ぎます。

後述する「鈍色の煙」の煙は、この「天の裁き」の『力』を補助する「スリープウィンドウ」とします。
「スリープウィンドウ」は「スペランカー」の特殊能力の一つです。

※躱す(いなす)
「いなす」は、攻撃を避ける。簡単にあしらう意味。

本来、「いなす」の漢字表記は「往なす」もしくは「去なす」ですが、意味が分かりにくいので、今回は「躱す(かわす)」を使いました。

※シャコー帽がやけに明るく輝いて見えた
ポコの専用装備「太陽のぼうし」のことです。
装備した時の効果は「毎ターンHPが5ポイント回復する」。
(以下、若干ネタバレです)
遺跡ダンジョンの地下44階で手に入ります。
「ちょこ」のイベント回収のために必要なコンバート(ⅠからⅡへのデータ引き継ぎ)要素のために、地下44階は訪れてなきゃいけない場所なので、このアイテムは取得済みということにしておきます。

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